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2019/11/16

「正倉院展」@奈良国立博物館と「絵巻切断」@京都国立博物館

正倉院展が見たくて、去年に引き続き奈良に行ってきた。

今回で71回目なのだが、驚くことに、いまだ「未公開の宝物」を毎年出し続けている。

正倉院って、いったいどれほどの宝物が眠っているのだろう。8世紀の昔からの宝物が、21世紀の今日も受け継がれ、我々の目の前に姿を現してくれる。世界のほかの国々で、8世紀の宝物が脈々と受け継がれている国など、果たしてどれほどあるのだろう。

こういうものが存在する、日本と言う国。私は改めて、頭がぶん殴られるほど感動している。

これは、世界のどこの国でも普通にあることではないのだ。

 

展示品の一つで、徴税の担当官が書き残した税の記録も見た。

和紙に墨、というのは、大切に保存すれば、1200年以上も保たれる文具なのだとわかる。

あの当時はまだ印刷もなかったから、一文字一文字を、しかし、まるで活字のように形の整った同じ筆致で、税の記録を残している。

8世紀の昔から、正確に計算をし、文字に落としこめる人たちが、我が国には多数いたことになる。その当時は世界のほとんどの人らは文盲だったのではないか。万葉集を見ればわかる通り、わが国には、王族でなくとも、一般人が和歌をすらすら読めるくらい、文字がゆきわたっていた。アルファベットを採用した国々とは異なり、東アジアでは、文字を書くという行為に、大げさではなく、命を込めるほどの力を感じる。

(本展示は、11月14日で終了した。上野では11月24日まで)

 

 

そして、これは奈良に行ってから偶然知ったのだが、京都の国立博物館で、佐竹本の「三十六歌仙絵巻」を再会させた催しものが開かれていることを知ってぶったまげ、予定を変更し、見に行ってきた。

https://www.kyohaku.go.jp/jp/special/index.html

 

私はこの話を、子供のころ、NHKの特番で見た記憶があるのだ。

佐竹家といえば、現秋田県知事がその子孫である通り、秋田一の名門である。

詳しくは、Wikipediaで「佐竹本三十六歌仙絵巻」をお読みいただきたいのだが、その佐竹侯爵家といえども没落してしまい、家宝である絵巻2本を売りに出すことにしたが、あまりの高値のため買い手が付かず、泣く泣く、三十六の絵巻を切断し、個別に売却したという悲しい歴史がある。

三十六歌仙にない表紙も1つあるのだが、そのうち、持ち主不詳になっているものを除き、37のうち31歌仙の絵巻が、ここ京都で「再会」を果たしたのである。それらは現在掛け軸の装丁をされ、ほとんどが重要文化財の指定を受けている。

幼稚な表現だが、「日本一の同窓会」といえるかもしれない。絵巻が切断されたのが1919年、今年でちょうど100年になる。

売却の便宜に泣く泣く2つの巻物を切断した佐竹家の胸の内は推し量るに余りあるが、当時の財界人らは、仕事をするばかりでなく、こうした芸術に理解を示すのも嗜みとされていたのであろう。単なる金持ちや好事家だけでなく、そうした趣味の高い財界人らに引き取られて命を救われた歌仙たち。

こういうものが存在する、わが日本という国、そして、100年を記念してそれらをここに集めた京都国立博物館の努力には、これまた頭をぶん殴られるくらい感動したのであった。

(11月24日まで)


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