FC2ブログ
2019/09/17

言いたいことをはっきりと言う

最近読んだ本の中に、

「死に直面した人に、何を後悔しているか尋ねると、『言いたいことをはっきり言えばよかった』という答えが返ってくる」

とあった。

これ以外にもいくつかあるのだが(参考「死ぬ瞬間の5つの後悔」)、私もきっと、こう思うだろうな、と思った。

 

私の母は、年代を考えたら仕方がないのだが、徹底した男尊女卑論者だった。

「世の中、なんでも男。男が上」

「女の利口は男のバカと同じくらい」

と言って私を育てたので、結果、私は、クラスのほとんどの男の子より成績が良かったにもかかわらず、男の子と意見が違ったら退いていたし、男子と歩くときは半歩あとを歩く、と言ったことを大真面目でやっていたのである。

長じて、就職したあとも、どんなに仕事ができなくて窓際に寄せられたおっさんでも「この人は男だから偉いんだ」と思い込んでいた。

そういう男の人に質問をして要領を得なかったことを女子社員に聞いたら、スパッと回答が帰ってきたときでも、

「この人は女なのに、合っているのだろうか」

と思って悩んだ。

当時はまだ「セクハラ」なんて言葉がなかったけれど、職場にもかかわらず、やたら卑猥なネタを話しかけてくる男性上司に対しては、

「私はこういうネタを笑って過ごせないカタブツな女だから、自分が悪いんだ」

と思い込み、必死になって話を合わせて笑おうと努力していた。何かしっくりこないことは全部私が悪いのだと思っていた。

 

女性の上司を持ったことは少なかったが、女性には比較的言い返せた。しかし、男性上司の場合は、いくつになっても、どんな理不尽なことを言われても、絶対反論できず、すぐに謝罪して引き下がった。土台、反論の仕方を知らないのだ。すぐ泣いたし。

 

結婚してからも、母が父にしたような主婦をやっていた。アメリカ人の夫は、こんなJapanese wifeを持てて、さぞ幸せだったろう。家事は当然、全部私がやっていた。

 

友人たちからは、「古い、古い、あまりに古い」と馬鹿にされた。しかし、私は、母に教わった通りに生きてきたので、なんでそんなに馬鹿にされるのか、なかなか理解できなかった。

 

母のもう一つの口癖に、

お父さん(お兄ちゃん)がそう言ってたよ

というのがあった。今から考えると、父も兄も欠点だらけ、間違いだらけだったのだが、母にすると、男である父、頭が超よかった兄(母にとっては長男)が言うことなのだから、女の我々より100%正しい、と疑わなかったんだろう。

 

後年、母に、「なんであんな古いしつけを私にしたのか」と、なじりながらも聞いてみたら、

「そりゃ悪かったね。だったらあんたも、自分が産んだ子供にそうしつければよかったでしょ」

などと言い返された。私がなぜ子供を産まなかったのか知っているくせに、ひどい母だと思った。

 

かなり年を重ねてから、やっと、このおそろしい刷り込みから、脱出しつつある。

自分だけが常に悪いのではなく、周りだって悪いのだ、と思うようにした。

今でも、昔の上司とか、ひどいことを言われたのに黙って引き下がった面々を思うと「あの時ああ言い返してやればよかった」と、思っても仕方のないことで腹が立ったりする。

これからは、もっと面の皮を厚くして、言い返すべきことは言い返すことにした。

先日、葬儀屋に、母の葬儀代があまりに理不尽だったのにガンガン文句を言うということも、かつてはできかなった。

これとは別件で、支払い請求を受けているものがあるが、これも「ぼりすぎだ」と思っており、先方もその自覚があるので、払わずにシカトしている。相手はどうでてくるか、見ている。

長い年月がかかったなあ。

 

しかし、言い返さなかったことで、もしかしたら私にメリットがあったのかもしれない。

実際に生じたトラブルは把握できるけれど、反対に、「避けられたトラブル」は、絶対把握できないからだ。

言い返すのと、言わずに黙って退くのと、どっちが必ず正しくてどっちが違う、ということは言えない。

悩ましい。

スポンサーサイト



2019/09/16

公衆電話

千葉ではいまだ停電が続いている地域がある。台風の被害、恐ろしや。

そして、電気がない生活というものを1週間も強いられている人々。

かつてなかったが、今日では必須の電気の需要は、「携帯の充電」である。それがなければ、ほぼラジオだけが情報源となってしまうのは無論、外部との通話もできない。私も、充電器を買って持っておこうと思った。

 

こういうとき、威力を発揮するのは、いまどき誰も使わなくなった「公衆電話」である。

過去に何度も(Yahooblogに)書いていたけれど、私は京都に住んでいた時阪神淡路大震災に遭ったので、その際、公衆電話の通話優先順位が固定電話より高く設定されていて、家の固定電話が通じないときでも、外の公衆電話に行けば通じることを知った。

 

https://blogs.yahoo.co.jp/mymomomi/28506900.html

 

https://blogs.yahoo.co.jp/mymomomi/42131946.html

 

これ以来、10円玉をためている。

 

今回調べてみたら、小学生の8割は公衆電話を使ったことがなく、そもそも3割はその存在自体知らないという。

無理もない。が、学校や家で一度練習させておいた方がいいだろう。

 

私が子供のころはまだ電電公社だった。電話の取り付けも、依頼してから延々何か月も待たなければならなかった。

市外通話料金も高かったから、父母は、夜8時まで待ってかけていた。

私は高校1年のとき、父の転勤に間に合わず、1学期をひとり下宿して高校に通っていたことがある。まだ15歳だったから親と離れるのはさみしかった。しかし、その家の電話を借りて親にかけるときは、いちいち電電公社に通話を申込み、

「通話が終わったらあとで料金を教えてください」

と依頼し、それで聞いた料金を下宿に払っていた。

 

年ごろになって、男からかかってきても、出てほしくないときに母が出てしまった。

内緒の通話なんて、あのころはありえなかった。

人と待ち合わせをするのも、いったん外に出てしまったら、コンタクトすることは不可能だった。会えずに待ちぼうけ食らうことも、特に珍しくなかった。

 

一言でいうと、人に電話をするのは、昔、結構大変だったのだ。

一人1台電話を持ち歩く今では、信じられないことである。親な他人に聞かれたくない通話は聞かれなくて済むようになったし。

そして、

「お電話貸してください」

という言葉も完全に死語になった。

電話の世界が、いかに変貌したことか。ありがたや。

それであっても、公衆電話は、みんなで「ユニバーサルサービス料」を携帯料金に上乗せされても、大切にしよう、というのが結論である。

 

2019/09/16

「ワンちゃんの後始末看板」日米版

これを「イヌクソ看板」と称し、趣味として集中して撮影している人がいるそうだ。私も結構好きかも。

 

うちの近所には、こういう看板がある。イラストは可愛い。

 

 

下は、旦那がアメリカのTwitterで発見したもの。

 

 

「あなたのワンちゃんにこれができなければ、フンの後始末に責任を持ちましょう」

 

これってもしかしたら、日本の看板にinspireされたんじゃないか、と思う。

2019/09/15

「牛乳に氷」は変だよね

外で「アイスミルク」を頼むと、氷が入ってくる。

ホットの時は当然、温めるだけで、店側は何も入れてこないけど、「冷たい牛乳」だと、どうしてご丁寧に氷を入れてくるんだろう?

あれでは牛乳が薄まってまずくなるだけだ。

温度がぬるくなってもいいから、氷は入れないで欲しい。

これと同じなのが、インド料理店で「ラッシー」を頼むとき。これにも氷が入っている。

どっちも要らないのに~。


「氷なしで」

と頼んでもいいのだろうか?私は日常では大変気が弱いし(ホント)、店側ともめるのもいやなので、黙ってそのまま飲んでくるが、あれは、店側も、牛乳の量を節約しているっていう意味もあるんだろう。

日本中「アイスミルクとラッシーには氷を入れない」というルールでもできないだろうか?


もし私が店主だったら、氷は、水でなくて牛乳で作ったものを入れるぞ。

2019/09/14

神奈川新町駅にて

所用があったので、京急線の神奈川新町で下車した。

あの大事故は、9月5日、か。

私以外にも、何人かスマホを取り出して写真撮影していた。

 

f:id:nihon-momo:20190914164842j:plain

 

交通標識がゆがんでいた。

 

f:id:nihon-momo:20190914165030j:plain

これに、トラックがぶつかったんだろう。

 

f:id:nihon-momo:20190914165219j:plain

踏切の近くの線路ぎわに置かれた花束。もう枯れはてていた。

上には、飲み物のパックが置かれていた。

 

f:id:nihon-momo:20190914165253j:plain

 

こんなに狭い2メートル通路を、よく13トンのトラックが通れたものだと思う。

運転手は、道を間違えて、どんなにか焦っただろう。

 

そして私は、昔から、先頭車両には極力乗らないようにしてきたが、これからもそうしようと思った。

2019/09/13

みちのく一人旅

先日、明け方に、夢を見た。

仲が悪かったのに、父から電話がかかってきた夢だ。

私のスマホが鳴ったのだが、聞いたこともない呼び出し音だった。

ともあれ、出てみたら、父だった。父には不似合いの、何だか明るく楽し気な口調。電話なのに、顔まで見えていた。

確か、「オー、元気か」みたいなことを言っていたが、忘れた。

 

その数日前だが、みちのくに一人旅をした。目的は、自分のルーツさがしである。

これまで興味はあったけれど、ずーっとしてこなかったのを、決行した。

父方の爺さんは、どういう経緯であの性格異常の婆さんと知り合い、一緒になり、父が産まれたのか、誰も知らない。

母は、婆さんに、そのことを尋ねると、「私の傷口にふれて」と、ますます発狂したので、聞き出すことはできず、その辺の事情は誰も知らない。

爺さんの写真もない。日本には、戸籍謄本という便利なものがあるので、さかのぼって見てみると、祖父母は、父が産まれてから入籍し、すぐ抜いている。要は、父を、「非嫡出子にしないだけ」の婚姻届けであった。婆さんは、育ててもいないくせに、父の母親ぶり、嫁に来た母のことを、姑ぶっていじめた。本当に、嫌われるために生まれてきたようなクソババアだった。俗に、「若気の至り」とは言うが、こんな婆さん(当時は若かったとはいえ)のどこが良くて、爺さんは一時なりとも一緒になってしまったのだろう?

 

ともあれ、戸籍謄本に出ていた本籍地を訪ねた。

実は、20年ほど前、この戸籍謄本を頼りに、両親が訪ねていた。そして、某お寺に墓もあった、と言っていたが、あいにく私は当時、興味が皆無だったので、詳しいことは聞かずにいた。

そのはてしない田舎、かつてはイカ漁で栄えたけれど、今は見る影もない寒村を、訪ねてきた。

有難いことに、1日数本はバスが通っていた。

本籍地だったところには、もうその家の関係者は住んでいなかった。近所に聞いてみても、知らない、という。そりゃ、仕方ない。もう何十年も前の話だものね。

 

両親から、墓があった、と聞いていたので、地元の地図を見ながら、お寺を一軒一軒訪ね歩いたら、偶然と言うか仏様のお導きというか、父方のお墓を発見することができた。

住職さんに聞いても、もう無縁墓になっているので、そのうち廃墓する予定、という。

裏面に刻まれていた建之者の名前は、爺さんの兄になっていた。

私は、雑巾を借りて、もう廃棄寸前のその墓を掃除し、住職さんから借りて、ろうそくと線香を立ててきた。

帰宅後、そのお寺あてに、「お経でもあげてやってください」と、1万円送った。現金書留なんて使ったの、何年ぶりだろう?

 

夢の中で、父から電話がかかってきたのは、そのあとである。

2019/09/12

あの「朝日新聞」が、こんな副業を始めていた!

電車の中の広告。びっくりした。こんな副業まで始めなければならないほど、朝日新聞の収益は悪化しているってことだろうか。

 

 

しかし、40歳から65歳限定とはいえ、朝日新聞に結婚相手探しを頼む人なんて、いるかい?

 

それにしても、びっくり。

 

2019/09/11

共産党と社会(社民)党の偏頗

既に亡くなられたが、ノンフィクション作家の上坂冬子さんの著作を読んだ。

過去に週刊誌に連載したエッセイをまとめたものである。短いものの方が私にも読みやすい。

いくつも気になる点があったが、とりあえず共産党と社会党(当時)の狂態について書かれていたので記憶代わりにメモすることにする。

 

上坂氏は、1992年、新潟市から、「憲法記念日」によせての講演を依頼されていた。しかし、これが、公園の日の一週間前に突如キャンセルされた。

理由は、地元の共産党市議、社会党市議団が、

「上坂氏は護憲派ではない」

という主張で、この講演会に横やりを入れてきたためであった。

 

新潟市も、なんという定見のなさだ、と私はあきれた。

しかし、それ以上にあきれたのが、市にこんな横やりを「正しい」と信じ込んで行ってくる共産、社会党市議団の方である。

護憲派、という名の付く人らは、日本国憲法はダイヤモンドのように、一字一句の誤りも傷もない、未来永劫完璧なものだと信じ込んでいるらしい。たかが、人間(外国人)が書いた文章をそこまであがめたいのなら、まあ、おめでたいが、それも勝手にして良い。

しかし、上坂氏の「思想、信条の自由」「表現の自由」はどうなっているんだ?それぞれ、彼らが大好きな日本国憲法の第19条、第21条に規定されているではないか。

 

両党が、上坂氏を「護憲ではない」と決めつけたのは、ある時、朝日新聞の取材に答えて、

「憲法は、今のままでいいのだろうか」

と疑問を投げかけた言葉にすべての根拠を求めていたそうだが、共産党、社会党とも、なんと自己矛盾した政党だろう。自分らの主義主張と相いれないのなら、事前に横やりを入れるのではなく、講演を聞いてから、きちんと納得のいく態度と文章で反論するのが大人のすることだ(=どうせ、これができないから、なのだろう)。

 

しかし、上坂氏が「強いなあ」と思ったのは、そのキャンセルについて新潟市に抗議をしたところ、市は全面的に非を認め、上坂氏にキャンセル料を払ってきたのだそうだ。上坂氏は、そのお金を、全額、韓国の老人ホームに寄付したという。

 

社会(民)党はその後、拉致被害者とその家族への対応のひどさから、国民の信用を喪失した。この7月の参議院選挙でいよいよお陀仏か、と期待していたけど、ぎりぎりで政党構成要件を維持してしまった。

共産党などもっとひどい。志位委員長など、党員からの互選もなく、2000年から今日まで20年近く委員長の座にいる。これをおかしい、そろそろ交代を、と言えないほどの思想・言論不自由な政党である。いや、政党とも呼べるような仕事は一切していないが、洗脳された無名の労働者らからぼり取ったカネで上層部らはたいそうな御殿にお住まいだそうだ。これで共産主義とは笑える。

ここまでいくと、護憲も共産主義も宗教の域なのだが、なぜ党員らは気が付かないのだろう?

2019/09/10

この建物は「オス」だ

ちぶたんさんのブログから勝手に拝借して申し訳ありませんが、

https://ameblo.jp/cxmbc545/entry-12521515737.html

 

トイレネタが大好きなうちのアメリカ人旦那が、

 

 

この写真を非常に気に入り、「これ、どこにあるの?」と聞きました。

実際に行ったら、マジで〇〇〇が縮んでうまく放尿できなくなりそうだと。

 

で、またその旦那がどこからから見つけてきた写真。とある建物の航空写真だそうですが、

 

 

この建物は、男性のようです。

2019/09/09

「京急線の謝罪」と「街路樹」

京急線が走り出した。

 

f:id:nihon-momo:20190909181148j:plain

Keikyu 1

平常通り運転される、ということがいかにありがたいかを、今回、そして今朝も身をもって知った人は多いだろう。

 

f:id:nihon-momo:20190909181154j:plain

Keikyu 2

そして、日本人らしく、日本企業らしく、お詫び文が日英文で貼り出された。

京急自身だって被害者なのに、日本では、これは致し方あるまい。とりあえず謝っておけば乗客の怒りの矛先はおさまるのだから。

海外だったら、自分のミスでなければ、絶対謝罪なんかしないだろう。飛行機だって、自らの落ち度でない限りは、何十時間遅延しようと、到着する空港が大幅に変更されようと、絶対に謝らない。もし謝ったら集団訴訟が待っている。

 

なんでもすぐ謝りさえすれば許してもらえる、という感覚を、日本国内で納めているのならまだ許せる。最近もっとも腹が立ったのは、維新の党が、丸山穂高議員の「戦争をしてでも北方領土を取り返せ」といった発言を、ロシア大使館にまでのこのこ謝罪に行ったことである。この一件だけで、維新の党は、超ドメスティックな政党であり、海外に住んだり留学したりした経験のある人間がゼロなんだとわかる。泥棒に謝りに行くバカがどこにいるんだ。従って、維新の党は、国政(外交)にかかわる資質はない。ロシア人や支那人、韓国人が日本や日本人に何か悪さをして謝ったことが一度だってあるか。

 

今朝まで続いた台風もこれまたすごかった。ベランダを見たら、街路樹の葉っぱだらけになっていた。歩く道も葉っぱだらけ。

ふっと、基本的なことを思った。人はなぜ、街路樹を植えるんだろう。

考えてみる限りでは、緑が美しい、目と心の保養になる。日射を遮る、街路に彩を添える、酸素を出してくれる、歩道と車道の境界線をはっきりさせる、などが考えられる(ほかにあれば教えてください)。

しかし、樹木とは、植えるだけではない。台風がなくとも、毎年、秋を過ぎたら、落葉がすさまじい。葉っぱをかき集めて捨てる作業の手間、燃やす税金、等々、植えたあとの世話が大変である。樹木は、植えただけでなく、世話をしてなんぼだ。

道路沿いの掃除や草木のメンテナンスも、公共工事に含まれると教わったことがある。緑を保つには税金がたっぷりかかるのだな。