裁量労働制を取り入れる改正法案の提出が、来年に持ち越されるらしい。
安倍総理も、せっかくの法案提出が、厚生労働省の使えない役人らが作成した「労働時間等実態総合調査」に虚偽が多々あったせいで、ただ反対するしか能のない野党に、余計な攻撃材料を与える結果になってしまった。とんだ「とばっちり」である。
そもそも「立憲民主党」なんて、与党になる気などサラサラ持たない、ただ自民党に歯向かって足を引っ張るだけが目的で存在する政党である。それでも結構投票する有権者が多いのには驚くしかないが、彼ら野党のアタマでは、いつまでたっても、労働者は「時間給」で働くものと位置付けられ、「成果給」というものは度し難いものらしい。そして、予想通り、「裁量労働制では過労死が増える」というフレーズを、反対の御旗に掲げている。
そもそも、裁量労働制の対象となるような労働者は、特殊な資格やスキルを持ったごく一部の才能ある人に限られているのであって、彼らのような高度な労働者には、「時間いくら」の物差しをあてがうほうが失敬である。野党のメンタリティーは、あいも変わらず、「会社=資本家=悪」の真っ赤な構図で固まっているようだが、それほどのスキルをもった労働者であれば、理不尽なことを言う経営者に遭遇してしまったら、さっさと転職して、もっとマシな経営者のもとで働く能力があるというのに。
そもそも、裁量労働制であれば、個々の契約形態にもよるかとは思うが、
「今日は朝、立ち寄ってから出勤します」
「映画を見に行くから4時で帰ります」
「この続きは家でやる」
といった選択肢は原則自なのでである。9時から5時までかっちりオフィスに縛られているより、ずっと「人間らしい」仕事人生ではないか。朝から深夜までの長時間労働なんて「No way」と言えばいいのだ。
外資系企業だと、とうの昔から、「Non-Exempt(ノンエグゼンプト)」と「Exempt(エグゼンプト)」の区分がある。前者が超過勤務手当もつく、時間給の労働者で、後者は「年俸いくら、はい、以上」のプロフェッショナル社員だ。私は最初に入社した米国系企業の本社機構では、まだタイムカードを押していた。しかし、周りを見ると、タイムカードを押す人がなんだか少ない。セクレタリーとかアシスタントみたいなポジションに限られていた。
昇進して、タイムカードを押さなくなっても良くなったときの悦びと幸せは、忘れられない。
あの時から、「タイムカードを押すのは恥ずかしい」「時給いくらで働いているのは労働者としてレベルが低い(その職種の方、暴言をお許しあれ)」という信念を持った。そして、会社にダニのように寄生して、金と休みばかり求め、働き出すのは5時過ぎてからという、労働組合員と名の付くタイムカード労働のクズどもを見て、いつも「こいつら、いつかボコボコにしてやろう」と思っていた。
余談1:菅直人が大臣だったときから、厚生(労働)省って、書類を隠したり処分したり処理したり、が、あきれるほど下手くそなんですね。
聞いたところによると、国は、データ処理のできる人物の育成も怠っているし、それにかかる費用も出そうとしないのが根本原因の一つだそうですが。
余談2:男の人って、女より時代の変化に弱いんでしょうか。時代が変わるとともに変わるのは女ばかりで、男は明治に頃から根本的に変わっていないような気がします。