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2017/12/30

福祉のパンを食べた

勤務先に、CSRにわりと熱心な人たちがいて、知的障害者らが作ったパンを購入して食べる活動を時々している。
値段も普通で、別に特別なパンではない。ソーセージとかチーズとか焼きこんだりしているものだ。私も、できるだけ買っている。
が、ふと思って、シールに印刷されている「原材料」を見た。そうしたら、結構添加物が入っているのを知った。
乳化剤、増粘剤(キサンタン)、香料、着色料、酵素、漂白剤、酸化防止剤、と。

ふむふむ。

障害者が作っているからと知って自然食品に近いものと勝手に思いこんでいたわけではないけれど、どうしても必要な添加物なのかどうか、と思った。彼等とて、営利ギリギリというか福祉の線上のボーダーラインでやっているので、コストは少しでも抑えたいところだろう。賞味期限は、当日内だったのだが。

「障害者」で思うのだが、私はこのごろ、自分が「アスペルガー」に思えてならない。
一番気になるのは、社会人になってからも「桃実さん、思ったことをぺろっと言い過ぎ」と言われることが結構多かったことである。
義務教育のころは極めて活発で、思ったことはすぐさま発言するのが良しとされていたけれど、大人になったら、思ったことはすぐ言わず、黙っていた方が安全であることに、かなりの年齢になるまで気づかなかった。日本人は、いつも、お偉いさんを迎えての会議の場では黙っていて、あとで「自分は実は反対だった」のようなことを言う。ああいう神経が理解できなかった。しかし今では、「自分はこの会社に何らの責任も負っていない」と思って発言は慎んでいるし、人に対する非難ととられる発言はやめている。しかし、私の悪口をせっせと人事部に吹きこんでいた卑怯者らはかつての勤務際に結構いた。
どっちが良くてどっちが悪い、どっちが得でどっちが損、か、ちっともわからない。

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2017/12/29

街中の写真たち

横浜西口に結構大きいビルが新築中だったので、何ができるのか?と思ったら、駿台予備校の「2号館」であった。
18歳人口が減少していくのに、さらに新しい予備校のビルを建てる? 蛮勇な。
2階から4階まで光が反射して変に写ってしまっている。失礼。




三菱自動車の本社前に、こんな碑があった。
江戸時代、現在のJRの線路が通っているあたりは海で、三菱自動車の本社敷地は薩摩藩の屋敷跡だという。へええええ。歴史の一こま。そういえば来年大河ドラマ、西郷どんなんですってね。でも、鹿児島みたいに超難解な方言を使っていた昔びとたち、どうやって会話をかわしていたのだろう?



こんな、色あせてしまったポスター・・・・



こんなふうに、繁華街の一等地にもかかわらず、愛煙家のために、喫煙スペースを提供しているブースが時々ある。1階は煙草や喫煙具売り場、2階が喫煙スペース。こんな一等地にこれだけの不動産を確保して無償で開放しているとは、JTか誰かがスポンサーになっているのだろう。



最近のオフィスビルなんか、ビルの外の、雨風が吹きさらす場所に喫煙スペースを設けている。見ていると、「スモーカーいじめ」に近い。ああまでして、必死に煙草を吸っている方も惨めだし、あれは暗に「煙草なんかやめろ」と迫っている図だ。
ちなみにこの煙草スペース、「テナント募集」のビラが貼ってあって、あれ?と思ったら、今月末で閉鎖するとあった。喫煙者人口の減少で、採算が合わなくなってのかな。

2017/12/29

絶滅危惧種の写真




下の緑の物体の2つもそう言えるかもしれないけど、私が思わず写真に撮ったのは、上の「公衆電話マーク」。
まだこんなマーク(サイン、っていうのかな?)、あったんだ。ひえ~~っ。

私が子供のころは、電電公社に頼んで、2か月くらい順番待ちをしないと、家に電話を付けてもらえなかった。家に電話のない人は、電話のある家にかけて「呼び出し」をしてもらった。
機能も何も付いていなかった。家にいて、誰か出るまで、根気よくかけ続けても、誰もいなくて、伝言ができず、大変な目にあったこともある。
そのうち、100円玉の使える公衆電話ができた。それから、NTTになり、テレフォンカード、10円、100円玉が使える現在のような公衆電話の原形がほぼ固まった。電話にも、留守電、キャッチなど、いろんな機能がついた。
一時期、IP電話っていうのがちょこっと出ていたけど、使われないうちに撤収されてしまった。

そして今、固定電話が家に無くてもおかしくない時代がまた始まった。


2017/12/28

日本女性と健康

おそらく2012年から「長寿世界一」の座を保ってきた日本女性が、2015年には、その座を「香港」にゆずったそうだ。公式には、支那の領土になっているはずだが、こういう統計だけ「香港」は支那と別扱いになっているのは何故なんだろう。おそらく台湾も別扱いのはずだ。ひひひ。

話がそれたが、私は、前から、「専業主婦ばかりだった日本女性」が、男性に伍して働くようになったら、男性と同じくらいに平均寿命が縮むのか、興味を持って見ている。いまの長寿世代はまだまだ専業主婦世代だから、あと30年後くらいから変化が生じるかな。

私は今年もこれといって病気もせずに過ごすことができた、ありがたや。

実は、骨粗しょう症傾向があるので、ずーっとビタミンK、D、そしてもう1種薬を処方してもらっているが、なかなか骨密度が上がらない。長年乳製品を避けてたからだろうか。医師からは、「スクワットがいいわよ」と言われているので、朝晩だけでなく、信号待ちやエレベーター待ちの間にもついグーッととスクワットしてしまい、「あやしいおばさん」全開である。

骨密度を増すため、最後の頼みの綱で、今月から、

「女性ホルモン補充療法」 (HRT)

を、始めた。
といっても、下腹部に、直径3.5cmの丸いシールを貼るだけ。
72時間有効なので、3日間貼りっぱなしである。
経口で摂取すると、肝臓を経由するのをかかりつけ婦人科医は嫌うので、経皮なのだ。これで、はたして卵胞ホルモンが本当に吸収されるのか、と、半信半疑である(注:このホルモンには骨密度を増す効果が期待される)。しかし、今はこれに保険が効くのでありがたい。月2000円程度である。

脳の検査も自費で受けたけど、そのついでに、血圧が低いこと(上、90台、下、70台)を告げると、
「そのお年では、低いですねえ」
と言われた、低いからと言っても支障はないと思っていたけど、私の年ならもっと高いのが普通だという。はあ。
「塩を食べればいいですか」
と聞いたが、血中ナトリウム量が正常なら、塩を多く摂取することは勧められないという。結果、
「水分を沢山摂ってください」
と言われた。はあ。
そんなわけで、職場では、お白湯をメインに多く飲んでいるが、お手洗いに行く回数が増えるばかりで、本当にこれが正しい方法なのか、疑っている。
2017/12/27

生前葬は名案 (と、不治テレビ)

コマツの元社長(80)が、がんにかかったことを理由に、生前お世話になった方々に感謝したい、と、「生前葬」を開いたことが、しばし話題になっていた。
これはいいアイデアだなあ、と思った。
なにより、葬式に本人自身が参加しているのが良い。葬式といえば、死んで物が言えない、聞こえない本人を生きている人たちが取り囲んで行うのが定番だったが、これじゃあ、本人に何を言っても聞こえないし、言いたいこと、伝えたいことがあっても、手遅れである。
その点、生前葬ならば、これまでなかなか面と向かって言えなかった感謝の言葉、その他、もろもろ、きっかけが無くて言い出せなかったことなどを、生きている本人に直接伝えられる。

私は以前、「生きているうちに言おうよ」というエントリーを書いたが(←今、いくら検索してもひっかからない。Why?)あの人は素晴らしい人でした」、とか、「お世話になりました」とか、死体に向かっていくら言っても手遅れなのだ。
そして、生前葬の後、実際に死去したら、家族だけでこぢんまりと送り出せばいい。あとは焼いて埋めるだけだから。そこまで、親戚でもない人々を巻き込む必要もないのではないか。


ところで、話は変わるが、不治テレビが力を入れて作っていた「民衆の敵」という月9ドラマ、私は一回も見たことはないのだが、なんとなんと、視聴率が4.9%で終了したそうだ。
主演女優は、あの、篠原涼子である。それ以外にも、今をときめく高橋一生や石田ゆり子などを起用しながら、月9史上最低の数字を記録してしまった。
不治テレビは、どこまで主演クラスの俳優、女優を傷つけたら気が済むのだろう。
これでは、彼らは今後不治には絶対出ないと思わせて終わるだけである。
これはもう、テレビ局として、生前葬状態ではないか。

2017/12/26

元日休業どころか3が日休むべし

今日ネットを見ていたら、人手不足のため、元日の営業を休む店舗が増えてきた、とあった。
当たり前である。元日くらいみんな休め。ついでに、3が日休めばいい。昔はどの店もそうだった。昔、母が、付録の「家計簿」を買うために、12月号だけ、婦人雑誌「主婦の友」を購入していたが、そこには、必ず「年末の買い出しリスト」という1ページがあった。トイレットペーパー、ティッシュ、お酒、醤油、砂糖、餅、土産物、赤ん坊のいる家にはおむつ、など、12月31日までに購入したかどうかのチェックリストがついていたのである。
コンビニの登場とともに、年末買いだめておく必要もさらさら無くなった。

コンビニの店員さんには悪いけど、彼らが働いていてくれる限り、あとの店舗は3が日しっかり休んでもらっていていい。コンビニの店舗も都心では半分くらい休んで良いかもしれない。

電通で、東大卒の若い女性社員が命を絶ってから、2年が過ぎた。
日本は、労働生産性の低さをよく指摘される。私は残業なんかしないが、相変わらず、一般企業、とりわけ、昔からある会社は、夜遅くまでいればいるほど評価が高くなるのだろうか。そして、会社内ではなく、飲みの席で顧客を接待したり、仕事をもらったりしているのだろうか。そして、そういう慣行に「おかしい」などと異論を唱えず、歴代の上司らがしてきたまま、オヤジ体質を変えずに生きてきたものだけが出世するのだろうか。

ドイツでは、日本より労働時間が短いことが知られているが、成果は日本を上回るらしい。かの国と、日本を単純に比較はできない。なにせ、「カスタマーサービスマインド」が恐ろしく低くともビジネスが成り立ち(ドイツでは客とサービス提供者の地位は平等)、そもそも、働くことは神からの罰である国だ。働くことに対するカルチャーが全然違う。
それと、もう一つ。これはうちの旦那が来日してまもないころ言っていたことなのだが、日本は日が短くて、会社が終わるとすぐ暗くなるから、なにもできないからつまらん、でも、アメリカだと会社が終わってもまだ明るいからどこかに遊びに行ける、と。これは非常に印象的な言葉だった。
ドイツでは、仕事が終わると、庭仕事など、趣味に時間を費やして遊ぶ。これに対し、日本人は、日が明るいうちは帰宅したがらない(悲)。また、自嘲気味に、「おれ、家に帰っても居場所内から」と言うおやじがいる。日本では、アハハですむ自虐ジョークだが、こんなことを西洋人の前で言おうものなら、大層誤解されるに違いない。「この男は、家庭の不和をなんで堂々言いふらしているのだろう?」と。

ともかく、日本の悪しき慣行を変えないのは、古き悪きオヤジたちだと思う。それともう一つ、日が暮れても「あ、これ明日までにやっといてね」と、人の帰宅を平気で妨げ、言った通りにやるのが当然と思って疑問を持たない「お客様」も、同じくらい悪い。

2017/12/25

男が男を殴る時

亡父は、これといって取り柄が思い出せない男だったが、母に手を上げたことは生涯一度も無かった。それだけは、ほめてやる。男が女に暴力をふるったら、それは絶対だめだ。

元巨人軍の王さんが昭和55年(1980年)、40歳で現役を引退したあと、「回想」と題する本を出版した。まだ手元に持っている。
その中に、「堀内を殴った」ことがつづられていた。1968年(昭和43年)の6月のことことだそうだ。
原因は、門限ギリギリに帰ってきた堀内が、帰るなり、帳場で電話を借り、延々と話し込み始めたからである。
「電話を借りる」とか「帳場で」などと、本から写し書きしているだけで、時代を感じる。
当時は言うまでもなく、携帯なんかなかったから、人と電話で話すときは、10円玉を大量に持ち、公衆電話でかけるか、誰かから借り、あとで料金を払うしか手段はなかった。その時の宿舎は、名古屋の日本式の旅館であったから、ホテルに泊まる今と違い、プライバシーもなにもなく、声は筒抜け。その日は、試合が流れてしまい、みんなで気を引き締めようと誓い合っていたそうだ。そこへ、「俺は門限を破らなかったぞ」と、意気揚々と帰ってきた、20歳そこそこの堀内が、今で言えば「空気を読めず」に、延々電話を掛けつづけていたことで、みんなの緊縮ムードをぶち壊してしまったようだ。立ち向かおうとした国松コーチを抑えて、王さんが向かった。

王さんは、電話の終わった堀内を大広間に引きずり出し、堀内によれば「一発で1メートル吹っ飛んだ」ほど殴った。そのあと何発殴ったか、覚えていないそうだ。

こういうのは、男の世界の話だなあ、と思う。今だったら、王さんであっても、謹慎処分か、最悪引退に持ち込まれていたかもしれない。誤解しないでいただきたいのは、王さんとて、人を殴ることを肯定しているわけではない。しかし、殴る時は心をこめて殴る、と書いていた。女には理解しがたいが、男には、こういう制裁も、時には必要だ、ということだろう。

ただ、ちょっと気になったのが、王さんは、こういう苦いエピソードを、人のお祝いの場で話すクセがあるらしく、この殴った話も、堀内の200勝パーティーの場で「何の抵抗もなく」話し、当の堀内も「嬉しそうに聞いていた」、と書いてあるところだ。果たして、そうだろうか?世界の王さんにこんなこと言ってはならないのかもしれないが、殴られたことを、いくら自分に落ち度があったにせよ、人は嬉しそうに聞くものだろうか。私など、器が小さいので、人から叱られたことは、嬉しい思い出にも懐かしい思い出にもなりえず、一生恨んでしまう。その人との人間関係だって、どうあがいても元通りにならないし、したいと思う意欲も持てない。だから、気を付けていたのは、後輩や部下や派遣社員を叱るにしても、その人の心に重い傷や禍根を残すような言い方は絶対にいけない、ということだ。これは、私が女で、学生時代、運動部などで汗を流し上級生からビシバシ叱られた経験がないせいだろうか。

この節の冒頭に、
「今はなんのわだかまりもないが、かつて私は堀内を殴ったことがある」
と語っているのも気になる。「なんのわだかまりもないが」なんて、王さんが書くことではない。堀内さんの心の中を勝手に解釈してはならないと思う。

とにかく、私が女だから、賛同しにくいのだろうか。

日馬富士も、リモコンでなくて、素手(グー含む)だったら、まだ引退までは迫られなかったのだろうか。
上下関係の厳しいスポーツの世界では、殴る蹴る、は当たり前にあると思っている。しかし、横綱だったから責任を問われたのか、リモコン(+瓶)だったからか、はたまた怪我の度合いが縫うまで行ったからか。堀内を殴った王さんに聞いてみたいものだ。

2017/12/24

競馬はちっとも

ちょこっとテレビを付けたら、北島サブちゃんと武豊が映っていたので、ああ、キタサンなんとかが優勝したんだな、と、競馬ど素人の私でもわかった。とりあえずおめでとう。これでこの馬は引退らしい。
しかし、競馬場が紳士淑女の社交場でもあるイギリスとは違い、日本では競馬のイメージなんて最低だ。ギャンブル中毒や、夫婦不和、家庭崩壊をもたらすイメージしかない。はては借金までしてのめり込む。競馬新聞に印をつけ、耳に鉛筆はさみ、負けたら外れ馬券をバーっとばらまく。おお、いやだ。

私はド素人だから間違っているかもしれないが、走る前、「パドック」?で、馬の体を間近に見るチャンスがあるそうだが、そんな馬体を見て、 「よし、今日はこの馬に賭けよう」とか、わかるものなのだろうか。

いつも母が言っていたが、競馬で蔵が建った人はいない。最近は、競馬場も、イメージを上げようと女性客の獲得に懸命みたいで、電車の中吊りでもレディースデーとかで懸命のお誘いをしているが、私の周囲で競馬に興味があったり、実際に馬券を買っている女性は皆無だ。私が唯一興味を持った馬は、白馬の「ユキチャン」だが、これは、白馬だったからニュースにもなったのと、名前が人間の女の子と同じで可愛かったからだ。しかし、見に行ったわけではない。

NHKでも中継されるくらいだから、有馬記念、その他、有名なレース(重賞、っていうのかな??用語はちんぷんかんぷん)は、私が嫌うほど悪いものではなく、結構格式があるらしい。そして、それをきちんと実況中継するアナウンサーがいる。カーリングとかフェンシングとか、あまりルールが一般的に知られていない競技を実況できるアナウンサーって良く勉強してる。一瞬で終わる競馬の実況中継もしかりだろう。それは感心するが。

男って、こういうものに燃えるものなのか。
女の私にはちっともわからない。
2017/12/23

一般参賀に行ってきました

これまでテレビでしか見たことがなかったが、今日は初めて、皇居の一般参賀に行ってきた。
今年は、ご退位の決定があったため、例年よりずっと多い、5万4000人ほどが訪れたそうだ。皆さん、関心が深い。

今上陛下の御世も、あと1年4か月。
しかし、非常に正直に申すと、来年の85歳のお誕生日が、必ずあるとは限らないことに気付いた。
ご高齢なので、いつ何があってもおかしくない。なので、思い切って行くことにした。

カバンの中だけでなく、金属探知機によるボディーチェックまで受けた。液体類の持ち込みは禁止のため、みなさんペットボトルを所定のゴミ箱に捨てていた。

11時、2度目のおでまし。私が大嫌いなこの嫁は、私の見ていた位置からだと、ちょうど、窓わくにさえぎられて、見えにくくなっていた。ほっ。下の写真でもそう。


11時から、5分間のおでましだった。今日のよき天候を喜ぶお言葉から始まったが、写真を撮るのに夢中で、お言葉を真剣に聞きそびれてしまった。



秋篠宮殿下は、やはりちゃんとご身長がありますね。これなら誰かのように、海外の王族に囲まれると、背の低さで埋没してしまうこともありません。王族、皇族は、見栄えもやはり大切な問題だと思います。本人の落ち度ではないにせよ。



報道各社がぎっしり。

5分ほどで終わってしまい、皆さん一斉に退出。



私はやはり、皇居周辺の丸の内の光景が、日本のなかで最も好きだ。
海外から来る人たちは、日本にゴミが落ちていない清潔さを称賛するが、このあたりも本当にきれいだ。日本人は公徳心が高いので、このあたりにゴミを捨てたりしない。



出たところに、お土産さんも並んでいた。「皇居はちみつ」、「菊花まんじゅう」、「二重橋ワイン」、「皇室カレンダー」などなど。



長い間工事をしていた東京駅丸の内口の工事も終わっていた。前、タクシーだまりがあったり車道だったところが、きれいで広々とした広場に転換されていた。これほどのスペースを、公道から広場に造り替えるというのは大変なこと。




やっぱり丸の内は美しい。丸ビル(左)と新丸ビル(右)。

ところで、これまで、皇居に参賀する人々が手に持って降っている日の丸の小旗、あれってみんな自宅から持ってきているのか?と謎だったが、並んでいると、それを配る人が何人もいて、持たせてくれることがこのたび判明した。そうなんだ。でもこの小旗ももしかしてMade in Chinaか?


2017/12/22

「自分は英語ができる」と思っている人たち

今日、会社で、あるアメリカと私の上司との間の通訳をした。あまり長い時間かからなかったから助かったけど、このアメリカ人、すっごい訛っている。日本だったらさしずめ、東北訛りに当たるのだろうか。参った参った。でも、向こうだって「日本語訛り丸出しの英語しゃべりやがって」と思っていたかもしれないから、偉そうなことは言えない。

私は長年外資系に勤め、オフィスでは書類やメールで英語を書きまくっているけれど、絶対にNative並みの英語は書けないという自覚を常に持っている。これまでも時々会社から頼まれた英訳を、旦那ちゃんにチェックしてもらってきたけど、一つも直されずに済むことが、絶対と言っていいくらいない。そのくらい、nativeは違うのだ。私らだって、外国人が書いた和文を見たら、絶対にどこかおかしいと思うだろう。

前勤めていた会社(もちろん米国系)で、
「あたしは前、NYに留学していて、NYの法律事務所で働いていたの」
というのが自慢の女がいたが、この女、しゃべるのは辛うじて何とかなっていたみたいだけど、メールや書類の英語が滅茶苦茶で、文法や時制がおかしい以前に、中学校レベルの英単語もスペルを間違えていた。Wordで書けば、スペルの違うときは下に波線が表示されるはずなのに、それが目に入らないのか、あんなレベルで平気でプリントアウトして客に配ったり本社に送ったりできる神経がわからなかった。しかし、人の忠告など聞きいれる性格ではないので、イヂワルだった私は、あの女が作って客に渡してしまったことが後になって判明した書類に思い切り赤を入れて、あの女の机の上に置いておいた。それを見て、狂暴だった彼女もちょっとは反省したらしく、しまいにゃ「桃実さんは英語上手だから」なんてお世辞を言いだした。なんで、あんなに自分のレベルに疑問を持たずに生きてくることができたのだろう。

さて、今の会社でも、私と直接英語のメールのやりとりをすることはないけれど、上司から転送してもらったメールに出ていた、ある男性の英語があまりにひどいので、「よくこれで本社に平気で送れるなあ。本社も意味わかってくれているのかしら?」と思ったほどだ。
その男性が、この間、初めて、私にある英文メールのプリントアウトを持ってきて、
「これって、こういう意味かな?」
と質問してきた。私もそれを読んで解釈を伝えてやったのだが、返信しなければならない、と彼は言う。
「だったら、日本語で原文をくれたら私が英訳してあげますよ」
と、親切で言ったつもりだったが、その男は、
「いや、俺だってそのくらいのメール書けるから」
と、自分の席に戻って行った。
私は唖然茫然である。日本人だから、冠詞が無いとか名詞の単数複数がめちゃくちゃとか、動詞がヘンテコとか、日本人がやりそうなミスの理由はよーくわかるので、意味を推定しながら読めるのだが、あれをそのまんま読まされる本社の人間の身にもなってみろ、と思った。
しかし、彼は「俺だってそのくらいのメールは書けるから」と思っている。そして、native English speakerほどではない私は、「あなたのメール、英語になっていませんよ。だから私がお手伝いしようと言ったのに」というようなことは言えず、ただ黙ってしまったのである。