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2014/12/31

年越しラーメン

年越し蕎麦ではなくて、ラーメンの写真で代用いたします。
これは、横浜市民のソウルフード、「サンマー麺」。
秋刀魚が入っているわけではありませんので念のため。
これでいまどき450円は涙もの。私、あんかけ系って好きなんですよね。
 

 
本年もまた大変お世話になりました。
母も何とか死なずにいるようです。
皆様方も、おかしいと思ったら、医師を変えるとか、大病院に紹介状を書いていただいてください。
来年もまたよろしくお願いします。
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2014/12/29

鬼のように片づける

あ~疲れた、なんて言っていられない。へたばるわけにはいかない。
幸い、病室の母に会いに行くと「あんた、元気だね」と言う。
病人に比べたら、健常者は誰でも元気に見えるだろうけど。
 
昔ながらの日本の女性は、年末には一日中働きまくって正月の準備をしなければならないような固定(強迫)観念がある。私自身は、12月から1月に代わるからと言ってもバタバタしたくないのだが、母が入院中のこの機会に、目いっぱい片づけをしている。
長年専業主婦をやって来た割に、母は、娘の私の目から見ると、あまり片づけが上手ではないと今更悟った。
私は、モノの数は必要最小限しか持たないし、使わないと見ると、住居スペースが勿体無いから、思い切って捨てる。しかし、母は、「昔の人間だから」と言って、使わなくても延々保管している。母の場合、「保管、保存」は、とりあえず、視界から抹消することであるが、一度抹消したモノが、再び母の指にふれることは、断じてない。
視界から抹消する先も、まあ、あきれるほどまちまちで、年金、金融機関、介護、保険、その他の通知の葉書や書類が、箪笥や押し入れや引き出しのあちこちから、出てくる、出てくる。こういうのを見ると私は、地を這うほど低い血圧がぐわーっと上がり、鬼のようにバシバシ片づける。私が菓子の空き箱を利用して作った整理箱もちゃんと使えておらず、結局私が全部整理するのだ。過去2年分くらいを残して、あとは全部シュレッダーだ。
1度くらいしか使わなかった健康食品や通販のカタログなども後生大事にとってある。なんでこうも律儀なのか分からない。私はそれらの封筒に書いてあるフリーダイヤルにかけて、もう送付を止めてくれと片っ端から頼む。
腐るほど出てきたのが、「肩パッド」。一昔までは、洋服に必ずと言っていいほど入っていたのだが、今、肩パッドなんざ見ると笑ってしまう。とにかく、服から外したと見られるそれが、あちこちからぞろぞろ出てきた。これも「あとで必要かと思って」と言って保存していたに違いないのだが、必要ないから外したものなんて、箪笥の肥やしにもならない。「昔の人間だから、捨てられない」のだろう。
しかし、それと矛盾するのが、あまたのミニ手帳。かつて「手帳を買ってきて」とたびたび頼まれたが、山のように出て来た。しかも、どれひとつとして、きちんと使い倒していない。最初の1~2ページに、婆仲間の名前と電話番号とか、血圧とか、体温が書いてあって、いきなり真ん中くらいに飛んで何やら書付け、最後のページを、わざわざ縦書きにして(母は縦書き世代)、何やらメモしている。とにかく、全体の9割が白いままで、そんなふうに虫食い状態に使っただけの手帳が、いくつもいくつも出てきた。物を粗末にしてはならない世代のはずなのに、こういうところはあきれる。おまけに、ページが破られているものもいくつもある。
「なんでこういうノートのページを破るの?ノートはページを破って使うものではないんだよ。破ったら形が崩れるよ」
と言っても、
「でも、書いたのが汚なかったから」
などと言う。とにかく、文房具の使い方が全体によくわかっていないし、在庫を確認しないで次から次にモノを買ってくるので、同じものが5個も10個も出てくる。こういうのを見るとまた、頭から湯気が出る。シャツも、長袖半袖、これでもかと買ってある。スカーフや襟巻も店ができるくらい死蔵しているが、常時使っているのは、2本くらいだ。
 
サラダ油や醤油のボトルも何本も出てきた。一体何人家族だと思っているんだ?原則「買い置き」というものをしない私にはイラつく。賞味期限の新しいものを数本、近所にあげてしまった。
 
今日が今年最後のゴミの収集日。かくして、てんこ盛りで出した。
もう疲れたし、年内の片づけはこのくらいにしておこう。
あんまり片づけてしまうと「遺品整理」みたいかな。母はまだ生きているが、もしかしたら、家に戻ってくることはないかもしれない。
 
 
 
 
 
2014/12/27

開業医の「慣れ」と母入院

母が入院した。
 
地域包括センターのケアマネージャーさんは「お母さんまだまだ大丈夫ですよ」と言って特に介護の状態に変更を加えることもなかったが、私の目からは、日々衰える落差がはっきりしていた。
11月下旬ころから、37~38度の微熱を発するようになった母。
37はともかく38は病気である。しかし、長年のかかりつけ医師は、何度も血液検査も尿検査もしてくれたが、それらにも、内臓にもレントゲン写真にも異常はなかったので、
「微熱の原因は特定するのがすごく難しいんですよ。で、あれこれ調べているうちに、あ、治っちゃった、という例がほとんどなんです」
と言い、「元気の出る漢方薬」というのを処方した。あやしげなので、あまり飲ませずに捨てた。
次の診療日が来ても、熱は相変わらずだった。
「じゃ、大病院に紹介しましょうか」
とおだやかに言って紹介状を書いてくれた。医師は、母の肝臓にある「のう胞」を疑っていた。しかし、心配している風が無い表情であった。それはある意味、患者にとってはありがたいことなのだが。
ほどなく、腰の激痛が始まった、近所に、ごく最近腰痛でのたうちまわった経験のあるおばさんがいて、母の枕元に乗り込んできて、腰痛マッサージをしてくれた。これは多少効いたらしい。「うつぶせで寝なさい。うつぶせで寝るとまだましでしょう?」と言って母をそのように寝かせた。
しかし激痛は収まらず、そのおばさんお勧めの鍼灸師を呼んだ。すごくいい鍼灸師だったが、痛みは多少緩和されたものの相変わらずだった。鍼灸師は「うつぶせでは絶対に寝かせないでください」と厳命した。
ひとさまのサポートを借りて、なんとか外に出し、整形外科に連れていったが、レントゲンを撮っても、圧迫骨折だと断定できるほどの所見が無かった。それで、痛み止め(トラムセットと座薬)をもらって帰ってきた。それでしばらく様子を見るように、と。あまり効かなかったが。
 
腰が痛いので、外出を渋っていたが、胃カメラはキャンセルしても何とかCTだけは受けてほしいと説得し、CT検査を受けさせたら、腰痛と熱の原因が判明した。詳しい説明は省くが、聞いたこともない筋肉に、聞いたこともない症状が発生していた。
「これは開業医のレントゲンではわからないですよ」
と医師。CTさまさまであった。しかも、CTを受けても、その原因が、CTに映るくらいの大きさに最低限育っていないと、CTを撮ったにしても「異常ありません」で帰される場合もあるのだという。だから、CTにひっかかったのも、ある意味、タイミング的には運が良かったのかもしれない。すぐ、入院が決まった。夜になっていたが、私から頼んでその場で入院させてもらった。来月までの入院だ。
 
いろいろなことを思った。
「かかりつけ医」を持つのは大切だが、かかりつけ医も人の子。慣れと、長年見ていることから生ずる「思い込み」というものがあり、それが判断を遅らせることはないだろうか。知人にも、長年のかかりつけ医に癌を見逃され、命を落とした人が複数いる。
整形外科医も、圧迫骨折の所見が無いのにあれほど痛がっているのなら、すぐ大病院に紹介してくれないものだろうか。もう高齢者だとそこまでの優先度はなくなるのだろうか。
ちまたに多くいる鍼灸師、柔整、マッサージ師、等々。あの人らは医者でも医術者でも医学関係者でも何でもない、ということ。根本原因が全然違うのに、腰の骨か筋肉が悪いと思う素人考えで鍼灸師やど素人のおばさんを呼んでしまって、母にはひどく可哀想なことをしてしまった。
 
 
 
 
 
 
 
2014/12/24

ちいさなしあわせ

自分で言うのもなんだが、毎日本当によく働いている。
「介護保険」という制度を日本に導入した役人や立法者たちは、先々を予見して実に良い仕事をした。
しかし、介護の根本はいつでも家族にかかってくる。
友人に、両親を介護するため、会社を辞めた人がいる。
この年で辞めたら、まともな職には二度とありつけないだろう。
そこまでの決心に追い込まれた彼女。
 
そんなふうに気が滅入っているさなか、おちゃめなはがきが舞い込んだ。
 

 
10月19日に書いたけどhttp://blogs.yahoo.co.jp/mymomomi/41215469.html)、鎌倉の豊島屋の「鳩サブレー」のこわれたのを、往復はがきで応募し当選すれば買える、というサービスの、当選葉書が来ていたのだ。これで4通目の正直である。
今月末到着分の往復はがきまでで、このサービスは終わる。ぎりぎりに当選してよかった。
横浜ー鎌倉間は往復680円。わざわざこわれたのを2袋(計40枚)買うために、割の合う出費なのかどうかわからないけど、最初で最後のこわれ鳩サブレ。壊れていようがいまいが、味は変わらない。
買ってきたらまたそれだけは記事UPします。
 
2014/12/18

死ぬのは難しい

動物は、高等になるほど死ぬのは簡単ではないようだ。
魚は水から引き揚げたらすぐ死ぬ。あれでも、それなりに苦しんでいるのだろうか。
鳥はエサを2、3日食べないとすぐ死ぬ。
人間は、死ぬ前に、なぜゆるゆるとした長い老化の期間と、それに続く、あるいは重なる、長患いをしなければならないのだろう。死への序章があまりにも長いし、当人だけではなく家族も苦しむ。
 
会社の同僚のお父さんが最近亡くなった。
カラオケ仲間と歌ったり食べたり飲んだりしている最中、脳の血管が切れて、ほどなく死んだのだという。
なんという幸せな死に方だろう。こういう死に方ばかりだったらいい、と切に思う。
 
母がそろそろ死にかけてきた。生物としては、半分以上死んでいる。
あの、東日本大震災で亡くなった方々の中には、寝たきりとか病弱なため逃げられずに命を落とした人が多数いたはずだ、と、母を見て今頃悟った。
介護の重圧が私の心身共にのしかかってきた。自分の長い老後を考えると、まだ仕事を辞めるわけにはいかない。私も病気や怪我ができない。
 
しばらくブログは休眠状態か、更新するにしても稀になります。
少し早いですが、良いお年を。
 
2014/12/16

石原慎太郎さん

石原さんももう82歳、今回の落選を経て、政治家ではなくなってしまった。
作家、という肩書は死ぬまで維持できるけど、もう公職の肩書は無くなった。
東京都のおやじさんでい続けたほうがよかったような気がする。とりわけ、あとを継いだ男が失職した経緯を見たら。
石原さんは、国会に復帰しても、小野党を造ったり壊したり、くっつけたり、で、少しも国政に影響を与えることがなかった。
 
もし・・・・、もしかして、ネズミ男舛添がリコールされたら、石原さん、都知事に復帰、って手もあるか?
老人だけど、まだまだ憎たらしさは健在だし、正直、舛添が失職しても、あとを継いでほしい人が、小池百合子さんとか、片山さつきさんとか、国政で活躍する議員を引っ張ってくるのも何なので、ほかに見当たらない。
2014/12/15

選挙が終わって

案の定、自民党の大勝利に終わった。
 
1.さあ、これで憲法改正だ。ナニが「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して丸腰でいましょう」だ。こんなお人よし憲法を70年も大事にあがめ続けてきた日本人。戦後レジームから脱却するにしても遅きに失してる。
 
2.憲法を改正するとしたら、国民の「権利」は「義務」に優先しないことを明記してほしい。今日ほどまじめに働く納税者がバカを見、働かないものが権利を主張し税金で優遇されている時代はない。
 
3.小沢一郎、辻本清美が当選?選挙区の人らは何考えているんだろう?菅直人も命根性がしぶといなあ。選挙区で落ちたのによくおめおめと比例で救われて、再度国会に戻れるものだ、しかも元総理大臣が。
 
4.カルト公明党の組織票手堅さには唖然とする。東京12区は太田の圧勝だった。しかも当選者35名は同党史上最高の人数だったという。ぞっとする。
きのうたまたたちょっとTVをつけたら、選挙特番では評判の高い池上さんの解説番組をやっていた(テレ東)。そうしたらたまたま、池上さんが山口代表にインタビューしている光景が放送されていた(ナマだぞ勿論)。池上さんは、公明党の党史らしき本を片手に持ち、池田大作を礼賛するページを開きながら、
「公明党は創価学会会長をたたえる内容になっていますね」
「公明党と創価学会は関係が一体だということですね」
といったような(録画していたわけではないので言葉は完全に一致していない)、きわどい質問を浴びせていた。
山口代表は、そういう質問に対してはこう答える、という、あらかじめ党で用意し、練習していたとおりの答えをしていた。「池田会長は党の創立者ですから」「党として、池田会長、党員、そして、ささえてくださる皆様に感謝している」といった当たり障りのない答えだったが、どうせなら「そうです、公明党はイコール学会です。ずぶずぶ以上です」とか答えてほしかった。しかし池上さん、学会員に刺されないようお気を付けください。
 
5.最高裁の国民審査は、制度開始以来、誰一人罷免された人がいない制度である。ま、そういう事態になっていないというのは、裁判官がまともだという証だと受け取っておく。しかし私は、今回ある裁判官にバッテンをつけたぞ。
その人は「木内道祥」。なぜかというと、男性から女性に性転換した「夫」とその妻(これは本物の女性)が妊娠した場合は、その「夫」は嫡出の推定を受ける、という判旨に同意したとあったからだ。
 
ぶあっかもーん!
どうして元女性との間に「嫡出」の子供ができるんだよ!
そんなこと小学生が考えたって違うのに、裁判官になると、頭がよすぎるせいか、とーってもあり得ないくらい難しく法律を介してしまうんだな、生物学的理由を全く見ないで。
しかし、また例によって5名の判事は全員信任されたという。
2014/12/14

1票の価値

この選挙が終わったら、いわゆる「弁護士グループ」が、「1票の価値の格差で選挙無効」といって日本のあちこちで手弁当の訴訟を起こすであろう。
私は、日本でももっとも1票の価値の軽い部類の地域に住んでいる。しかし、前にも書いたのだが、1票の価値が重い鳥取県とか徳島県に比べたら不平等で腹が立つ、とはみじんも思わない。格差がねたましいから、1票の価値が重い鳥取県や徳島県に移住しよう、とも思わない。あらゆるものがある首都圏に住んでいたい。
 
そういう考えを持っていること自体が、それら「弁護士グループ」の優秀な弁護士の皆様からしたらNGなのかもしれないが、ただ単に議員ひとりあたりの票数だけが平等のすべてではない。ただ単に「候補者の数」を「有権者数」で割っただけでは、1票の価値は読み取れない。「大都市加算」とか「求人数加算」、「過疎地減算」「老人人口減算」とかいう微調整を加えて考えられないのだろうか。
 
あと、今日ふっと思った。もう一つ、表に出ない「1票の格差」は、「入れたい候補者がいるか、いないか」である。私のように、
「積極的に入れたい候補者が選挙区にいない」
という有権者も多いのではないか。それもある意味、「1票の価値の格差」である。心から入れたい人に入れられれば、同じ1票でも2倍、3倍も価値がある、というか、「出る」。しかし、これと言って入れたい候補者がいないときは、「こいつに入れてもしょーがないしなあ」などとぼやきながら入れたり、はては共産党に捨て票を入れたりする。こういうのも「1票の格差」と言ってもいいのではないだろうか。弁護士さんらが訴えているのはただ単に「電卓で計算した結果に基づくもの」だが、私の言う「格差」とは、実務的かつメンタル的なものである。
 
追伸:汚沢さんまた当選したね。岩手4区の人らを軽蔑する。
 
 
2014/12/13

40歳の娘のことを謝罪する65歳の父

流行語大賞の発表がちと早かったかもしれない。
「ナッツ・リターン」
でも、日本ではそんなに流行らないか。あの国の事件だし。
 
昨日ちょっとTVを見ていたら、あの大韓航空の女副社長が取材陣の前に立ち(へえ、韓国でもこういうことをさせるんだね)、憔悴したような表情で、謝罪をしていた(へえ、韓国人でも謝るんだね)。
そして、この女の父親である、大韓航空の会長までが記者会見に応じていたのを見て、びっくりした(へえ、韓国では、会長とはいえおやじまで会見に出すんだね)。この会長であるおやじは「娘の育て方を間違っていた」と述べて謝罪したそうだが(へえ、韓国人でも謝るんだね again)、40にもなった娘のしつけの失敗を今更謝っても、と思った。
思うに、この娘は、小さいころから金持ちの家で甘やかされ、わがまま一杯に育てられたのではないだろうか。
なんとなく、イメージとして、田中真紀子を連想させる。
この女、大韓航空の中でも嫌われていたのではないか。会長の娘だから誰ひとり意見を言えなかっただろうし。だとしたらこのナッツの一件を起こすきっかけを作った客室乗務員は、ある意味、会社の人から「よくやった!」と感謝されているかもしれない。
 
しかし、もう一度言うけど、40歳の娘のしつけの失敗を謝る65の親父って、一体・・・
 
仮に私だったら、
「確かに私は親ですが、40にもなった娘の動向にはもう責任も持てませんし、謝罪もできません。しかし、会長として、多数のお客様の出発を遅らせ、ご迷惑をおかけしてしまったことについては謝罪します」
とか言うかなあ。でも、こんなこと言ったら、ますます火に油だろうけど。
 
因みに私は大韓航空って乗ったことがないし、乗るつもりもない。
 
2014/12/12

マララさん

私は、イスラム教とは、先人が世に残した世界最大の負の遺産だと思っている。
 
史上最年少でノーベル賞を受賞したマララさん。
彼女の勇気と行動力は、10代の女子のそれではない。
話し方も、顔つきも、聡明そのものだ。
彼女が、西側自由主義国に生まれていれば、相当の人材になったであろうことは想像に難くない。
 
しかし、彼女の母国、パキスタンでは、彼女のことは全くといっていいほど報道されていないそうだ。
自由に、ポジティブに報道する報道機関の存在そのものが認めらていないのかもしれないが、いずれにしても仕方がない。イスラムとはそういう宗教なのだ。イスラムから見たら、彼女は国と宗教に対する反逆者でしかない。
こんなことを言ったら非常に酷なのは承知の上だが、彼女は、そのうち、イスラムに殺されるであろう。
そして、その殺害は、イスラムによって完全に正当化される。
繰り返すが、イスラムとはそういうものだ。
まったく、人間、生まれる国は選べない。イスラム国に生まれ、住んでいる人々は、心からイスラム教に帰依しているのだろうか。帰依しているというより、ほかに選択肢がなく、他の世界を知らず、それにしたがって生きていく以外方法がない、許されない、というだけなのか。
 
彼らも、それなりに自由を求めているのか、よく、フランスやイギリスなど、西側諸国に移民する。しかし、移民の先々で、地元や地元民と溶け合わないから、もめ事を起こす。私がイスラム系の人たちに対して不思議で仕方のないことは、西側の自由な国に移民したのなら、
「あーせいせいした。自由な国はいいなあ。おいみんな、俺たちは明日からイスラム教でなくてキリスト教でもかじってみないか?」
と、棄教ないし改宗することを微塵もしないことだ。世界中どこの国に住もうと、相変わらずイスラム教を維持し、生活様式も変えず、モスクを作り、女をぐるぐる巻きにさせたままだ。だったらなぜ移民などするのであろう。こういう柔軟性のなさが宗教のいやなところである。