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2014/05/31

「赤坂で修学旅行生宿泊」と「無印良品おすすめデザート」

それぞれ写真ネタだというだけで、全然共通点がない話を2つ。
 
まずこれは、会社の近くにある、安っぽい(失礼!)ビジネスホテルに非常によく見かける看板の2例。
そのホテルは、東京出張だけど宿泊費を節約したいと思っている若いビジネスマンが泊まるようなところであるが、修学旅行生の宿泊先としても頻繁に使われているのだ。場所が赤坂だけに、ちょっと意外な気もする。
 
 

 
土岐市は岐阜県だけど、笠岡市って茨城県でしょ、なんで修学旅行先が東京なの?日帰りもできる距離でしょう??と思ったが、あとで調べてみると、それは「笠間市」であって、この「笠岡市」は、岡山県の最西端、ほとんど広島県という県境にある小さな市だということがわかった。
この看板を見なければ、一生知らないで終わったはずの市である。
へえ~。
 

 
たまたま、同じく岐阜県の「かにし」と、こっちの小樽市の中学校名は「おしょろ」と読むのかな。
アイヌ語は深い。
 
急に食べ物の話に変わる。
無印良品は、フリークというほどではないが、時々行く。
会社で食べるおやつとして、小袋に入ったお菓子を買う。特に、サワークリーム風味のプレッツェルが好きだ。一時期廃盤になって焦ったが、私の願いが通じて復活した(のかな)。
 
さて、最近発見したアイテムで、なかなかのヒットだったのがこれ。

 
黄桃と白桃のゼリーなのだが、いくら冷やしても、器にあけると、ゼリーと呼べるほどかたまっておらず、液体と固体のぎりぎり境界線にある、というところ。しかし、これ、ほんと美味しい。私は無印の関係者じゃないけど、これからの季節、特にお勧めである。
今日暑かったな~。
 
 
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2014/05/29

「言い換え」は単なる「すり替え」

今朝の新聞を見ていたら、私のキライな種類の話が出ていた。
精神疾患の名称で「障害」とあるものを、「症」に改めるというのだ。
理由は、ご推察のとおり「差別意識を生まないため」とされているが、こんなふうに、名称を変えておけば差別がなくなる、あるいは減ると思っている人らは、ちゃんちゃらおかしい。
 
主な例では、
注意欠陥・多動性障害」(ADHD)を「注意欠如・多動」に、
性同一性障害」は「性別違和」に、
アスペルガー症候群」は単独の疾患として区別されることがなくなり、「自閉スペクトラム症」に統合されるのだ、という。
 
その他、
パニック障害」を「パニック症」に、
拒食症」を「神経性やせ症」に、
アルコール依存症」を「アルコール使用障害」に改めるらしい。
「アルコール依存症」だけは敢えて「アルコール使用障害」と逆に「障害」に語彙を取り換えているが、「使用障害」など、むしろ変ではないか。そもそも、アルコール依存症なんて、生まれつきの病気でも症状でもなく、大人になってから自分の意思で飲み出し、その挙句に招いた結果ではないか。そんなもの、美化する必要なんぞさらさらない。この流れで行けば、「麻薬中毒」もそのうち「麻薬使用障害」に呼び方が変わるのだろうか。そうしたらASKA君は、犯罪者ではなくて障害者になってしまうかも。
などなど、一凡人として言わせてもらえば、これらの名称変更は、意味の希薄な小細工であり、言葉狩りでしかないとと思う
また、せっかく世に定着した「拒食症」「アスペルガー」などの言葉をわざわざ変え、新たに定着させる手間や時間と比較検討したら、どちらのメリットが大きいのだろう。
 
障害者、弱者、病者に対し、腫れ物に触るような言動をするようになって久しいが、差別は、言葉の問題ではない。「障害」は「障害」であって、健常者との間に歴然とした差はあるのであり、「症(状)」と変えれば差別がなくなる、あるいは減るという問題ではない。口では「アフリカ系アメリカ人」と言っておきながら、内心は「あの黒んぼ」と毒づいている人の意識は表面的に誰にもわからないではないか。
 
例えば、私は目が小さいのであるが、「お前は目が小さいな」と言われたら、「目の小さい者への差別だ」と騒ぐか、ただ「そうだよ」と認めて黙っているか、はたまたその相手がデブだったら「あんたみたいなデブに言われたくない」と反論するか、3つくらいある選択肢のうち、最初の1つは選ばない。また、私は胸が大きいのであるが、「大きい」「巨乳だ」と言われると、ものすごい傷つく。しかしこれも、相手としては、世間一般ではbigger is betterという認識があるので、誉めるつもりで言っているのかもしれない。言葉の問題ではなくて、内心どう思っているかがキーなのである。
 
そのうち、「老眼」も差別だから「水晶体弾力欠損症」と呼べと言ったり、「肥満」と言うのも失礼だから「重力症候群」と呼べと言ったりするかもしれない。あほくさいと思うかもしれないが、概念は同じである。
 
2014/05/28

英語ネタ 「セカンド」を動詞で使う、の巻

今日は、英語ネタです。

私は仕事上、アメリカ、イギリス及びインドと電話会議をしばしばする。わからないくせに、フンフンと聞き流している。滅多にこっちに振られないからいいや、と油断していると、急に質問が振られて泡を食うこともある。
先日、珍しく、私にも興味あるトピックだったので、あれこれ合の手を入れながら会話を進めて行った。「それに賛成です」ということも何度か言ったのだが、あんまり
「I agree」
ばっかり繰り返しているのも芸が無いなぁ、と思ったので、ふと、
「I second that」
と言ったら、全体がしーんとなってしまった。
ありゃりゃ、これって言わないの?
不安になったので、終わった後、うちの生き字引(←旦那のことです)に聞いたら、
「全然間違いではない。ただし、乱発はしない」
とのこと。ほっ。焦ったな。

ご存知のとおり、「second」は、「第二の」.「2番目の」、野球で言えば2塁、という意味だ。
しかし、これを動詞で使うと「賛成だ」という意味になる。あなたの次に続きます、というような語源なのだろうか。
2014/05/27

お土産をこっそり捨てる

ゴールデンウィークが終わったばかりだが、1年を通じ、休暇明けの同僚たちからよくおみやをもらう。大体、お菓子が多い。アメリカ、ヨーロッパかオーストラリア、ぎりぎりシンガポールのチョコレートだと、ま、辛うじて食べる。チョコはいたみにくいし。
しかし、それ以外の地域からのお菓子だと、顔でにっこり、「まあどこに行ってきたの?」という会話をしながらお一ついただくけれど、あとで見られていないとき、こそこそ紙にくるんで、ゴミ箱へサヨウナラしてしまう。
いささか心が痛むけど、何が入っているか、わからないから。特に支那産とか韓国産の食べ物。
日本のお土産だって、かなり防腐剤などの添加物が混ざっていることが多いはず。なので、観光地から箱で買ってきてくれたお菓子は、国産であっても、上記と同様の運命を辿ることが多い。

支那と言えば、私の勤務先の支那オフィスと台湾オフィスから、「6月2日は『ドラゴンボートフェスティバル』のため休み」というメッセージが入った。
へえ、ドラゴンボートフェスティバル、ねえ。どういうことを祝うのかわからないけど、我が国の「海の日」「山の日」よりはずっと根拠がありげで、伝統的に聞こえる。
2014/05/25

世界最高齢ラクダ「ツガル婆ちゃん」死す

私は大の動物好きなのだが、入場料なしで入れる(横浜市、太っ腹だね)「野毛山動物園」の世界最高齢のフタコブラクダ「ツガル」の話は、4年前に書いていた。
 
 
まるでぼろ雑巾のように(失礼!)1日中地べたに寝っぱなしと言う生活を送っていたが、食欲は旺盛で、関節炎によるひざの障害のため立ち上がれなくなって久しいけれど、それ以外どこも悪くなく、推定38歳というスーパー長寿を保っていた。世界最高齢のフタコブラクダで、人間に換算すると、泉重千代さんばりの120歳程度だったそうだ。
それが、23日、容体が急変し、亡くなった。
青森県の観光牧場が閉鎖し、1頭だけ打ち捨てられていたのを哀れに思った篤志家が、私費で横浜に引き取ったのが1982年。
 

 
それから30年以上も寿命を保つなんて、人生(ラクダ生)はわからない。
 
野毛山動物園では、6月20日まで献花台を設けるというので、今日、花を買って持って行った。
まず、入り口に、これがあった。
 

 
多数のバケツに一杯の花、それから、好物だったリンゴ、人参、黒砂糖などが添えられていた。
 

 

 
こんな短期間に折り上げたと思われる千羽鶴も多数かかっていた
 

 

 
さようなら、ツガルさん。安らかに。間違いなく横浜のシンボルの一つでした。
 
お隣は、ダチョウの夫婦。「なんか雰囲気がおかしいな」と思っているかも。
 

 
ダチョウのお隣はキリンだが、このキリン「そら君」のお父さんの「テビチ」も、2月、転倒して頭を打って死亡した。なんか不吉。ツガルさんは大往生だったけど。
 

 
 
 
 
2014/05/24

大腸内視鏡検査 (colonoscopic exam)

3年ぶりに、大腸内視鏡検査を受けた。3年前に初めてこの検査を受けた病院から、「3年たったので受けませんか?」という葉書が来たからだ。3年に1回くらい調べた方がよいかと思い、2度目の検査に挑んだ。
2日前の夜から「プルセニド」という小粒の下剤を3粒飲み、前日は病院から処方された検査食を3度(おやつも多少付いていた)食べたあと、またまた下剤を飲み、当日は朝から絶食した。お腹はすっからかんだ。この時点で私の体重の最軽量になっていると思われたので量ったら、「少ない」と思うほどではなかった。ありゃりゃ。
 
検査方法は3年前から変わっていなかった。
病院に着くと、お尻の方に穴が開いている検査着に着替えた。そして、良く言えばスポーツドリンクのような、はっきりいえばまずい味の「腸管洗浄液」を1.5リットルも飲まないとならないのだ。1時間半かけてゆーっくり飲めばいいのだが、私は最初の200ccでもうギブアップしそうだった。3年前はこんなに格闘しなかったのに、今年は、あまりのまずさに、残り500ccくらいのとき、
「あのー、吐き気がするんですけど、これ残してもいいでしょうか」
と聞いてしまった。看護師さんは「先生に聞いてみます」と答えたが、そこまでされるのも逆に気が重かったので、ひいひい言いながら飲み下した。そして、何度もトイレに行き、出して、カスのない液体だけが出る状態になるまで出しまくる。
 
結論としては、今回も、ポリープ一つ見つからない、きれいな腸だった。
私のお尻の穴からファイバースコープを入れて診てくれたのは、消化器系には珍しく、女医さんだった。
「また2~3年後来てみてください」
というが、せっかく検査するなら、ポリープの1個でも見つかって「切除しておきました」とかいうのならやり甲斐もあるんだけど。検査してもしてもシロなら、そのうち行く気力もなえる。とか言っていると大腸がんになったりして。
 
話題を変えよう。
先日、夕暮れ時に撮った富士山の写真。まがまがしい雰囲気の雲の間から顔をのぞかせていた。
 

 
2014/05/23

変な祝日 「山の日」だって

かつて、6月、7月、8月には祝祭日がなかった。
夏休みが近いことだし、とりたてて記念すべき祝賀行事も皇室由来の史実もなかったし。
それが、7月に「海の日」なる、わけのわからん祝祭日ができた。しかも「7月20日」から、月曜休みを促進したかった流れで、「第3月曜日」という設定になった。何を祝いたのか、なぜこの日なのか、未だ不明だし、知りたいとも思わない。
それがそれが、8月の11日という、国民がお盆休みを取り始めそうな時期に、また、わけのわからん祝祭日ができることになった。
 
日本は、外国に比べても、祝祭日が多すぎる。もうこれ以上いらん。
だのに、なぜ。
 
聞くところによると、日本人は、有給休暇を積極的に取らないから、その分、祝祭日で強制的に休ませないと、とりわけ、中小企業の社員は休まないからだという。
ならば、中小企業であっても有給休暇を消化できるような社会環境を整えて行く方がよほど先決だと思う。
8月11日の祝日なんて、ほんと意味がない。
「子供たちが夏休み中なので、この日に設定しても支障がない」というのも推進理由の一つだそうだが、ほんと変だ。
従業員をローテーションして使っている現場では、また人のやりくりに頭を痛める日が1つ増えてしまう。
2016年からスタートするのだそうだ。
 
 
2014/05/22

社長の愛人

パ○○の社長のN部氏は、ベンチャーからたたき上げ、同社を著名な人材会社に育てあげた立志伝中の人物である。都心のど真ん中で、水と電気による野菜か稲の栽培をして報道陣に披露していた記憶もある。
 
浮気をしようが、愛人ができようが、それは全く私がどうこう言うことではない。
しかし、会社のおかねで「社宅」と称したマンションを南青山になどあてがってはならんよ。
N部氏も、会社の金がかなり自由に使えると思われるが、その辺の感覚がまひしていたのだろうか。
株主からは、賃貸料相当額を、社費の流用として賠償請求されるかもしれない。
他に何人も「社宅」を提供されている社員がいるならわかるけど、この女性一人の話らしい.。
そもそも、役員でもない一般女性社員に、社宅を与える会社なんてない。
囲うなら、自分のポケットマネーでひそやかに囲わねばならない。
会社からも、辞めさせなければならない。
愛人と会社の秘書・従業員、囲い場所と社宅がおのおの重複するのはまずい。
 
私のiPhoneにためてある数百曲を指の腹でくりくり探してみたら、やっぱり「Say Yes」が入っていた。
調べてみたら、1991年のことだった。名曲中の名曲だった。
浅野温子と武田鉄矢という、まったくありえないコンビによる恋愛ドラマは、日本中の話題をさらった。
あのころは、まさに、他局からひがまれるほど、飛ぶ鳥落とす勢いだったフジテレビ。
それが、いまや、落ち目のどつぼ。歌っていたASKAも司直の手に落ちた。
押尾はまだ塀の中にいるのだろうか。のりぴーも復帰してもぱっとしない(そりゃそうだけど)。
クスリからまともに復帰できたのは、槙原くらいではなかろうか。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
2014/05/20

「ホッケ」と「相模屋」

今日の昼食は、「魚のうまい店」という看板が前々からちょっと気になっていた店へ、同僚を誘って行ってみた。Yahoo「食べログ」でも評価の高かったところ。
結論は、もう、大正解。
店内はちょっとした料亭風だったし、ご飯と、根菜たっぷりの味噌汁に、ホッケの大きな半身の干物の焼いたもの、アジフライ、そして小さ目のとんかつ1切れがついて1000円なら、赤坂としては上々のコストパフォーマンスである。昼間っから、夕飯以上にタンパク質たっぷりのおかずがどーんと付いた食事をしたので、二人そろって「あたしらの年ではもう、今日の晩御飯いらないね」という会話をした。
 
「ホッケ」って、私が親元にいたころは、食卓に出てきたことがなかった。高級な魚どころか、むしろ、下魚の部類に属すると思われているホッケ。Wikipediaによると、流通や冷凍術が発達していなかったころには「まずい魚の代名詞」と思われていたそうだ。が、なんのなんの、私はホッケの開きの焼いたものは、塩焼きの魚としては、サバや秋刀魚と並ぶほどの美味だと思っている。ホッケ、大好き。
 
さて、あまりにランチをたらふく食べたので、腹ごなしが必要となり、会社を5時過ぎに出たあと、赤坂から新橋まで歩いた。外堀通りを虎の門まで行けば新橋駅はすぐだ。徒歩30分あまり。
新橋駅前で、ちょっと悲しいものを知ってしまった。
ニュー新橋ビルの道を挟んだ反対側に、豆菓子の店「相模屋」があったのだが、なぜか、下品な名前のラーメン店に変わっていたのだ。
 

 
私はポリポリした歯触りの食べ物が好きで、落花生や豆菓子には目がなく、この「相模屋」にも、まれに新橋を歩くことがあれば、訪れて買ったりした。袋詰めになった豆菓子と、それから、昔ながらの駄菓子屋さんのように、四角く区切ったガラスケースにいれ、量り売りをしている豆菓子もあった。
通りの並びに「かんべ土地建物」という不動産屋さんがあったので、思い切って尋ねてみたら、
「ああ、あそこは去年閉店したんですよ」
との答え。がびーん。
経営者も高齢夫婦だったし、いまどき昔ながらの豆菓子では、新橋駅前の一等地で店を構え続けるのは難しかったのだろうか。残念。
 
↓ 今は亡き「 相模屋」。悲しい。
 

 
 
 
 ついでにQ&Aサイト発見。
 
2014/05/19

Yahooに見る「日本アゲ支那サゲ」記事

今日、「スピリッツがあったら買おうかな」と思ったけど、駅の売店を見ても品切れだった。
完売だね。
これだけ宣伝されたのだから、そりゃそうだろう。
あれがセールスプロモーションだったとは思わないけど。
 
 
話は変わるが、最近、Yahooに、Record China なる、「日本アゲ支那サゲ」のニュースのヘッドラインがやたら目につく。
一つ今日のを挙げるなら、
 
 
 
もし、中国なら迷うことなく…」、中国人留学生が日本で体験した「最も忘れがたい」出来事―中国ネット
Record China 5月19日(月)7時20分配信
2014年5月16日、日本に1年間留学した中国人ネットユーザーが、伝え聞いていた日本人の素養の高さを初めて実感した時の様子をブログにつづっている。以下はその概要。

日本は一衣帯水の隣国だ。私は1人の中国人として、多くの歴史の問題から、日本に対してはいつもマイナスのイメージが先行していた。しかし、1年間の日本留学の機会に恵まれ、日本と日本人にじかに接することができた。学業に励むと同時に、日本の美しい風景を楽しんだり、日本人の優しさに触れたりして、日本の魅力を存分に味わった。そのなかでも、最も忘れがたいのが日本人の素養の高さ、とりわけバスや電車内でのマナーの良さだ。

まず、運転手や交通システムの行き届いたサービスだ。日本のバスには、座席の横や天井など、あちこちに降車を知らせるためのボタンがある。降りたければ、ボタンを押すだけでいい。運転手は乗客の安全を守るため、バスが停車するまで席を立たないようアナウンスする。さらに、乗客が降りる際には「ありがとうございました」と声をかけて見送る。また、バス停にはバスの到着時刻が記されていて、乗客の無駄な待ち時間を省いてくれる。これも、高品質な交通サービスの基礎をなしていると言える。

次に、乗客のマナーだ。バスに乗る人たちはみな1列に並び、列に割り込む人などほとんどいない。日本のバスは一般的に座席が2列になっている。もし中国なら、乗客は自分が降りやすいように迷うことなく通路側に座るだろう。しかし、これでは後に乗ってきた人の邪魔になる。日本では、先に乗った人は必ず窓側に詰めて座る。あるとき、私が窓側の席に座っていたときのこと、1人のおばさんが私の隣に座ろうとした。彼女は微笑んで、会釈をしながら「すみません」と言ってようやく腰を下ろした。おそらく、日本人はずっと「他人に迷惑をかけない」との原則のなかで生活してきたからだろう。そのとき、私は伝え聞いていた「日本人の素養の高さ」を、初めて身をもって体験したのだった。
(翻訳・編集/北田)
 
とかまあ、こんな調子だ。
この記事の下には別の記事のリンクが出ているから、興味のある方はお読みになったらいいと思う。
しかし、本当なんだろうか、こういう一般の個人に書かれたような「日本に来てその良さに驚いた支那人」シリーズは。確かに、話の一つひとつを読んでみると、支那人だったら、日本のこういう優れたところに感動するだろうな、という内容なのだが、ネットのネタなんて幾らでも創作できる。もしかしたら支那と近しい勢力とか、Yahooそのものが、対支那イメージの向上のため、話を作っているのかも。「翻訳・●●」なんて書かれているが、本当に支那語の原文があるのか、あったとしてもそれが本当に日本に感動した体験者からの投稿なのか、原文から日本語に真に正しく訳されているか、どれも全くわからない。
なんか怪しい。