五輪で、羽生選手や葛西選手がメダルを獲得した。羽生君は、まだあと2回くらいは五輪に出られる。葛西選手はやたら「41歳、41歳」と年齢ばかり強調されるが、このまま次の五輪に45歳で出場してほしいものだ。私の素人考えだったら申し訳ないのだが、ジャンプは、加齢とともに急にできなくなる競技ではなさそうだし。
しかし、テレビの画面を見て、長年感じているジレンマを改めて感じている。
日本人選手の姓名の表示である。
誰もかれも、「外国ではこうするのが当たり前」とばかりに、「名+姓」の順で表示されている。わずかに、姓の方が大文字ないし大きめの字で書かれているようではあるが、表彰台に呼ばれた二人も、「ユズル・ハニュウ」「ノリアキ・カサイ」とコールされた。
しかし、支那選手と韓国人選手を見て見たところ、そのまま「姓+名」の順である。彼らは、海外では姓名をひっくり返す、と言う発想はないらしい。これについては、日本人は彼等に完敗である。大嫌いな朝日新聞の大嫌いなホンダカツイチ元記者は、この日本人の「名+姓」表記に立腹しており、
「日本人は何と誇り低き民族であろう。アメリカの大統領だったら日本のメディアは『カーター・ジミー』と書くべきだ」
と主張していたのを、遠い昔著書で読んだことがある。ホンダ氏は許しがたい人物だが、「カーター・ジミー」とまでは求めないものの、この感覚だけは同感である。
毛沢東、蒋介石、金正日もみな、うちの旦那は「マオツートン」「シャンカイシェック」「キムジョンイル」と姓+名の純で発音する。肩書付きで姓だけを呼ぶとしたら「チェアマン・マオ」「ディアリーダー・キム」というから、「毛」ないし「金」が姓だということもごく当たり前にわかっており、「Mr.トン」とか「Great Leader イル」と呼ぶこともない。
史上最悪最低の呼び声が高い国連事務総長のパン・ギムンも、英字新聞ではそのままBan Ki-Moonと表記されており、Ki-Monn Banとは書かれていない。
だのに、どうして日本人は、支那韓以外の海外に出ると、とたんに姓と名をひっくり返すのに躊躇しないのか。
一節には、明治時代に英語教育を導入した際、英米人の姓名のとおりに書いた方がいいということになったそうだけど、それは実に「誇り低い」態度であったと思う。
私も外資系勤務だから、入社した時点でフツーに名+姓のメールアドレスを渡され、名刺の裏側にもその通りの順で表記がされている。
しかし、ちがうんだよな。私の名前は姓+名の順である。
ヨーロッパでは、アジア系の血を引くといわれるハンガリーが唯一(?)、姓+名の順で名乗っているらしいが、作曲家のリストなどは強制的(?)に、「フランツ・リスト」として知らされているようである。その方が姓と名に誤解がないから、だろうか。しかし、誤解もくそも意に介さないとみられる支那人半島人は、なかなかあっぱれである。他のアジア人たちはどう表記しているのだろう。