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2013/12/31

横浜から見える富士山

横浜は、港のイメージが強いが、実際はかなりでこぼこがひどく、私の実家も高台にある。
しかし、高台にも良いことがあって、西の方に、富士山がきれいに見える。
 

 
昼間の富士山。そして、
 

 
夕暮れの富士山。
何十年も見ていたが、11月に購入した一眼レフについていた望遠レンズで、やっと撮影ができた。
日本人の心のよりどころともいえる、富士山。
世界遺産うんぬんは、あまり気にしていない。そこにそびえているだけで、充分ありがたく、かつ、美しい。
 
おせちも作りました。昨日しくじってしまったなますも、三浦大根で作り直しました。
 
みなさま、2013年も沢山のご訪問、コメント、そして、ご教示をありがとうございました。
来年もまたよろしくお願いします。
 
 
 
 
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2013/12/30

三浦大根

毎年、「もてあますのに」とか「来年はもうやめよう」とか言いながら、今の時期、実家で母とおせちつくり。
 
世の中には、今の時期、海外旅行とか温泉とかに行ってしまって、おせちを作らない家もざらにある。
また、いまどき、おせちは注文して配達してもらうものになってしまったようだ。
物心ついたときから、家族で年末年始には旅行に行っているような家だと、その子供たちが成長したあと「おせちって何?」「家でおせちなんかた食べたことない」という偏頗な日本人が増殖しそうで、それもまたいやだな。
 
さりとて、私ももう熱心にはやる気力がない。子供でもいれば、文化の伝承と言う目的もあるだろうけど。八ツ頭の皮をむいたらしばらく手がかゆくなったのだが、こういう経験をしていない女性が増えるのもまたどんなもんかな。
 
 

 
これは、わが神奈川県名産の「三浦大根」という。
私の足のようにどっしりとした、昔ながらの大根。重さを量ったら3.5kgもあった。
 
実は、青首大根を刻んでなますをつくろうとしたのだが、千六本に刻んだ大根に塩を振りまぜてから、時間を置きすぎてしまい、大根をしょっぱくしてしまったのだ。こんな失敗をしてどーしようと思ったが、この時期にしか店に出回らない三浦大根を思い出し、失敗した千六本の大根の塩出しをするよりも、三浦大根でちゃんとやり直そうと思った。で、ある店まで延々出向いて買ってきた次第。1本500円だった。
 
おせちは醤油色の煮しめがメインだが、こういう和食は、いつまでたっても母の腕には絶対にかなわない。母など、目分量でほいほい煮上げていくが、どれも味がぴたっときまっていてる。
明日は私が伊達巻を作る予定。
 
ちなみに、しょっぱくしてしまった千六本は、塩出しをし、日に干して、切り干し大根にする。
2013/12/29

もらっても、うれしくない

嵐のような12月の仕事が終わった。
本当にすさまじい忙しさだった。これからまた2月3月にかけて山が来るけど。
みんなのためにパニクりながら仕事をこなしていたので、12月はやたら、差し入れをもらった。しかも、季節柄、
ケーキ
が多かった。しかし、今となっては、1日につき
1個食べるのがやっと。2個も3個ももらうと、顔ではにっこり「あ~~、ありがとうね。嬉しいわ」などと言いつつ、内心では正直「げぷっ」となる。こうなると、バターや砂糖を使っていない、しょっぱいせんべいの1かけの方をよほど美味しいと思える。あ~ぁ、やっぱり華麗に加齢しているわ。ホテルのケーキ食べ放題にわくわくして挑み、あっという間に10個くらい食べて美味し~、と思っていたのも、遠い昔。
 
さて、私の勤務先に、あまりにも仕事のできない男がいる。外資系なのに、珍しい。
もっとも、この男が最初に採用された部署が無くなってしまったので、仕方なしに、類似の仕事の今の部署に配転されたのは彼の本意ではないけれど、ごくごく基本的な、例えば、自社の製品の名前を正しく覚える、とか、上司やお客様の話は自分の中できちんと消化してからこっちに振る、とか、そういうこともできないレベルである。みんなで手を焼いている。
 
私にもいろいろ無理難題をふっかけてきた。「それは私に聞くことではないでしょ」ということは丁寧に押し戻し、進行中の仕事でも、途中で改変があったようだと察知すれば先回りして「○○に変更しなくていいんですか」と聞いてやり、なんとかまとめることができたようだ。
 
彼はにこにこして、「桃実さん、お世話になりました。おかげさまで」と、非常に高級そうなベルギーチョコの詰め合わせを手土産に持ってきたけど、正直、全然!嬉しくなかった。何かもらうより、あんたが仕事ができるようになってくれる方がよっぽど嬉しいぞ!、と思った。この手のやつから、下手に高価なものをもらうと、非常に逆効果であることを、彼は知らないのだ。それだったら、ハッピーターンの1袋の方が、百万倍ましだと思う。
 
そのチョコは、近所にあげてしまった。
 
2013/12/27

便所紙「朝日新聞」の反応

私も、若いころは、朝日新聞を愛読していた。日本はかつて、悪いことばかりしていた国で、中国には南京大虐殺をし、韓国には従軍慰安婦を強要し、ひどい迷惑をかけてしまい、靖国神社にはA級先般が葬られているから、参拝するのは悪だ、自民党政府のするこはなんでも悪だ、とすりこまれていた。
 
今朝の朝日新聞がどういう反応を見せるか、興味があった。
幸い、勤務先では、4大新聞をとっていて、社員は自由に読める。買う気は毛頭ない。
開いて、ざっざっざと斜めに見ていくと、まあ、まあ、安倍首相の靖国参拝に対する批判というか罵詈雑言のオンパレードであった。
1面トップは言うに及ばない。が、2面、3面、4面まで罵詈雑言とおどろおどろしい見出しは続き、中で9面や11面などの経済欄にも「産業に悪影響」などと書き、〆は3面の両面ぶち抜きで、いかに今回の参拝が極悪だったかを書きまくっていた。
 
新聞とは、社会の公器のように思われている(いた)ようだが、かようなありさまを見るにつけ、つくづく、「社の感情を爆発させるための道具」なのであるなあと思い知らされた。史実も事実もへったくれもあの社にはない。とにかく、朝日新聞が安倍首相を嫌いで嫌いで、支那韓を代弁して靖国参拝が許せないという個の感情が露骨に表されていた。
投書欄には、電子メールでの投稿なのだろう、さっそく「なぜこの時期に参拝を」という投書が載っていた。1年365日、いつ参拝しようと、朝日新聞は必ず「なぜこの時期に」と言うだろう。1000通の「よく参拝してくれた」という投書が来ようと、1通の「中韓へ配慮がない」という投書を採用するに違いない。
 
こんな新聞でも、まだ、公称700万部あまりを印刷しているらしいから、若いころの私のように、朝日の記事を鵜呑みにしている人もそれに近い数だけ(家族で購読しているとしたらもっと)いるのだと思うと、気が滅入る。
 
朝日新聞の葬式は国民が出そう。
 
2013/12/26

当たり前のことをしたまでの安倍首相と、あのNHK

昨日、産経新聞「正論」欄に、日本大学教授、百地章氏の「首相は英霊の加護信じて参拝を」と題した記事が出ていた。これに触発されたわけではないだろうが、今日、安倍首相は、靖国参拝をした。仕事中、ネットでこのニュースを知り、心の中で快哉を叫んでしまった。
内閣総理大臣として、政治家として、そして、一人の日本人として、ごくあたりまえのことをしたまでだ。戦没者の墓地に参拝しない国家首脳など、他に聞いたことがない。オバマだって、人を殺した兵士が眠っているアーリントン墓地に行くではないか。
そしてマスゴミの反応が全くどいつもこいつも相変わらず批判一辺倒なのは、あきれ果てる。
帰宅してすぐTVをつけたら、たまたまNHKの夜9時のニュースをやっている時だったのだが、街頭インタビューでは、
「A級戦犯がいるから、問題あるんじゃないですか」
「外国に与える影響が心配」
「外交を通じて努力してほしい」
などという、支那韓国寄りの反対意見ばかり流していた。もしかしたら、私がTVを付ける前には、賛成意見も流していたのかもしれないが、そうは思われないのが昨今の偏向NHKである。
で、案の定、支那と韓国は猛反発したそうだ。想定内だが。
 
大体、小泉総理の終戦記念日の参拝を思い出すがいい。まるで犯罪者の逃亡の追跡のごとく、空中からヘリまで飛ばして中継をしていた。そして、マスゴミの報道の仕方は、まるで支那韓国へのチクリ衛星中継であった。「さー支那さん韓国さん、日本の総理大臣が靖国参拝しますよ。怒ってください」とばかりの姿勢なのである。
 
というか、なぜそこまで必死に支那韓国向けに報道し、支那韓国の「猛烈な批判」を嬉々として媒体に乗せるのだ。日本のマスゴミは狂っている。「外国」は支那韓国の2か国だけじゃない。
ミスインターナショナルの女性が、命の危険をおかしてまで、業界の汚さを告発したというのに、外国のプレス以外は完全に黙殺してしまった実例がつい最近あった。
日本のマスゴミは、しなくてもいい垂れ流し報道をせっせとし、聞いてこなくてもいい批判意見をせっせと御用聞きして流し、さりとてミスインターナショナルの告発はシカト。報道する自由もしない自由もあるだろうけど、それが、どうにもこうにも国益を損ねる方向へばかり自由を発揮しているのが腹立たしい。
 
日本は、支那韓のご機嫌取りのために存在するのではないぞ。支那韓が怒ったところで、安倍首相も、我々国民も、無視して堂々としていればいい。
支那韓も、そんなにいやなら断交してくれてもいい(特に後者は)。
 
 
2013/12/25

鹿肉

シカによる樹木や草木の食害が深刻だという。
オオカミなどの天敵がいなくなり、安心して増えているため、数が増えたシカたちは、苗木や、樹木の皮まで食べているそうだ。
その話を聞いたとき、われわれ人間たちは、適度にシカを間引いて食うべきでは、と思った。
昔はそうしていたのではないか。
 
さて、今日はクリスマス。東京は天気も良く、お昼はちょっとオシャレなところに行こうか、という話になった。
行ったのは、フレンチのレストラン。ランチの1500円メニューは、魚なら鮭のポアレ、肉はなんとシカのナントカ(←一度聞いただけでは絶対覚えられない調理法名)だという。へえ、シカか、珍しいというか、初めてだわ。そう思って、肉のランチを注文した。
 
結論:美味しくなかった。大半残してしまった。
調理が悪いのか、調味が悪いのか、シカ肉とは土台こういうぱさついた味なのか。
食べるだけが目的ではないことは知っているけど、この味では、間引く気にもならないはずだ。
 
2013/12/24

「パンかライス」ではない、「パンかご飯」と言うべし

お昼は「スープストック東京」で食べた。
 

こういうスープ専門店はいいな。女性が一人で気軽に入って食事しやすい。
「こちらでお召し上がりですか」以外に聞かれる質問が、
「パンにしますか、ライスにしますか」
というあれ。私はこういうとき、
「ご飯で」
と答える。そうするとその人も「ご飯ですね」と応じてくれるものの、カウンターに
「○○スープセット、ライスで」
と言う。あー。
私、「ライス」って言うの嫌いなのだ。「ご飯」という立派な日本語があるのに、わざわざ「ライス」と言わないでほしい。
ラーメン屋でも「半ライス」とか「ライス無料サービス」とか言うけど、なんで「ご飯」と言わないのかな。
 
日本語はLとRの区別がない。だから「ライス」と言っても、英語のRICEではない。
ヘタに言うと、LICE(シラミ)に聞こえそうだし。
ご飯、と言おうよ~。こんなことにこだわっているのも私だけかもしれないけどさ。
ちなみに、このスープチェーンの胡麻ご飯は美味しい。
 
2013/12/23

冬の風物詩

近所の魚屋。旦那さんが病気か何かでしばらく閉じていたが、再開した。
いまどき、個人商店の魚屋なんてだいぶ稀有になってきた。しかも、さびれる一方の「かつての」商店街で、なぜか頑張っている。よく仕入れをするカネがあるなあ、と心配してしまうほどだ。
 
店頭に、ぶよーんと
 

 
な・ま・こ。
 
しかしわたし、これって食べた記憶がない。
この辺の住民も、積極的に買って食べる気配がないらしい。よく仕入れたな。
好きな人は好きなんだろうけど、これを初めて食べた人類は、勇気ありすぎる。
 

 
ある店の前で、大根干しをしていた。
長野にいたとき、母は、青首じゃなくて、もっと寸詰まりの大根を干してたくあんを漬けていたけどな。なんという種類の大根だったのかな。
青首でもいいか。とにかく、こういう光景が横浜の繁華街で見られるのは、よいこと。
 
2013/12/22

海女までウリジナル

今年は、NHKの「あまちゃん」で、海女がブームになったけど、今日の新聞を見たら、韓国では、済州島の海女文化まで、ユネスコの世界無形文化遺産に申請する。じぇじぇ、どころの話ではない。海女だったら日本にもいるのに、なんで韓国だけが、と思う。しかし、わが国でも、海女文化について同申請を目指すらしい。
もし双方が認められたら、サッカーの「日韓同時開催」じゃないけど、海女の日韓同時登録になるのだろうか。
なんでも「ウリジナル」を主張するあの国では、海女もウリが本家だと主張しているそうだ。
 
この記事を読んで、ふっと思い出した。高校のときに読んだ「枕草子」の副読本の一節である。
都育ちの清少納言にとって、初めて目にした海女の姿は痛く衝撃的だったらしく、驚いたような筆致が、古文は嫌いだったくせに、ウン十年たった今でも妙に印象に残っているのだ。
 
「うちとくまじきもの(気の許せそうにないもの)」
「海女が海に潜るのは気分が悪くなる。腰に付いている縄が切れたらどうなるのだろう。女は並の気持ちではないだろう。男は舟に乗って暢気に歌など歌って、……女のことが心配ではないのだろうか。海女も海上に浮かび上ろうとするときは、その縄を引くということだ。海面に上がってきた海女が舟端を押さえて吐いている息などは、本当にただ見ている人でさえ、涙を催す……」
 
その節に付いていた解説によると、実際に海上の小舟で海女の命綱を握っていたのは、海女の夫か恋人だから、清少納言が不安に感じたほど、のんきでもなかったらしいということだったが、海上に戻って必死に呼吸する働き者の海女の反面、男の方は、女を働かせておきながら、海上でのんきに歌なんぞ歌いやがって、なんだあいつらは、のように見えたようだ。とまれ、彼女が書き残してくれておいたおかげで、紀元1000年ごろには、海女という職業が女性の間で確立していたことがわかる。
韓国には、こんな文献的証拠があるのだろうか?
それとも、当時はまだあの国は文字文化がなかったから、ただひたすら「ウリの方が古いニダ」と言い張っているだけだろうか。
 
韓国人の「ウリジナル」主張癖は病気である。
空手も相撲もいけ花も、寿司もお茶も、世界の言語も、イギリス人も、果ては、イエス・キリストまで、韓国起源なのだそうだ。
イチローがメジャーリーグで活躍すると、イチロー韓国ルーツ説を出した(当のイチローは否定)
とにかく、おろかであわれで、ねたみばかりの惨めな国民性としかいいようがない。
「ウリが起源」を主張するのは、相手のものが自分らのより優れているから、ひがんでいるだけである。
実に醜い。
「こういうことは恥ずかしいからやめよう」
と言う、まともな大人はあの国にはいないのだろうか。
韓国人に聞きたい。
そんなに何でもウリジナルなのだったら、どうしてあんたらの国に根付いていないんだ、と。
 
 
2013/12/20

とばっちりというか、災難というか

私はどこの国の入国管理でも、日本人以外に見られたことがない。支那人か半島人なんぞに間違われたらいやだと思うが、アメリカ人の旦那いわく、私は典型的な「クラシカル・ジャパニーズ・ビューティー」なのだそうだ。秋田(母)と新潟(父)という日本の二大美人の産地のミックスなので、確かに(←自分で言うか)。しかし、一度だけ韓国人に間違われそうになったことがある。あれは、アメリカの某都市を旦那と歩いていたとき。バス停でバス待ちをしていたら、いかにも素行の悪そうな黒人が旦那にからんできたのである。この不良黒人は、旦那に難癖をいろいろ付けたあと、私をギロッとにらんで、
「Are you Korean?(お前は韓国人か)」
と聞いてきた。私は素直に
「No, I'm Japanese」
と答えたところ、
「そうか、俺の友達は韓国人の食料品店ができたせいで仕事を失ったんだ」
と言った。ヤバかった。もし私がリアル韓国人だったり、冗談でイエスと言っていたら、ボコボコにされていたかも知れない。韓国人でなくて良かった。
 
もう一つ、とばっちりの話をする、が、これは、きちゃない話である(ゴメンナサイ)
数日前、帰宅の電車の中で、たまたま後ろを振り返ったら、若くて小柄な女性が私の後ろに立っていた。こんな冬なのに、サングラスなんぞかけ、なかなかオシャレな身なりの女性だった。
また前を向き直して立っていると、後ろで「ゲボッ」という音、というか声というか、ノイズがしたので振り返った。しかし、その時点では何もなかった。その女性は相変わらずクールそうな表情。顔面は妙に真っ白。
また前を向き直して立っていたら、今度は思いきり「ゲボッ!!」という音。その若い女性が、私のパンツの右足に思い切り「小間物」をぶちまけたのである。私は「ぎゃ~、汚い!」と叫び、ドアが開くと同時にダッシュで降りた。臭いくさい、人のゲロってどうしてあんなに臭いんだろう。ひいひい言いながら帰宅し、帰るなり半狂乱でパンツを洗いまくった。クリーニング屋に持って行きたいのだが、いま繁忙期で毎晩遅く、平日に行ける時間がない。玄関のわきに丸めておいてあるのだが、見るだけでむかつく。お気に入りのパンツだったのに。クリーニングから戻ってきても、どうせ、着るたびに思い出すんだ。