今年は、NHKの「あまちゃん」で、海女がブームになったけど、今日の新聞を見たら、韓国では、済州島の海女文化まで、ユネスコの世界無形文化遺産に申請する。じぇじぇ、どころの話ではない。海女だったら日本にもいるのに、なんで韓国だけが、と思う。しかし、わが国でも、海女文化について同申請を目指すらしい。
もし双方が認められたら、サッカーの「日韓同時開催」じゃないけど、海女の日韓同時登録になるのだろうか。
なんでも「ウリジナル」を主張するあの国では、海女もウリが本家だと主張しているそうだ。
この記事を読んで、ふっと思い出した。高校のときに読んだ「枕草子」の副読本の一節である。
都育ちの清少納言にとって、初めて目にした海女の姿は痛く衝撃的だったらしく、驚いたような筆致が、古文は嫌いだったくせに、ウン十年たった今でも妙に印象に残っているのだ。
「うちとくまじきもの(気の許せそうにないもの)」
「海女が海に潜るのは気分が悪くなる。腰に付いている縄が切れたらどうなるのだろう。女は並の気持ちではないだろう。男は舟に乗って暢気に歌など歌って、……女のことが心配ではないのだろうか。海女も海上に浮かび上ろうとするときは、その縄を引くということだ。海面に上がってきた海女が舟端を押さえて吐いている息などは、本当にただ見ている人でさえ、涙を催す……」
その節に付いていた解説によると、実際に海上の小舟で海女の命綱を握っていたのは、海女の夫か恋人だから、清少納言が不安に感じたほど、のんきでもなかったらしいということだったが、海上に戻って必死に呼吸する働き者の海女の反面、男の方は、女を働かせておきながら、海上でのんきに歌なんぞ歌いやがって、なんだあいつらは、のように見えたようだ。とまれ、彼女が書き残してくれておいたおかげで、紀元1000年ごろには、海女という職業が女性の間で確立していたことがわかる。
韓国には、こんな文献的証拠があるのだろうか?
それとも、当時はまだあの国は文字文化がなかったから、ただひたすら「ウリの方が古いニダ」と言い張っているだけだろうか。
韓国人の「ウリジナル」主張癖は病気である。
空手も相撲もいけ花も、寿司もお茶も、世界の言語も、イギリス人も、果ては、イエス・キリストまで、韓国起源なのだそうだ。
イチローがメジャーリーグで活躍すると、イチロー韓国ルーツ説を出した(当のイチローは否定)。
とにかく、おろかであわれで、ねたみばかりの惨めな国民性としかいいようがない。
「ウリが起源」を主張するのは、相手のものが自分らのより優れているから、ひがんでいるだけである。
実に醜い。
「こういうことは恥ずかしいからやめよう」
と言う、まともな大人はあの国にはいないのだろうか。
韓国人に聞きたい。
そんなに何でもウリジナルなのだったら、どうしてあんたらの国に根付いていないんだ、と。