私のアメリカ滞在中だったけど、恐れていた通り、最高裁判所で「非嫡出子の法定相続分が嫡出子の2分の1は法の下の平等に反して違憲」との判決が出されてしまった。しかも、これまでは、数名の違憲見解を持ちながらも、かろうじて合憲を保っていたのに、いきなり14人全員一致である。
国連の某機関から、この法律に対する「是正勧告」が出されていたそうだ。支那や北朝鮮は外国の是正勧告なんて歯牙にもかけないが、我が国はわりと影響されやすいかもしれない。国連という無意味な機関は、こんないらぬおせっかいしかしない。「黙れ」と言ってやればいいのに。
本判決については、死ぬほど不服がある。まず、不倫を是認しているようなものであること。世の中正妻との仲が一番理想的で幸せだとは限らないのは十分わかるが、それであったら、離婚をすべきだし、離婚もせずに(妻の同意が得られずできない場合はお気の毒だが)もうけた婚外子を是認するのは、法律婚の精神を裁判所みずからが否定しているということだ。
過去に何度も書いてきたが、法定相続分が2分の1であっても、それをおぎなう手段はいくらでもある。まずは遺言をきちんと書いて相続割合を明記しておくこと、生前からこまごま生前贈与をしておくこと、自分が死んだら生命保険がおりるようにかけておくこと、など、法定相続分をおぎなく手段はいくらでもある。責められるは、そういう手当もなにもしないで死んでいく怠慢おやじであって、法律ではない。そもそも、相続とは、一番自分の財産を相続して欲しい者に行かせるように最初から被相続人自ら手配をしておくことが簡単にできるものなのである。そういう手段がまったくないならまだしも、ただただ表面的に、嫡出子の半分は不平等で違憲、という短絡は許しがたい。家族であるということは、誰かの病気、介護、いやな親族や近所との付き合い、煩雑な冠婚葬祭、家の補修や改築、子供の教育、進学、その他、「カネをもらう」以外に、山のような苦労を乗り越えてなんぼ、である。非嫡出子は「人格が半分だと否定されたようだ」という動機で裁判を起こしたそうだが、だったらあんたらはそういう家庭維持のための苦労も半分でも負担したのかと問いたい。「入れてもらえなかった」のなら、むしろ「苦労を引き取ってくれてありがとう」と言うべきこともあるのではないか。裁判所はただただ単にカネが半分、という表面的な数字しか見ていないが、裏にあるそれら苦労、いわば「マイナスの資産」も計算に入れろと思うのは私だけではないだろう。最高裁判所の裁判官ってそんなに底の浅い人間たちなのだろうか。非嫡出子らは、カネだけぶんどれば溜飲が下がるのだろうか。曽野綾子さんは「戦後の法律で均分相続になったのがおかしい。相続は、親の介護をして看取ったものだけに行かせるべきだ」と述べておられたが、十分うなずける。
昨今では、婚外子の割合が全体の出生数の2.2%になっているという。日本では、結婚しないで子供を産むのは欧米に比べて極端に少ないので、この2.2%についても、夫婦別姓を貫くため、意図的に婚姻届を出さないでいる男女間の子供がかなり多いと私はにらんでおり、だとしたらいわゆる「めかけの子」は1%かそれより少ないのではないかと思う。その1%かそこらのために、法律婚の精神をゆがめられてはならない、「父母が婚姻関係にあるかどうかは子供にとって選択する余地のないこと」と言うのが今回の判旨だったようだが、「親は100%知っていて故意に選んでいる」事実はどうなっているのだ。
そもそも、この法律がなかったら、非嫡出子には1円も相続財産が行かなかなかったのを、せめて50%は行くように引き上げてやっているわけでもある。「0%から50%に引き上げてやった」下から上への視点ではなく、「100%ではない」という上から視点ばかりで見るからこんな訴訟になるのだ。
子供のいる男性諸氏には気の毒な表現だが、民法には「父は常に推定でしかない」と言う言葉がある。自分のタネでない子供を自分の子供と信じて養っている男性はけっこういるのではないだろうか。
認知は、本人が、生きている間にも、そして、遺言でもできる。身に覚えがあるけど、妻子が怖くて一生言えなかったことを、遺言で述べることができるようにしている。また、裁判による認知の訴えは、父親の死亡後である場合、3年以内であれば、検察官を相手に提起することができる。赤の他人であって、しかも日頃刑事事件を扱っている検察官は、こんなときには、死んだ男の代わりに便宜的に被告の役をやらされる。
当人同士がセックスして、結果妊娠したかどうかなんて、ほかの誰にもわからないのに。
こういう純情が、支那人フィリピン人など、すきあらば日本に住もうとしている連中に利用されそうでますますおそろしい。