完全な平等などあり得ない - 1票の格差
これまで、「違憲」ではあるが、「選挙無効」とまでは判決されないと、「政治家たちがたかをくくっていた」(←新聞の表記による) 国政選挙であるが、広島高等裁判所および、広島高等裁判所岡山支部では「選挙無効」との判決が出された。
はたして裁判所が「無効」とまで突っ込んだ判決を出すことが妥当なのかどうか、一抹の疑問もある。
しかし、そこまで突っ込まれないと、立法府の方も真剣に選挙区割りの改定に動き出さないから、強烈なカンフル剤としての役割を果たしたとはいえる。
なんか急に現在の政権政党である自民党の仕事として降りかかってきたみたいで、マスゴミが一斉に安倍首相にマイクを向け、「総理、選挙無効の判決が出ましたが?」と、コメントを求めていた。が、あの民主党が、過去3年余り、この問題になんにもしないで放置していたことはどうなんだ。
この種の訴訟は、国政選挙が行われる直後、毎回各地で提起される。
原告団は、弁護士グループ、とある。この問題に興味が深い弁護士たちが、手弁当で訴訟を起こしているらしい。
昨年12月に行われた衆議院選挙では、最大格差が2.43倍だった、という。
人口比だけで出すこの数字だけ見れば、訴える理由は、非常にわかりやすい。
わかりやすいが、私はなんとなく釈然としない。
私は、神奈川県民なのだが、下のWikipediaの記事によると、日本で最も1票の価値が軽い有権者である。
しかし、だからといって、1票の価値が最も高い鳥取や島根、四国の県に移住して、1票の価値の重さを堪能したいとは、絶対に思わない。
1票の価値が重くても、仕事がない地域に住むのはいやだ。特に、外資系企業のない地方都市は困る。
1票の価値が重くても、インフラが整備されていないところに住むのはいやだ。
1票の価値が重くても、公共交通機関がない土地に住むのはいやだ。
1票の価値が重くても、いざというときに頼りになる大病院がない土地に住むのはいやだ。
1票の価値が重くても、娯楽が何もなくて買い物も不便で、老人ばかりが住んでいる土地に住むのはいやだ。
こういう訴訟を起こす弁護士グループによれば、日本中、どの地域でも、1票の価値は、ほぼ、等しく同じでなければならないらしい。確かに、数字の上でだけ見れば、その理論が間違っているわけではないが、都心に住む有権者は、1票の価値が軽くとも、数字にあらわれないものを、1票の価値が重い地域より、数倍、数百倍も多く享受している。
私一人の1票の価値が、鳥取県民の10分の1くらいでも全く構わない、とまでは言わない。けれど、しかし、私も、私の周囲からも、
「都会に住んでいると、1票の価値が軽くて不平等で損だよね」
などという会話は、ただの一度もあったことがない。逆に、全国の1票の価値がほとんど平等になったら、過疎地域に住む人らは、都心に比べて不平等だと思ったりはしないだろうか。
そもそも、1票の価値の平等が、憲法14条の定める「法の下の平等(おそらくは「社会的身分の平等)」からストレートに導かれる解釈なのか、わからない。普通選挙が始まったときは、一定以上の税金を納める男性に限られていたが、戦後は20歳に達していれば誰でも1票投じることができるようになった。このくらい平等だったら、かなり御の字ではないのか。そもそも、100%平等な社会など、この世に存在しない。選挙区割りを是正した結果、格差が1.99倍になっても、弁護士グループは「完全に平等ではない」と、訴訟を起こし続けるのだろうか。
税金も納めず、働けるのに働かず、偽装離婚で生活保護を受け取っているような連中も1票、汗水たらして必死で納税している人間も1票、というのは、後者が逆差別されていると解されてもいいのではないか。いっそのこと、納税額に比例して複数票を与えてもいいとすら思う今日この頃。だって、納税するより、税金にたかっている方が数段保護される社会なんだもん。そういう人種を、弁護士という種族は、必死でかばうし。
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