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2012/03/31

消費税率増にむけた私案

わが国には、これほどまでに老人や生活保護受給者が増加しているのだから、そのコストをまかなうためには、消費税の増税は必須であり、喫緊の課題であるとすら思っている。わが国には、サービスにはコストがかかるという単純な理屈がわからない人、または、あえて耳を貸さずに権利ばかり主張する人が多いらしい。
与党民主党の中にも、あの汚沢を始めとして、消費税増税に反対する御仁がかなりいる。マニフェスト違反だとか言う輩もいるが、マニフェストなど、子供の漫画にも満たぬ、ウソ八百の雑言集であることはもうとうの昔にバレバレだ。あんなものに違反したからといって、なにを今さら、である。
消費税の良いところは、坊さん・ヤーさま・脱税者・生活保護者・本来日本には住んではならないのに住んでいる人、その他後ろ暗い生活を送っている人らからも、満遍なく徴税できるところにある。彼らは、日本に住んでいる限り、インフラを利用しているのだから、払わないという手段を取れない徴税方法は、まこと優れている。
 
ただし、景気回復にブレーキがかかることへの懸念も理解しなければならない。
そこで、もっと柔軟な税率増加手段をとったらどうだろう。
以前にも書いたけれど被災した岩手、福島、宮城の3県を、消費税免税地にすることである
これであれば、3県の産品への発注や、買い物客も増加し、震災からの復興に寄与することができる。旅行業界も、「消費税免税ツアー」なぞを組んで、買い物や観光、温泉旅行などを企画したら良い。
もうひとつは、食料品への消費税課税を免除することである。アメリカでもこうしている州がある。食料品だけは、金持ちと貧者の間でも消費に大きな差がないものであり、かつ、日々の生命をつなぐものとして、他の購買品とは一線を画して良いと考える。こういった柔軟な立法をすれば、国民の同意も得やすいのではないだろうか。民主党も、このくらい考えてはくれないものか。
 
しかししかし、その前にやることはある。
前回も書いたけど、132人もいる死刑囚を法で定める半年以上養わないこと。
不正生活保護受給者はどんどん逮捕していただくこと。不正ではなく受給しているが労働年齢にある者らには、交換条件として、公共事業やがれき撤去作業などを命じること。それをいやがるようなら、飢え死にさせれば良い。
外国籍の生活保護受給者は、本国へ返すこと。
国会議員を半減させること。参議院なんて、いらない。
地方議員の数も減らすこと。
ガラクタのような公益法人、独立行政法人なども、全廃すること。
取れるところ、取りやすいところからばかり取り、抵抗されそうなところには手をつけないというのが、税の最も腹立たしいところである。
 
 
 
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2012/03/29

やっと仕事をした法務大臣

1年8ヶ月ぶりに、死刑が執行されたとのこと。
あのチバが辞め際に執行書にサインしてから、もう1年8ヶ月もたったのだ。早いものである。
その間の法務大臣らは、誰だったっけ、江田、その他複数いたが、その職責には指先一本触れようとしなかったが、検察官・弁護士出身の小川法務大臣がやっと3人に執行を命じた。ほっとした。
それでもまだ、わが国には、132人もの未決の死刑囚がいるのだそうだ。彼らを養い続けるのに、日々どれほど税金が支出されていることか。
 
マスゴミによるこの種のニュースの報道の仕方に不服ないのは、大臣が、さも悪いことでもしたかのような口調だからだ。間違っても、キャスターやコメンテーターという人らが、
「これが法務大臣の任務の一つなんですよ。本来は、何も特筆すべきことでも報道するようなことでもないはずです。小川法務大臣は、仕事を普通にしただけです。騒がないように」
などと発言することはない。決まって報道されるのは、人権団体というノー天気なクズどもの集まりが、「人権侵害」とか言って法務大臣に抗議書を送っただのという、反論の姿勢である。
これって、原発に似ていないか。
賛成派の意見が、全くといっていいほど取り上げられない。
マスゴミの報道姿勢は、反対することが正義でおしゃれでかっこよくて正しいことだと言わんばかりである。
アンケートをとると、死刑賛成派が圧倒的多数であるのに、死刑執行報道には、必ず「アムネスティ日本が早速抗議活動を開始した」などの尾ひれが付く。反対活動、抗議行動は、目に付きやすく、行動しやすく、マスゴミネタにもなりやすい。これに対し、「賛成活動(←こんな言葉、あるのかしら?)は、どうしたらアピールできるのであろう?つくづく、歯がゆい。マスゴミの言うことなど鵜呑みにしてはならない、と自覚している人間が減り、マスゴミに簡単に丸め込まれる、いわゆる「B層」ってやつが増加すると、民主党が与党になったりするのだ。
2012/03/28

(明日までですが)大恐竜展 in 丸の内 2012

明日までですが、東京駅前の丸ビルとOAZOビルのおのおの1階で、こんなもの、やっています。
 

 
恐竜大好き人間のわたくしとしては、見逃せません。
まず、OAZOから。
展示されていたのは2体。
これは、フクイラプトル・キタダニエンシスの復元体の縮小版です。
 

 
で、こちらがその復元骨格。全長4.2メートルと推定されています。ガオ~。
 

 
後ろ側にあるのは「さわってみよう」コーナーです。これって本物の大腿骨だそうですが、展示の仕方があまりにゆるやか。外国だったら盗まれると思うんですが、こんなんで良いのでしょうか?
 

 
下は、恐竜さんのフンの化石です。
 

 
それから、フクイサウルスの復元体もありましたが、これって機械じかけになっていて動くんですよ。
動きはスローですけど、これでもなかなか迫力?はありますよ。
 

 

 

 
化石発掘現場を撮影したビデオも上映されています。「フクイラプトル・キタダニエンス」という名前は、北谷で発掘されたから、つけられたのですね。
 

 
で、丸ビルに移動します。
迎えてくれたのは、全長12メートルもある、アクロカントサウルスの全身骨格です。
すごい迫力。がお~。
 


翼竜、プテラノドンも天井からお出迎えしてくれます。
 

 
ベンチにまで、恐竜さんが座っておられました。
 

 
しかし、福井県から恐竜の化石が見つかる理由は何なんでしょうね?
2012/03/26

水源は、守ろうよ

 

水源地買収「さらなる規制を」 15自治体 国に意見書 北海道では条例成立

産経新聞 3月26日(月)7時55分配信
源地買収問題(写真:産経新聞)
 外資による水源地の森林買収が相次いでいる問題で、規制を強めた昨年4月の森林法改正以降も、15の自治体(広域連合を含む)が国にさらなる規制を求める意見書を提出していたことが25日、林野庁への取材で分かった。北海道では23日に水源地売買の取引監視を強化する条例が成立、埼玉県でも26日に同様の条例案が可決される見通しだ。国の動きの鈍さをよそに、自己防衛する自治体が増えている。

 法務省によると、土地売買契約に登記申請は義務づけられておらず、登記簿上の所有者が真の所有者と異なる場合もある。

 ◆法整備遅れ

 北海道で成立した条例は、水源地周辺で土地を売買する場合、売り主が契約の3カ月前に道に届け出る「事前届け出制」とし、所有者や売買予定地の情報を把握するものだ。事前に分かれば、自治体が外資の代わりに買い上げるなどの対抗策も可能になる。

 ただ、それ以上の規制は難しい。民法上、日本の土地所有権は「世界一強い」ともいわれ、絶対・不可侵性が原則。所有者は地下水をいくらでもくみ上げる権利があり、河川法に基づいて利用が制限される表流水と扱いが異なっている。
 これまでに地下水取水を包括的に制限する国の法律はなく、2年前に自民党側の議員立法としてようやく規制法案が提出されたが、継続審議扱いのままで一向に前進していない。(以下略)

わが国は、外国と国境をじかに接していないため、他国の侵略から国土を守るという意識がひどく薄い。丸腰で他国と戦おうともしないことが良いことだというおめでたい憲法を持たされた結果でもあろう。
の記事には「外資」とあるが、基本的には支那国を指すことに疑いはない。深刻な水不足問題を抱え、水に飢えた支那が、日本の水源地を買い漁っているという。地下水をありったけ吸い上げられなどしたら、わが国はたまったものではない。水のように、人間や植物の生死と直結する基本的な資源を、むざむざ支那にぶん捕られてなるものか。このような重要な問題は、到底、地方自治体の条例レベルでカバーできる問題ではない。「国の動きが鈍い」というのは嘆かわしいものである。自民党の法案がたなざらしにされている通り、今の民主党に、支那の眉をひそめさせるような立法など到底期待できないものだから、余計頭が痛い。
いったん買い取られた土地を買い戻す交渉など難しいであろうし、いざそんな提案などしたら、元の買値の何倍、何十倍でもふっかけてくるのが支那という国である。
 
そういえば、今を去ること20年以上前だが、バブル期だった1989年に三菱地所がNYのロックフェラーセンターを買収したことがあった。これは、バブリーなジャパンマネーがアメリカのハートまで買収した事件として、当時のアメリカ人にひどい反感を買ったものだった。しかし、その後、バブルがはじけ、三菱地所が買い取った14棟のうち12棟は売却を余儀なくされたそうだ。
しかし、それとは違い、ひとたび握った水を生み出す日本の土地を、支那が手放すことなど、よほどのことがない限りないであろう。不動産業者が、高値で土地を買ってくれる相手がいるなら、何国でも何国人でも無条件で合意してしまう気持ちはわからないことはないが、売っていい土地とそうでない土地の区別は、最低限、国が線引きをしなければならない。問題は、今の政府にその能力がないことである。
「水と安全はタダ」ではない。
 
 

 
2012/03/25

「大阪維新の会」と「ともみ組」からパーティーのお誘い

橋下大阪市長率いる「大阪維新の会」が、次期衆院選に向けて候補者を養成する「維新政治塾」を開講したそうで、その出席者は全国各地から約2000人にも及んだそうだ。
この橋下さんは「2万%ない」と断言しておきながら大阪府知事選に出て当選したとき「あれ」と思っていたけど、あの病巣の深すぎるくらい深い大阪府、そして市の首長になり、組合と敵対し、ホンネで仕事をしておられるところは評価していた。が、先日「原発は全廃すべきだ」と発言していたのを聞いて、ひどくがっかりした。タレントであり弁護士であり首長であるが、経済活動や放射能のことは(私同様)ご専門ではないらしい。この国では、いまや「原発廃止=かっこいい、ブーム」というのがマスゴミ受け、人受けする主張らしく、原発賛成派の言論はふさがれているかのような状況である。今回のあの福島の事故は、未曾有の大地震のせいであって人災ではないのに、何と偏った見方であろうか。
 
とまれ、冒頭の維新の会の応募者の中には、現職の地方議員だとか弁護士なんてのもいるそうだ。
これほどまでの応募者の中から、一人ひとりのキャラや考え方を見定め、立候補者を絞り込む作業もハンパではないだろう。橋下さん、地元の政治の仕事は大丈夫ですか。ご家庭では7人ものお子さんがいるそうですが、家庭も大丈夫ですか。
出席者の一人である女性がインタビューされている様子がテレビで流れた。
「私は主婦なんですが、主婦でもわかる政治をすると聞いて、応募しました」
マジで聞いていたわけではないのだが、こんな受け答えをしていた。ちょっとカチンときた。
主婦はド素人で、男性サラリーマンなどより劣っている存在、とハナから決めているのが好ましくない。
主婦だって一個の独立した人間であり、有権者であり、独自の考え方や行動を持っていてしかるべきである。「私は普通の主婦ですが、政治をやりたくて来ました」と言うのならよろしい。
私も一応主婦のはしくれだけど、「主婦だから」というのを、謙遜や自重のネタとして口にしないようにしている。主婦だからできない、とか、劣っているとかではなく、その人ができないとか劣っているだけである。日本人特有の謙遜口調で言ったのかもしれないが、こういう程度の物見遊山、興味本位で参加している人は、早々に落伍なさるとよろしい。
 
さて、衆議院議員の稲田朋美さん(←この方も主婦です)の後援会「ともみ組」主催らしい、「稲田朋美さんと道義大国を目指す会」というパーティーのお誘いが来た。発起人?はあの渡部昇一先生で、会費は20,000円である(ひ~)。
 

 
 

 

 
私は、保守系のブロガーの間で極めて評判の良いことから稲田議員に興味を持ち、多少なりとも会費を払って「ともみ組」に参加させていただいているが、パー券を買うまでのかかわりはない。
私のような何でもない素人のところにまで手紙が来るとは、ありがたいというか何というか。でも、以前、ご著書を読んで感想を手紙に書いて送ったら、ご丁寧に直筆のお葉書を頂戴して、感動したことがある。
政治活動にはお金がかかるのは十分承知している。ときどきお金を送ってさしあげよう。
 
2012/03/22

SBO? BSO? 高校野球で「あれ?」

今日、ちらっと春の選抜高校野球を見る機会があったのだけれど、画面右下に出ていたストライク(S)、ボール(B)、アウト(O)のカウントの表記が、「BSO」になっていたので、「あれ~~~
」っと驚いた。
メジャーリーグと同じ順序ではないか。
日本では昔から「ストライク(S)、ボール(B)、アウト(O)」の順に表記するのではなかったのか。
「ツースリー」とは言うが「スリーツー」とは言わないはず。なんで?いつから変わったの?
 
ちなみに、TBSはなぜ春の選抜を中継しないのだろう。
主催者系列のテレビ局とはいえ、NHK1局だけやっていればよし、という姿勢なのかな。
テレビ朝日は、夏の高校野球の決勝戦くらいは放送していたはずだけど。
 
まあいいか。
2012/03/21

これはどうも違うと思うんだけどなあ・・・ 性転換後の「嫡出子」

 

実父と認めて…性別変え結婚、戸籍訂正求める

性同一性障害のため戸籍上の性別を女性から男性に変えて結婚した大阪府在住の夫(29)が21日、第三者の精子を使った人工授精で妻(30)との間に生まれた男児(2)について、戸籍上、実父と認められないのは不当だとして、戸籍の訂正を東京家裁に申し立てた。

 法務省によると、女性から男性に性別を変えた夫の妻が出産した届け出は全国で16件。すべてが戸籍上は、未婚の男女間の子(婚外子)扱いで妻の子とされ、父親欄は空白になっている。その是非を巡る司法判断を求めるのは全国初。

 申立書は、婚姻中の女性が人工授精で出産
した子どもを「夫の子と推定する」とした民法772条に基づき、「戸籍上、夫の子と記載すべきだ」としている。
 
どうにも、こういった意見の主張が苦手だ。苦手というのがフィットしなければ、違和感がありすぎると言うべきか。
そもそも、医師の診断書を得る、外科手術を経る等、一定の条件に従った上ではあるが、戸籍上の性別が転換できるようになった、という法改正にも、いまだなじめない。昨今は「カマ」タレントが堂々テレビに登場し、そのタイプであることを隠すどころかむしろ売りにして生きている例がいくらでもあるため、体と心が合致せずとも、戸籍まで変えなくたって良いのではないか、と思ったりする。が、そういう人らのそういう心身のギャップが、「性同一性障害」という気の毒かつ立派な病気に格上げされて以降、法改正にまで及ぶとは、思いもよらなかった。心と体が一致しないで悩み続ける人らの気持ちがわからないくせに、と言われてしまえばそれまでで、それは否定できない。しかし、性とは基本的に体の作りに基づくものではないのか。少なくとも私は、元・男という人と一緒に更衣室を利用したり、入浴したりするのは気持ちのよいものではない。
 
上述の訴訟についてもしかり、だ。元々の体が女性なのであるから、精巣がないのは100%明らかなことである。だから、子を持っても、「夫の子と推定できない」のである。元・男の当人にとってはつらい現実かもしれないが、養子縁組をするとか、事実上の親子関係を享受する等の関係にてとどめるべきであろう。そうでなければ、通常の男女の性行為により生まれた嫡出子の境界線が曖昧になる。
普通の男女間の夫婦であっても、夫側に精子がないなどの理由で、他人の精子を妻に受精させ、子供を持つ場合がある。「この場合だったら嫡出子と認められるのに、なぜ性転換の場合は不可能なのか。差別だ」と言われるかもしれないが、夫の精子ではないことをいちいち役所の届け時には立証させないし、従って、「夫の子と推定が効く」という点で、元・女性の子でないという生物的に明確な事実とは大きく異なってくる。
 
なんか、このまま言ったら、女性同性愛者同士、男性同性愛者同士の子供も嫡出と認めないのは差別だ、などという訴訟が起こされそうで、こわい。
 
 
=== 
話はそれるが、昔、弁護士事務所に勤めていたとき、本当にその土地では珍しいことだったのだが、殺人事件が発生し、勤務先の弁護士がその犯人の弁護を引き受けた。裁判所から回ってきた「調書」が手元に来たので、ぱらぱら読ませてもらった。ああいう殺人とか死亡事件の場合、調書には、遺体の写真のみならず、解剖した場合はその写真も沢山載っている。ぐろいもの見たさに読み進めていたが、殺されたのは若い男の子のはずであったのに、大きく開脚しても、男性器がほとんど、小指の頭大の痕跡しか認められない、というキャプションが付いた写真が掲載されていた。絶句した。
こういう子は、小さいころから、自分が男だか女だかわからないという、人に言えない深刻な悩みを抱えて生きているのだろう。かような場合は「転換」以前の問題だと思うのだが、性同一性障害を救済するより、このように、まず、身体的に性別が判別できない子たちに対する救済策を考える方が先決なような気がする。
 
 
2012/03/20

お彼岸

墓参りとは、娯楽の少ない昔には、ある種のレジゃーだったのだろう。
しかし、私のように不信心、無宗教で、かつ、父や祖母と不仲だった人間には、どうにもこうにも苦手な行事だ。
しかし、わが母は、昔者だけに、こういう行為には熱心である。
熱心、というけれど、母の世代であれば普通のことなのかもしれない。
ただただ、私とはギャップがありすぎるのである。
普段から、ちょっとおかずを作ったから、と言っては、小皿にとって仏壇に供える母。
酒やビールのみならず、よそからなにかおすそ分けをいただいても、必ず仏壇に供える。
上述の通り、きわめて不信心でこういう行事に興味がない私は、そういう母を見て、
「どうせ食いもしないのに、供えたってしょうがないでしょうに」
などと、うっとおしく思ってしまう。
 
この週末も「おはぎを作るから」と、手伝いに呼び出された。
行ったらもうあんこもできていたし、もち米ももうすぐ炊ける段階になっていた。
もち米をすりこぎで半殺しにしたあと、小さく丸め、周囲にあんこやきなこをまぶした。私は思わずためいきをついて、母に、
「もう年だから、疲れるからやらない、って言っていたのに、よくやるよねえ」
と言ってしまう。で、母は、早速仏壇に供える。
その次の日には、揚げもち作りに呼び出された。
母は、なにかちょっとした行事とか来客がある場合、または、人に何か送りたいときなど、よくこの揚げもちを作る。今回は、3月3日に買ったひしもちを使ったものだったが、要は、もちを刻み、ざるなどに並べて数日乾燥させたあと、油で揚げる「揚げせんべい」である。
 

 
揚がったら、塩をぱらぱらと振る。
 
油が熱いついでに、さつまいもも揚げようか、という話になり、さつまいもを拍子に切り、軽く水にさらしてから、素揚げする。
 

 
で、できたのがこれ。これにも上から塩をぱらぱら。
 

 
揚げ物をしていると、揚げている当人は油に酔ってしまい、あまり食べたくなくなるのが普通だけど、揚げもちと揚げ芋は、ついついつまみ食いしてしまう。うんめ~。
 
やっぱり、太るものはうまいのだ。
うまいのものは太るものだ。
2012/03/17

「若く見える」は真に受け過ぎないこと

書店に行ったら、女性のバストを専門に扱っている美容クリニックの院長による健康本があった。
なんでも「50歳を超えても30代に見える」という本のようだ。
本のタイトルは、人目を引くため、大げさだったり、世の常識の逆を行くようなものをつけることが多い。
表紙には著者の写真が出ており、56歳の今と、若かったけどむしろ老けて見えた頃のものが並べられていた。
私は、現在の写真を見て、
56歳。ふむ、別に。年相応じゃん
と思ったけど、ご本人によると、年齢を言えば、誰もが
「そんな年には見えない」
という反応を示すそうだ。
 
彼の脳や骨、血管年齢も実年齢より若いそうだけど、私は、こういう本を見ると、
「どうかな~~~」
と思う。
若さを自負するのは良いし、実際に体内もそのような測定年齢なのであれば、それはそれで、素晴らしいことだと思う。
しかし、日本人はあまりにも「そんな年に見えない」と言われる、見られることにこだわり過ぎないだろうか?
たとえば、この著者を、実際に30歳から39歳までの人の渦の中に立たせたら、絶対にその中に埋もれない。体内はそうであっても、髪とか首、手、皮膚、姿勢、体の線、歩き方、表情などは、あきらかに違うからだ。
 
アンチエイジングも良いけれど、40歳、50歳、60歳と年を重ねて、見た目が年齢相応になることだって、十分大切ではないのか。もちろん、実年齢以上に衰えが激しい場合は、それに対して何もしないことは感心できないけれど、人間が40歳らしく、50歳らしく、60歳らしく見えて、何か悪いのだろうか。
 
今の時代は、昔とは違い、栄養も医療も発達しているから、実年齢の7掛けくらいが昔の年齢にあたる、のように聞いたことがある。だから、「お若く見えますね」と言われることを、期待もせず、また、真に受けすぎずにいほうがいいと思う。
若さを保とうとして、安くもない金をはたいてサプリメントを購入したり、美容整形を受けたりする人もいる。しかし、人類史上、そういうサプリや整形の効果が、老後になるとどう影響するかというデータはまだちゃんと出ていないのではないか。もとから体に存在しないものをサプリで取り込んだり、自然なシワに抵抗してひきのばしたりする手術を受けても、一瞬は若くなったように見えるかもしれない。しかし、どう頑張っても50歳の人が20歳や30歳に見られることはない。50歳がせめて40歳に見られれば嬉しいのかもしれないけれど、70過ぎたらみんなほとんど差はないと思うぞ。
 
ちなみに、この医師は「○○○茶を飲めば20歳若返る」という本も出しているけれど、大昔の紅茶きのこから始まって、ココアだったり朝バナナだったり納豆だったり、何か単品の食品だけを推奨してその効果をうたうようなことに、私は一切耳を貸さないと決めている。
2012/03/15

皇居東御苑 梅林

今日は、ランチタイムに、皇居東御苑へ行った。
別名「不浄門」と呼ばれる平川門から入ると、すぐ目の前に、梅林が開ける。
こんな看板が立っている
 

 
そう、坂道の両側に、梅の木がたくさん植えられているのだ。
3月に入り、もうピークを過ぎたかと思ったが、木によっても、種類によっても、咲く時期がかなり異なるのがわかった。花の遅かった今年、まだまだ、あと半月くらいは楽しめそうである。
 
紅梅も、白梅も、いい。梅は、いい。寒さを必死でこらえる人間達に、
「みなさん、冬はもう少しの我慢ですよ。わたしたちが咲けば、春はもうすぐそこですよ」
と語りかけてくれるから。
 

梅は英語で「plum」と訳されたりするけれど、絶対にプラムではない。梅は梅である。
 


 


 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんな東京のど真ん中の広大な庭園(と、読んで良いのかどうか)が一般に無料で公開されているとは、宮内庁も随分思い切った判断をなされたものだ。
この東御苑の公開は1968年10月から始まったそうだが、おそらく、昭和天皇のご厚意に負うところ大だったのではないか。
 
私は、梅の美しさを堪能したのもさることながら、こちらにも↓結構感動してしまった。
梅の木々の下に、ふきのとうが、まるでジャングルのように生えているのである。
 

 
ふきのとうなら、ほろにがい味わいを楽しむ野草として、食べる人も多いのではないか。
しかし、坂と梅林の間が低い柵で仕切られているとはいえ、入ろうと思えば簡単に入れるところに、びっくりするほど無造作に生えまくっているのである。
それが、誰も、採らないのだ。
これが、仮に、○○人だったら。
まず自分で食うために摘み取り、売るために根こそぎ刈り取るであろう。
しかし、日本人は、誰も、採らないのだ。
ここが、皇居の一部であること、そのようなところでそのような行為をすることは、恥ずかしいし、不敬であることを、来場者の皆さんは、ごく当たり前にわかっているからではないか。
そう思いたい。