FC2ブログ
2012/02/29

「老齢加算廃止は合憲」判決と、左巻き「福岡高等裁判所」

今朝、新聞を見ていたら、口をあんぐりしてしまった。
 
(元気そうな原告の一人のお爺さんの写真が出ている)
70歳以上の生活保護受給者に上乗せ支給されていた「老齢加算」の廃止は、憲法が保障する生存権の侵害にあたるとして、東京都内の11人が支給額の減額決定の取り消しを求めた訴訟で、最高裁第3小法廷(岡部喜代子裁判長)は28日、廃止を合憲とした上で原告側の上告を棄却する判決を言い渡した。
請求を棄却した1、2審判決が確定した。
 
こういうふうに、生活保護者がその加算部分を削られると、100%訴訟を起こす。
応援してくれる弁護士にも事欠かないようだが、そんなに貧しいというのに、訴訟費用や弁護士費用はどうしているのだろう?
中でどうしても解せないのが、
原告側は「憲法の保障する健康で文化的な最低限度の生活が奪われた」と主張していた。
????この人たち、なんでこんなに偉いんだろう。
生活保護だけでは不服でたまらないらしい。
汗水たらして働いて納税している私らの目の前で同じセリフを吐けるんだろうか。
「税金で養っていただいてありがとう」という感謝の気持ちが感じられない。
 
別記事を読むともっと腹が立つ。
 
老齢加算の廃止で、親族の葬儀に香典を包めず参列できないなど、社会から孤立する原告らの深刻な訴えを判決は冷酷に無視。憲法25条を具体化した生活保護法の違反がないので「憲法25条に違反するものでもない」と結論づけました。
 
?????香典の費用も国が出して当然だと思っているらしい。なんと素晴らしい特権意識。
「ごめんね、私は税金で養われている身の上なんだ。生活保護なものだから、香典代が出せないんだ。それでも気持ちだけお焼香に来させてもらったの」
と、手ぶらである理由を説明し、理解を得る努力をすることこそ必要なのであって(言うまでもないが、周囲も、その土地の習慣に拘らず、生活保護受給者に香典の持参を期待ないし強要してはならない)、税金で香典まで負担させるなどもってのほかである。生活保護は、日々寝て食う絶対的な費用をまかなえれば、それ以上文句をつけるものではない。人間、国から税金で生かせてもらうと、ここまで増長するものなのだろうか。
 
それにつけても、福岡高等裁判所は、よくよく左にずれている。
 
これと同じ訴訟は9箇所で起こされているそうだが、その中で唯一、福岡高等裁判所で、「廃止は違法」と、原告勝訴の判決を2010年6月に下したそうだ。
福岡高等裁判所と言えば、実名を挙げて恐縮ではあるが、古賀寛という裁判官が、支那人の女性に生活保護を認める判決を下している。弊ブログでも昨年11月15日、
というネタにしているが、コメントを下さったPONKO氏によれば、同高裁は「サヨクの巣窟」なのだそうだ。
まあ、最高裁判決が上記のように出れば、下級審もその判例に従わざるを得ず、よって、この左巻き福岡高裁判決も、最高裁でくつがえることは確実である。しかしその間に費やされる税金と労力が無駄で仕方が無い。老人達はヒマはたっぷりあるけれど、最高裁はただでさえ訴訟をぎっしりかかえて多忙なのだ。それを、こんな9件もの訴訟で煩わせてはならない、と思う。
 
誰でも老人になる。この原告らは、その日に備えて、年金を掛けてきたのか?
若いとき懸命に働いて貯蓄をしてきたのか?
国が養ってくれて当然、と思っていないか?
 
しかし憲法25条は問題だらけである。
私に改憲の機会を与えてもらえるなら、
「ただし、本条の規定は、労働の義務や納税の義務に優先しない」
と加筆したい。
義務を果たしてこなかった人ら、怠惰な人らの権利まで保障されては、真面目に働くのがばからしくなるではないか。
 
 
 
スポンサーサイト



2012/02/27

夏目雅子さんの旦那さん

私の勤務先にミニ図書館があるのだが、そこで借りた本、「大人の流儀」。
著者があの、故・夏目雅子さんの旦那さん、ということで手が伸びた。まるっきりミーハーな動機。
 

 
久しぶりに、大人の男のエッセイを読んだ気がした。ちょっと洗われた。
決して、達文でも美文でもない。この人に「作家」という肩書が付くようになったのは、いつごろからなのだろう。ひと昔まえだと、洋酒の会社がスポンサーになって、毎年4月1日、新聞の下段に、山口瞳氏の新社会人(か、1月15日の成人の日当時はその日に固定されていたの新成人向けだったか?)に、はなむけのエッセイを書いておられたのを記憶している。それが今は、この人の筆に代わったようだ。
 
この人の2番目の妻になった夏目雅子さんといえば、私らの世代では、正統派美人中の美人。しかも、佳人薄命を地で行ってしまわれた伝説の美女である。享年わずか27。場所が、慶応大学病院だったのもいい。こういう方々は、東大や女子医大ではなく、慶応か聖路加でなければならない。作家の林真理子さんが、
「美人は若くして白血病で死ぬのだ。久々に美しいものを見た思いがした」
とコメントしておられたのを覚えている。このコメントを不謹慎と取られる向きもあるかもしれないが、私は同じ女として、痛く同意する。
 
この本では、とりわけ、没後25年も経てようやく書かれた、夏目さんの死に関する一文に心を打たれた。最初は、週刊現代に載せられたものらしい。書けるまで、それほどの年月がかかった、と述べられていた。
 
この伊集院という人、生き方のかなりむちゃくちゃな人だ。物書きだから多少は誇張や創作もあるやも知れぬが、横浜の山手に住むお嬢様だった夏目雅子さんが、こんな破天荒、風来坊、まともな職に就き続けていない、妻子あり、「買う」については書いてなかったものの、「飲む」「打つ」まみれ、喧嘩までする男に惹かれて、仕事が終わるたびに逗子まで会いに来ていたという。無菌培養のお嬢様はとりわけ、こういう、自分とは対極の雑菌だらけの男に惚れるものだ、と改めて悟った。しかし、結婚し、同居を始めてからたったの1カ月で、病のため入院。伊集院氏が、仕事も中断し、慶大病院で看病に専念したのが209日。となると、この人が実際に夏目さんの夫であった期間は、1年足らずということになる。しかし、1年足らずではあっても、再婚された今もなお「夏目雅子の最愛の夫」であることに変わりはないと思った。死そのものより、治療に耐えていた頃の彼女の描写が、胸を打つ。
 
金が無い」と、文中にたびたび書いておられた。カネがないから、夏目さんの入院中、助かるかもしれないという治療法を取れなかったことを悔やんでおられたが、当時の医療水準では、精一杯だったようだ。自嘲なのかもしれないが、ギャンブルによる借金らしく、今でも返済があるらしい。私はギャンブルも煙草も大嫌い。飲むのはいいけれど、度を越した飲み方はご免だ。カネが無いカネが無い、という人に限って、どこから工面してくるのか(あるいは最初から踏み倒すつもりなのか)、巧みに酒にありつくのはどういう才覚なのだろう。世間でいう義理や礼儀、人間関係をまともに保とうとしていないことは確かだろう。それでも、人間、なんだかんだで生きていけるものらしい。私のような凡人で、かつ、サラリーマンの娘は、会社に毎日行く以外の労働形態も、そういう形以外で毎日食べるお金を得ていく手段も知らない。年金保険料も健康保険料も払わないでいるような生活は、恐ろしくてできない。小心者だもの。しかし、その反面、こんな無鉄砲な過去を持つような人に憧れを抱いてしまう夏目雅子さんの気持ちがわからないでもない。
 
伊集院氏がそうだ、と言うことではなく、「例えば論」だけど、喧嘩に巻き込まれて顔面を腫れあがらせているような人(願わくば、負けるより勝つ方が無論良いが)、しばらく会わなかったので理由を聞いてみたら「いや、ちょっと別荘(注:刑務所の隠語)行っていたんで」とか答える馬鹿野郎がいたら、私のような小心者は、逆に好きになってしまうかもしれないなあ。
草食系男子が大流行りの昨今では、喧嘩のできる男なんて、絶滅危惧種になってしまった。
 
夏目雅子さんのことを少しでも覚えておられる人に、お勧めの1冊です。
大輪のひまわりでした。合掌。
2012/02/25

少子化担当大臣職と「移民」発言

少子化担当大臣、というポジションができたのはいつからだったろう?
調べてみたら、小泉内閣のとき、
「青少年育成及び少子化対策担当」
というポジションとして発足し、2003年9月から2年間、小野清子(元オリンピック選手で5児の母)、南野智恵子という女性が大臣に指名されている。その後、猪口邦子、高市早苗、上川陽子(誰、この人)、中山恭子、小渕優子(在任中、自分で子供を産んでいる)、ここで政権が代わり、これ以降は福島瑞穂(むむ)、玄葉光一郎(何で?)、岡崎トミ子(この人が?)、与謝野馨(ありえない)、蓮舫、岡田克也(似合わない)、と交代してきている。今は、中川正春、という人が大臣だそうだ。誰、この人。
で、この中川という男が、
「少子化対策のためには移民を検討する時期に来ている」
と発言をした。
「少子化対策だけで日本の人口減少に歯止めをかけるのは難しいとの認識を示したもの」
だそうだが、そもそも、これまで何人大臣に就こうと、目に見えるような「少子化対策」なんて、誰もしてないではないか。
大臣職を投げているとしか思えない。仕事ができないなら、そんなポジションは税金の無駄だから廃止すべきである。そもそも、男女は、大臣が何か言うから子供を産むものではない。
 
この中川なる人は、移民を美化しすぎているか、移民のそのレベルや種類を一切考慮せず、ただ数だけ増やしゃあいいと思っているらしい。
私はこれまで何度も何度も書いているけれど、移民というのは、常に
「民度や文化の低いところから→高いところ」
「治安の悪いところから→良いところ」
「貧乏なところから→豊かなところ」
に起こるものである。日本からアメリカやフランスに移る人はいるけれど、ソマリアやシエラレオーネにわざわざ移る人はいない。
もし本気で移民政策を開始したら、支那、韓国・朝鮮、そしてフィリピンあたりからどどっと人が押し寄せるのは目に見えている。
支那は、人口が有り余っているので、1億2億くらいいなくなっても全く困らない。従って、日本一国など簡単に支那に占領されてしまう。
韓国人は表向き日本を嫌っているけど、在日の人たちが全然本国に帰りたがらないで居続けているところを見ると、ホンネはそうでもないらしい。北の人らにとっては、メシが3度食えるだけで、それこそ地上の楽園だろう。吹っ飛んでやってくるに違いない。フィリピン人にしてもそうだ。貧富の差が激しい国で、あのなんとかのり子の一家のように、パスポートやビザを偽造してまで入国したがるのが山ほど居る。フィリピン人ダンサーらは、日本人の子供を産んで日本国籍を取らせ、その子の養育のために生活保護をもらって日本にいるくらいだ(日本人男性諸氏にお願い。頼むから彼女らを相手にするときは、避妊くらいしてください)。
 
日本人が子供を産まなくなったのには、理由が沢山ある。
誰もが大体想像もつくと思うから、ここには列挙しない。
しかし、少子化担当大臣は、これまで、非正規ではなく正社員の職の数を増やそうとしただろうか。
土地代のバカ高い都心で保育園を建設する場合は、土地の余っている田舎とは庭の広さなどの建築基準を少しでも緩めようとしただろうか。
子供が複数いれば格安で入れる住宅の設置などしただろうか。
一体全体、この大臣は、何をやっているのか、やってきたのか、さっぱりわからない。
おまけに最後は「移民を」だと。ヨーロッパ等で失敗している移民政策の実態を見て発言しているのだろうか。
 
日本に支那人半島人フィリピン人がどっと住んでご覧なさい。
街の看板も政府広告も何もかも、日本語だけでなく支那語、ハングル後、タガログ語の4ヶ国語表示が必要になるぞ(不経済だ)。
国会議員や地方議員にも続々立候補し、本国への利益供与を図るに違いない。
日本の美しい伝統文化や習慣は破壊されるか、無視される。
治安は悪化する。教育レベルも下がる。
そのくらいだったら、わが国の人口が減って縮小するほうが、よっぽどましである。
 
この中川正春なる男の話に戻る。
Wikiを見たら、パチンコチェーンストアアドバイザーという、きわめていかがわしい地位についていることも判明した。おまけに、途方もない馬鹿発言↓をしている。
「パチンコ屋の託児所こそが、少子化対策の突破口になる可能性はあるのではないか、と、私は今、真剣に考えています」
 
パチンコ屋の託児所=少子化突破口・・・・・
 
ですと。
みんなで腰を抜かしましょう。笑いましょう。
 
この男、61歳。
国会議員や大臣をやる前に、小学校に戻って勉強しなおしたほうがいい。
 
 
 
2012/02/23

職員のメールを調べて何が悪いのか

大阪市が、市の職員150人分のメールを調べたそうだ。
 

<大阪市>職員メール調査「150人分で終了」市顧問弁護士

毎日新聞 2月23日(木)1時3分配信
 大阪市が職員の内部メールの調査を始めた問題で、調査リーダーで市特別顧問の野村修也弁護士は22日、取材に応じ、既にデータを入手している約150人分のみで調査を終了すると表明した。職員の地方公務員法(職務専念義務)違反の解明が調査目的と主張するが、メールを提供した市側は「労使関係の問題」、橋下徹市長は「組合・政治活動の解明」と食い違っている。十分な意思疎通もないまま、内部メールを開示した市の情報管理の在り方が問われそうだ。
 
野村氏によると、メール調査は内部告発に基づくもので、特定の幹部職員の職務専念義務違反や、禁止されている私的なメールの利用を調べるためとしている。【茶谷亮】
 
「事前の同意がなかった」などと批判されているそうだが、目的がどうあれ、雇用主が職員のメールを調査して、何で批判をされなければならないのだ。
会社や職場のメールは、常に仕事のためにのみ用いるものであって、私用や組合活動の連絡に用いるものではない。職場のメール機能を提供しているのは雇用主なのだから、雇用主には職員のメールをチェックするに何ら問題はないはずであり、実際、裁判所でも同様の判例が出ている。
人間誰しも、職場で多少なら私用メールを送るとは思うけれど、雇用主に調べられて困るようなメールを、職場のPCで送るのは、誰が聞いても賛同されるものではない。私用メール、組合活動関係メールは、個人のPCや携帯から、就業時間外に送りなさい、ということ。大人ならそのくらいわかる。
 
そもそも、倒産の危険性が皆無な市役所といったところで、それほど組合活動にいそしむ動機をさもしいと思わないのだろうか。
組合員って、ソーカガッカイ員と同じくらい選挙が大好きだ。
首長の選挙などあったら、もうそれこそ小躍りして組合員の中から候補者を立てる。
その候補者が当選した暁には、一斉にたかるためだ。
全く、左巻きは、組織の文句ばかり言いながら、シロアリのように組織にたかり、巣食って、蜜をなめる。
左巻きが何かを栄えさせた試しはない。
橋下という男、「2万%ない」とか言いながら府知事に立候補したときは胡散臭い奴だと思っていたが、この組合との対決姿勢やよし。
 
 
 
 
 
 

 
2012/02/22

Appleはワキが甘いのかな

2010年1月31日に書いた「iPad」と「Wii」という記事にも述べたのだが、
Appleは、あれだけの会社でありながら、登録商標の事前チェックが甘いのだろうか。
法務組織がしっかりしていないのだろうか。
仮にそうだとしても、今の時代は登録商標(類似、申請中も含む)の事前調査など、PCひとつ、あるいは、調査会社のサービスを提供する会社などを使っていくらでも調べられるのに、「iPad」「iPhone」という商標も、いまやすっかりAppleの商品のそれとして認識されているけれど、もとは富士通やシスコが先に申請ないし登録をしている。それすらまともに調査しないで発売するとは、よほど「Appleになら折れて、そのうち譲渡してくれる」という自信にあふれているのだろうか。
 
しかし、今回の相手はあの支那人である。
 
中国企業が米国Appleのタブレット「iPad」の中国における商標権を主張して中国でのiPad販売禁止を求めて起こした多数の訴訟の1つで、広東省恵州市の裁判所が家電販売チェーンにiPadの販売停止を命じた。
 
これまで、たびたび、支那人には「知的財産権」という概念がなく、自分の儲けのためにはいくらでも違法コピー、ニセブランド商品および海賊版の作成を平気で行う連中だと書いてきた。
しかし、このパターンでは、知的財産権を逆手に取り、使いもせず、ただ登録したり、他者から登録済みのそれを購入したりして、このような差し止め裁判を起こす手段も覚えてきた。この報道によると、Appleが4億ドル払えば、同様の訴訟はすべて取り下げると主張しているようだ。
かね、カネ、金。
この恥知らずなあくどさには、我々お人よしの日本人も度々被害にあっている。
たとえば「青森」とか「魚沼」なんて地名を商標登録する、などという行為だ。
これが登録されてしまうと、例えば「魚沼こしひかり」も、高額な商標使用料を払わなければ、販売の差し止めを食らってもおかしくない。
こういう恥ずかしい行為をしてはいけない、という「紳士協定的」なセンスを供えることなど、支那人には未来永劫期待できないのだし、彼らにできるわけがない。
 
Appleにとって、支那は、人件費の安い製造拠点ではあったが、近年は、労働者の間に自殺が続くなど、労使関係が悪化しているさなかであったという。それによって恨みが積もり積もってきたのかははっきり分からないが、かかる労使関係の悪化に加え、知財リスクまでも負わなければならないという、厄介この上ない土地へと変貌しつつある。
オバマ大統領が、先日訪問した習近平に対し、「支那は大国としての責任を果たすように」との発言をし、人民元切り上げや知的財産権保護に取り組むよう要請したという。
しかし、支那は、あの広大な国全体が未成熟である上、先祖代々の中華思想や国民性がああだから、西側のルールがすんなり適用できる土地ではない。ただただ唯我独尊で自国の利益ばかり考え、他国の迷惑になど考えも及ばない連中が、黙って西側の忠告に従うはずなどない。
あの国の存在そのものが、いまや、全世界にとっての共通なリスクになってはいまいか。
 
2012/02/20

ここまで来るのに13年も!光市母子殺害事件

山口県光市の母子殺害事件で、あの元少年に対し、やっと死刑が確定することになった。安心した。
ここまで来るのに、なんとなんと13年もかかった。
日本の裁判とは、なんてスローなのであろう。
あの、若くして結婚し子供を持ち、それもつかの間にして彼女らを奪われた本村さんという方は、この13年間、おそらくは仕事をし、公判のたびに会社を休み、自費で出廷を続けていらしたに違いない。
あの元クソ餓鬼には、おそらく国選であろうが弁護士が何人も付き、人権とやらを目一杯擁護され、衣食住も医療もみな税金でまかなわれ、もちろん法廷へは自費などではなく税金で雇われた車で送迎(というのもなんだが)されるというのに、被害者の家族であった本村さんへは、びた1円たりとも税による援助もないはずだ。
残虐な方法で若い母とその子を殺し、殺したあとはゲームセンターで遊んでいたという鬼畜。
公判では「ドラえもんが何とかしてくれると思った」「殺意はなかった」などとほざき、弁護士など、あまつさえ「母親が恋しくなっての母胎回帰」などという支離滅裂な弁護まで展開して世間をあきれさせた。狂人でも弁護士になれる、という恥ずかしい証左になった。
とにかく、この元少年には、めったやたら「人権」「更生の可能性」「死刑は残虐な制度で違憲」などと主張し、その身を擁護してくれる人がごまんといるというのに、殺されてしまった当の若い母と子の人権など、どの弁護士も裁判所も、みじんも考慮してくれない。殺されてしまえば、殺され損だ、と言われているようなものだ。ただ一人残されてしまった本村さんだけが、彼女らに代わって、「それはおかしい」と叫び続けなければならなかった。
それも、13年もの永きに渡ってである!
途中でめげても、気が狂ってもおかしくないほどの年月である。
元少年は、30歳になった。
30歳になり、死刑判決が確定したことで、もうシャバに出ることもなくなったから、と言って、マスゴミは急にこの男の実名を報道し始めた。
あれ?
 
福田君を殺して何になる」
 
と、実名報道をしたノンフィクション作家が訴えられたはずだが、なぜか苗字は「福田」ではなく「大月」となっていた。
またか。「旧姓○○、現姓○○被告」ってやつ。
未決拘留囚が、その未決の途中で姓が変わるのは本当に珍しくない。
この元「福田君」も、心無い出版物により実家の親の姓がばれ、やむなく、例えば、母方の祖母と養子縁組をした、とか、なんらかの小細工で姓を変更したに違いない。急に「大月」などと呼ばれて一番ピンと来ないのは、当の本人かもしれない。
若年者が犯人の場合だと、「更生の可能性」を叫ばれるのも危ない。例えば、あの、口に出すのもおぞましい「女子高生コンクリート殺人事件」の準主犯格の元少年は、更生の可能性を認められて、短期の有期刑になったが、出所後、案の定、監禁致傷罪を犯している。生来犯罪傾向が根付いている者には、若かろうとなんであろうと、更生などという美しい期待を抱いてはならないのだ。そもそも、裁判所や弁護士らが「更生の可能性」を期待して短期の有期刑にしたあとで再犯しても、誰ひとり責任を取らないし、とがめられないではないか。
司法の世界は、頭の良すぎる人らによって、しばしば夢の見すぎのごとき高邁な論拠に基づいて展開されることがある。
あれが歯がゆくてならない。
冤罪はもちろん良くないが、この光市のケースのように、当人も周囲も100%認めている場合なら、単純に、ハムラビ法典よろしく「殺人=死刑」で何が悪いのだ。殺人犯の人権を目一杯庇いだすようになってから、日本という国はどんどんおかしくなってきた。被害者は虫けらか。殺人者の人権がそれほど大切か。だったら殺された人の人権はどうなるのだ。
それを、13年もの長きに渡って、人生をめちゃくちゃに破壊されながらも、気丈に訴え続けてきた、本村さんという青年には、どれほど慰労の言葉をかけてもかけすぎではない。寄付金の送り先がわかるなら、少しでも送って差し上げたいものである。
 
 
 
 
2012/02/19

初めて「記帳」をしました

憲坊法師さんに触発されて、本日、皇居へ記帳に行ってまいりました。
長年首都圏に住んでいながら、いかなるご不例があろうと、記帳に行ったのはこれが生まれて初めて。
しかし今日は、午前中種々の雑用があり、東京駅についたのが、午後3時20分。
記帳の締切りは、今上陛下ご退院までの日の午前10時から午後4時までとのこと。
毎日通い慣れた東京駅の丸の内側から、行幸通を小走りで歩いて、坂下門を目指す。
 

 
同じ質問を毎日何万回も聞かれるからであろう。
警備員ボックスに、こんな張り紙が。
 
時すでに3時半を回っているというのに、記帳に訪れる人の波は絶えなかった。
中には外国人のカップルの姿もちらほらあった。
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
こんな幕にかこまれたブースが1つだけ設営されている。
私は、記帳って、それこそノート(帳面)に書くのだと思い込んでいたが、見ると、10cm×30cmくらいの小さい紙に、都道府県と氏名だけを書く、という極めて簡単なものであった。
個人情報保護法の影響だろうか、それとも大量の記帳者をさばくため、時間短縮用に、住所を割愛しているのだろうか。
筆記用具も、筆ぺんかと思ったら、普通のフェルトペンであった。
いずれにしても、陛下のご快癒を陰ながらお祈りします。
 
 

 
毎日見ている東京駅だけれど、わたしは、東京という街の風景の中で、この、東京駅から行幸通、そして、皇居前広場の風景が一番好きだ。
皇居前広場には、ちり一つ落ちていないようだった。
こんなところにゴミを落とす輩が居たら、それこそ不敬極まりない。日本人じゃない。
 
皇居側から東京駅を見渡すと、広大な松林と、その向こうにそびえるビル群の美しいこと。
いつもいつも、飽きずに感動している。
 

 
 
 
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
建設当初のように、3階建てに戻すという、東京駅赤レンガプロジェクトも着々と進行中だ。
早くカバーが取れて、その華麗なお姿を目の当たりにできますように。
わたしは建築物を見るのが好きだ。
こういうものを造れるところで、男という性はいいなあ、と尊敬してしまう。
女性の脳は、壮大な建築物の作成には向いていない。
 

 
そしてやはり、日本の首都は、東京に限る。
 
2012/02/18

これって日本語でなんて呼ぶの?

英語だと一言ですんなり言えるが、日本語で何と言うのかわからない、というものが、今思いつくだけで2つある。
 
ひとつは、plunger(プランジャー)。
 

私はこれを、
「トイレが詰まったときに使う、先っぽにゴムが付いたバコバコ」
などと呼んでいる。実際に使った記憶はほぼないが、人に説明をするときも、しばしば手でバコバコする真似をまじえると、みんなすぐわかってくれて、
「ああ~あれね」
「あのバコバコね」
と、私同様バコバコする手まねなどしてくれるが、あれは正しくは何と言うのだろう。「吸引具」では、あの「バコバコ」のイメージには結びつかない。Wikiで引いたら、和製英語で「ラバーカップ」だって。へえ。ほんとかな。
 
もうひとつは、aerator(エアレーターである。水道の蛇口の先に付けるキャップ状のもので、流れ出る水に空気を含ませて水の当たりを柔らかくしたり、不純物を漉したりする小さな用具である。100円ショップでも売っている。これも辞書を引いたら「通気装置」という訳文が出てきた。しかし、これではバコバコよりもっともっとイメージしにくい。
 
どなたか教えてください。
2012/02/16

(解決済み)アバターを移動するのってどうやったらできるんでしょうか?

Yahooって、どんどんブログを使いにくくしていると思いませんか?
タダなんだから文句を言うな、ってか。
しかし、今日から急にニックネームとIDとやらが分化し、いままで見えていたアバターが急に「未設定」になってしまいました。
変だと思って、頭を痛めながらいろいろ調べたところ、これまでのアバターは「桃実」という名前に付いていたようです。それを「桃実(Momomi)」に移動して表示する方法ってあるのでしょうか?あったら教えていただけますか?いくつかQ&Aを見たのですが、それらの回答は、以前のYahoo仕様に対する回答で役に立ちませんでした。
「桃実(Momomi)」で改めてアバターを作成しなおさないとだめなんですか??
 
 追記
 
え~、なんでYahooってわざわざこんな変な変更するんでしょう?
静止画像を貼る?どうやって?
 
追記2
このおかげでなんとかアバターを移動できました。
しかしYahooって不親切だなあ・・・・・ 焦りましたよ、ったく。
 
 
2012/02/15

LoveとLike

なんだか、朝日新聞が、「天声人語の1文目」なんて宣伝を打ち出しているようだ。
私はこの新聞には手を触れないようにしているし、実家の朝日も昨年6月に販売店と喧嘩するように購読を打ち切らせたのであるが、この宣伝、冒頭が気になる文章だったので、記憶に残った。You TubeにまでUPされているのも知った(ちなみに、冒頭以外は読まないほうがよかった)
 
 
Loveは「異質なものを求め」、Likeは「同質なものを求める」心の作用なのだそうだ。
 
ふ~ん、なるほどね。興味ある説である。
そういえば、私は、日本語で「愛しています」なんて言った記憶があまりない。
「愛」なんて、まるで外国語である。歯が浮く。
その昔、旦那に日本語で「アイシテイマス」と言われたときには、思わずFreezeしてしまった。
私は「I love you」とは言ったことがあるけど、日本語でこれは、あいつに、言えないなあ・・・・(ごめん)。
 
私は、ガイジンに「Love」の和訳を教えるときは、「大好き」という言葉を勧めている。
「愛しています」は言いにくくても、これなら言えるだろう。
食べ物や、趣味に関するものに使ってもいい。
 
Loveには「大好き」のほかに、○○したい、という希望を表す動詞の働きもある。
例えば、
I would love to go to Paris! (パリに行ってみたいわ)
のように。would likeとかwant toに比較して女性的な表現だとも聞いた。
 
それよりも、LoveとかLikeには到底訳せない日本語がある。
私の好きな日本語の単語ベスト10に入ると言っても過言ではないかもしれない。
惚れる
である。
こんなにも素晴らしく美しく、簡潔であってなお深い言葉って、なかなかないのではないか。
惚れる、とは、もう、対象が人(異性が主だが同性であっても可)であれ物であれ、もう、無条件に、心をがっぽり奪われてしまう状態である。Loveなんて動詞では、到底そのニュアンスの足元にも及ばない。Likeなんて動詞などお呼びでないことは言うまでもない。
やはり、日本語の豊かなこと。
再び言うが、惚れる、って、いい言葉だ。
しかし、昨今は、惚れ惚れするような人物や事象に出会うのが極めて難しくなってきた気がする。