物くれる親戚
実家に行くと、たまに、見慣れぬ茶碗とか、壷のような焼き物が増えている。
「あれ~、また送ってきたのか」と思う。
父方の親戚の女性で、陶芸を趣味にしている人がいるのだが、たまに、作品を送ってくるのだ。
ごくまれに彼女の家を訪問すると、いつも作品を手土産にしてくれるのだが、正直、大変困っている。
見た目は、備前焼のような風合いだ。しかし、我が実家では、備前がキライである。あの模様のなさと、赤く錆びたような色が、どうにもつまらない(備前作家の方々と備前の好きな方、ごめんなさい)。
ご本人いわく、「展覧会で入選する腕前」なのだそうだ。素人の趣味から始めて、そこまで至ったのは、素晴らしいことなのだが、この趣味、いかんせん、「もの」が沢山残る。彼女の家に行くと、元から広くないところに、さらにスペースを食う形で、大きな花瓶だの何だのという力作が置かれている。
しかし、誤解のないように申し添えると、この人、性格は良いし、背は高くすらっとした見事なスタイルの持ち主だし、父方の新潟の血が上品に出た、誰もが認める美人なのである。さらに非の打ち所をなくしているのが、彼女の二人の娘達である。
上の娘は、国立大学の医学部を出た医師で、下の娘は、一度どこかの企業に就職したあと、夢をかなえるために退職し、いまは希望通り飛行機の客室乗務員をやっている。
きらびやか~~。
てなわけで、大して自慢するネタもないわが実家では、こんなきらびやかな娘二人を持ったこの新潟美人の親戚に、素直に「負けた」と思っており、いただく焼き物も、使いもしないのだが、捨てるに捨てられず、敗北感を抱えたまま、食器棚の奥深く収納してあるのである。
母よ、きらびやかに生まれなかった私を許せ。
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