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2011/12/30

日本領海内を侵攻して30万円

新聞で見かけた小さい記事。
 
横浜区検は28日、小笠原諸島付近の日本領海内で停船命令を無視して逃走したとして、中国漁船「霞漁05128」(138トン、11人乗り組み)の船長で、中国国籍の林宗勇容疑者(37)を漁業法違反(立ち入り検査忌避)で横浜簡易裁判所に略式起訴した。同簡裁は同日、罰金30万円の略式命令を出した。林容疑者は即日納付し、釈放された。
 
30万円、ねえ。安い、安い。領海外でたっぷり違法操業をしていれば、楽に稼げてしまう金額である。
日本の刑事罰の罰金は安いのだ。30万円で済むなら、しかも、容疑がたかが「立ち入り検査忌避」で済んでしまうのであれば、まだまだやらかすぞ。しかし今回は、あの仙谷が保釈を命じなかったのは何故であろう。尖閣諸島の件で、さすがに懲りたのかな。
 
話はまるで変わって、
 

 
今日、例によって例年のごとく大根なますを作ったのだが、私は、人参の割合を、大根の10%にとどめている。
いろいろな料理本のレシピを見るのだが、3対2だったり、3割とか2割くらいだったりするので、少々びっくりだ。毎年試行錯誤してきた結果、人参の赤が映える割合を考えるに、10%くらいが適当だと思う。
ま~人それぞれ好きな割合で良いといえば良いんですが。
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2011/12/29

腕時計が好きな理由

5月に入院し、手術を受けたが、結局、なぜか、儲かってしまった。
入院手術代金は、17万560円だった。当然、健康保険で3割負担額である。
その後、9月になったら、健康保険組合から、「高額医療費還付金」として、15万1702円戻ってきた。
これだけでも私の負担はわずか18,858円になった。
「ここまで補償されれば、まっ、いいか」
と思っていたのだが、以前、2度3度手術を受けたときにも、ずっと加入している生命保険会社に請求したら給付金が出たので、11月になってから、おずおずと保険会社に問い合わせをし、給付金申請用の書類をもらい、病院に書いてもらった。で、その結果、今日になって12万5020円も振り込まれていた。
従って、手術をしたら、10万6162円も儲かってしまったことになる。
 
儲かったからというわけではないが、今日は、衝動的に腕時計の新品を買ってしまった。
もともとは、休日用の腕時計が止まってしまったので、電池交換をしにヨドバシカメラの時計修理コーナーに行ったのである。ところが、私の時計をチェックした男性が、
「針は動いていますから、電池の問題ではないですよ」
と言う。腕時計は、5~6年使うと、中を分解して掃除をしないとならないらしいが、すでに10数年持っている。分解費用を聞くと、1万円以上、という。好きな時計ではあるが、もともと安物だったので、1万円もコストをかける気はさらさらなかった。
で、

 
このdual watchを買ってしまった。
私は基本的にdual(2面)が好きなのである。私のような生活環境にあり、かつ、時差計算が苦手な者は、dualがべストだ。いまも1つ、電池交換式のdualを毎日通勤時に愛用しているが、写真の製品は太陽電池式なので、電池交換が要らないという説明を受け、キヨブタでぱっと買ってしまった。
今年1年間のハードワークに、自分でご褒美を出した。お疲れ、ワタシ。
 
しかし、私は腕時計が結構好きである。価格の高いものやブランド品は持っていないけれど。
そういえば、死んだ父も腕時計がやたら好きで、老人なのにG-Shockを含めていくつも持っていたり、死ぬ間際に25万円もする腕時計を高島屋で購入したり(←その後、死期を悟ったのか、返品した)、とにかく好きだった。
これって、血筋なんだろうか。
いやだけど。
 
 
 
 
2011/12/26

金持ちユダヤ人貧乏ユダヤ人(3)

会社のトイレに入ると、ときどき、発狂したようにペーパーを引き出す女性と隣り合わせになることがある。
ガラガラガラガラガラガラ、と、派手な音を立て、何十メートル引き出せば気が済むのかわからないほどのペーパーを引っ張り出す。一度、どんな人だか顔を見てみたいのだが、なかなかそのチャンスがない。
 
これまでも再三書いてきたが、私の夫の生家は、超のつくどケチであった。トイレットペーパーもしかりで、彼の父親は、家族がトイレから出てくると、必ずと言っていいほど
Have you saturated all the panels?
と聞いたという。訳すなら、
「折りたたんだトイレットペーパーを全面ぬらしたか(使い切ったか)?」
という意味だ。ったく、あきれて腰が抜けそうなどケチぶりである。
「いやだねえ、そこまでケチだと」
と夫に言うと、
「父は生涯、1929年にいたから」
と言う。1929年とは、言うまでもないが、世界大恐慌が発生した年である。
しかし、その父に育てられた夫は、自分はケチではないと主張しながら、私と結婚して間もないころ、私がいつもどおりに50~60センチほどペーパーを引き出した際、
「え~~~、そんなに使うのか?」
と、反射的に言った。
まったく、三つ子の魂百まで、とはよく言ったものだ。絶対に、直らない。
 
父が死んで以来、母を一人残していくのも気がかりで、夫との海外旅行は年に1回にしている。私がガイドブックなどを見て
「ここに行ってみない?」
とオプションを提案しても、
「ん~~、ちょっとpriceyだなあ」
と言う。Priceyとは、見て字のごとく、priceを形容詞形にしたもので、「金がかかる」という意味だ。必ずと言っていいほど言う。私だって貧乏育ちなのだから、別に、そんな高価なプランを提案しているわけではない。が、夫にかかると、何でもそういうことを最初に言われるので、しらける。で、結局私が
「行こうよ」
と言い、行って見ると、ほぼ間違いなく
「行ってよかった~~」
となる。旅の思い出を作るのだって、コストがかかるんだからね。わかってよ。余計なひと言を言わないでさ。
2011/12/25

これは許しがたいと思う話 - 昔の恋人の名前を子につける

昨日の続きっぽい話です。
 
実家では、長年購読していた朝日を私がやめさせ、いまは読売新聞を取っているのだが、中に人生相談欄がある。
こーいう人さまの悩みのたねを見るって、案外覗き見的でたのしいところがある。
結構良く見る気がするのが、
「息子がもう40代(50代)になるのにまだ結婚しない」
というもの。こればっかりは、老親が気をもんだところで、当の息子にその気がないならしょーがないだろう、当人ではなく親が相談するなよ、と思う。
最近見てぶったまげたというか、笑っちゃ悪いのが、
「私は70代女性ですが、彼(75歳)と別れようかどうか悩んでいます」
というもの。は~~、長寿時代になりましたねえ。
 
あと、長年信じていた夫に女がいて裏切られた思いがする、ショックでたまらない、という悲惨な相談も見たことがある。
結婚30年くらいの夫婦の妻からの投書で、夫には長年親しい女性がおり、この夫婦の間に生まれた娘につけた名前も、その女性の名前だった、というもの。
以前、ある男性から、
「男が娘につける名前は、大体昔のコレ(←小指を立てた)の名前だからね」
と聞いたことがある。
「大体」だと言われて、そのまま信じるつもりはない。が、以前、家庭裁判所に、娘の名前を、夫の昔の恋人のそれから、別の名前に変更の申立てを起こしたという女性の事件があったことも聞いている。
 
しかし、それって、いまの妻に、あまりにも失礼な話ではないかい。
いまの妻が、人生において、最も相思相愛であった女性であるとは限らない。それもわかる。
しかし、生まれた娘に、かつての恋人の名前を付けるって、それは、いまの妻に対する最大の冒涜ではないのかなあ。
名前を付けるとき、妻にその理由をどう説明していたのだろう。
良心の呵責はなかったのかだろうか。
 
 
 
2011/12/23

おろかなつぶやき - 死ぬ前に後悔しそうなこと

今日は、天長節ですね。
ただ、わたくしは、ほかの保守系ブロガーさんほどに皇室を信奉しているタイプではありません。
尊敬はしていますが、万歳を唱えるほどではありません。
とりわけ、東宮夫婦のふがいなさを見ていると、心底腹が立ちます。
伝統の継承と、皇族の配偶者を供給するための華族制度が維持されていれば、と思うことがあります。
血族結婚を避けるという面では良いことですが、一般家庭の人間が嫁いで良いお家とも思われないのです。
 
両陛下は、いつお見上げしてもお睦まじいですね。陳腐ですが、一対のおしどりのようです。神がお結びたもうた、完璧なご夫婦です。このご夫婦に限っては、一般家庭の女性が皇室に嫁がれて結果が出た稀有なケースと思います。
旧華族のいかなる女性より、美智子様のご資質が数段勝っていたということでした。そして、それを見抜かれた若き日の陛下の眼力には感服します。
今上陛下は、一般家庭の女性に恋愛をする、という、当時の皇族としては、前代未聞のお気持ちを抱かれ、それを、美智子様に、それはそれは真剣に、必死に、表現されていた、とお聞きしています。
人は、一生に一度は、それほどの恋愛をするものなんでしょうね。
 
私は、旦那ちゃんごめんなさい、胸が苦しくて息ができないほどの相思相愛というものを、この年になるまでしたことがありません。
あなたはいい人で、本当にわけのわからない、地球の裏側まで届いた赤い糸で結ばれたんですが、日本人の男性と、狂おしいほどの恋愛をしてみたかったです。
私って、どうして日本人の男性と縁がなかったんでしょうね。
私が好きだと思う人は、みんな妻か彼女ありか、私を好きではありませんでした。
不倫まがいの恋に巻き込まれたこともあります。
町を歩いていてたまにナンパしてくるのは、なぜか外国人ばかりでした。
どうして?
 
私は、死の床で、きっと
「一度でいいから、日本人の男性と死ぬほどの恋愛をしてみたかったわ」
と、後悔しながらお迎えを待つのだろうな、と思っています。
ごめんなさいね、あなた。
 
 
 
2011/12/22

10円、拾った

今日は、わが家にほどよく熟したバナナの買い置きがなかった。
そんなわけで、出勤途中、コンビニに立ち寄り、お昼に食べるための「ランチパック」(パンです)を買った。これなら、片手で簡単に食べられる。
 
さて、コンビニを出ようと思ってふと床を見ると、10円玉が1つ落ちていた。
私は、1円でも拾う主義だ。
1円を笑ってはいけない。
しかも、今回は10円玉である。1円の十倍である。
拾わぬわけがない。
 
で、その拾った10円玉、しばし持ち歩き、ある店頭に置いてある寄付箱に入れた。
 
これで、いいのだ。
小市民のワタシ。
 
2011/12/19

将軍様が、死んだ

びっくりした。誰もが驚いたと思う。
急に死んだ。偉大なる将軍様が、死んだ。
・・・・・・・そうか。
世界で最も死ななければならなかった人間の一人であった。
まだ甘ちゃんのような息子を後継に指名して、ほんの間もないことだった。
 
もうこの機会に、クーデターでも何でもいいから、何かが原因となって、あの国が崩壊してくれないものだろうか。
韓国に併合されてしまえばいい。
しかし、拉致被害者の方々はどうなるか。
マルチ山岡のようなうさんくさい男が拉致担当大臣だなんて、家族会の方々を馬鹿にしてあまりある人選である。
民主党になってから、拉致問題は1ミリも進んでいない。
 
いやな話だが、わが国は、韓国と連携して、しばらくの間、情報収集と警戒態勢の増強に努めなければならないだろう。
韓国も、いつまでたっても70年前のネタで銅像などを建てて日本をいやがらせして喜んでいる場合じゃないだろう!
私が韓国を嫌いなのは、こういう直情型過ぎるほど直情型な国民性である。
政権末期になると、日本を批判して点数を稼ごうと思っているらしいのだが、それにしても、大の大人が、人の大使館前にへんてこな銅像を嫌がらせで建てるだろうか。
ああいうことをして喜んでいる程度の国民は、いつまでたっても3等、4等国家の域を抜け出ることは出来ない。国民の中から、誰か
「そんな大人げない、くだらないことは止めろ」
と言って諌める人間が出ないとしたら、あの国は所詮、その程度のレベルである。
 
しかし、死んだんだなあ。思ったよりも早かった気がする。
彼は、自分の寿命を悟って逝ったのだろうか、それともそれすら考えられないほど突然の事態だったのであろうか。
 
 
 
2011/12/17

列には順序良く並ぼう、という話

年末になり、私の勤務先も超忙しくなってきた。
Hecticというよりfranticalだ。営業は、2011年の売上ノルマを達成すべく、顧客への売り込みを上げるのに懸命だ。
で、契約が成立したら、次にこっちに来る。書類一式を整えなければならないのだが、この1~2週間、その件数がハンパではない。私などつい、
「ねえ、無理やり12月の売上に入れなくたって、来年1月の売上に入れれば、2012年のノルマが楽になると思わないの?」
と聞いてしまうのだが、営業的には来年の心配などしていられる状況と心境にないらしく、とにかく12月31日の契約であっても、血眼でノルマ達成に動いている。
そんなわけで、朝から晩までPCにかじりついて書類作成に没頭する。昼食の時間もないので、机の引き出しに秘蔵バナナを置いておき、むいて食べながら仕事をしている。
ったく、私の会社の場合、書類の過半は英語で書かなければならないので、へんてこりんな日本語で書いてこられる原案を、まともなビジネス英語に訳すのに苦労する。苦労するから当然1件仕上げるのに時間がかかるわけで、その傍ら、同僚の仕上げた書類をチェックし間違いを直してやり、その傍らまたインドからインド英語丸出しの(当たり前だけど)電話がかかってきて、対応にてこずったり、その傍ら「桃実さん、これお客さんに出さないといけないんですけど、チェックお願いできますか」と営業が案件を持ち込み、その傍ら、もっと熟考を要する案件を「どうしても12月のうちにやるのよ!!」と、ろくすっぽ考えもせずただただ単に猪のように突っ走ろうとするおばちゃん社員の説得もしなければならない。くそ。
 
さて、中にひとり、非常に嫌われている女性営業がいる。
性格は「きつい」のひと言で、直属上司を含め、人の言うことには一切耳を貸そうとしない。
とにかく「売れ、売れ」という社風の中、売上はまあまあ上げるほうで、よく複数年契約を取ってくるのはたいしたものだが、あのどぎつい性格でお客様に物をどう売っているのか、かなり理解に苦しむ。
で、この彼女は、いきなり私の部署に来て、
「これ、お客さんに明日までに出さないとならないんです。だからすぐやってください」
という。複雑ではない案件だったら、まあ、やってやらないでもないが、時として妙に複雑で込み入ったものを持ってくるのだ。 どうしても今日までにやる必要があるのか?と聞くと、
「お客様が必要なんです。絶対にお願いします」
という。私ら内勤の人間には、果たして本当にお客様との間でそのような会話があったかどうかは知る由もない世界である。「お客様」といえば水戸黄門の印籠のように、何よりも優先順位が強いと思い込んでいる節が多分にある。
たとえば、だが、ATMの前に、人がずらーーーっと並んでいるとする。
並んでいる人はみな平等のはずなんだが、誰か一人、
「あたし、急いでいるんです。先に使わせてください」
と言って誰かが割り込んできた、とする。
それは到底容認できるものではあるまい。
彼女のしていることは、おそらくそれに等しい。
こちらも全く融通を利かせないわけではないけれど、彼女の場合、他人の存在が見えていないのである。
主張ないしごり押しの強い人間には、おとなしくて理解のある人間より、「うるせえから」という理由でコチラが屈してしまうことが多々ある。生活保護の受給の申請に行くほうが、真面目に働いて税金をおさめる無名の民より押しが強く得をするように。
本当に仕事のできる営業さんは、12月のなかばで、もう
「今年の分の営業ノルマ達成しちゃいましたら」
と言ってあたふたしたいない。
偉い。
 
 
2011/12/15

母、幼稚園に行き始める

要介護認定を申請していた母に、「要支援1」がおりた。
私が母を見るのも限度があるため、公的なサービスで借りられるものがあれば遠慮せずに借りていこう、と思い、あちこちに相談したら、やはり要介護認定という、公的な判断を得るのが一番の基本でスタートらしいとわかったので、申請した。
ケアマネージャーさんらは、「いまどき、要介護認定申請の数が膨大で、なかなか要支援、要介護の認定がきびしくなっているんですよ」と言っていた。母は、片足に人工関節が入っており、いちおう障害者手帳を持っているので、これがなければ、要支援1も難しかったかもしれない。
 
さて、要支援1で使えるサービスは、と、ケアマネさんに相談したところ、母用のプログラムを組んでくれ、母は、週に1回、ケアセンターが迎えに寄こす車で、デイケアに通いだした。
「私、幼稚園に行くことになったの」
と、近所の人には話したらしい。そういえば、前の晩からリュックを用意し、あれこれ物を入れて準備をしている。
幼稚園、もとい、ケアセンターでは、歌ったり、ゲームをしたり、サンタの絵を描いたり、来年の1月のカレンダーを作ったり、と、本当に幼稚園のようなプログラムをこなしているらしい。
人間、こうやって、幼児返りしていくのだなあ。
足腰が弱ってうまく歩けなくなってくるのも、乳幼児のそれに近いし、
排泄がうまくいかなくなってきて、おむつを使うようになってくるのも、それに近い。
難しいことが理解できなくなってくるのも、それに近い。
 
自然界では、足腰が立てなくなった動物、エサが取れなくなった動物は、そのまま死ぬ。
人間界だけがそうではないが、それを支えるための税金は、とめどなく流れ出て行く。
私が老婆になったときには、おそらく周囲に誰も親族はいなくなるだろう。
できればころっと死にたいものだ。
私の理想とする死に方は、ある日、狭い畑を掘り起こしいているときに、シャベルに足の裏を添えて、思い切りグワッ!と畑に差し込んだら、その瞬間絶命する、というようなもの。
固まってしまって動かない私を不審に思った飼い犬の○ちゃんが、私を見てワンワンほえるので、通行人に発見される。
まあ、苦しまず、ぽっきりと死ねれば他のパターンでも良いのだが。
 
2011/12/13

謝らなさも、ここまで来ると大したもんだ

「喧嘩は他人にやらせる」というのが私のモットーの一つであるが、他国同士のそれもまた、当事者の一方が支那だったりすると、興味深く眺めてしまう。
まったく、支那という国とその国民性は、日本人のそれと到底似ても似つかぬ。
人を殺したって、絶対に謝らないのだから、あっぱれである。あっぱれすぎる。
 
 
【北京=矢板明夫】中国人漁船員による韓国の海洋警察官殺傷事件で、中国外務省の劉為民報道官は13日の定例会見で「不幸な事件であり、韓国海洋警察官が死傷したことについて遺憾に思う」と事件後初めて遺憾の意を表明した。
 事件直後の12日の定例会見で、劉報道官は謝罪の言葉を口にしなかったことで韓国メディアから厳しい批判を受けた。一定の態度軟化からは、韓国世論をこれ以上刺激することを避け、事態を早期収拾したい中国当局の思惑がうかがえる。
 中国共産党の機関紙、人民日報傘下の環球時報は13日、「韓国の世論は冷静になるべきだ」と題する社説を掲載。事件はあくまでも「個別な事件」とし、「詳しい状況を精査した上で司法手続に従い処理されるべきだ」と主張した。その上で、「中韓両国の民族感情レベルで処理される問題ではない。韓国社会全体が冷静さを失えば、中韓関係への破壊は計り知れない」として、今回の事件に対する韓国メディアが見せた中国批判の反応を「危険だ」と指摘した。
 また、インターネット世論では「中国漁民への教育を強化する」と述べた中国外務省の姿勢について「弱腰だ」との批判が多い。「問題が発生した海域は本当に韓国側なのかから調べなければならない」「追い込まれなければ、漁民が警察に手を出すはずがない。正当防衛ではないか」「韓国の言い分だけ謝罪するな、中国側は調査チームを出すべきだ」といった意見が多かった。
 
遺憾の意、とは、実にあいまいで便利な言葉だが、要するに謝りたくないときにごまかしで使う言葉である。
いつまでたっても、外国に行くたび、70年前の戦争のことをぺこぺこ謝り続けるわが日本(とりわけ政治家)のメンタリティーとは、どえらい違いである。
警察官を殺す漁民など、聞いたことがない。海賊である。
そもそも、人を殺傷できる道具を積んで操業していること自体が、最初から領海を侵犯しするつもりだったと見て差し支えない。支那人とは、そういう人種である。自分達さえ得をすれば、ルールなどどうでも良いのである。とにかく、簡単には謝らない。その後、自分に非があることが明らかになっても、絶対に謝らない。
これが日本だったらどうだろう。
日本人のような良識ある国民の漁民が、他国の海上警察を殺傷するなど、到底考えられないが、無理やり想定することとする。
朝日新聞や毎日新聞などが1面トップで騒ぎ、テレビもトップニュースで報道し、民主党政府の内閣総理大臣が支那大使館に吹っ飛んで駆けつけ、
「わが国の漁民が、貴国の警官を殺傷するなど、途方もないことをした。まことに申し訳ない。お詫びしたい」
と、地に額をこすりつけるように謝罪を続けるであろう。で、マスゴミはひたすら、日本が悪い、日本が悪い、と言い続ける。
 
またいつもの話になって恐縮だが、支那のようなメンタリティーの国に対して簡単に謝ってはならないのである。
「謝る」ということについて、国民性や受け取られ方がどう違うのかということを、政治家にアドバイスしてくれる専門家は、日本にはいないのであろうか。
自己卑下がひどく、頼んでもいないのに悪いのはいつでも自分だと言い張り、何かあるとすぐ吹っ飛んで日本流の謝罪に来る日本。支那の目から見ると、下僕もいいところである。