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2011/10/31

小市民のワタシ

先日、急いでいたので、駅からタクシーで帰った。
そうしたら、乗ったタクシーがたまたま、日産CIMAだった。
同じ710円を払っても、なんか得した気分。ほっほっほ。
小市民だなあ、ワタシって。
 
 
話が全然変わるけど、○○用品(←男性は買わないものが少なくなってきたので、買いに行った。
ワタシが好きなその製品を手に取り、ちょっと見てみたら、なんとなんと、メーカーは「大王製」であった。
今まで、そこまで見ていなかったし、製品さえよければメーカーを気にしたこともなかった。
創業一族が築いた会社は、3代目でこける、という説を聞いたことがある。
初代は、血のにじむような努力で、会社の礎を築く。
2代目は、そんな親の姿を真横で見て育っているから、商売の厳しさを知っている。
しかし、3代目は、生まれたときから、大会社、創業者一族の御曹司として、チヤホヤされている。
爺さんの苦労も見ていない。パパは生まれたときから社長。
なので、3代目でこけるのだそうだ。
ワタシは、今回、その製品を買わなかった。
 
 
 
 
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2011/10/30

コイン精米機のある土地

1000ネタ記念というほどでもないけど、区切りにアバターも変えたし、今日は楽しい話を書こうかな。
 
2008年の終わりに、私と友人がお見合いを仕組んだカップルは、あれよあれよという間に結婚し、なぜか結婚後半年で赤ちゃんも産まれた。その子が無事一歳になったので、先日、この夫婦の家に初めて遊びに行った。「田舎ですけどよかったら来てください」と何度も言われていたので、やっと腰を上げた。
私にとっては、この旦那さんの方が昔勤めていた会社の同僚という関係である。彼の家は米農家で、利根川をまたいだところにある。常磐線 の取手駅 で下車し、彼の迎えの車を待つことになっていたが、実を申すと、私、わりと最近まで、取手って、千葉県だと思っていた(恥)。
「最寄り駅」とはいうものの、どの駅も最寄ではなく、そこから車で20~30分行ったところに彼の住まいはあった。もう、いかにも昔ながらの農家、という感じの立派な家だった。
家につくと、お嫁さんのA子さんが子供と一緒に待っていてくれていた。
このA子さんとも、結婚後、何度もメールや手紙のやり取りをしているので、私とはすっかり親しい間柄になった。彼も彼女もアラフォーで結婚したのだが、彼女は、職場の同僚がみなシングル女性だったので、特に結婚を焦っておらず、このままシングルでいてもいい、と思っていたそうである。それが、ある日、上司(私の友人)から見合い話をもらい、その結果、いまやこの農家のお嫁さんとして母として、以前からずっとここにいたような顔をして生活している。縁とはなんと不思議なものか、自分で仕掛けておきながら、信じられない思いだ。お姑さんにも可愛がられている様子であった。
 
私は、赤ん坊の扱いが苦手なうえ、敵も「このおばさん誰だろう、怪しい」と思っていたらしく、この子が私に近寄ってくることはなかった。は~、助かった。でも、それなりに抱っこしてやったり、話しかけてやったりしたが、どうにも喜ばれた感じはしなかった。あまり長居をせず、早々に帰宅した。赤ちゃんもA子さんも眠そうだったし。
 
彼に車で取手まで送ってもらっている道中、道端に「コイン精米機」をいくつも見かけた。は~~、コイン精米機、ねえ。聞いたら、この辺では、玄米を親戚などに10kg単位で贈答する習慣があるので、自宅に精米機がない人は、こういうコイン精米機に行って精米するのだという。へ~~。東京から1時間ほど行くだけで、なんとも違う世界が開けるものだ。精米したてのお米なら、きっと美味であろう。
帰宅したあと、この夫婦から、宅配便で、新米10kgが届いた。何より嬉しい贈り物である。
 
A子さんから聞いた話だと、結婚が決まった際、彼女らの上司の元に、「なんでA子さんにだけ?」と、お見合い希望者が殺到したそうである。中には、「この話は、本来A子さんでなくて、あたしのところに来る話だったのに」と、他意はないにしろ、ちょっとわけのわからん発言をした人もいたそうだ。やっぱりみな、本心は結婚したいのだ。
昨今は「婚活ブーム」で、合コンも盛んに行われている。結婚相手を探す苦労は私も身にしみている。結婚相手を探している人には、我々はせっせと良さそうな人を紹介しようではないか。私のこのわずかな経験上、ただお見合いをするよりも、自分のことをよく知っている人から知っている人を紹介してもらう方が確率は高そうだと思ったからだ。
2011/10/28

あやかりたい、なあ

あのクジ運の強さに、である。
言うまでもないが、日本ハムの、である。
ダル君もTwitterで「うち、クジ運つええ~~」とつぶやいたそうだが、そうだ、そうだ。
ダル君しかり、ハンカチ王子しかり。
そして今年はあのヒトの甥っこさんである。
 
質問:いま「逆指名」ってしたらいけないことになっているんですか?
 
堂々と「伯父さんのところに行きますから、ほかの球団は指名しないでください」と言ってはいけないことになっているんですか?
伯父と甥です、伯父と甥です、ってたくさん血縁関係を宣伝しておいて、他の11球団は全部その空気を読んで指名を遠慮しないといけませんよ~~、って暗黙の方法になっているんでしょうか?
しかしまたダル君のTwitterに戻るけど
「そもそもそんな『空気』があったらいけない」
と喝破している。は~、見直したわ、この男。デキ婚とあの嫁にはちょっと感心できないけどさ。
 
この甥っ子さんのおじいさん(つまりこの子のお母さんのお父さん・兼・あの伯父さんのお父さん)は「日ハムは挨拶にも来なかった」とこの指名に憤慨しているそうだが、しかし、日ハムとしたら、なまじ挨拶になど行っても、きっと門前払いなのを百も承知だったから、あえて行かないで、当日指名することに賭けたのかもしれない。
伯父さんは、なんで自分でクジをひかなかったんだろう?
50%の確率のうち、「伯父なのに甥を引けなかった」という失態が起こる方を避けたのか?
 
しかし、監督の甥っ子がチームにいたら、他の選手だってやりにくいと思う。
うかつにしごいたり、叱ったり、監督のワルクチもたわいもない噂も言えないし。
「甥だから監督に特別扱いされている」という目で見られて、本人自身もやりづらいかもしれない。
あのダル君を真横で見ていた方が、プロの投手として、絶対に吸収するところ大だと思うよ。
王子と刺激しあった方が、成長すると思うよ。
DHだから、投手として本当に成長したかったら、パの方がいいと思う。
 
おじいさんは「海外留学させる」と言っているそうだが、投手は野手より寿命が短いのだから、1~2年ロスするのは、お勧めでない。元木とか、古い例だとあの江川だって、浪人して入っても、現役も短かったし、前評判ほどビッグになれなかった。
これは「よその飯を食ってこい」という神の指令なのかもしれないよ。
今日は、挨拶に来たハムの人を避けて授業に出たそうだけど、ちゃんと会いなさいね。
ドラフトって、そういうものなんだから。
 
 =============
<余談>
999ネタ目になった。
一番古い記事を見たら、長嶋夫人がお亡くなりになったという話だった。
実は、その前に、20個くらい書いていたのだが、うかつにも、ダダーッと削除してしまった。
いくら野球が好きだって、そんな話から書き始めるわけがない。
その前に書いた20ほどのネタ、何だったかなあ~?(忘れた)
残っていれば当然1000ネタ行っていたのだが、まあ、消してしまったのがうかつだった。
1000ネタ目、何書こうかな。
 
 
 
2011/10/27

自転車の話

自転車による事故の発生が後を絶たず、自転車の通行に対する規制が改めて叫ばれだしている。
警察庁は、「自転車は原則車道を走る」というルールを打ち出したが、車両にとっては邪魔で危なっかしい話だ。しかし、最近はブレーキもついていないという恐ろしい自転車まで走っているそうだから、理想を言えば、自転車道があればいいのだが、この狭い日本の道路すべてに自転車道が設置できるわけもない。
 
誰も、子供の時、学校の校庭とか空いている道の上などでお父さんや兄さんなどに教えてもらって乗れるようになったと思うのだが、それだけで、つまり、ルールについてきちんとした教習をうけたことのある人は稀ではないだろうか。たまに、自転車にも運転免許制度があればいいのに、と思うこともある。
 
あれは、京都に住んでいたときのことだ。
当時、買い物に自転車を利用しており、私はしょっちゅう乗っていた。
ある狭い通りの左側を走っていた時、向こうの方からこちらにむかって、オバチャンが自転車に乗って走ってきた。
左側を走っていた私は、オバチャンに目いっぱい道を譲って問題なくすれ違えるように、左側にできるだけ寄った。
そうしたら、なんとなんと、そのオバチャンが私めがけて突進してくるではないか!
オバチャンも、道の左側を走っていたので、そのまままっすぐ走っていれば、何の問題もなくすれ違えたはずなのである。それが、わざわざ道を斜めに(オバチャンの側から見たら、道の左から右へ)、横切って
「あああああああ~~~~~~~~」
と叫びながら私に突進してきたのだ。
ぶつかったらたまらないので、私はブレーキをかけた。
「なんでわざわざこっちに向かってくるんですか!!」
と私は怒りを込めて聞いたら、
「避けようと思って」
というわけのわからない回答をした。
道の左に沿って直進していた私を避けようと思ったら、どうして道を斜めに切ってまで私に突進してくるのだ??
 
その後。群ようこさんというユーモア作家のエッセイを読んでいたら、面白いことが書かれていた。
彼女も、自転車のオバチャンに追突されたことがあり、私同様「自転車免許を」と思ったことがあるそうだが、彼女の説によると、自転車に乗っているオバチャンというのは、目が合った方向に突進し、止められないという習性があるそうなのだ。
それがわかって以降、群さんは、自転車に乗っているオバチャンを見かけると、目をすーーっとそらして、オバチャンを見ないようにしているそうだ。そうすると、オバチャンは突進してこなくなった、という。
 
上記は笑い話に近いが、しかし、うかつに自転車を吹っ飛ばして死亡事故まで起こすような連中が後を絶たないのであれば、自転車も、免許制度とは言わないまでも、基礎教習を終えさせ、その終了証明(シールなり証書なり)を持ったもののみを通行させるという案も考えなければならないだろう。
 
2011/10/26

李大統領レセプションで和食(のようなメニュー)が出された話

すでに何名ものブロガーさんが記事にされていることなのだが、アメリカを訪問した韓国の李(日本名・月山)明博大統領夫妻を迎えてのレセプションで、「ワギュウ」や「タイコン」(注:韓国語話者は、冒頭に来る濁音を発音できないので、大根ではない)など和食が出されたということで、あの国が怒っているらしいのだ。おいしいものを食べて怒るというのも納得できない話だが、あの国の僻み根性を考えれば、理解できないでもない。
 
 
で、アメリカ人の旦那にどう思うか聞いてみたら、
「まあ、incompetenceから来るミスかもね。たとえて言うなら、ネタニヤフにドイツ料理を出すようなもの」
と言った。ついでに、
「そもそもオバマは、同盟国を怒らせるのが得意だから」
というイヤミも付け加えた。
 
私の推測は以下の通り。
1.とにかくアメリカ人は外国オンチなので、日本料理も韓国料理も中国料理もベトナム料理もみな同じようなものだと思っている。従って、和食と韓国料理の区別もつかず、アジア人には和食を出しておけばとりあえず似たようなものだろうと思っていた。
2.ホワイトハウスには韓国料理をつくれるシェフがいない。
3.最初から、韓国料理を出すつもりが微塵もなかった。
4.とにかく和食は洗練されており、たいていの人が好きなので、これを出せば間違いないと確信していた。
5.もし韓国料理を見てチェックしていたとしたら、結論的に、あまりレセプション向きではないと判断した。
 
世界3大料理なるものがあり、中華料理、フランス料理、そしてなぜかトルコ料理だという。しかし4大、5大となると、和食が入ることは間違いない。それほど洗練された料理なのだから、そして、アジア人なのだから、大丈夫だと(繰り返すが外国オンチの)ホワイトハウスが考え、和食のシェフにそれらメニューを依頼したとしても、まあ、非難はできないかもしれない。
 
上の記事によると、韓国大統領夫人は「韓国料理の世界化」に努力されているそうだが、それはかなり無理があると思う。特に、西洋では、辛い物を食べる習慣が無い地域が多い。「辛くない韓国料理もある」と主張するかもしれないが、韓国料理から唐辛子などの辛味を取り除いたら、まるで脊椎動物から背骨を抜くような話ではないか。
 
可能性は極めて低いが、仮に、オバマが「わざと」やったのなら、かなり面白い話である。
 
 
 
2011/10/25

親日国トルコを救おう

在日トルコ大使館のホームページを見てみたら、今日から、義捐金受付の口座番号が表示されていた。
しかし、残念ながら、通貨はトルコリラ、米ドル、ユーロの3種で、日本の銀行口座の開設もなければ日本円での送金もできない。これでは、いくらトルコに援助をしたくとも、日本人にはやりにくいなあ。トルコ国は、あるいは大使館は、現地の銀行に口座を開いてはいけないという法律でもあるのだろうか。
 
 
こうなったら、日本赤十字社への送金かコンビニの募金箱頼みだ。
 
トルコが親日国になってくれた発端は、あの1890年に和歌山県の南端で発生した「エルトゥールル号海難事件」である。まだ外国に不慣れであった当時の紀伊大島の島民の方々は、救出活動にどれほどの苦労をなさっただろうか。その後、イラン・イラク戦争が勃発した際、日本の航空会社ですら及び腰であったのに、トルコは航空機を出し、イランに残っていた日本人家族215名を救出してくださった。歴史に残る美談であるし、我々日本人は、この恩義を絶対に忘れてはならない。
 
トルコ政府は、今回の地震は国内で対処できるとして、特に外国からの支援は求めない方針だという。日本もアメリカも援助を申し出たというが、しかし、我が国に至っては、まだ自国の回復すらままならない体たらくである。
それならばなんとか民間ベースでお金を送ろう。赤十字の口座案内が待たれる。
 
タイも現在、おびただしい洪水の被害に遭って悲惨な状態であるが、日本企業があれほどタイに進出しているとは恥ずかしながら知らなかった。仏教国で、粗暴でもエゴ丸出しの国民性でもなさそうだから、親日国の一つとして、今後ともよきお付き合いをしていきたい。洪水にも義捐金は送れないものだろうか。
 
それにひきかえ、我が国の民主党ときたら、あけてもくれても支那や韓国といった反日国に媚びへつらい、我々の税金をどぶに捨てるようなまねを、感謝もされないのに、平気で繰り返している。真の親日国のひとつである台湾にすら、支那にヘタな気をつかって、東日本大震災に対する援助のお礼広告すら出さなかった始末だ。なぜ親日国をむげにして、反日国にへいこらするのだ。中年どころか初老、老年になってもこんなメンタリティーのままでいる連中が日本の大人に数多くいることも理解できないし、選挙の際には、「マニフェスト」とかいう飴で釣られて投票してしまうボンクラ有権者がマジョリティーであることも理解できない。「カネをくれるから投票する」、という、乞食根性の国民が増殖するならば、ギリシャの二の舞である。税金はもらうものではなくて、払うものだ。そしてその民主党は、うそばかりの飴に釣られたボンクラどものおかげで、国会の多数を占めることができ、これにより、マニフェストにもうたっていないことを、せっせ、せっせと支那、韓国にしている。
 
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<追記>
くさなぎさんから貴重な情報をいただきました。
トルコへの義捐金は、紀陽銀行へ、振り込み手数料なしで送れるそうです
 
2011/10/23

障害者を美化すべからず てんかんの場合

毎日新聞って、変な記事を書くなあ、と思うことがしばしばある。
この記事もネットで見ていて「おや」と思った。
 
栃木県鹿沼市で、てんかんの持病がありながら、それを隠し、過去に何度も事故を起こし、医師に運転を止めるよう言われていたにもかかわらず、クレーン車の操縦を続け、なんの罪もない小学生を6人も殺してしまった26歳の男の話は記憶に新しい。
 
で、上記の毎日の記事は、てんかんという病気に対する非・患者側の理解が十分かどうか、患者側からの訴えをまとめたものである。
車がなければ、買い物にも行けない地域も多い。また、運転免許がないと就職もできない、職場で差別される、という。しかし、前者は十分わかるが、後者は説得力に欠ける。私の周りは、今の私の仕事も含め、運転免許など全く必要としない仕事だらけである。田舎ではそういった仕事しかない、と主張するなら、田舎から出れば良いではないか。世の中に、仕事の種類が、「無職」か「運転」の2択しかないのなら話はわかるが、世の中には、運転などしない仕事はいくらでもある。てんかんを患っているなら、なぜあえて「運転」を仕事にするのか、理解に苦しむ。上述の、罪も無い6人の子供を殺した男など、八つ裂きにされても良いだろう。
こんなことを書くとすぐ「障害者差別だ」と騒ぐ人が目に見えるようである。今の時代、弱者はやたら美化されており、特に、障害者は、何ら邪悪なこともない、聖なる天使のような扱いで、悪く言ってはいけないような風潮にある。これ系の話は、2月19日に盲人について書いた。しかし、容姿や体形が悪くて就職や結婚で差別される人、髪の毛が不自由で笑われる人、オヤジがヤクザな人、成績が悪い人、等々、世の中の人は大体なんらかのハンディを抱えながらなんとか生きているのである。「容貌差別」「毛髪差別」「家庭環境差別」「能力差別」を負いながらもなお、それ以外の能力で生きていかないとならない。ちょうど、トランプのように、手持ちのカードだけで勝負するのに似ている。てんかんの患者さんに対し、「運転以外の仕事を選べ」と言うことが、そんなに悪いことなのであろうか
先日、新聞を読んでいたら、横浜市内で、てんかんのトラック運転手に跳ねられて殺された中学生(当時)の両親が、その運転手と雇用主を相手取って起こした損害賠償請求の判決があり、横浜地裁は計8500万円の支払いを命じたという。この運転手はたまたま父親の会社で働いていたという特殊性もあり、父に、雇用主としても、てんかんの持病を隠しながら運転させていた使用者責任は重いと判決に出た。しかし、いくらカネを払ってもらっても、殺された子供はもう帰ってこない。
 
ちなみに、私は昔、人事労務の仕事をしたことがあるが、ある部署にてんかんの男性が働いていた。本人はけろっと「倒れてもほっといてくれればいい」と言っていた。まあ、職場で急に倒れられたらまわりも困るだろうから、どうしようと考え、西早稲田にある「てんかん協会」に足を運び、てんかん教育のビデオを借りてきて、マネージャーたちと見て勉強したことがある。勤務先の理解を求めることは、本人が真面目で勤勉な人柄であれば、さほど難しいことではないはずだ。
2011/10/22

デール・カーネギーの原則「自分の誤りをこころよく認める」

私が座右の書にしている、デール・カーネギーの2大ベストセラー「道は開ける」「人を動かす」。
初めて読んだときには、アメリカ人でも(失礼)こんな謙虚な考え方をする人がいるのだ、と驚いたものだ。
世界中の言葉に翻訳され、いずこの国でも定番の書になっているという。
 
さて、今週のことである。
私が作成し、お客様(A社と呼ぶ)に送った書類にサインがされ、返ってきてから「ワッ」と気がついた。
1ページ目に、ミスがあったのである。
書類を作ると、必ず何名かでreviewしてからお客様に送るのだが、それでも人間のすることなので、見落としがまれにある。今回もその例だった。
 
私は、他人から「自分が間違えました。申し訳ありません」と言われると、
「いいから、いいから、たいしたことじゃないから。私がフォローしておくよ」
と言って、責めるどころか逆にその人を励ましてしまう。
しかし、ミスを認めない人、謝らない人を見ると、かなりカチンときてしまう。
カーネギーも同じ事を言っている。
で、私は、カーネギーの法則に従い、自分のミスは、いつも即刻認め、訂正にうつるようにしている。
 
私は、送った書類の間違い箇所に赤い○をつけたPDFと、正しい記載のPDFを作成して、A社に、「これこれこのとおり私のミスがあり、書類が間違っていたため、御社から返していただいた書類は、そのページだけ差し替えるか、あるいは、手書きでよければ修正しますが、いかがでしょう、ご意見をお願いできますか、私のミスでご迷惑をおかけして申し訳ありません」という趣旨のメールを書き、その2点のPDFを添付して送った。
すると、すぐにA社から、
「こちらの方こそ気がつかなくて申し訳ございませんでした」
という返信が来たのだ。私のミスなのに、謝られて、逆にびっくりしてしまった。
結局、A社の担当者も寛大な方だったので、そのページを差し替えることで一件落着した。
自分がいつも心がけている対応を、人から、とりわけ、お客様から受けると、非常に気持ちが良い。
 
ミスは誉められたものではないのはわかっているけど、とにかく、ちょっとうれしい話だったので書いた。
 
 
 
 
2011/10/20

ぐわんばれ、京浜急行!(for Yokohama Bay Stars)

わが地元横浜で他球団の優勝があるのは見ていて楽しいことではないけど、確率論からいけば、ロード先で優勝する方が地元で優勝するより大きいので、仕方がない面はある。しかし、どうせだったら東京ドームでやってほしかったな。せめて神宮か。
しかし、せっかくセリーグ優勝した落合監督を切るのかね。
普通だったら、「優勝したら来年も頼む」と言いそうなのだが、よっぽど会社から評判が悪かったようだ。話によると、地元ファンや、支援してくれている企業などへの球場外でのファンサービス活動を、ほどんど行おうとしなかったらしい。「球場で勝つことが最大のファンサービス」というポリシーをくずそうとしなかったようで、それなら嫌われても道理だ。社会人ならば、たとえ嫌いな営業活動でも、目をつぶってだってやる必要がある。世の中、嫌いだと思っていた仕事が、やってみたら、案外おもしろかったと思えることなど、いくらでもあるのに。
次期監督が、いくら生え抜きとはいえ、御年70歳なのである。ぶったまげた。現場を離れて何年たっているのだろう。こんな高齢者を起用するとは、まるで「サンデーモーニング」のスポーツコーナーである。
 
ドラの話はさておいて、kanazawa sanetoki2004さんの必死の祈りが通じたのか、わが地元の最弱球団、横浜ベイスターズの買収に、京浜急行が名乗りをあげてくれたらしい!わ~、素晴らしい!
 
 
大体、モバゲーみたいなぽっと出の企業が、球団経営に興味があるとも思えない。カネさえあれば良い、というわけではない。球団経営にまず必要なのは、経営陣の愛情である。しかも、買収の噂が出たら、同社の株価がどっと下がったらしい。下がった、ってなんじゃ、ベイに失礼ではないか、と強く言えないのも悔しい。
 

 
今だって、京急横浜駅の南口コンコースに、ベイの選手たちの大アップ写真をずら~っと掲示しているくらいだもの。今のところ、京急に勝るオーナーはなさそうだ。将来、みなとみらい地区にドーム球場を建設するという案まで書かれているが、それも夢があって良い。みなとみらい地区には、バブル崩壊後、空き地のまんま草が生えている面積が大きい。西武線みたいに、京急が「横浜ドーム駅」を作ればよいだろう。
実は私、京急にはそんなに乗らない。自宅の最寄路線ではないからだが、しかし、もしベイを買ってくれたら、私は株を買おう。5000株以上買うと、株主優待で、切符が付いてくるため、三浦半島の先っぽにある亡父の墓参りに使える。
ぐわんばれ、京急!!
2011/10/19

調剤薬局って儲かるのかなあ

年ほど前、自宅近くにあるビルの1階に、ある調剤薬局(A薬局と呼ぶ)の分店ができた。その本店と分店の間は100メートルも離れていない。こんな至近距離でなぜじゃ?と思っていたら、案の定、数か月で閉店してしまった。
ところが、最近、そのあとに、全く別の調剤薬局が入った。は~~?この間つぶれたばかりのところに?と思ったら、ほどなく、その薬局の近くに、新しい内科クリニックがオープンしていた。
Wikipediaを引いたら、こういうのは「門前薬局」と呼ばれるらしい。
私の母が以前かかっていた、頼りない循環器科医師から処方箋をもらったとき、母は、
「私はいつもA薬局でお薬をもらっていますので、Aに行きます」
と言ったところ、その医師は
Aには置いてありません。Bに行ってください」
と強要したという。実際のところは、A薬局もB薬局もすぐご近所で、よく、在庫のない薬は、電話をかけ、お互いに融通しあっているところを見る。なにが「Aには置いてありません」だ。この医師は、B薬局をお抱えのように扱っていたらしいが、B薬局の店頭には、「どの病院の処方箋でも調剤いたします」と書いてあるから、実際のところはそうでもないらしい。しかし、医院が1つ開業すると、調剤薬局がすぐ隣にできる、という光景は、きわめて普通に見られる。
調剤もするけれど、洗剤や化粧品やトイレットペーパーなども置いている、「昔からの町の薬局」みたいなところは、なんだかしょぼくれて気の毒な感じだ。こういうところの薬の在庫は古そうだから、みんなますます処方箋を持って行かなくなる。
 
父親が医者をしている知人に聞いたら、医薬分業にしたほうが税制上有利なのだそうだ。しかし、調剤薬局って儲かるんだなあ。そうとしか思えない。でなければ、こんなに巷にあふれているのに、医院が1つできたからといって、新規開業できるわけがない。うちから最も近い大病院は、三ツ沢球技場の丘の上に建つ横浜市民病院だが、この病院から、ふもとの国道1号線にくだる坂道には、それこそ累々と調剤薬局がたち並んでいる。昔は父の付き添いで、今は母に付き添ってたまに来るけれど、来ると、「あ、また新しい調剤薬局ができた!」と驚くことがあった。坂の上の薬局はさすがににぎわっているが、坂の下流のほうの薬局は、上流で捕獲され残った鮭が流れてくるのを待つ弱い熊、って感じで、なんとか付加価値を出そうと「宅配サービス無料で承ります」なんて表示をしている。そうすると上流の薬局も負けじと同じ表示を出す。まあこれはよほど薬が多いかかさばる場合であろう。ビタミン剤3錠で宅配を引き受けるとも思えない。しかし、それであっても、どこもつぶれていない。
 
最近、薬科大学は、医学部歯学部同様、6年生になった。薬剤師とは、資格を取るのにもずいぶんお金がかかる仕事となった。しかし、言ったら悪いが、その仕事の大半は、傍目には、「○をX錠、△をY錠」という感じに、こつこつ数を数えているだけで、薬剤の指導などが伴わない限りは、私でも出来そうである。別に白衣など着て拍を付けなくてもよさそうなものだ。それでもやっぱり6年行く必要があるのかなあ。ある人が「薬剤師に注射ができるようにすれば、看護師の仕事から投薬が省け、医薬管理が全部薬剤師に一任できるのに」と提案していた。これは良い案ではないか。6年も行くのなら、そのくらい付加価値をつけるべきだ。
 
とまれ、私の近所には、3歩歩くと調剤薬局がある。薬の相性を確認するため、本当は1か所だけで調剤を受け続けるのがいいのだと思うが、あまりにも多いので、自分が処方を受けたことのある(初めての人はカードを書かせられる)薬局が何店舗あるかざっと数えてみたら、横浜市内だけでも10か所くらいあった。ひえ~。