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2011/08/30

どじょう男と貧相爺

今日、昼ごはんを食べていた場所には、ずっと代々木国営テレビがつけっぱなしになっていて、次期内閣総理大臣の指名投票の様子を生で中継していた。
あらかじめ定まっていたとおり、野駄という54歳が内閣総理大臣に指名された。
すぐ思った。
「次は、誰だ?いつまでもつ?」
自らを「どじょう」になぞらえる意味がさっぱり分からない。
しかし昨日ちらっと見ていた番組で、松下政経塾生だった若きころのVTRを見たら、歌舞伎俳優のような、結構いけてる顔立ちだったので、ちょっとびっくらこいたけど。
しかし、どじょうって何だ。
 
眉間にしわを寄せたくなるほど、げんなりするニュースが飛び込んできた。
幹事長に、あの、輿石爺が就任するというのだ。
これから、何か政府の発表があるたびに、あの、下品極まりない顔をした、日教組の爺さんがテレビの画面に出てくるのだ。うげ~~。食事中に見てしまったらどうしよう。
「男の顔は履歴書」
という明言を残したのは、確か大宅壮一氏だったと思う。あの輿石の爺に、これほど合う言葉もあるまい。
容姿の美醜の問題などでは絶対にない。内部からにじみ出るものを言っている。
あの、品性のかけらもない顔。あの男の70年余りを、ありありと語っている。外国のメディアには見せたくない。爺の顔が出るたび、モザイクをかけて欲しい。
 
最近、学校での国旗に起立し国歌を斉唱するよう命じたことについては思想、良心の自由を害しない、とする東京高裁、その他の判決に水をかける、というのもひょっとして幹事長の職務の一つとして負わされている、とか。
日本は、三権分立の国家だったはず。輿石の爺が、裁判所の判例に影響を与えるほどのタマだとは到底思っていないが、あの下品な反日サヨク顔を見ると、つい心配してしまった次第。
 
 
 
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2011/08/28

震災後の漁の話

父が死んで2年になるので、3回忌なるものの法要を執り行った。
仏事に興味がなく、かつ、生前父と合わなかった私は、予定が立てられているまま、渋々参加した。
体の具合の悪い母は、こういった儀式に初めて不参加となった。
こうやって、年老いた親は徐々にしりぞいていくのだ。
仏事に几帳面な母がいなくなったら、どうしたらいいものか。
 
ともあれ、あらかじめ霊園に頼んでおいたとおり、近所の寺から坊さんを呼んで、読経をしていただいた。
坊さんは、読経を終えると、大体、仏様に関する説法をおこなう。
今日のお坊さんの話は、3月11日の話から始まった。
このお坊さんは、もともと、岩手県の海岸部の出身で、里は、多大な被害をこうむったそうである。
このお坊さんの知人に、漁師さんがおられるそうだ。
その漁師さんから聞いた話だ、と前置きした上で、こう語った。
「網を引き上げると、魚に混じって、人間の腕や指が上がってくるんです」
 
ニュースで、石巻などの漁港の漁が再開し、秋刀魚などが大量に獲れるシーンを見て、私など、
「ああ、漁が復活した、よかった、よかった」
と単純に喜んでいたが、単純すぎた。
 
仏事に疎い私など、常々、人間など死んだら海や山に撒かれ、そのあとはきれいに忘れられるのがよろしい、死後に他人を○○式だの○○回忌などに巻き込むことなど無用、と思っていたし、今でも基本的にはその考えである。
 
しかし、いまだご遺体が確認されていない犠牲者の方々は、そうやって、自ら、わざと網にかかり、自分を発見してもらいたがっているのではないだろうか。
 
私はあえて子孫を持たない生き方を選択した。おそらくは、孤独の中で死ぬだろう。
しかし、孤独のうちに死んだとき、自分の死を誰かに見つけて欲しいと、死後の世界から、何らかの手段をとらないとも限らない。そう思った。
 
 
 
2011/08/27

「妻とは別れます」という男(ドラマ「胡桃の部屋」)

日ごろはテレビを見ている時間が無いので、興味のあるものは撮りだめして終末に見ている。
いまNHKで「胡桃の部屋」というドラマをやっている。私は向田邦子のファンなので、向田ドラマなら、と思って録画している次第だ。
竹下景子と松下奈緒が親子、という設定も、ゲゲゲの二番煎じを狙ったような気がしてならないのだが、ま、いいだろう。今度は姑と嫁ではなく、実の親子の設定だ。竹下もかつては女子大生女優で、「お嫁さんにしたい女優ナンバーワン」と言われていたものだが、いまはほどよく年を重ね、良き母親役を演じられるとともに、あの野際陽子の後釜として他の女優が考えられないほど「姑女優」としての評価を確立しつつある、と勝手に思う。素晴らしい。
 
さて、出版社に勤める行き遅れ気味(今どきはこんな言葉も死語になりつつあるが)の主人公、桃子を演じる松下が、父親の失踪についてあれこれ世話を焼いてくれる都筑という男性に恋をしてしまい、短い夜をホテルの一室で共にする(と見えたが、そうだよね?)。
妻が1年間家を出ていたとはいえ、既婚者である都筑とは、もう会わない、会ってはいけないことを、毅然として誓った桃子。そういう都筑も桃子のことを愛していたのだが、いわく
「妻とは別れます」
・・・・・・・ いつも思う。そのセリフは、ちゃんと別れて既成事実になってから言えよ、って。
婚姻届一枚の効力は死ぬほど重い。どんなに正妻が悪妻で、愛人が純で、男の方がいくら妻にはもう一切愛も尽き果て、愛人のことを世界一愛しているのであっても、法的には、常に正妻が正しくて愛人は不貞関係である。
若いころに感じた愛で婚姻届を出し、果ては、子供までもうけたとしても、その後で、気が狂うくらい愛せる人が現れたら、これはどうしたらいいのであろう。古今東西を問わない永遠のテーマだ。
今は参議院議員となられたかつての行列弁護士、丸山氏によると、あれほど訴訟好きのアメリカであっても、結婚している人が他の異性を好きになっても、その配偶者は、愛人を訴えることはできないそうなのだ。
「男と女が好きになるのは仕方が無いから」
というのが理由なのだそうである。へえ~。アメリカでは、と言っても、50の州によってすべて法律が違うので、一概にはそうは言えないのではないかという疑いもあるが、さて、それが果たして真の傾向であるなら、面白いものだと思った。
かつては浮気しまくり男であっても8年間大統領の座にいたほどだから、あの国は、既婚者のlove affairには寛大なのかもしれない。「ただし、子供の養育費を不払いにしたら逮捕され投獄されるケースまである」と丸山弁護士は語っていた。それならば日本とはこの面では全く逆になる。
 
若いころに結婚した最初の配偶者が常にベストでないと発覚した場合、最後はほぼカネの問題になりがちである。
「愛」という感情に基づいて結婚したはずなのに、感情の決着はひどく現実的なもので、「カネ」がいるのだ。
とりわけ、妻が専業主婦だった場合は、年齢にもよるだろうけど、彼女の離婚後の生計まである程度見越した慰謝料も必要だ。こんなことを考えていると、専業主婦の妻を抱えている男性って、おそろしく勇気があると思わざるを得ない。妻だって働いていれば、もっと楽に別れられるだろうに。
しかし「妻とは別れます」という男であっても、結局は、子供可愛さに、妻とよりをもどす例もざらである。「子はかすがい」とはよく言ったものだ。しかし、そうであっても、かつて愛を感じた女性のことは、大切に胸にしまっていて欲しいし、まかり間違っても、後になって悪口など言ったりしないでほしいなあ、と思う。願わくば、墓に入るまで、清らかな思い出としてとっておかれたいものだ。
 
ドラマの話に戻るけど、都筑を演じる原田泰造さん、本業?はお笑い芸人のようだけど、お笑いより俳優業に専心したほうがいい。NHKは妙に彼のことが気に入っているらしく、大河ドラマの主要な役どころにも出演させているが、もっとしごけば、エラの張った古典的な日本人の顔をした彼は、いい役者になるに違いない。これまでこんな二枚目役(顔でなくて、立場的に)を演じた経験があるのかどうか、真面目な桃子を口説くという演技がいまいちぎこちなく、必死さに欠けていた感はあったが、なかなか先が楽しみな男である。
2011/08/26

父の3回忌と母

母の体調が良くないので、ときどき半日有給休暇を取って病院に付き添ったり、週末に家事をやりにいったりしている。
今は夏場で仕事がひまだからいいけれど、私もそうしょっちゅう休めない。役所や民生委員の人に相談したら、やはり介護申請をして、要介護、ないし、要支援の認定を得るのが先決らしい。そうすれば度合いに応じて公的なサービスも使える。父のときも私が申請をしたはずなんだが、どんな書類を書いたのか、きれいに忘れてしまった。
 
しかし、実家に行くと、食器の類が、それこそ売るほどある。
私らが食べ盛りの子供だったころ、ハンバーグやとんかつなどを切り分けるのに使ったナイフやフォーク。
父は、安月給なくせにとにかく客を連れてくるのが好きだった。そのために買い揃えた、来客用の大きな皿やしゃれた取り皿、湯のみやお碗、塗り箸。
いまはもう、家の重しになっているだけで、全然使わない。
よそのおうちは、こういうのって、どう処分しているのだろうか。
一度、不用品業者に掛け合ってみようと提案したが、母は首を横に振る。
私も女なので、1つ1つの食器に対する母の愛着は、十分すぎるほどに理解できる。
しかし、もう、この病気を機会に、愛着を断ち切るときにが来ていると思うのだが。
母には、着物も何着もある。しかし、私は着物を着ないし、体形も母とは全然違うため、もらっても意味がない。
これこそ、今処分したら、母には「寿命が終わった」みたいに感じられるかな。触れないでおこう。
 
そろそろ父が死んで2年になる。仏式の世界では、2年なのになぜか「3回忌」と言うらしい。檀家でもなく、祖母が死んだときにたまたま病院から紹介されただけの寺からは、とっくに「3回忌の法要のお誘い」とかいう葉書が来ていた。気が弱くお人よしな母は、その寺に頼まなければ悪い、ようなことを言ってはオロオロしていたが、私は、
「こんな葉書、むこうもビジネスで年に何千通も出しているだけだから、気にするな」
と説得して、墓地で、見知らぬぼんさんを呼んで貰うことにした。
以前、この、葉書のヌシの寺のぼんさんは、
「しいて寺や墓に参る、という形をとらなくてもいいのです。心の中だけで個人の冥福を祈ればいいのです」
と言っていたけど、言っていることとやっていることが正反対ではないか。
 
父の昔の部下で、おなじ横浜市内に住んでいる人とその妻が、父の3回忌のため、どうしても母を訪ねたい、という電話をしてきたという。私は
「そんなに心臓が弱っているのに、『体調が悪いから』って断った?」
と聞くと、母は
「断ったんだけど、むこうがどうしても来たい、っていうから。奥さんの方は、うちに来たことないから、来たいみたいで、どうしても、どうしても、って言うから」
と言う。こういう母のお人よしにはカチンと来た。自分が立ち歩くのもへとへとな病人なのに、客人など迎える余裕は無いだろう。それに、この夫の方は、以前にも書いたが、他に同じくかつて父の部下だった男2人と来て、葬儀を終えたばかりでへとへとに疲れている母を、昔ながらの支店長夫人だと思って、飯にはたかるし、あげくに、「俺はここが悪い」「俺はここが病気だ」と、老人さながらの病気自慢大会を繰り広げたあげく、3時間も逗留したご当人なのである。また延々居座られたら、こんどこそ母はどうなるかわかったものではない。そう思っていたら、お人よしの母は
「お寿司でも取ろうかねえ」
などと言う。ばか。
私は受話器をむんずと取って、その家に、
「来ていただけるのは本当にありがたいし、故人も喜ぶとは思うのですが、いかんせん母は体調が悪くて通院しておりまして・・・」
と、めいっぱい丁寧な言葉を使ってお断りの電話を入れた。母には到底こんな電話は入れられない。私が悪者になるのは一向に構わない。この男は、あまりに仕事ができないので、東京の本社から干され、長野の父の元に押し付けられた人なのである。父もこの人をどれだけ罵倒してきたかわからない。営業に配属されたのに、30過ぎて免許も持っていなかったので取らせてやり、結婚相手も見つけて仲人をしてやり、と、麻雀の点数計算以外に使えないこの男を父はよく世話をした。
 
思うのだが、世の中、人の通夜とか葬儀、あるいは○回忌に、「お世話になったから一目でも」と言って、無理してでも来ようとする人がいる。私が葬式仏教に興味がないせいかもしれないが、田舎のほうならいざ知らず、都心の葬儀はもうほとんど家族葬なので、「なんでこの人が来るの?」と思うような人(とくに、葬式に燃える田舎の人)が来ると、かなり面食らう。
来なくてもいい、と言われたら、素直に来ないのが都心ではマナーではないのか。
どうしても、どうしても、と言い張るのは、時として、熱意の表れを超えて、迷惑だったりする。受け入れる人の体調が悪いと言っているなら、ごり押ししてまで来るべきではなかろう。どうしても、というなら、手紙の1通でも書く方が、老人世帯にはずっと嬉しいものである。
 
 
 
 
2011/08/24

「光星学院」と「一罰百戒」

夏の甲子園で準優勝した、光星学院という、いかにも私立の、しかし、青森県の高校が、被災地に元気を与える栄誉をもたらした、と、ひとしきり話題になった。
しかし、刺された。
ひとの栄誉をねたむ人、重箱の隅をつつくのが大好きな人はごまんといるらしく、たかが去年の12月の飲酒の告白が原因で、3人が停学処分となってしまった。私など、中学生のときから酒を飲んでいたというのに、ばか正直なこった。
 
しかし、だ、この学校の選手達が、青森に帰ったとき、校長の前で準優勝の報告をしていたとき
「おや?」
と思った。
言葉がまるで関西なまりなのだ
あとで調べてみたら、ベンチ入りした部員18名のうち青森出身者は2名しかいなかったそうで、他の16名は大阪とか沖縄から集めてきた選手達らしい。しら~~~・・・・ そういえば、マー君もダルビッシュも地元の高校じゃなくて、甲子園に出やすい私立高校に行った選手たちだしなあ。しかし、なにが「青森県初の準優勝」だか。しら~~~。
 
芸能界では、大物芸能人が突然引退し、NHKまでがニュースで取り上げるほどの騒ぎとなった。
が、芸能人って、誰でも、多かれ少なかれ、その筋と関係あるのではないのか?
昔の話だが、Y組のT組長が死去したとき、紅白歌合戦に出ている大物歌手が、ぞろぞろ葬儀に参列していたのを見たときは、本当にびっくりした。当時は私もまだ芸能人にはキレイなイメージしか持っていないウブな年頃だったので、芸能人ってのは、裏ではこういうかかわりもあるのね、と、一つ勉強したものだった。「泣いて馬謖を斬る」というか「一罰百戒」というか、とにかくあんな斬られるにはそれだけの理由があったのだな。
彼は、しゃべりのうまさでは、話芸のプロがごまんといる芸能界でもピカイチだったので、その点は惜しいと思う。
 
 
 
 
2011/08/23

田中貴金属さん、ちょっとそれは

「有事の金」と言われる。ドルもユーロも株も頼りない昨今(←でなければ円がこんなに高くなるわけはない)、金の需要が増し、いまや1グラム5000円に到達しそうな勢いである。
私が金価格を見るようになったのは1980年代の半ばくらいからだが、当時は1グラム1700円くらいのときもあった。私はかなり長い間、金を積み立てで購入している。私は一応ファイナンシャルプランナーのはしくれなのだが、このような投資対象製品の購入は、「長期・分散・積立」がコツなのだそうだ。「そうだ」と伝聞形で言っているのは、これ以外に長期分散積立をしていないからである(とほほ)。
 
とまれ、先日、急に、私が積み立てをしている先の田中貴金属から大きい封書が届いた。中を開けてみると、要は、
「この度、当社ではお客様の確認をすることになった」
ので、
「運転免許証かパスポート、障害者手帳など公的な身分証明書のコピーを送れ」
とある。なんかタカビーだなあ、と思って続きを見てみると、
「8月中に送付がないお客様には、ヤマト便の配達員が自宅にお伺いし、お客様の身分証明書を見て確認することにした」
とある。へ?宅配便の人が自分の直接の顧客でもない田中貴金属の顧客の公的書類を見て、個人情報を確認するの?なんで?
 
ますます不審に思った私は、その書類に出ていた問い合わせ窓口のフリーダイヤルに電話してみた。
田中「はい、田中貴金属です」
私「この度、書類をいただいたのですが、この、顧客情報を確認したい、と書いてある理由は何でしょうか」
田中「はい、このたび、税法の改正がございまして、(続けようとする)」
私「だったらそう書けばいいではありませんか。定款が変わったとか、法律が変わったとかいうきちんとした理由を書くべきではありませんか。個人情報を示す公的書類のコピーを出させるって大変なことですよ。理由も示さずにそんな大事な書類のコピーを出せって言うんですか」
田中「申し訳ありません、おっしゃるとおりです(平身低頭)」
私「それに、ヤマト便に個人情報の確認を委託するってベンダーの選択もどうかと思うんですが」
田中(黙る)
私「ヤマト便を全く信頼していないわけではないんですが、田中貴金属の社員でもない宅配便の人が、人の公的書類を見て、個人情報を確認する、って、ありなんですか。ヤマト便って、そんな仕事まで引き受けているんですか。田中貴金属としても、それって適切な委託業務だとお考えなんですか。これならまだ『身分証明書を持って店頭まで来い』って言う方が信頼がありますよ」
 
等々、この電話に出た女性のせいではないのは無論だが、人の公的書類の取得や個人情報の確認の仕方をかなり安易に考えていた節があったので、上には書かなかったが、これ以外にも結構ものを申してしまった。
老舗大企業のおごりなのだろうか、人の情報の確認とは何なのかに対する意識が軽率だな~~、説明も足りないし、と思ったのは私だけだろうか。ちなみに、私は店頭に行く時はいつも身分証明書を持って行く、と言ったら、それなら問題ないとのことで、来月ヤマト便が来る手続きも停止してもらった。
2011/08/21

ファブリーズCMに男の人は怒らないのかな(つぶやき)

私は、やたら抗菌除菌と叫ぶ昨今の軟弱な風潮がキライだ。
人間には白血球があるのだから、日常の菌など問題ではない。
むしろ、子供のころに、適度に不潔な経験をさせて、菌に対する耐性を向上させなければならない。
私が子供のころまでは、まだ、泥遊びなどもあったものだ。
いまどきは、母親が「汚いでしょ!やめなさい!」と叱責し、そんな機会すら与えられないであろう。
病気に弱い子供を増やしているようなものだ。
 
私が「変だな、こんなの売れるんかいな」といぶかっていた、ファブリーズとか、リセッシュとか、臭いものや菌のありそうなものにシューシューするスプレー製品は、すっかり市場に浸透したようだ。
お父さんと、息子3人くらいが、汗まみれ、においまみれになって、家の中に菌を増やしているようなCMが作られている。菌の繁殖をイメージしたその映像自体気持ちの良いものではないのだが、それより、世の男性たちは、あのCMを見て、怒らないのだろうか。
確かに、男性は、汗臭いことも多いし、体臭も女性より強い傾向がある。
しかしね、あのCMでは、まるで、「男=汚物・汚染源」のような扱いではないか。
女性が逆にあんな扱われ方をするCMなど流したら、一斉に「女性差別だ」という攻撃が起こり、CMは中止を余儀なくされるであろう。
しかし、男性は平気なのだろうか。はたまた、CM一つにいちいち目くじら立てないのだろうか。それとも実際に、家では汚物扱いされているので、慣れたものなのだろうか。
見るたび、ちょっと気の毒な思いがしている私である。抗議してもいいのではないか。
2011/08/20

ウエスト58センチ神話の大罪

会社で、女数人でランチをしていると、ときどき、「どうしたらやせるか」に話が及ぶことがある。
飢餓に苦しむ人も地球上には絶えないし、被災地では餓死させられた動物も多々あったというのに、まこと贅沢かつ矛盾した話である。私は別に太ってはいないけど、付きあい上、話に乗らないと悪いし、正直、自身のスタイルに問題がないわけではない。ウエストだって60うんセンチあるし、それに・・・・ と思いつつ聞いていると、今、「カーヴィーダンスが人気だ」という話になった。「ウエストを細くする」というネタに乗らない女性はいない。このダンスの考案者は、48歳にして惚れ惚れするほどの美ボディーを誇っているので、単純だと思いながら、彼女が表紙を飾っているDVDつきの本を帰り道に買ってしまった。しかし、まだ全部ちゃんと読んでいないし、ダンスもまだとほほの段階である。
 

 
昨年10月に書店でたまたま目にして買った「テレビの大罪」という本を、読み直してみた。
著者は、精神医学を専門とする医師である。
最近、いろいろなブロガーさんたちのお陰で、テレビの偏向ぶりについて、かなり知ることができた。
土台、テレビの言うことなど、100%鵜呑みにしてはならないものである。
ネットの情報と同様で、見るほうが常に取捨選択しなければならない。
問題ありとにらんだ局は「見ない」というのも大切な手段だが、しかし、テレビの影響力は依然としてマスメディアの中では絶大なもので、「テレビでこう言っていた」というのは、だいたい肯定的な主張として受け止められる。ネットをやらない高齢者世代は、1日中テレビをつけ、情報のほとんどをテレビから得ていると言っても過言ではないのではないだろうか。
 
この本の冒頭では、「痩せ」を賛美するテレビの大罪について述べられている。
あの、モデルで女優の山田優さん、身長が169センチと高いこともあるが、彼女のウエストサイズを測ってみたら、なんと70センチ以上あったというのである。しかし、彼女をデブだと言う人は皆無だ。それなのに、テレビに出てくる女性タレントは、みなさんなぜかウエスト58センチである。体重は、いくら背が高い人でも、48キロとかその辺で、50キロ以上を公表する女性芸能人はまずお目にかからない。著者には娘が二人いて、うち一人は、身長158センチにして体重38キロという超がりがりなのだが、ウエストは57センチあるという。こんながりがりでそのウエストなら、テレビの女性タレントらが、いくら小柄、きゃしゃな人が多いからといって、のきなみウエスト58センチはありえない、と断言するのだ。
実は、肥満が健康に果たして悪いかどうかというのも、まだよくわかっていないのだそうである(!)。
40歳時点で一番平均余命が長いのは、やせている人ではなく小太りな人だそうだし、20歳のときより体重が減っている中高年は寿命が短いというデータも出ているのだという(あら、私もそうだわ)。
現代のいきすぎた痩せ賛美には、いくら警鐘を鳴らしても足りないらしく、ご自身が総務大臣だったら、やたら痩せをあおり、それによって健康被害を助長するような番組を流す局は、放送免許を取り上げたいほどのお怒りらしい。
 
私も、ご多分にもれず、女性は、ウエスト60センチを割らないといけないものだと思い込んでいた。
さまざまな器具やきつい下着で、長い間、ウエストをぎつぎつに締めていた。
その結果、一見ウエストが細いようにみえて、行き場を失った脂肪が、へそ下に分厚く付いてしまった。
ありゃりゃ・・・・
 
これだけテレビの裏面を書いてしまうと、もうこの医師は、コメンテーターとして呼ばれることはあるまい。
過去にはテレビコメンテーターとして呼ばれていた人なのだが、まっとうなコメント、たとえば、「犯人は無罪かもしれない」とか、「SMAPの草なぎ君はアル中の可能性がある」とか、「被害者にだって落ち度はある」と言ったような、テレビが期待するものとは反対のコメントをすると、テレビからは干されてしまうのだという。しかし、著者は「まともな学者はテレビに出ないもの」と、もう呼ばれないことに割り切ってしまっているようだ。
 
痩せ賛美以外にも、テレビという業界の黒さについて、いやというほど書いていて面白い。
一読をお勧めしたい本である。
 
 
2011/08/18

侮りがたし!ローソンの「ロールケーキ」

ローソンの大人気商品、プレミアムロールケーキ
昔からあるロールケーキとはまるで別物だが、これはこれで、このくらいのサイズなら食べやすくて良い。
今日、買ってきた。普通のと、それから「秋物」なのかな、和栗のケーキというのがあった。
 

 
さてさて、先月か先々月、偶然手にしたフリーペーパー「R25」(07/21→8/03号)に、このケーキの製造工程が紹介されていたので、興味を持って読んだ。
コンセプト
「ちょっと高級、だけど手軽」
だとか、なるほどね。
これまでのコンビニデザートのクリームは、輸送中の型崩れを防ぐため、植物油だったそうだが、これは、洋菓子専門店と同じ乳製品の本格的なクリームなのだそうだ。
関東地方に出荷されるこのケーキは、埼玉県内にある2つの工場でフル回転して作っているそうだ。
スポンジケーキの生地は、驚いたことに、焼き上がると、従業員の手
で、25mmの幅に切断しているのだという。
その幅にカットされたケーキは、これまた手作業で、1つ1つ円形に丸め、輪の真ん中に、従業員がクリームを均等に手で絞りいれていく。
クリームの量が少なかったり、はみだしたりしているものは、分別して、再調整するのだそうだ。
この手間のかけ方と熱意は、ハンパではない。コンビニスイーツなどと十把ひとからげ呼べない高級さである。
これだけの材料と人手を使っていながら、この値段は破格といえるらしい。
ピーク時には、1日に35万個売れる!のだとか。ローソン、あっぱれである。
 
 
 
2011/08/17

muggy

英語では、「暑い」ないし「熱い」といえばすぐ「hot」を連想するが、旦那によると、日本の夏の気候は
muggy」
。「蒸し暑い」という意味である。そういえば、真夏のNYに行ったとき、たまたまその時そうだっただけかもしれないが、緯度が高いせいか、暑くても、蒸し蒸ししていなかった。「蒸し暑い」は、英語話者には発音しにくい言葉らしく、あいつも「むぅし、あつぅ~い」と、真ん中で一度区切って言う。
新婚のときは、京都に住んでいた。蒸し暑い盆地の気候を初めて体験した彼の体のある部分に、皮膚科の症状が出た。「イ●キ●タ●●」かと思ったが、医者に見せると、「湿疹」とのことだった。男はいろいろ大変だと思った。とにかく、それ以来、あの手この手で、股間を涼しく保つ方法を考え、あいつは、その辺にたっぷりとベビーパウダーをまぶしたり悪戦苦闘していたが、私はついに、実家から、さらしの布をもらい、loin cloth(ふんどし)を作った。作った、といっても、裁縫の才能のない私のこと、ゲゲゲの鬼太郎に出てくる「一反木綿」のような前だれに、腰ひもを縫い付けただけの超簡単なものである。しかし夫はこれを痛く気に入り、夏には常用するようになった。時には、それを付けたまま出勤したので、
「万が一、倒れて救急車で運ばれる事態になったら恥ずかしいからやめてくれ」
と頼み、それは家の中でだけ着用することになった。
しかし、日本の夏はmuggyである。夫は、夏、家の中ではよく産まれたまんまですごす。私の亡父がそうだったので、私は、いやだな、自分の結婚相手だけはこんな人はごめんだと思っていたが、おやじに洋の東西はないらしく、地球の裏側の人ではあっても、亡父と同じように行動した。ついでに言えば、亡父は、私がアメリカ人と結婚してから、裸でうろつくのは、ぱたっとやめた。それまで多少私とつきあいのあった男性陣も、「外人」と聞いただけで、私から引いて行ってしまった。男って、なんでそんなものを気にするのだろう。
 
私はといえば、あせもができて、困っている。「桃の葉ローション」なるものを買ってきたけど、あまり効果がない。やっぱり去年と同じ「アセモア」にすればよかったかな。首のあせもにも困っているが、もっと困るのが、胸の谷間にできることである。ムネなんて、もっともっと小さくてもいい、という主張を私の夫は反射的に完全否定するが、しかし、ある人にはこれは困るのだよ、本当に。わかってよ。