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2011/05/31

人体にICチップを

このたびの大震災をきっかけに、ずっと考えている。
すでにペットにはこの手法があるそうだが、人間の体のどこかに、ICチップを埋め込んでおくというのはどうだろう。選択制でなく、基本的に、国民全員の義務とするのである。チップには、住所氏名生年月日、血液型と性別を基本事項として入れる。あとは希望で、親族氏名、連絡先、勤務先など。既往症および現在かかっている病名と主治医は、希望というより、むしろ必須事項に近いかもしれない。これがあれば、路上等で意識不明で発見された場合でも、道に迷っている痴呆老人や障害者を保護した場合でも、すぐに対処できるではないか。死体で発見された場合の身元確認は言うまでもない。
こういうことを書くとすぐ「プライバシーの侵害だ」「国による情報確保に反対」などと息まいて反対する人らが見えるようである。しかし、我々はそもそも、プライバシーなんてとうの昔に役所に握られている。年収だって、大抵の人は、税務署に把握されている。プライバシーの侵害を盾にして反対する人は、おそらく、この世では死んだことにされているアヤシイ人や、税金をちゃんと払っていない等、どこか後ろ暗い人であろう。ついでに、このICチップがあれば、運転免許やパスポートも不要になれば良い。体のどこかに「ぴっ」とスキャナーをかざせば、過去の行為通違反や渡航歴など一覧にできれば良いし、また、逮捕状が出ている人間、海外に逃げてはならない人間も容易に判別できる。免許証の不携帯もない。
この制度ができたら、その後、ヤミ社会で
「あなたの過去を買います、売ります」
という広告が出て、希望者からチップを抜いてやるサービスや、それを転売する暗いお仕事が発生するかもしれない。
また、殺人事件が起こった場合も、
「今回の事件は、遺体からICチップまで抜き取るという手口でした」
というあたりが、事件の功名さや重大さを立証するボーダーラインになったりするかもしれない。
しかし、それであってもこの方法は是非検討をお願いしたいものだ。仮に、素っ裸になった人間(遺体を含む)が突然現れた場合、私は○野X子です、ということを、どうやって証明できるというのだろう。犯罪の世界でも、黙秘権を行使して、自分がどこの誰か全く名乗らない被告人もいるという。そういったことが難なく解決できる。
誰か人間用チップを製造してくれないものだろうか。将来、身寄りのないボケ老人になってふらふら徘徊する可能性のある身としては、真剣にお願いしたい。
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2011/05/30

朝日新聞の購読をやめるのは大変だった、の巻


 
実家の母を説得して、朝日新聞の購読をやめさせることにした。
非常に長い間とっていて、読み慣れた新聞だったので、母は渋ったが、私が
「こんなのを読んでいたら、頭がねじまがる。たまには他紙と比べてみるのもいいと思うよ」
となだめた。ただし、販売店への断りの電話は、母がいやがったので、私が担当することになった。
私のトシだと、あの、1987年から88年にかけてのアグネス論争をよく覚えている。あのときは、朝日だけが、支離滅裂な論法で、全社挙げてアグネスを庇ったので、そのときから「この新聞、おかしい」と思うようになった。反面、「朝日の天敵」とされている文春側の理屈に頷いた。その後も、様々な事実を見て、朝日の存在や主義主張に対する疑いを深める一方だった。幸い、共産主義だった父も死んだので、もう朝日をとる理由がなくなった。
 
しかし、販売店に電話したところ、あそこまで食い下がられるとは思ってもいなかった。
 
私「もう、5月一杯で朝日新聞の購読をやめたいんですけど」
店員「え、っと、お宅様は●●様ですねと言いながら顧客名簿を開いた様子。我が実家が超・長年の顧客であることを把握したらしい)。店長に代わります」
店長「●●様ですね。どうしておやめになるんですか」
私「記事の内容が偏向しているし、日本の悪口ばかり書き、支那と朝鮮半島の味方ばかりしているからです」
店長「でも、お宅様は11月までの契約をしていらっしゃるじゃありませんか」
私「(そんな契約など反故にしたって何でもない、と言いそうになったが、父が死んだせいにして)でも、ほかにもたくさん新聞はあるので、消費者としてはどれを選ぶ権利だってあるんです。だから時には他の新聞も取りたいんです。それに、今まで朝日を読んでいた家族の者が死んだんです。死んだので、もうとる理由がなくなりました」
店長「でも、当店としては、お客様サービスとして、ポイントで還元したりしたじゃないですか」
私「(新聞屋の洗剤は汚れが落ちないどころか、却ってうす黒くなる、と言いそうになったが)会員サービスは受け取りました。でも、だからといってほかの新聞に切り替える権利はあるでしょう?別に販売店さんのサービスに対する文句があるわけじゃないんです。新聞の内容自体が偏向しているから嫌いだ、ということです」
店長「だったら、その内容が偏向している、という意見を、もしもしコールセンターに電話してくださったらいいじゃありませんか」
私「なんですか、そのもしもしコールセンターって?」
店長「新聞の一面の下の方に出ている、お客様からの意見を受け付ける電話番号のことです」
私「そんなところに電話したって、私の意見なんぞ、ごまめの歯ぎしりにもなりませんし、朝日の偏向が直るわけがありません」
店長「でも、そうでないと、部数が減って、本社に怒られるんです」
私「そんなところまで私ども一家が責任を負うわけはありません」
店長「それはそうですが、そういう意見があれば、いつかは紙面が変わるかもしれないですし」
私「無理です、あの新聞のあの体質は変わりません」
店長「そんなことをされたら、部数が減って、本社に怒られるんです」
私「部数が減ったら、うち以外にどこか販路を拡大すればいいじゃあありませんか」
店長「それはそうですが」
私「とにかく、選ぶのは消費者ですから、要らないと言われればそれで終わりでしょう?」
店長「もしもしコールセンターに電話して、販売店の落ち度ではないと言ってくれませんか。お願いです。でないと、部数が減るのは、販売店がまじめに仕事していないからだって本社から言われるんです」
 
・・・・
ざっとこんな内容で、延々30分くらいもめた。ここまで食い下がられるとは思ってもいなかった。我が実家が、長年の客だったせいもあるだろうが。
とにかく、販売店と本社の立場の落差が垣間見える会話ではあった。
販売店の言うことが事実だとしたら、東京の本社は、部数が減るのは、第一義的に、自分たちの記事の質や落ち度ではなくて、販売店の努力が足りないせいだ、と考えているらしいのだ。いや、内心では多少なりとも感じているにしても、それでもなお、矛先をもっぱら販売店に向けて脅している、というところか。気の毒な販売店であり、反省のない本社だ。新聞の質に直接責任を負わない販売店そのものに罪はない。
 
Coffeeさんの記事によれば、朝日は、4月だけで16万分も部数が減ったらしい。どこまで部数が減れば、危機意識を覚えるのであろうか。それも、販売店のせいではなく、自分たちの新聞の質を原因として。
2011/05/29

おそるべき老女87歳

福島県南部の漁港に、父方の親戚がいる。父の母の妹、つまり父の叔母一家である。年は87になる。
 
今回の地震で被害を受けたが、人間はみな無事であった。そしてこの父の叔母は今、東京の下町に住んでいる娘の家に身を寄せている。「身を寄せている」と書けば簡単だが、娘一家がこの老母を迎えに行くまでの苦労は、半端ではなかったそうだ。
先々週末、母と二人、見舞金を持ってこの老女を訪問した。親戚付き合いは苦手な私であるが、震災は別の別である。
 
この人は、腰を痛めて入院していたのだが、3月9日に、建物の強健なリハビリ施設に移ったばかりだった、と言う。地震はひどかったが、その施設にいたおかげで、命拾いをしたとのこと。自宅にいたら、たぶん葬式が出たであろう。強運だ。
 
この老女は、大昔、結婚した時、夫に「魚屋だけはごめん」と言っていたそうだが、ずっと魚屋を営んでいた。かくして、彼女は、嫌いなはずの魚を毎日、毎日、破格の値段で販売し続けたため、周囲の店舗から「そんな安く売るな。こっちの商売があがったりだ」と苦情が出るほどだったという。しかし、欲も何にもなかったらしく、安い値段で売り続けた。あまり安いので、店は、近所の主婦らが通い詰め、ある種の社交場にもなっていたという。
入院する直前まで魚屋をやっていたせいで、この老女、暗算がずば抜けている。昔そろばんを習っていた私だって電卓を使いたくなるような計算も、頭の中でささっと処理してしまう。今日は何人お客さんが来たかも、しっかり記憶している。
 
東京に連れて来てから、娘が、近所の内科に連れて行き、検査をしてもらったそうだ。血液検査では、6本分採血した。看護師が、「普通、このお年で6本というと、抜くのに非常に時間がかかるんですが、この方はすごいですね、血管からしゃ~~っと湧き出てきて、すぐ採血できましたよ」と驚いていたという。結果、内科的にはどこも悪くなかったそうだ。
帰りは駅まで歩いて送ってくれた。「来なくてもいいんですよ」と断ったが、歩くのがリハビリだということで、娘ともども、ゆ~~っくり歩いて付いてきてくれた。
年のせいで体が弱っている以外、どこも悪くないらしい。
人間、死ぬまで働けるのが理想だとはいうが、87まで働いて、明晰な頭脳を保ち続けた老婆を目の当たりにし、働くとは、なんとすごい健康法かと、改めて思った。
 
漁村は、父ちゃんが魚を取ってきて、母ちゃんは、子育てのかたわら、それを処理する工場に勤め、という具合に、夫婦がごく普通に共働きしている。農村だってそうだ。そこへいくと、サラリーマンという職務形態の場合、専業主婦という存在が、なんだか人間のありかたとして、いびつな気がしてきた。今日、ネットをつらつらながめていたが、また例の「運用3号」の問題が出ていたので、不快であった。なぜ国は、こうも年金を払わない女性らを擁護したがるのであろう。主婦であろうとなかろうと、仕事があろうとなかろうと、1個人として、将来年金を払って欲しければ、年金保険料を払え、と言うことのどこがそんなに悪いのか、さっぱりわからない。あ、話がそれた。
 
とまれ、これから、あの漁港は復興するのだろうか。復興させたくとも、船が壊れ、また、母ちゃんたちが働く処理場も再建せねば、収入の道がないのが一番問題だ、と言っていた。
2011/05/28

ストロカーン「元」IMF専務理事

しかし、アメリカ人って、この好色なおっさんのニュースが好きだなぁ。
いくらNYのホテルで起こった事件とはいえ、日本人には理解できない。
Webに「ドミニク・ストロカーンの」頭文字「DSK」を入力するだけで、このおっさんに関する情報がドドドと出てくる。わずかDKS3文字だけで通じるとは、JFK並みだ。
 
これは、旦那からもらったストロカーンとオバマ夫妻の写真。
 

「なんか、ストロカーンがミシェルに飛び掛ろうとしているのを、オバマがいさめているみたいだ」
と旦那は言う。
ま、そんなことはどうでもいいんだけど、ミシェル夫人って、肌露出系の服が好きだよね。
もうちょっと包んだらどうか、と私はいつも思っている。
 
2011/05/26

言った、言わない、聞いていない、訂正、撤回

本当に、うんざりだな。
民主党に、東京電力に、原子力安全・保安院。
こんな重大な時期に、毎日、毎日、「言った」「言わない」「聞いていない」「訂正」のオンパレードである。
50、60代の責任ある地位の男どもが、毎日これだ。
何を口裏あわせしているのだ。
この時期なのに、議事録も発言録も取っていないのか。人間の記憶などあてにならないことくらい、知っているだろうに。
どの情報が真実なのか、全くわからない。国民をばかにしていると言ってもよいだろう。
そもそも、国民に真の情報など公開されると思ってはいけないのかもしれないが。
いっそのこと、会話や電話は全てICレコーダーで録音し、該当部分はそのまんま公開したらどうだ。
 
「平田オリザ」という奇妙な本名を持つ劇作家が、民主党の「参与」なのだそうだ。
派遣村の湯浅が参与をやったのがまともな人選に思えてくるほど、わけのわからない人選だ。
あの鳩ぽっぽが、うっすら涙を浮かべながら「命を、命を守りたいのであります」とシャウトした所信表明演説をドラフトした御仁らしい。だからといって、なんで、政治ど素人の劇作家を「参与」になどしなければならないのだ。
そのど素人が、
「低濃度汚染水約1トンを海に放出したのは、アメリカ政府からの強い要請のためだった」
と発言し、物議をかもしたあとで、
「ほかのことと混同して間違えた。発言を撤回して謝罪したい」
と述べたとか。あの仙谷のおっさんにも注意されたらしい。
在韓国日本大使館主催の講演でこんなことを発言したそうだが、なぜ在韓の日本大使館がこんな男を呼んで講演させるのか自体が謎である。こんなど素人を、どういうつもりで呼び、発言させたのだろう。海水を流したことを韓国に謝罪させるためか。
だいたい、誰も彼も、発言、とりわけ、震災に関するそれは、もっと慎重に行うべきであるということを、どうも忘れ去っているようである。あとで撤回して間に合うものではない、ということくらい、分かる年だろうに。この無様さよ。要はみな、ど素人集団だ、ということだ。
 
そして、その、「命を守りたい」と声をひっくりかえして演説した鳩ぽっぽは、とっとと引退すりゃあいいものを、議員生活25年の永年勤続賞を受けたそうだ。粗大ゴミ同然の姿をさらし、恥ずかしくないのだろうか。ま、そんな感覚があれば、とっくに辞めているはずなんだけど。
 
 
 
 
2011/05/25

書評(3)超訳 ニーチェの言葉

これは、入院中に読んだ。
 

 
漫画の「島耕作」の中に
「バカだなあいつは、女にニーチェ読ませてどうするつもりだ」
というセリフがあったので、ふむ、それなら試しに女の私も読まんとするなりして借りた。
 
「超訳」という表題どおり、現代人にもきわめてわかりやすい言葉で訳されている。
しかし、通り一遍読んだけど・・・・ 特にどれも印象に残らなかった
書いてあることは、いちいち「そうだね」と思うのだが、頭をささ~~と通り過ぎ、後に残らなかったということは、目新しさも、特に惹きつけられるものもなかったということだ。それとも、島耕作の中で言っていたとおり、女の脳には相性が悪い存在なのだろうか。
 
考えてみれば、哲学者に女性はいない、と言ってもよい。サルトルのパートナーだったボーボワール女史は、一応「哲学者」という肩書になるのだろうか、彼女以外だと、辛うじて、既に他界された池田晶子さんという方を知っているくらいだ。
 
ソクラテスの妻、クサンチッペは、古来より悪妻として名高い。ちなみに、世界3大悪妻、というのがあって、あとの2人はモーツアルトの妻とトルストイの妻なんだそうだ。
クサンチッペは、しょっちゅう夫を頭ごなしにがみがみどなりつけ、しまいにはヒステリーを起こして水をぶっかけたりしたらしい。それも、弟子たちなど他人が見ている前で、だ。しかし、夫のソクラテスは、
「嵐の後には、雨が降るのは当たり前」
と平然としていたというし、弟子らには、
「結婚しなさい。良い妻をもらえば幸せになるし、悪い妻をもらえば哲学者になれるからね」
と言っていたという。
思うに、女に哲学者がいないのは、男ほど実生活から乖離した生活ができないからである。
買い物のこと、今晩のご飯のこと、子供の学校のこと、舅や姑、掃除洗濯、さまざまな支払い、等々、世のフツーの女たちは、常時こまごまとした日常に追いかけられている。そんな妻を遠巻きに見ながら
「人生、いかに生きるべきか」
「哲学とは何か」
などと論じ、一日座って考え事をしても平気でいられるような亭主を持てば、どんな女房だって、カッとなり、
「あんた、何やってるのよ?もう今月の生活費なくなったのよ。子供たちがおなかすかせてピーピー泣いているじゃないの?そんなくだらないこと考えていないで、もっと稼いで来たらどう?」
とでもどなりつけ注:私はこんなセリフは言ったことがありません、頭から水をぶっかけたくなるかもしれない。女はかくも即物的な生き物である。女の哲学者なんて、いたとしても、あんまり、信じたくない。
2011/05/24

秋田犬

我が両親の「犬=柴」という主義の下で育ったので、柴犬が大好きだ。今の世では、洋犬がはやりのようだけど、それでもやはり、和犬が好きだ。
子供のころ、親に頼んで柴犬を飼ってもらったが、親の飼い方がまずく、悲惨な死なせ方をしてしまって以来、トラウマで飼えなくなった。だから、もっぱら、道を歩いていて、人様の犬を拝見するだけである。
犬は、犬の好きな人と嫌いな人を一瞬で見分ける能力を持っている。私が道端で出会った犬をじっと見ているだけで、むこうも私の目をじーっとみつめ、しまいには尻尾をふりふりしたり、前足を私の脚にかけてきて甘えたりする。可愛いものである。
 
ところで、入院する前、TV番組表を見ていたら、5月8日、NHKの「小さな旅」で、ハチ公のふるさと、 大館市 を訪ねる回が放送されるのを知ったので、入院前に録画のセットをし、退院後、見てみた。
 
 
柴犬には悪いのだが、以来、私は、すっかり秋田犬のとりこである。いまや柴と五分五分くらいの勝負になってしまった。もう、あのふわふわの熊のぬいぐるみのような愛らしさと、飼い主に対する従順さに心奪われてしまったのである。日本訪問時に秋田犬をもらったヘレン・ケラーは、
「秋田犬ほど人間の気持ちがわかる犬はいない」
と評したそうである。戦時中、毛皮をとるため、ほとんどの秋田犬が供出されてしまったという悲しい歴史もあったが、ある飼い主が、つがいを山の中にかくまったおかげで、今日まで秋田犬を保存することができたそうだ。
で、隠居したら、柴を飼うつもりであったが、秋田を飼おうか、今、迷っている。
 

 
ちなみに、この写真は、ハチ公の生家に長らく秋田犬がいなかったところ、もらわれてきたメスの秋田犬、春香(はるか)である。ほんと、可愛いなあ。
2011/05/23

書評(2)市橋達也の本 続き 「男と腕力」

市橋達也の本の続きでもう1つ。
市橋は、左利きだそうだ。が、左利きだと人目につくため、飯場では、わざと右手を使っていたという。
さて、飯場の連中に腕相撲を挑まれたときのこと、右手を使っても彼は勝ったそうだ。で、負けた相手は、「今度は左手でやろう」と挑んで来た。市橋が本来は左利きなのを知らずに挑んできたものだから、当たり前だが、こいつはいとも簡単に負けてしまう。で、面白いことに、次の日から、市橋に対して連中の態度が大人しくなった、というのだ。
 
これを読んで、ふと思い出した。
 
五反田に「ヌキテパ」というフレンチレストランがある。オーナー、田辺氏は、この業界では有名なシェフで、「土」を使った料理など、異端の料理を出すことでも知られている。
田辺氏がシェフを志したのは35歳のときで、この業界ではかなり遅かったそうだ。それまでの前歴が、プロボクサーだったというのもまた極めて異色である。
フランス語もろくすっぽ話せないのに、紙の上に「仕事」とだけフランス語で書いて店々を回り、なんとか修行先を確保したそうだが、当然、アジアから来た変なやつ、ということで、人種差別やイジメが大変だったらしい。
 
ある日、職場にいた若い連中が、田辺氏に「勝負しよう」と挑んできた。ストレスがたまっているところだったから、まさに「飛んで火にいる夏の虫」である。田辺氏が「いいよ」と言うと、若い連中は一瞬ひるんだが、氏は「ひきょうもの」と、わざとあおってみせたという。田辺氏は、職場では、前職を隠していたのだ。
決闘の場所は、川べりであった。
言うまでもないが、これからあとは、もう田辺氏の独壇場であった。まず1人、小刻みなボディーブローをお見舞いしたあと、顔面フックを食らわせ、参ってきたところ、シメの蹴りを入れ、川の中に投げ込んだ。お次の1人も、同じように、難なく料理した。
次は誰だ?「カモン!」田辺氏は、残りの白人連中をにらんだ。すると、彼らは、全員、自分から川の中に入って行った、という。
次の日から、男どもの田辺氏を見る目が、すっかり変わった。
 
はあ~~~。
 
男という種族は、獣狩りをしていた大昔から、闘争本能が備わっているので、決闘を挑んだり、自分より腕力の強いやつ、喧嘩の強いやつにひれ伏したりするのは、洋の東西を問わないらしい。女は別に、ある女が自分より腕力が強いからといって、尊敬することはない。男ならではの、なかなか興味のある事実である。
 
ついでに書けば、日本人の男子は、海外では、体が小さくて馬鹿にされるので、空手か柔道でも身につけてから行ったほうがいいように思った。
2011/05/22

失礼なタケノコおじさん

これは、このおじさんを責めるべきなのか、お人よしの母を責めるべきなのか。
母のところに、タケノコが数本届いた。届けてくれたのは、昔、父が、団地内の庭仕事委員などで一緒に働き、父を慕ってくれた人で、父の死後も、時々母に物を持ってきたり、親切にしようとしてくれているらしい。
さて、この5月も20日を過ぎてから、このおじさんが「タケノコを届けてくれた」と母から聞いたので、悪い予感がしつつ、実家に行ってみた。果たして、もう「タケノコ」というよりは、ほとんど「タケ」になっている長いものが数本、ビニール袋に入っていた。
「言ったら悪いけど、こんなもの、よく持って来るねえ。パンダじゃないんだけど」
と私は嘆息した。母もまさか、料理しないで捨てるだろうと思っていた。
そうしたら、母は、せっせと皮をむき、食べられそうなところを探し当て、ゆでて、人参、椎茸とともに、しっかり煮物にしていた。鰹節もたっぷり使って、である。あ~あ。きちんと山椒の芽(木の芽)まで盛り付けている。
 

 
で、煮物の達人である母は、「せっかく煮たのだから」と、そのおじさんの携帯に電話をかけた。おすそわけをするためである。そうしたら、電話に出たおじさんは、
「ああ、あれ、ほとんど食べるところなかったでしょう?」
だって。
何だよ~、だったら何で持ってきたの?そんなに我が実家って貧乏に見えるのかなあ。
2011/05/22

5月21日に発生する世界的大地震でこの世が終わる、という予言(←バカ)

旦那からもらったネタだが、くだらないので、書かないつもりだった。
しかし、ついさっき7時6分に、関東地方で地震が(といっても、最大で震度4だが)発生したので、飛び起きてしまった。
ついでにブログを開き、UPしてしまう。
人間に地震予知など絶対不可能なので、単なるガセだが、ちょうど、米国時間の21日が日本時間だと今日なもので。
 

 
報道によると、この男は、NYはスタッテン島に住む、元NY交通局のエンジニアの、ロバート・フィッツパトリック(60歳)という。「Doomsday - Judgment Day May 21, 2011 (地球最後の日 5月21日 審判の日)」という本を書き、私財を投げうって、NYのバスや地下鉄のあちこちに広告を打っている、ちょっとオカシイおじさんらしい。
彼によると、5月21日の、NY時間でいけば午後6時くらいに、世界中を揺るがす史上最大の巨大地震が発生し、この世は、神に選ばれしごく少数を除き、週末を迎える、というのだ。
 
さっきこちらで地震が発生したときが、NYの5月21日の午後6時6分だ。
 
はははは。こんな本の宣伝に長年蓄えた私財をなげうってしまったおじさんもおじさんだけど、日本の関東地方の地震のあと、わざわざブログに載せる私も私だね。
 
追記
いま「関連」を見に行ったら、昨日、↓こんな話が出ていたんですね。