日本人よ、簡単に謝るクセをやめよ
昨日、後楽園の遊園地で、4人乗りのジェットコースターから、34歳の男性が転落死するという痛ましい事故が発生した。
これを受けて、後楽園では、責任者複数名が記者会見し、深々と頭を下げ、亡くなった方のご冥福を祈る言葉とともに、この事故に対する謝罪の言葉を口にした。
っとっとっと。待てよ。
私だったら、哀悼の意は表しても、謝罪はしない。
今回の原因がまだ調査中だからだ。
聞けば、今回亡くなった人は、大変大柄だったという。大柄だった、といえば聞こえは良いが、きっと太鼓腹の肥満者だったのであろう。ならば、普通の人なら問題なく使える固定器具が、しっかりしまらなかったに違いない。日本人には、超肥満体の人が少ないため、固定器具にはまらないほどの腹の持ち主を想定して器具を、しかも、子供がメインのターゲットである遊園地のために造ることは少ないだろう。しかし、例外のない原則は無いというとおり、まれにこういう例外が来て、悪いことに、バイトの子しかチェック係がいなかったという。普段はバイトの子の「目視」だけで十分足りていたので、バイトの子も慣れっこになっていて、あまり真剣にチェックせずに済んでいたのであろう。しかし、例外さんが来て、その「例外」と「慣れ」のお陰で、最悪の事故が発生してしまった。
さて、弁護士が腐るほどいるアメリカだったら、早速訴訟になっているところだ。なにしろ、後楽園は「謝罪した」のだから。「謝罪した」とは、つまり、後楽園が落ち度を認めて、賠償責任があることを公言したことだ。後楽園は、最近、ボルトが落下するなどの事故が続いていたから、気弱になっている面もあろう。
日本人は、かくも、たやすく謝罪する。謝罪すれば、とりあえず批判が和らぐか、許してもらえる、という効果や習慣が日本にはある。がしかし、そんなのは日本くらいだ。
西欧人や支那人が、いかに謝罪しないかは、ちょっと彼らと付き合うだけでわかる。ちなみに、アメリカ人は、日本人と逆に、ささいなことにはすぐ謝るので、町で肩がぶつかっても謝らない日本人をいぶかる。しかし日本人は、アメリカ人なら絶対に謝らず、訴訟に持ち込むようなことの方を簡単に謝ってしまう。
日本人がこんなにも謝罪好きで、また、人に謝罪をさせるのが好きだから、海外でも全く同様に、簡単に謝罪する人が後を絶たない。政府なんか、66年前のことを、いまだウジウジ謝っている。
また、この国には、謝罪をさせて、勝者のように溜飲を下げるのが大好きなマスコミがいる。謝罪会見を、鬼の首を取ったような顔で報道する。仮に、今回会見した後楽園側に、私のような考えを持つ人がいて、
「ことの原因が判明するまで、謝罪は控えます」
なんて言おうものなら、駆けつけたマスゴミがどれほどいきり立つか、容易に想像できる。
日本人に言いたい。重度かつ、調査中のものごとであれば、本質がはっきりするまで、謝罪させて喜ぶ(としか私には思えない)悪しき習慣は、やめようではないか。日本人のこの癖は、地球が狭くなった現代では、非常に損だからである。「やめる」のが無理でも、少し勉強し、相手により「使い分ける」必要がある。
私は、あの薬害エイズ問題で、原告団が、ミドリ十字(当時)の役員達に土下座をさせて溜飲を下げている(としか思えない)光景をテレビで見て、へどが出そうになったのを覚えている。人間は、強制された謝罪で、心から謝るわけも無いのに。
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