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2010/12/31

クワイとおせち

物心ついたときから、この「クワイ」という、芋に似た食感の野菜が大好きで仕方ない。
 

 
中華料理屋に入って、「五目ラーメン」「五目あんかけ」などを頼むと、具に、横に薄くスライスした、しゃりしゃりとした感触の野菜が混じっていることがあるが、あれは支那産の缶詰のクワイである。クワイは、安いものではないが、どんなに高くても国産を買う。いつもは埼玉県産を買うことが多かったが、今年は広島県産しか見つからなかったので、それを買った。
おせち料理にしか出てこないので、子供のころは、毎年、母が煮てくれるのが楽しみであった。
高校くらいから自分で煮るようになって、ウン十年経つ。
 
皮を丁寧にむき、水にさらす。
水にさらしながら、残ったこまかい皮を1個1個丁寧にむく。クワイの芽は、芋がら(ずいき)のような食感で非常に美味しいので、間違って芽を折ってしまわないよう慎重にむく。
 

 
むいたら、一度、湯で10分ほどゆでこぼす。
それから、だし、醤油、砂糖、みりんなどでゆっくり味を煮含める。
 

 
お煮しめも作る。わが家では、椎茸はしっかり濃い味をつけるので、椎茸は別に煮る。が、椎茸の戻し汁は煮しめにしっかり利用させていただく。あとで絹さやを彩りに飾る。今年は鶏肉を入れなかった。
 
 

 
それから、恒例の伊達巻も焼く。
 

 
これが卵液。はんぺんをすりつぶして卵と混ぜて漉し、味をつける。あと、「キューピー3分クッキング」で教わったのだが、マヨネーズを少量混ぜてある。こうするとなめらかに焼けるそうだ。
これを、年に1度しか使わない、18cm四方の伊達巻専用卵焼き器で焼く。
よい香りのするヒノキのフタは、あらかじめ、焦げないように、水に長時間ひたしておく。
 

 
下半分が焼けたら、左手に持ったヒノキのフタにすべらせ、ひっくりかえす。毎年緊張する。
かえしたら、軽く焼き目をつける。焼けたら、巻きすで巻き、輪ゴムで3箇所ほどしばってから、完全にさめるまで立てておく。
 
は~、ちょっと疲れたので休憩。
どうせもてあましてしまうのに、毎年毎年のこの作業。母が生きている限りは続くであろう。
煮物は、一晩たって完全に味がしみたあとでないと、できはわからないので、ちょっとこわい。
味付けもほぼ目分量なので。
母が死んだら、毎年どこか暖かい海外で過ごすつもり。
 
 
 
 
 
 
 
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2010/12/30

三吉橋 小嶋屋に行く

TB先のkanazawa sanetoki2004さんの記事に刺激されたので、横浜市南区は阪東橋徒歩10分にある「三吉橋 小嶋屋」に行ってきました。
 
店内は混み混みでした。まあ、待った待った、昼寝ができるくらいたっぷり待って、やっと出てきました。「三色蕎麦」です。
 
これが最初に出てきた「さらしな」。絹糸のようなしなやかさ。透き通るような美しさ。
 

 
さらしなを食べていたら、「もり」が出され、直後、「田舎」も出てきました。
田舎の太さには、ぶったまげました。
 

 
ね?手前の「もり」と比べてみたら、「田舎」の太さがわかるでしょう?うどんなみの太さでした。
「もり」を食べ、最後に「田舎」を食べましたが、まあ、「田舎」は、噛むとあごが疲れるほどの太さと腰でした。
こんな蕎麦は初めてで、驚きました。
 
最後には必ず蕎麦湯を飲む私。しかし!
 

 
この蕎麦湯ときたら、蕎麦をゆで続けたゆで湯の鍋の底からすくい取ったのかと思うほど、ドロドロ!蕎麦ちょこに注いだ瞬間、ぎょっとしました。ドロドロの蕎麦湯では、蕎麦湯ではありません。飲んで激しく後悔しました。
 
全体の印象は、蕎麦そのものは美味しかったけど、つゆが弱いなあ、と。
私としては、もうちょっと濃い目でないと、とりわけ、最後に出てくる田舎には物足りないことこの上ありません。
 
蕎麦湯の失態とつゆの弱さで、済みませんが、この店舗はNGとさせていただきました。
あ~、残念。でも、一年で一番忙しい時期に行ってしまったのがまずかったのかもね。
明日は、注文を受けておいた蕎麦をさばくので手一杯なため、店舗営業はしない、と店内に張り紙がありました。でしょうね。
 
ただ、名誉回復のために申し添えますと、天ぷらそばの天ぷらは、非常に美味しかったです。エビ2本、いんげん、なす、かぼちゃ、そしてヤングコーン。私はエビを1本おこぼれにあずかりました。
 

 
 
 
 
 
2010/12/29

歩くのが速い

以前、会社の同僚の男性に、
「桃実さん、歩くの速いですね」
と言われたことがある。会社を出た私の10メートルくらい後を歩いていたらしいのだが、私に追いつけなかったからだという。女性が前を歩いていればだいたい追いつくので、そう思ったと言う。ふむ。私はそんなに急ぎ足で歩いていたわけではないけど、面白い指摘だった。
 
速歩きといえば、ユーモア作家の群ようこさんが学生時代からそうだと書いてあった。彼女の場合、速歩きになったのは、理由がある。彼女は、足が短いので、同じ悩みをもつ学校の友達数名と「短足クラブ」なるものを結成した。それで、どうしたら短足をカバーできるかみんなで考えたところ、
「他人に短足だと悟られないうちに速く歩く」
という意見に落ち着き、それ以来、彼女は速く歩く癖がついたのだと言う。実際、早く歩いたところで、周囲には絶対ばれると思うけど、なかなか涙ぐましくも笑える話ではないか。
 
ところで、自慢するわけではないが、私は短足ではない。パンツを買うときも、ほとんど丈を詰めずにそのまま買えるので、店員さんに「まあ、お客様、足が長いですね」と見えすいたお世辞を言われるのも、内心ちょっとウレシイ。ところで、試しに旦那のジーンズをはいてみたところ、横幅はブカブカなのに、股下がぴったりだった。私より10cm以上背が高い外人なのに・・・・ ショックだった。
2010/12/28

「仕事納め」と「仕分けされたJAXA i」

今日でやっと、仕事納め。今月は本当によく働いた。
3ヶ月ほど前に、女性社員の多いわが社に珍しく、男性社員が私の部署に入ってきたのだが、まあ、これが、使えねえ、使えねえ。のろまで理解が鈍くて英語もヘタで、一体だれが採用したんだ!と、毎日ゆで蛸になりながら、私ともう一人の女性とで馬車馬のように仕事を片付けていた。あいつ、辞めずに来年も来たら怒るぞ。
 
ま、それはさておき、今年最後のオフィスランチは、タイ料理にした。
「今だけのスペシャルメニュー」というのに、「カキとほうれん草のタイ麺」というのがあったので、頼んでみた。
 

 
美味しかったけど、揚げたニンニクチップがかなり入っていた。ニンニクは好きだけど、まだ仕事中。
食後すぐヨーグルトを買って食べた。口臭消しになったかな。
 
仕事を終え、帰途に着く途中、ちょっと寄り道をした。寄った先は、東京駅前のビル、OAZOの2階にある「JAXA i」(ジャクサ アイ)だ。宇宙航空研究開発機構の広報宣伝センターのようなブースである。
今日をもって仕分けされてしまうので、記念に立ち寄ってみたのだ。
このビルは、旧国鉄本社の跡地に建てられたテナント兼オフィスビルであるが、東京駅のまん前と言う、日本の超一等地にある。
 
こうやって、丸善の前のエスカレーターを登ると、すぐ着く。
 

 
入り口は、こんな感じ。
 

 
宇宙服がお出迎えしてくれる。
 

 
私は、小学校の頃から、理科の天体とか地学が激しく苦手であった。月だの太陽だの、目で見える星ならばまだ許せるが、100メートルを過ぎると距離感がわからなくなる身に、○万光年などと言われても、まったくチンプンカンプンだった。とにかく、今思い出しても冷や汗が出るくらい苦手だった。
だから、わが国をはじめとし、世界各国が、気が遠くなるような巨額の税金をかけてまで、宇宙開発にいどむ必要性や意義は、とんとわからない。
しかし、7年間もかけて地球に帰還させることができる衛星を開発できるような人たちの頭脳は、国をあげて保護しなければならいことも確かである。
皮肉なことに、廃止が決まってからこの施設に人気が出始め、はやぶさが帰還してからは、もっともっと人気が増したという。しかし、年間1億円の経費をかけてまで、こんな超一等地のビジネス街に置いておく必要があるかと聞かれたら、Noだろう。
家族連れや子供を対象としているのだから、もうちょっと賃料の安い上野とか、幕張とか、はたまたDLの近くで浦安にでも置いたらどうだ。
 

私が行ったときもかなりの混雑でしたが、レンホーさんらに仕分けられました。さようなら。
2010/12/26

「南」と「下降」

英語ネタです。
先日、英語の記事を読んでいたら、
「It demolished the old stone and dug a hole for the new building's fundation
in 2006, but opted not to continue when the economy turned south.」
という一文を読んだ。
ん? Turn south?
文章の前後から、「景気が下降に転じたときに」とは分かったけれど、旦那に
「なんでturn southが『悪化する』『下降する』なの?」
と聞いたら、
「Because if you look at a map, south is usually at the bottom」
(だって、地図を開いたら、南は下でしょ)
と言う。
そりゃ、そうなんだけど。
私は「南」というと、暖かくて、北よりも、明るさと希望に満ちている感じがするのだが。「Go south」と言っても同様の意味になる。
 
京都に住んでいたときもそうだ。あそこの住所表示は日本で最も独特で、上京区、中京区、下京区はとくに道にすべて名前がついているから、「○○通り上ル(あがる)」と言えば北に行くこと、「下ル(さがる)」と言えば南に行くことだった。それで郵便が届く、日本で唯一の市である。
 
しかし、turn (go) northと言っても、景気が上向く、という意味はない。あくまでsouthだけである。ちょっとアンバランスではないか、と思った。
ま、私にとって、英語はまだまだわからんことだらけです、と思って書いた次第。
 
 
2010/12/25

Let it snow

昨日も書いたとおり、うちではクリスマスを祝わないのであるが、実家へ行ったら、玄関にこんなものが磁石で貼り付けられていた。

 
父が死んでしばらくたったころ、母が、家に居るだけなのもなんなので、何か老人のつどいのようなものがあるか、地元の区役所に尋ねたところ、毎週木曜日の午後に、区の施設で、老人(ほとんど老婆)が集まり、歌を歌ったり、クイズやゲームをやったり、と、たわいもない娯楽をするつどいを紹介された。これは、そこで教わったものだという。折り紙でつくったものだが、なかなかかわいらしいデキである。
 
しかし、前にも書いたのだけど、老人のつどいでは、とかくこんな風に「幼稚園」もどきの遊戯ばかりさせるのは、どうかと思う。そこまで知的レベルがおとろえているならまだしも、まだ痴呆にまで進んでいないようであれば、パソコンや携帯の使い方とか、麻雀などを教えたらどうだ。そのほうがよほどボケ防止になると思う。前にも書いたが、手軽なところでは、そろばんを勧めたい。私もたまにパチパチはじくことがあるが、これってすばらしい計算器具である。そろばんを習い始めたころ、これで小数点の割り算もできると知り、感動した覚えがある。
 
さて、クリスマスを祝わないと書いたけど、いま、これを書きながら、クリスマスソングを各種聴いている。フランク・シナトラの「Let it snow! Let it snow! Let it snow!」なんていいなあ。いま横浜は強風ながら、雪どころか日差しが結構強いけど。
 
改めてこの歌の歌詞をチェックしたら、この男は、恋人の家に遊びに行って、暖炉の前で二人温め合っているのだが、このあとでは一人家に帰らなければならないことになっていた。このころの男女は、気軽に泊まらなかったらしい。
      ♪ どうせ僕らはこれからどこに行くところもないんだから、
              雪よ降れ降れ、降るままに ♪
 
この歌詞はいい。
 
 
 
 
2010/12/24

曽野綾子さん「知られざるイエスの屈辱」

今朝の産経新聞一面に(iPhoneで読んでおります)出ていた記事の転載です。
 
うちの夫はユダヤ系なので、クリスマスを一切祝いません。
毎年、この時期になると、「頭が痛くなる」「中東あたりに逃げたくなる」と申します。
キリスト教徒のみなさんは、イエスがユダヤ人であり、当然、元はユダヤ教徒であったことはなぜか認識が薄く、仮に認識しているとしても、あえて無視しようとしているような気がいたします。あたかも彼が生まれつきキリスト教しか知らなかったかのような無視の仕方ですね。
 
さて、曽野さんの文章をそっくり転記させていただきます。
 
今夜はちょうどクリスマスイブ。私は町のざわめきに遠いわが家で過ごしているが、昔はカトリック教徒たちは断食してイエスの生涯の重荷を考える日だった。
クリスマスはイエス誕生の日だとされているが、実は多分12月25日ではないだろうという説が一般的である。天文学者や人文学者たちがそれぞれに学説を立ててはいるが、そのほとんどは12月25日ではない。しかし私のような素人は、それが何日であろうと、実際のイエスの生年が紀元前の何年であろうと、どうでもいいと思う。それよりイエスの生誕の背景は実際にどのようなものだったかが大切なのである。
私はカトリックの学校に育ったが、昔のカトリック教育がついぞきちんと教えなかったのは、イエスがユダヤ教徒だったという点である。イエスはユダヤ教を誠実に守り抜く意志を示しているが、同時に、信仰に生きた命を吹き込んだという点で、革命的な思想の持ち主であった。私が深く教えられなかった重大な点が告げるものは、マリアが許婚のヨセフと生活を共にしないうちに、天使のお告げによって懐胎した、ということである。その時から起こった深刻な社会的悲劇と差別をもろに受けたのがイエスの生涯だったということを、私は教えられなかった。
当時、結婚式を挙げる前に、許婚同士が同居することはよくあったというが、そのような事実のないうちにマリアが身ごもったので、それはマリアがヨセフを裏切って他の男と通じた結果ではないかと人々が疑っても仕方がないところがあった。
セム族の社会は、結婚までの女性の処女性を深く重んじたから、マリアがヨセフという未来の夫が決まっていながら、その人の子ではなさそうな子供を身ごもったとしたら、それはスキャンダル以上の危険なことであった。ヨセフが「マリアのことを表ざたにするのを望まず」マリアを「迎え入れ」なかったら、マリアは重大な社会的制裁をこうむっても仕方がない事件である。
しかしマリアは、ヨセフの庇護のもとに、世間的には二人の間の子供と思われる赤子を産んだ。ナザレという小さな、退屈極まりない村では、ちょっとした事件も簡単には人の口からも心からも消えるものではない。今なら、未婚の母は「新しい生き方でいいじゃないの」として受け入れられる。しかし当時、姦通罪は、石打ちの刑に処せられるほどの罪であった。だからいくらヨセフが庇っても、イエスはずっと「姦通の子」と疑われたまま成長した可能性は高い。それは現在の私たちには想像もできない屈辱で、イエスはその出自のゆえに、犬の子、豚の子以下の侮辱を受けて一生を暮らしたはずである。
その苦しみを、私は教会から全く教えられなかった。私は後年、歴史的なユダヤ教を、ラビたちの口伝を2世紀に集大成した『ミシュナ』から学び、さらに後年同じセム族の意識をもつアラブ社会の現実にも触れて、イエスの生涯の苦悩も現実的に見えるようになった。
日本人の見るクリスマスが、どれほど浮ついたものか。イエスの生涯は、十字架上の苦悩の死だけでなく、いわれのない屈辱を一身に背負って生きることだったのである。
 
 
 
2010/12/23

さかなクン、って

本日、首都圏は大変よい天気である。
今上陛下におかれては、77歳のお誕生日をお迎えになった。皇后陛下とともに、ますますのご健勝をお祈りするばかりである。
 
しかし、ご会見の一部をテレビで聞いて、ちょっと「クスッ」となったところがあった。
陛下は、ハゼを専門とする魚類学者でもあられるのだが、この度、山梨県の西湖で、絶滅したと思われるクニマスが発見されたことについて、
「東京海洋大学 客員准教授 さかなクン
との名前を読まれ、その業績をほめておられたところだ。
 

 
さかなクンは、テレビ東京の「TVチャンピオン」の「魚通選手権」で何度も優勝したところから世に出た青年であるが、たぶん、「宮沢ナニガシ」という本名があったはずだ。
しかし、もう、テレビ局も新聞も、すべて「さかなクン」で通している。NHKでは、「さかなクン」と呼んだことに、「呼び捨てにして失礼しました」のようなおばかなコメントを出したことがあったが、「さかなクンさん」ではサマにならぬ。
 
陛下に名前を呼ばれた当のさかなクンには大変名誉なことであろうが、陛下のお口から「さかなクン」という呼称がそのまま出たのが、なんとなくおかしかった。
 
 
 
2010/12/21

やめてほしい「ガキんこアップ写真付き年賀状」

世の中の「しきたり」や「義理」といったものを、つとめて欠く主義で生きている私は、年賀状を書かなくなって久しい。懸命に出したのは新婚1~2年目くらいである。どうしても出さなければならない数軒の例外は今もあるものの、さほど近しくもない先からは、年賀状をもらっても返事を出さず、あえて礼を欠いてきた。すると翌年からは来なくなるので、今、私あてに届くのは、先述の例外を除いては、銀行やら美容院のそれである。お年玉が当たっていなければ、すぐ捨てる。メールがある今は、わざわざ葉書を書く必然性が見あたらない。
ところで、年賀状で思い出した。世の中には、子供が産まれると、子供のどアップの年賀状を送ってくる夫婦が絶えない。私のような、子供に興味のない者からすると、口をあんぐりあけて呆れてしまう沙汰である。親は、我が子可愛さで狂乱しているのだろうが、よその子供など見ても別に何とも思わない。親にそっくりでブスな子の場合だと、気の毒にすら思うのだが、親バカ丸出しの目には、世界で一番可愛く写るようだ。親族間や、親しい友人に送るならまだしも、少し良識を働かせれば、ビジネス上の関係者らに、ガキんこアップを送るのは非常識だと分かるはずなのに、そんな判断能力すら失うほど、子を持つ親たちは狂ってしまうのだろうか。欲しくても子供を授からない人、または、授かった子供を失った人らにも、配慮を欠いた行為だ。
 
昔勤めていた会社で、ある年、顔も名前も知らない人から、突然ガキんこアップ年賀状をもらったことがある。個人情報のガードが固い今では考えられないが、昔は、社員名簿なるものを作って配布してくれたものである。それを使って手当たり次第出しまくったらしい。

私の昔の友人に、出産してからも、子供たちのことは、「長男 太郎 4歳、長女 花子 2歳」と、年齢だけを記して賀状をくれる人がいた。彼女自身も、ガキんこアップ年賀状を嫌っていたので、自分が出産した場合には気をつけようと誓っていたのである。こういう人を見るとほっとする。
2010/12/19

インドに学ぼう

実家ではアカヒ新聞をとっているのだが、こんな記事を見つけ、おもわず拍手喝采しそうになった。
 

 
[ニューデリー]16日に当地で行われたインドのシン首相と中国の温家宝(なぜかわざわざ「ウェンチアバオ」とカタカナでふりがながあった)の首脳会談をめぐり、17日付のインド各紙は、チベットや台湾を中国の一部とみなす「一つの中国」との文言を共同声明に盛り込むことをインド側が拒んだと報じた。一つの中国」は、中国が他国との首脳会談後に共同文書を作成する際、必ずと言っていいほど含まれる表現。インドも2008年のシン首相訪中時を含め、過去の文書では「一つの中国」を明記することに同意してきた。
タイムズ・オブ・インディア紙などによるとインド側は、パキスタンとの係争地カシミールに対するインドの主権を認める「一つのインド」政策に同意するよう主張。しかし、パキスタンと友好関係にある中国側がこれに難色を示したため、インド側も慣例を破って拒否したという。
カシミールをめぐっては、インドが全域の領有を主張し、パキスタンは住民投票による帰属決定を求めている。中国もカシミールの一部を実効支配している。昨年ごろから、中国側がカシミール出身のインド人に対して通常のビザ発給を拒否したり、パキスタン支配地域内でインフラ建設を支援したりし始めたため、インド側が強く反発していた。
 
へえ、そうなんだ。
支那は、こういう手を使って、「一つの中国」を他国に強制していたんだ。なるほどね。
私にとっては台湾は完全に支那とは別の国だけど、わが国で地図を買うと、支那の境界線は、台湾の東側に惹かれており、台北も「首都」とされてはいない。
インドも、カシミール問題があるから、そのしっぺ返しで、「一つの中国」とある共同声明に署名することを拒否したようだが、その態度や潔し。
日本も、共同声明の文書に「北方領土、竹島、尖閣諸島はわが日本固有の領土と認める」という一文を入れてサインさせたらどうだ・・・・と思ったが、支那を熱愛する民主党政権では絶対無理だ。むしろ「尖閣諸島は支那の領土です」という文書を自らつくりそうな気がする。ったく、しょーもない政権だ。誰だこんな政党に投票したバカ有権者は。
 
インドにも、階層や貧困の差など、国情は複雑であるが、わが国は、経済的にもっとインドとのつながりを深めるべきであろう。支那や半島だと、ことあるごとに、65年以上前のことを「脅迫状」代わりに持ち出しては、わが国をゆすり、難癖をつける。支那など、自国における反政府運動を一切認めていないから、その分のガス抜きとして、反日運動を黙認している有様である。こんな国と友好関係を持てるはずもないし、持つべきではない。内閣府が行った調査によると、「支那に親しみを持てない」と回答した人が77.8%に達したそうである。
 
前にも書いたが、わが国は、もっとインドとの友好関係を深めるべきである。
65年以上前のことをいつまでもねちねち言ってくる国とはやっていられない。幸い、インド国は、資源も人口も豊富で、英語もなんとか通じる。先日のレアアース事件をきっかけに、日本の各企業も支那以外の原産地を求めるようになってきたようだが、良い傾向である。