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2010/10/31

Halloweenなんて

うちの旦那はアメリカ人だけど、ユダヤ系なので、ハロウイーンなんて、生まれてこのかた祝ったことがない。
クリスマスだって、イースターの卵さがしだってやったことがない。
ユダヤ人の子供って、勉強ばっかりで、あまりこんな遊びごとがないのは可愛そうな気がする。
 
ものまねの上手な日本人は、その起源はどうであっても、海外の行事の表側だけ抜き取って日本に植え付けるのが巧みである。しかも、何かの売上と結託させる。
クリスマスは、製菓業者とチキン業者の一大セールスプロモーションになった。
バレンタインデーは、チョコレートメーカーが1年の総販売量の2~3割をさばくイベントに成長させた。
さて、ハロウイーンであるが、あの、オレンジ色ででっかいかぼちゃを売上げる八百屋のイベントにはしようがない。せめて、洋菓子メーカーが、かぼちゃを食材に利用したケーキ、クッキー、パイ、スコーンといったものを売る、といった程度か。東急ハンズには、ハロウイーン用コスチュームやグッズが売られているが、日本人にはいまいち低調である。
 
英語の「Trick or Treat?」という頭韻のゴロが素晴らしく良いのだ。
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞ」
では、まどろっこしくて聞いちゃいられない。
というわけで、ハロウイーンは、これ以上、日本に深く根付くことはないだろう。
日本のメーカー各社は、次は何の移入を狙っているのであろうか。
 
 
 
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2010/10/29

はんてん

ここ数日、急激に寒くなった。ついこの間まで暑い、暑いと言っていたのがウソのようだ。
さて、実家に行ったら、押入れから亡父の「はんてん」が出てきた。
形もきちんとしており、まだまだ使える。

 
 
持って帰って、旦那に着せることにした。
「これは、hantenといって、日本の冬の室内ガウンなんだよ」
と言って渡した。
そうしたら、予想外の反応が出た。
Is there any way to tie it closed with the sides overlapping? If I just tie the cords together.  It's loose and open in the front, and not as warm as it might be.」
だって!
要するに、前についている2本の紐を、ただ結ぶだけではなくて、普通のオーバーやコートのように、2つの前みごろ同士が前で重なり合わないの?その方が前が閉じられて暖かいでしょ?ということだ。
はあ~~~~。
何年一緒にいても、こういうガイジンならではの反応を見るのは、本当に面白い。
我々は、「はんてん」とはどのようなものかを知っているため、そういう着方に疑問を持たないけれど、ガイジンにとっては、前が完全に閉じなくては暖かくなさそう、というのが真っ先の感想だったのだ。
 
しかし、その後は、PCに向かっているときなど、好んで着るようになった。軽くて暖かくて脱ぎ着がしやすくて、気に入ったらしい。
2010/10/27

「新型うつ」について

数週間前だったか、NHKの「クローズアップ現代」で、これまでのうつ病の常識が通じない、いわゆる「新型うつ」の話題を取り上げていた。はっきり言って、むかっ腹が立った。
 
この「新型」がこれまでの「うつ」と大きく異なるのは、「仕事」になると「うつ症状」が生じるので仕事はできないけれど、自分の趣味とか好きなことはできるのだという。従って、これまでうつ病患者に投与していた抗うつ剤が効かないのだ。取材されていた若い男性「患者」は、出勤と休職を繰り返していた。しかし、自分の趣味であるバンド活動はできるのだと語っていた。
 
ざ~~けるな!病気なんかでは無い!
単なる未熟なガキのわがままだろうが!
 
NHKはこれを「新しい病気」として大真面目に取り上げていたのだが、私は画面に石をぶつけたくなる衝動を抑えるのに懸命だった。
この取材されていた若い男性は、上司にきつく注意を受けたことがきっかけでこの「新型うつ」になってしまったのだ、という。なんと情けない。サラリーマンだったら、誰でも怒られている。
 
怒られても、生計のために、しぶしぶでも、毎日会社に行くこと。
怒られても、仕事を習得し、そのうちなんとか見返してやること。
いやな仕事でも、我慢してやらなければいけないことが、世の中、たくさんあること。
続けていけば、そのうちなんとかなること。
 
そんなふうに諭してくれる親や大人が周囲にいないのであろうか。医者も、ただ薬を投与するだけでなく、そんなふうに言わないのであろうか。こういう人の親は、「いやなことだったら、我慢しなくてもいいのよ」と言ってわが子を育ててきたのであろうか。「軟弱」は、性格であって、精神病ではない。だから、抗うつ剤であろうと、何であろうと、どんな薬を飲ませたって治るわけが無いと思うのだ。こんな面々が、先々、「うつ病で働けない」とか言って生活保護を申請するのであろう。趣味や好きなことなら熱中できるそうだから、生活保護の申請だって、うんと熱心にやるであろう。
その昔、ソビエト連邦の憲法には、
「働かざるもの、食うべからず」
と、堂々書かれていた。今の日本国憲法第27条にも、はっきりそう書いたらどうなんだ。
だのに、左巻きが跋扈するようになった現代の日本では、働かない者、税金を納めない者らが堂々暮らせる手段があまりに充実している(注:心身の故障が重度で絶対に就労不可能な人、現役をリタイアした人、育児、介護中の人を除く)。それを保護しないと、また、新聞どもが「人権侵害」と騒いで市役所を責めたてる。
 
毎週水曜日、産経新聞に掲載される曽野綾子さんの随筆を楽しみにしているのであるが、今朝は、仕事の締め切りを守るというごく基本を教えこむため、昔だったら、普通に部下に飛ばしていた「仕事が終わるまでメシなんか食うな」とのハッパを今の軟弱な若者たちに言おうものなら、
「それは人権侵害です!」
とか、
「そんな残酷なことを、ボクは親にも言われたことがありません」
などという遺書を残して自殺しかねないという、嘘かまことかわからないような話を聞いて笑った、ということが書かれていた。それで、この「新型うつ」クンを思い出して書いた次第である。戦争も無い平和な時代に男女平等教育が徹底すると、オヤジ化する女の子と同じくらいの割合で、男の子は軟弱化する。そして、日本は、軟弱になった男の子でもまこと生きやすい時代となった。良いことなのか悪いことなのか、わからない。
 
2010/10/25

あれじゃ町村氏は「辛勝」

北教組の件で辞職した小林という女の議席をめぐり、昨日、北海道5区で選挙が行われた。事実上、自民党の町村氏と民主党の中前氏の一騎打ちであったが、投票町村氏125,636票対中前氏94,135票という結果では、町村氏の「楽勝」と呼ぶには程遠い。
私などが言うに及ばないけれど、町村氏は66歳、自民党のベテラン議員で知名度抜群。外務大臣、文部科学大臣の経験もある。これに対し、中前氏は38歳、国会議員経験がないことは勿論、知名度などまるでない。ただただ、「民主、若手」を売りに立候補しただけである。おまけに、小林が、教職員組合のスキャンダルで辞任しただけに、今回は、民主党が頼みとする労働組合も、目だった応援のできない雰囲気であった。さらにさらに、あの菅直人は、自分が行ったら却ってまずい、とわかっていたので、応援に行かなかった(菅は、こういったところの判断だけは冷静にできるのだな、なぜだろう?)。
それで、わずか3万票の差、である。いくら中前氏に社民党、国民新党、新党大地の推薦がついていたとしても、そんな3党の支援の力など誤差の範囲である。
 
政権を取ってから1年余り、これほどまでに、民主党の無能さ、バカさが露呈しているにもかかわらず、未だに、民主党に投票する有権者が、こんなにいるのだ。自民党が必ずしも良いというわけではないけれど、中前にいまだ94,135票も入るって、一体、どういうことなんだろう?町村氏および自民党は、もっと大差で簡単に勝てなかったことについて、町村氏の66歳という高めの年齢以外に、理由をきちんと分析しているのだろうか。
2010/10/24

LとR、長母音と短母音

ちょうど1年前にも書いたのだけど、
日本人は、英語のLとRの区別が付かないからって、あまり自虐的になり過ぎないほうがいいと思う。しいて気をつけて欲しいのは、election(選挙)のLをRで発音しないように、などで(お下劣ですみませんが)、あとは、もう度胸を決めて、間違いを恐れず、堂々話したほうがいいような気がする。「○○なまりの英語」っていうのは、世界的にあるのだから。
 
それに、発音しようと思えば発音できる、というのと、発音しようと思ってもできない、と言うのは、全く違う。
例えば、日本人にLとRの発音の仕方を教えればちゃんとできる。これに対し、中国語、韓国語は「濁音、半濁音、清音の区別がつかない」という世界的にもまれな言語であるが、とりわけ韓国語は、「リエゾンすれば濁音っぽくなるけれど、彼らはそれを濁音と認識して発音しているわけではないし、また、冒頭に濁音を持ってきても絶対発音できない」という不思議な性質をもつ。たとえば、先日行われた「郷ひろみの55歳GO GO ライブ」なんて、「こうひろみのこちゅこさい・・・」となる。韓国語話者には、言え、と言っても無理なのだ。
 
さて、英語についてであるが、長母音と短母音の区別がむずかしいようだ。と言うのも、彼らにとっては「長母音」と「短母音」という区別があるわけでなく、ストレスの強弱を付けているだけで、たまたま我々の耳には長母音に聞こえるだけらしい。私の夫がアメリカにいたときに趣味で通っていた日本語学校の教科書にも、わりと最初の方に、
「日本語は、長母音と短母音では言葉の意味が変わりますので注意してください」
と出ており、例として「主婦」「醜婦」、「主人」「囚人」などが出ていた。
以前、「皇室」を「個室、個室」と発音するアメリカ人をテレビで見たことがあったっけ。
 
さて、先日、私の勤務先に、スペイン常駐の日本人が出張に来て、食事をともにした。
彼女の話によれば、スペイン人も、長母音の発音が苦手なのだそうだ。
あるとき、スペイン人、彼女、アメリカ人との顔ぶれで、海に行ったら、そのスペイン人は、
「This is beautiful ビッチ」
と発音し、周囲を凍らせたという。
もちろん彼女は「beach」と発音したつもりだったのである。それがbitch(メス犬。女性に対する最大の侮蔑語)」となってしまっては、あわわわ、である。
 
とにかく、どんな言葉であっても、外国語の発音に不向きな要素はあるのだから、あんまり日本人は気にしすぎないほうがいいと思うのだ。
フランス語に詳しい私の知人は、以前、イタリアに行ったとき、イタリア語を見て、フランス語によく似ているので、
「あちらの人たちは、こんなにも似ている言葉を『外国語』として勉強しているのか。不公平だ」
と言った。本当にそうだと思う。
 
2010/10/23

上村松園展に行く、の巻

上村松園の名前は知らなくても、あの重要文化財に指定された「序の舞」という日本画を見たことがある人は多いであろう。9月29日から10月17日まで(すみません、もう終わってしまいました)これが展示されていたので、竹橋の東京国立近代美術館へ行ってきた。
 
 
立派な建物の入り口で、一瞬、 上村 とは関係ないことで、固まってしまった。
入り口に、こう書いてあったのである。
 
「本美術館は、石橋正二郎により建築され、寄贈されたものである
昭和44年」
 
うわ・・・・鳩ママの父上だ。つまり、あのぼんくら鳩ぽっぽの、お爺ちゃん。
美術館1棟をプレゼントするとは、昔の大経済人たるもの、こういった芸術方面への寄贈も惜しまなかったのだ。
 
 
孫である鳩ぽっぽも、不向きな政治などに首をつっこまず、ありあまるママのお金で、こういった財団を運営して、芸術方面などに寄贈していけば、人に感謝され、あんなにバカが丸出しにならずに済んだのに、と思った。このお爺さまも、孫のふがいなさに、草葉の陰で泣いておられるに違いない。
 
さて、肝心の序の舞。行ってよかったと思ったのは、この作品が、これほどまでに大きい画だと初めて知ったことである。縦はざっと見て3メートル近く、女性一人の身長をはるかにしのぐ大きさだったのだ。
 

 
この「序の舞」が展示される前は、「焔」という題の、光源氏を恋い慕うあまり、生霊になって葵の上に取り付いて殺した六条御息所を題材にした絵画が展示されていた。

 
ぱっと見では、幽霊画のような激しい絵画である。作者自身も、
「私がどうしてこのように激しい絵を描いたのか、自分でもわからない」
と述べていたそうだ。絵を描く人には、時として、自分以外の何かが乗り移る、ということかもしれない。
 
それにしても、 上村 という女流画家が存在したことは、ほとんど奇跡に近いと思う。
明治生まれの女性が、画壇に入るなどとは、当時の常識として、考えられなかった。ただひたすら嫁に行き子供を産むだけの存在だった当時の女子に、
「お好きなことならやりなさい」
と言って、女手一つで松園ともう一人の娘を育てた母。裕福な茶問屋の家柄で、経済的に問題なかったことも大いなる幸運だったが、つまり、この母のもとに産まれなければ、これほどまでの素質を持っていても、全く開花するチャンスもなしに終わったに違いなく、当然ながら、画壇に名を残すことも、こうして彼女の残した作品を今日我々が見ることもなかったわけである。子供は、誰の元に産まれ、どういう環境で育てられるかで、なんと人生が違ってくることか。
2010/10/21

横浜は今、おまわりさんだらけ

来月にAPEC会議の開催を控え、横浜は、警備がものものしくなってきた。
 
うちの近所の国道沿いにあるたて看板。

 
 
駅にはこんなポスターも貼ってある。
 

 
それで、横浜近辺の駅には、朝から晩までおまわりさんが歩き回っていたり、台の上に立って見張っていたりする。じゃまできないので、遠くから or 背後から撮った。
 
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
これらのおまわりさんたちの防弾チョッキを見ると、
「岐阜県警」
「秋田県警」
「青森県警」
「長野県警」
とある。のきなみ他県警察からの応援だ。神奈川県警だけでは到底手が回らないらしい。
ご苦労様です。
彼らを呼び寄せるだけで、膨大な税金が消費されている。
 
しかし、こんなに胸にはっきり「○○県警察」と書いてある非・地元民のおまわりさんに、道を聞いている人がときたまいる。
おいおい。
 
2010/10/20

支那とは所詮、そんな国

大阪府の橋下知事は、閉会式に誘われていた上海万博から、急遽、なんの理由の説明もなしに、招待をキャンセルされたことについて、
「中国のような人間にはなりたくない。中国との信頼関係はマイナス2万点だ」
と厳しくぶちきれたそうだ。
まさにおっしゃるとおりである。
 
今の政治家には、こんなふうに、公然と支那を批判できる人は、ほかに石原都知事くらいしかいないのではないか。与党民主党においては、こんな人など、探すことすら諦めている。官房長官など、支那ならば、漁船にまでおそるおそる敬語を使うほどのおろかしさである。
支那とは、所詮そんな程度の国なのだ。言論の自由も報道の自由もないし、政府の悪口を言えば投獄されるし。北朝鮮よりはちょっとマシ、という程度の国にすぎないのである。
 
毎週水曜日、産経新聞で読むのを楽しみにしているの曽野綾子さんの今日のエッセイを転記しておきたい。
 
抵抗の精神、今も失ったまま
「尖閣」問題がきっかけになって、という理由で中国各地にデモが起き、日本料理店や日本製の車などが襲われ破壊されている。官製デモだとも言われるが、いつ見ても愚かしさ丸出しの感情的表現だ。日本人も何かあるとこういう行為に出て、それが日本人というものだ、と世界に印象づけるようなことをしないように、他山の石としたい。
菅直人首相も仙谷由人官房長官も、前言無視、責任逃れの発言が多い、とマスコミはしきりにたたくが、そもそも中国に対してあってはならない尻尾の振り方をし続けたのは、日本のマスコミだったのである。
今から40年前、産経新聞と時事通信を除く日本のマスコミは、絶えず脅しを受けながら、特派員を受け入れてもらうために、完全に中国政府の意図を代弁する記事を書き続けた。朝日、毎日、読売などの全国紙、東京新聞他のブロック紙などは、中国批判はただの1行たりとも書かず、私たち筆者にも書くことを許さなかった。私が少しでも中国の言論弾圧に批判すれば、その原稿は私が内容表現を書き直さない限りボツになって紙面に載らなかった。
私の手元には亡くなった作家の杉本久英氏の書いた『中国見たまま』という1972年に文芸春秋から出版された本があるが、その中にほんの5行で、当時の日本の卑屈な空気を伝えた箇所がある。
 
「戦後ながい間、私は中国訪問から帰った人の口から、この国を賛美し、礼賛する言葉を聞かされた。たとえば、人民は希望に燃えているとか、国じゅうに建設の意欲がみなぎっているとか、町にはゴミが落ちていないとか、ハエが見当たらない、とか、泥棒がいないとか・・・
しかし、この国がいかに貧困か、いかに工業製品が少ないか、いかに開発がおくれているかについては、誰もいわなかった」
 
当時、日本の一般人までが中国へ行くと必ず「中国の子供たちの目は輝いていた」と書いた。
私にいわせればマスコミは正気で「発狂」していた。意図的に、権威と脅しの幻影に追従した。中国の近、現代史が、いかに多くの人民を殺害(粛清)し、言論を弾圧し、学問、移住、職業選択の自由を迫害したかにはふれなかった。今回のノーベル平和賞の受賞者に対する中国政府の姿勢を見れば今も同じだ。日中戦争で日本軍の犠牲になったという中国人の数を言われるたびに、私は中国共産党の粛清によって犠牲になった数千万人にのぼる膨大な中国人民の数を思うのである。
尖閣の小競り合いの結果を、今の民主党の政治的手腕の欠陥だというなら、マスコミも自社が書き続けた過去の無責任な、歯の浮くような中国礼賛の記事の責任を十分に取るべきだろう。マスコミは戦後一切の抵抗の精神を失い、今も部分的に失ったままなのである。
 
さすが、曽野さんだ。
そして、このような記事は朝、毎、読などは、掲載しないに違いない。
 
 
 
2010/10/18

私はパンダの名付け親!


 
支那は嫌いだが、ジャイアントパンダは好きだ。
しかしそのジャイアントパンダという稀有な種を持っていることを良いことに、法外なレンタル料金で諸外国に貸し付けている支那はやっぱり嫌いだ(なんのこっちゃ)。
 
それはそうと、パンダはやっぱりかわいいので、数年前、夫とともに、南紀白浜のアドベンチャーワールドに行ったことがある。ここには、当時、子育て上手で有名な梅梅という母さんパンダと永明という父さんパンダの間に、何匹も子パンダが産まれていたので、一度でいいから見に行きたかったのだ。繁殖しにくいパンダであっても、たまにこういう例外もあるらしい。が、残念ながら、梅梅は、ちょうど2年前に死んでしまった。
 
パンダ一家の面々は、ここに ↓
 
永明父さんは、その後、亡くなった梅梅の連れ子であった良浜(ラウヒン)と交配し、子供をもうけている。妻の連れ子に手をつけるとは、人間界ならば倫理上いかがなものかと思うが、とにかく、良浜は、この8月11日、二度目の双子を出産した。母親の梅梅に似て、多産系らしい。
 
で、名前の公募があった。実は、以前にも1度、双子パンダの名前に応募したことがあったのだが、かすりもしなかった。名前の下には「浜」を付けることが暗黙のルールになっているので、事実上、上の1文字をどうするか、というものだが、私が考えたものよりずっとダサい「愛浜」「明浜」という名前が選ばれたので、かちんとなってしまった。
 
で、今度も懲りずに応募した。
結果は・・・
 
 
オスが海浜でメスが陽浜。
じゃじゃ~ん!女の子の名前だけは当たったぞ!
やった!!
 
で、片方の名前だけ当たった人には、抽選で1000名にプレミアムカードをプレゼント、と書いてあったので、やきもきしながら待っていた。発送は10月15日までに行う、とあったが、ひょっとしたら同名の応募者多数で、選に漏れてしまったのかな~、と思っていた。
 
ところがどっこい、今日、来た。
 

 
上記ウェブサイトと同じ手紙が入っていて、それから、
 

 
キャッシュカードと同じサイズのこんなカードが入っていた。
「陽浜」名付け親証、ですって。へへへ。
私の名前もちゃんと印字してあった。
しかし、「お一人様1回まで、同伴者4名様まで」が、「2010年10月23日から2011年1月10日までの間」に、「1回のみ入園」できるのだそうだ。
 
とにかく、応募はしてみるものだ。
陽浜ちゃんも海浜ちゃんも、すくすく育ってね、とは言うものの、ここで産まれたパンダはみな、大きくなったら、支那に返却しなければならない契約なので(これまで4頭も支那へ送り出している)、白浜にいるのもそんなに長くないのだが。それを思うとまた腹が立ってきた。
 
 
2010/10/17

消しゴムと白熱球

今日の横浜、朝から曇りもようであった。
今日は、ある試験を受けに行ったのだが、その前に、実家に寄った。玄関を開け、電気をつけると、「プツ」っと音を立て(たかどうか100%自信が無いが)て、電球が切れてしまった。ありゃりゃ。
母が、物置から、買い置きの電球を持ってきたので、椅子にあがって取りつけてみたが、ワット数が小さくて、少々暗い。年を取ると、目が弱くなり、暗いところで転びやすくなるので、暗いのは厳禁だ。
「あとでもっと明るいのを買ってくるね」
と言い、その場を後にした。こんな不測の用事が発生したため、もっと早く到着するつもりだった試験会場には、私が着いたころには、すでに長蛇の列ができていた(泣)。
 
試験は、脳の老化測定代わりに受けているようなものだ。私が最年長かなと思ったけれど、結構熟年の人も来ていた。
さて、こういう試験のあるときには、当たり前であるが、前の晩から、一式をそろえておく。鉛筆数本、消しゴム、写真を貼った受験票、身分証明書が必須アイテムだ。さて、試験前20分くらいになって、なにげなしに、消しゴムで受験票の余白をごしごしこすってみた。
「このごろ、鉛筆なんか全然使わなくなったなあ。消しゴムだって滅多に出番が無いし」
などと思いつつ、消しゴムで字を消す、という感覚を改めて味わいたくなったのかもしれない。すると、驚いたことに、消しゴムのゴムの色がしっかり受験票についてしまうではないか。この消しゴムは何十年前のものか忘れたが、イチゴの形をしており、本体が赤いゴム、頭には緑色のゴムでできたヘタがついている。その赤い部分でこすると、赤色が紙についてしまうのである。げ!前の晩から準備、とか言いながら、ここまでチェックしていなかった。これでは解答を訂正したくても、赤色がマークシート用紙についてしまうではないか!私は、周到でいるようでいて、ときどき土壇場でこんなポカを発覚することがある。私は目を三角にして消しゴムの赤い部分をゴシゴシしつづけたが、どうしても赤い着色が止まらない。仕方ないので、ヘタの部分をかたどった緑色のゴムでこすってみると、緑色は落ちないようだった。いざとなったらこの部分で消すしかないか、と、トホホの気分になった。
やっぱり、消しゴムは、白いものがいいのだ。定番のトンボ鉛筆「MONO」が一番。しかし、こんな土壇場でそんなことを学んでも、何の役にもたたなかった。
 
試験が終わり、帰りはヨドバシカメラに寄った。時代が時代だけに、LED電球がズラーっと並んでいる。「10年持ちます」というのがうたい文句であるが、白熱球に比べ、20倍以上の価格である。すでに白熱球の生産を中止した電気メーカーもあるそうだ。
10年持つ、とかいううたい文句を見ると、母はこのごろ、
「私、そこまで生きているかしらね」
と言うのが口癖になってきている。ついこの間も、風呂を沸かすガス釜を取り替えたのだが、ガス屋さんが「10年くらいはもちますよ」と言ったときも、
「じゃ、私が生きている間は大丈夫ね」
と言った。10年後に誰が生きていて誰が死んでいるかは神のみぞ知ることだが、結局、ウン千円のLEDではなくて、137円の白熱球を買い、また実家へ行って取り付けたのであった。