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2010/09/30

コスト削減とはいうけれど

ビジネスに限らず、ものごとは、数値化して考えたり計ったりすることが大切なのは理解しているが、数値に表れないものも考慮に入れようとしないのは、どうかと思う。

私の勤務先では、今年の頭から、IT部門がアウトソースされてしまい、これまで私の部門をよく見てくれていたIT担当者2名が、真っ先に首を切られてしまった。彼らは、1年更新の契約社員なので、切られても文句は言えない立場ではあるが、他の契約社員たちが無事だったところを見ると、彼ら2名が最も高給取りだったようだ。
そのころ、社内のある飲み会に出たら、たまたまそのIT部門の責任者(アメリカ人)と同じテーブルになったので、これから先の不安を率直に伝えた。そうしたら、
「大丈夫。今度委託するベンダーは24時間対応だし、みんなもきっと『よかった』と言ってくれると思う」
と言い切った。

が、こんなのは途方もないウソだったことはほどなくわかった。
これまでは、PCのトラブルが起こると、社内のIT部門のサイトにアクション・リクエストを出せばほどなく来てくれたのだが、アウトソース後は、まず所定の番号に電話をするか所定のアドレスにメールをすることになった。メールではまどろっこしいので電話をすると、英語のアナウンスが流れ、まず言語の選択をする。日本語を選ぶと、マレーシアかインドネシアへ転送され、なんともたどたどしい日本語を話す若者が出てくる。
私のようなメカ音痴にとって、日本語で話せるのはありがたいのであるが、これまで何回かかけたけれど、ただの一度としてきちんと問題を解決してくれたことがない。あるときなど、Outlookの調子がおかしくなり、電話をした挙げ句、帰宅時間をはるかに超えて、延々修復につきあわされたが、結局、解決せず、翌日、日本のITに回された。翌朝、日本のITは、このトラブルをわずか5分で解決してくれた。
またあるときは、インドへ解決が回され、ときたま、「直ったと思うから使ってみてくれ」というが実際は直っていないメールが来たり、はたまた、インド英語まるだしで更なる問い合わせが入ったりしたが、リクエストしてから1ヵ月半も、誰も直せないままだった。あるとき、オフィス内を歩く日本のIT部門の人がいたので、たまりかねてヘルプを頼むと、
「じゃあ、このメルアドへリクエストをあげてください」
と、日本のIT部門のメルアドを教えてもらった。そこにリクエストを上げたら、ベンダーが1ヵ月半も何もできなかったトラブルが、たったの20~30分で修復された。私は、怒ったらいいのかあきれたらいいのか分からなかった。
 
怒ったついでに、あのアメリカ人のIT部門長に怒りのメールを出したが、当然、反応はなかった。
 
あとで人づてに聞いたのだが、あのアメリカ人IT部門長は、APAC(アジア太平洋地区)のファイナンスのVPとツーカーの仲だそうで、
「ぼくはIT部門のコストをこんなに削減した、削減した」
「よしよし、よくやった」
と誉め称えあう間柄なのだそうだ。
 
ぶぁっかやろ~~!ふざけんじゃない!
社員がこんなに困っているというのに!!
 
最近、支那人に怒りまくっているが、わが社のアメリカ人にも怒りまくっている。
 
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2010/09/29

無知無策丸出しの仙谷

毎週水曜日に、曽野綾子さんの連載コラムが産経新聞に掲載される。今日はなんて書いてあるかな、尖閣の話かな、と思いつつ、わくわくしながらiPhoneを開いたところ、期待どおりの名文を披露しておられた。
 
厳しい外交問題を収める傑物必要
沖縄・尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の余波で、日中間の民間交流があちこちで中止になっているという。両国の旅行代理店には気の毒だが、私は日本の若い人々が厳しい外交の世界を実感できていい教育だったと喜んでいる。個人でも国家でも、喧嘩せず理性的判断のもとにつきあうのは理想だ。しかし人間世界には次元の低い原則というものもある。その現実の姿を日本人は若者に教えていない。ケンカする場合、お互いに素手と分かっているならいきなり取っ組み合いをするかもしれない。しかし相手がピストルや日本刀を持っていたら、闘いを避けて逃げるものだ。
 中国はその基本原則をちゃんと利用している。今は国際世論というものがあるから暴走は一応は避けるだろうが、武力を持たない者、闘う気力のない者、弱い者と見れば、ケンカを続行して相手を倒す方が勝ちだという原則だ。ましてや与党の総理候補が、胡錦濤とのツーショットを撮りに北京まで百数十人も家の子郎党を引き連れていくような愚かで程度の悪い政治家のいる国に対しては、何をしても通ると思って当然だ。
 尖閣事件の余波は、この単純な人間世界共通のルールに従っている。中国にとって、政治力・気力・武力の劣る国はなめていいということだ。これはしかし決して中国だけの志向の形態ではないだろう。どこの国でも、主流となる考え方は、だいたいこんなものだ。中略 国の「品格」ではない。国の「力」を軽視すれば侵略される。平和的会合は別だとか、青少年の世界に政治を持ちこんではならない、というのは日本だけだろう。日本のゼネコンの社員が拘束されている間は、中国の船長にも留まって頂くのが当然だろう。
 子供から老人まで、皆国と運命を共にする。「国家と運命を共にしたくない」という人もいるだろうが、国に属さない人間というものが地球上に一人もいないところをみると、それはたぶん不可能だからだ。軽々に独立した国が経済的に立ち行かなくなる姿も、私たちは見てきたのだ。
 甘くない現実を見据えた上で平和的解決のできる強烈な個性の日本人が要る。国内法を「粛々」と守るだけでは到底平和の構築などできない。総理も閣僚も外務省も、どうして「粛々」などという奇妙な言葉を恥ずかしげも無く繰り返すのだろう。
 
素晴らしい。
 
今日、仙谷官房長官は、沖縄県・尖閣諸島付近での衝突事件を巡り、当初段階で中国側の対応を見誤ったことを認めたという。中国漁船の船長を除く乗員14人を13日に帰国させた際、仙谷氏は状況が改善するとの見通しを示したが、「中国側も理解してくれるだろうと判断していたが、(日中間の)司法過程の理解がまったく異なることを我々が習熟すべきだった」と語った。
 
とりあえず、自分の非と失態を認めた点はよしとしてやるが、東大出(いや、中退だけど)の弁護士とはいっても、政治家としては、かくもど素人だ、ということだ。支那が、日本と同じような司法制度を持っている国で、船長を解放すれば、おとなしく日本のいうことをウンウン理解してくれる国だ、と、小学生レベルのことを信じていたらしいのだ。こんな無知が官房長官だなどとは、恐れ入った話である。
支那にとって日本なんて、武力ももたぬアリンコ程度の認識だろう。ただ、このアリンコは、よく支那のものを買ってくれたり、支那に工場をつくって人を雇用してくれたりするものだから、よしなにしてやっているだけである。
なんでこんなど素人の官房長官と、役にもたたぬ総理をかかえる政党に、いまだ支持者がいるのか、皆目わからない。そして、この会見内容は、すべて支那にそのまんま伝えてしまうのが日本のメディアだ。これを聞いて、支那は「この仙谷という爺さん、バカじゃなかろうか」と苦笑しているに違いない。これでますます日本は軽んじられる。民主党は、政権についているだけで、日本の害であり恥なのである。
 
菅政権のぶざまさを見て、「汚沢が総理になった方がマシだった」という意見を言うヒトがいるらしいが、それこそ途方もない。菅は無能だが、汚沢は害悪である。汚沢による支那の奉り方は、わが国にとって、もっともっと国辱ものになるに違いない。
 
2010/09/27

むかし日本にあったはなし (20XX年作)

少しむかし、日本では、「じみんとう」というせいとうが、長いあいだせいじをおこなってきましたが、2009年になると、じみんとうや、しゃかいとう、みんしゃとうなど、いろんなせいとうをやめた人たちがよせあつまってできた「みんしゅとう」というせいとうが、じみんとうにかわってせいじをすることになりました。このとき、さいしょのそうりだいじんになったのが、はとやまゆきおというひとでした。ゆきおは、おじいさんもそうりだいじんをしたことがあり、東京大学というむずかしい学校をでていましたが、たいへんあたまがわるく、とんちんかんなことばかりいうので、こくみんにも、せかいのしゅのうにも、そして、かんじんのみんしゅとうのみんなにもきらわれてしまいました。なので、8ヵ月ちょっとだけで、そうりだいじんにをやめました。

やめたら、のうぎょうをやりたいなどといっていましたが、たのまれてもいないのに、つぎのえらい人をきめるせんきょのときに、こうほしゃのあいだにはいってはなしをしたりしていました。でも、それは、ゆきおがひとりでおもいこんでいただけで、ほんとうは、だれもよろこんでいなかったのです。
また、あるときは、ちゅうごくで、にほんじんのかいしゃいんが4人もこうそく(やくにんにつかまること)されるというじけんがおこりました。ゆきおは、
「ぼくはちゅうごくとはなしあいができるんだ」
といって、かってにちゅうごくにいってしまいました。そうしたら、ちゅうごくは、「しめしめ」とおもい、ゆきおもこうそくしてしまいました。ゆきおは、なんかいも
「ぼくははなしあいにきたのだ」
といいましたが、ちゅうごくのひとらは、だれもゆきおのいうことなどきいてくれませんでした。ゆきおは、つよいくちょうで
「ゆうあい、ゆうあい」
といいましたが、ますますむしされるだけでした。ゆきおは、なぜはなしあいができないのか、なぜゆうあうがつうじないのか、ぜんぜんわかりませんでした。

ちゅうごくのひとたちは、ゆきおの家がかねもちであることをよく知っていました。なので、ゆきおの家に、
「ゆきおをかえしてほしければ、ぜんざいさんをよこせ」
とおどしをかけました。ゆきおのおかあさんは、てもちの「かぶしき」というざいさんを売りはらって、1000おく円くらいのかねをつくり、ちゅうごくにさしだしました。でも、ちゅうごくは、うたがいぶかいので、
「もっとあるはずだ」
といいました。しかたがないので、ゆきおのつまやきょうだいたちは、家やたからものをうり、もう100おく円くらいつくり、ちゅうごくにおくりました。ちゅうごくは、ゆきおの家がいちもんなしになったことをかくにんしたので、ようのなくなったゆきおを、さっさと日本にかえしました。ゆきおのおかあさんは、「いしばし」というにほんのおおきな会社のむすめでした。ですが、「かぶしき」をいちどにぜんぶ売ってしまったので、「いしばし」のかぶしきのねだんが、大きくさがってしまいました。これを「ぼうらく」といいます。ぼうらくのせいと、そのころ日本をおそっていた「えんだか」「ふけいき」がかさなり、「いしばし」は、つぶれてしまったのです。
つぶれて、やすくなった「いしばし」は、ちゅうごくの会社に買われてしまいました。ゆきおは、にほんにかえってきましたが、おかねのないせいかつをおくったことがないので、どうやっていきていけばいいのか全然わかりませんでした。つまは、
「おかねのないあなたといっしょにいてもしかたがない」
といって、家をでていってしまいました。
ゆきおは、もとどおり、みんしゅとうにもどり、せいじのしごとをしようとおもいました。しかし、みんしゅとうのみんなは、まえにもまして、ゆきおにつめたくなったのです。でも、ゆきおは、
「これは、もっとがんばれといっているといういみだ」
とかんがえましたが、つぎのせんきょでは、おちてしまいました。ゆきおは、こんなにいっしょうけんめいがんばってしごとをしたのに、どうしておちたのかも、ぜんぜんわかりませんでした。
 
おしまい。

 
2010/09/26

「性善説国」日本と支那との距離

沖縄地検の「日中関係を考慮して中国人船長を釈放した」という発表は、完全に仙谷に言わされているだけである。検察庁は、ただ法律に則って犯罪者を起訴するか不起訴にするか決め、起訴したなら判決が下るまで公判を維持するのが仕事であって、六法のどこをみても「事件の背後にある国際関係を考慮すること」などとは書かれていない。あの発表をした那覇地検の鈴木亨次席検事は、今後中央に栄転するか、または急遽引退してヤメ検弁護士に鞍替えするかいずれかだろう。この人の今後の動向が気になる。表向き「地検の判断だ」と主張する仙谷に、口裏を合わせるよう強制されているからだ。
 
私の会社(米国系)に、数ヶ月前、支那支社から一人の女性が出張してきた。いきがかり上、もてなしをした。支那では酒タバコは18歳から合法、などという話をしていたら、私の部署の能天気ちゃんが、
「中国では選挙権は何歳からですか?」
と聞く。私はとっさに「まずい!」と思った。当の支那ちゃんは
Election, huh?
というそっけない反応。私は英語から日本語に切り替え、その能天気ちゃんにだけ、
「あちらは共産党一党独裁なんだから、日本みたいに国民による国政選挙ってのがないの!」
と言ってやった。支那と日本は、とにかく全く体制も何もかも違うのである。そういうところを改めて考え直すべきだ。日本人の中には、鳩山のように、性善説でお人よしよろしく「話せばわかる」とでも思っているヒトもいる。しかし、今回の事件で、支那とは話し合いができないことがよくよくわかったはずだ。あの国は、日本の弱みと政府の腰抜けを知りつくしており、あらゆるゆすり、おどし、いやがらせで簡単に屈服させることができるのを世界的に立証してしまった。日本が丸腰でなかったら、戦争になってもおかしくなかったはずだし、丸腰だから、支那が攻めてきたらもうひとたまりも無いのだということも、理解されなければならない。これでもまだ、民主党を支持する者がいたら、大バカである。竹島も対馬も尖閣も守る気がない政党をなぜ支持するのか、支持者に聞いてみたいものだ。
 
近い国とは仲良くできないことは金曜日に書いたけど、支那とは今後徐々に距離を置いてゆかねばならない。昨日の産経新聞によると、支那が輸出を停止してゆすりをかけてきたレアアースであるが、政府や産業界は、支那からの確保が難しくなってきていることを見越し、他国からの調達や代替技術開発の手を打っており、その点の影響は小さいそうだ。ほ。支那以外からの輸入となったら、輸送距離的にコスト増になるが、日本人は、その程度のコスト増は、防衛費の一環だと考え、喜んで払わなければならない。
ユニクロや百円ショップなどのMade in China製品も問題である。これまで工場生産をあまりに支那に頼りすぎてきた。H&Mはバングラデシュで縫製しているようだが、これらも支那以外のアジア諸国に分散していったほうがいい。支那製の食品はもともと危ないので私は食べないが、高くても国産品を買い、自分で調理しよう。私が今後関係を深めるべきと思っているのはインドである。65年前のことをぐだぐだ言う関係が無いし、頭の良い人が多い。タイやベトナムにも工場を移転したらどうだ。
 
それから、支那には旅行に行かないこと。カメラかビデオを下げているだけで逮捕されてもおかしくないし、人権擁護も法制度も未発達だから、何をされるかわかったものではない。日本の無能な政府が守ってくれないのは、火を見るよりあきらかである。
 
フジタの社員4名も、軍事施設かどうか境界がわからないところを歩いていて拘束されたらしいが、日中がこんな状態になっているときに、大のおとなたちがあまりにも無防備すぎる。日本人の無防備さ、用心の無さには、性善説でおひとよしの国民性が大いに関係しているが、この世界には、行っては駄目な場所があるということを、国が教えない以上、我々はもっと勉強して防備しなければならない。そういうことを国が考えること自体が「他国に失礼なこと」と思い込んでいる節がある点を、9月22日、産経新聞で毎週コラムを書いておられる曽野綾子さんも指摘し、批判しておられた。全く同感である。
 
2010/09/26

夢遊病鳩ぽっぽの、笑えるネタ

「私なら温家宝首相と腹割って話し合えた」鳩山氏が首相を批判
ですと。
 
みんなで笑いましょう。
あるいは、腰を抜かしましょう。
あるいは、あんぐり開いた口のあごがはずれてもどらないかも。
 
この人はどう見てもおビョーキですね。
どうせ「尖閣諸島海域は友愛の海」とか言うのが関の山でしょうけど。
こんなお花畑がこの間まで総理大臣だったなんて(トホホ)。
 
鳩よ、もう、うろちょろされるとじゃまだから、引退しなさい。
あんたの発言や行動に意味があると思っている国民は、誰もいないんだから。
 
 
 
 
2010/09/24

「近隣諸国との友好」自体が無理

例えば、海を挟んで隣同士の大国、フランスとイギリスの仲の悪さはつとに知られている。アメリカがイギリスからの独立を求めて戦争をした際など、フランスはわざわざアメリカに援軍まで送ったほどである。その後も、自由の女神をプレゼントするなど、まさに「敵の敵は味方」という言葉を絵に描いたようなさまを示している。インドとパキスタンも長年領土問題で流血の喧嘩を続けているし、アメリカとキューバ、イギリスとアイルランド、北朝鮮と韓国の一触即発関係も言うに及ばない。
 
要は、隣国は、基本的に、仲良くなれないのである。
 
逆に言えば、「日本とキューバの関係が冷え込む」とか、「日本とアイルランドの関係が急激に悪化する」などということはあり得ない。

日本と朝鮮半島、および、日本と支那の関係もその類である。もういい加減、「友好」などという言葉は考えるのは、鳩ぽっぽかアグネス・チャン以外、無駄だと思う気がしている。繰り返すが、近隣の国は基本的に仲が悪いのである。

民主党の腰抜けどもは、今回、またしても政権担当能力、外交能力の無さを露呈した。支那のヤクザまがいの騒ぎと脅しに簡単に負けて、船長を無罪放免しするらしい。それでは、世界中に、尖閣諸島はシナ領土なので、シナ船舶が侵入しても日本政府は何ら罪に問わない、ということを公言したに他ならない。何という無能、無策、魯鈍な政府であろう。今の民主党政権ならば、騒げば簡単に折れるのをよくよく見越した支那の「ヤクザ勝ち」作戦である。民主党政府は、これで今後、尖閣諸島が日本の領土だということをどう主張していくつもりなのか。

おまけに日本は丸腰である。年々軍事予算を増大していく支那とはえらい違いである。そこも支那は十二分に見越している。どうせ戦争もできない国じゃあ、赤子のようなものだ。http://blogs.yahoo.co.jp/mymomomi/35900102.htmlにも書いたけれど、戦後、武器を捨ててしまったことのどこが正しい行為だったのか、ますます理解に苦しんでいる。
 
今の日本で一番総理大臣にふさわしいのは、支那をヤクザだと的確に表現できる石原都知事かもしれない。
2010/09/22

げにすばらしき「大阪」

今日も2時過ぎにランチだった。はいった店のテレビに、インタビューに応じる村木厚子氏が出ておられた。
ご家族の話をしているところだけ見たのみだが、にこやかに答えておられたその陰で、1年半もの間、国によるでっち上げにまきこまれ、どれほど苦しんでこられたことか。仕事に復帰した彼女を、夫君が、
「これで専業主婦がいなくなったな」
と茶化して送り出したそうだ。ご夫婦ならではのブラックジョークである。ずっとキャリアウーマンとして過ごして来られたので、専業主婦生活も、彼女にとっては、休職による「望んで得たわけでない初めての副産物」であったはずだ。
しかし、大阪地検特捜部のなんという失態であろう。東京に比べて華やかな事件が少ないことで、名と功績を上げようという、要らぬ意気込みと見栄がそうさせたのか。人ひとりの人生をここまで犠牲にして。しかし、大阪、かぁ、ふむ。
 
橋下大阪府知事は、このたび、テレビ番組で出したコメントに対し、大阪弁護士会から懲戒を受け、弁護士業務の2ヶ月停止処分を受けた。しかし、その懲戒処分の内容が、発表前に報道機関に漏れたという。それについて、同知事は、
「道頓堀でケツを出すより下品だ」
と、大のおとな、しかも知事が使うとは思えないほどの汚い言葉を敢えて使って猛烈に大阪弁護士会を批判した。もっともな話である。秘密を守るのが何よりも必須である弁護士会およびその会員弁護士ですら、公表前にマスコミに漏らしてしまうこの軽率さ、情けなさ、お粗末さ。さすが、大阪である。
 
生活保護率ダントツ日本一の大阪。
 
学力が低い大阪。
 
たったの2人の老女のために、支那から来たばかりの大量移民48人に、「介護」名目で「定住者」ビザを出し、そして、いきなり生活保護を認定してしまう大阪。
 
げにすばらしき、大阪。
 
いっそのこと、日本から独立し、独立国家として、あの独特の言葉と文化で、独自の道を歩むが良い。
 
2日ともたないだろうけど。
 
大阪に生まれなくてよかった。
 
 
2010/09/21

夏の名残り

今朝、ニュースを見たら、東京はまた30度を超えると言っていたので、まるっきり真夏の格好で出勤した。毎日カジュアルデーな会社なので、きわめてラフな格好だ。
午前中は、急遽conference callに巻き込まれ、延々英語で話をし、開放された直後、その宿題をガシガシ仕上げ、やっと2時半に昼休みとなった。夏の名残を肌に記憶しておきたくて、わざと外に出た。
盛夏ほどの日差しの強さではなかったものの、確かに30度の気温だった。ほとんどむき出しの両腕が、ちょっと焼けたかな。この暑さが味わえるのも、今年はあと何回あろうか。
 
支那では、相変らず、SMAPのチケット販売を延期だの、日本の大学生1000人を上海万博に招待するのを中止するだのと、尖閣諸島がらみのあがき、ゆすりが続いている。
石原都知事は、
「中国はやくざと同じ。あんな国には頼まれても行かない」
と喝破した。
いいぞ。支那では、要人の交流を停止したそうだが、あんな民度の低い国には、行かなくてもいい。日本人は、民度が高いので、挑発されても乗らないし、へんなデモも起こさない。
 
 
同知事は、
「何で政府は実行処置をとらないのか。例えば日本の潜水艦が韓国や北鮮、中国の領海を侵犯したら爆雷を落とされる。何で日本はやらないのか。防衛省はアメリカとの防衛演習を尖閣でやればいい」
とも言う。
こういうことを言える人間が、今の政府与党には誰一人としていない。
もし、支那との間に戦争が勃発したら、与党の大臣らはなんと言うだろう。
 
菅首相「そのような事実が起こったら、何をすべきか、勉強します」
鳩ぽっぽ「友愛ですよ、友愛を大切に」
岡田幹事長「喜んで降伏し、かの国の属国になります」
北澤防衛大臣「私は、真っ先に国外へ逃亡します」
 
こんなところだろうな~、と、勝手に想像し、勝手にがっかりした残暑の一日であった。
 
 
 
 
 
 
2010/09/20

もし顔を見るのも嫌な人間が上司になったら


 
この本を見た瞬間、タイトルにひかれ、すぐ買ってしまった。
7月末のことである。
前から時々書いていた、あの嫌で嫌で仕方が無かった凶暴なオンナ上司が辞めると発表があったあとにもかかわらず、である。「辞める」というのだから、しいてこのような本を買う必要はなかったかも、と言われそうだが、それでも買ってしまった。私以外の人がどんなふうに対応しているのか、興味があったからだ。
 
会社は、いろんな人が働いているので、仲良しクラブではないし、相性の悪い人とも、我慢して働かなければならない。しかし、「みんなに満遍なく嫌われている上司」である場合は、相性うんぬんの問題ではなく、根本的に、会社側の採用ミスだと判断されるべきだと思う。そんな上司の下で働く人間こそいい迷惑である。
この著者の経験した「ひどい上司」の実例も相当なものだった。直談判するまで、散々悩み、首も覚悟したはずだ。しかし、「みんなに満遍なく嫌われている」場合と、単に相性の悪い場合の決定的な違いは、前者だと、周りが賛同し、後押ししてくれることだ。結局、この人の場合、ひどい上司を左遷させることに成功したという。しかし、私の勤務先のように、小さい会社だと、配転も左遷もさせる先が無い。ただただ辞めるのを待つだけである。あの凶暴なオンナ上司が辞めるか、我々がうつ病で休職するか、どちらが先か、の思いであった。
 
先日、日本振興銀行が破綻したとき、この著者が、代表取締役社長小畠晴喜として、頭を下げているシーンを見た。
社外取締役から、会社がいよいよまずくなってきたときに、代表取締役としてかり出されたわけだ。あの、山一證券の野沢正平社長が、涙ながらに謝罪会見していたよりは、はえぬき社員ではなかっただけに、謝るにしても、野沢氏ほど気はとがめなかっただろう、と勝手に思う。人間、他人のしたことは案外気楽に謝れるからである。
 
しかし、世の中にビジネス本はあまた出ているが、松下幸之助氏とか、本田宗一郎氏のような方々が書かれた本は、偉人すぎることと、それから、男性経営者としての視点によるので、読んでいて私のような平凡な女には、あまりぴんとくるところはない。女性がフルタイムで男性に伍して働く時代の経営者でないせいもあろう。その点、ユニクロの柳井正氏の本は、女性も経営陣であり労働者であるという視点で書かれているので、ウンウンとうなずきながら読んでいる。
 
2010/09/19

敬老の日

明日は敬老の日。
しかし、後期高齢者の母は、怒りまくっている。
「前は9月15日って決まっていたのに、ことしは何日なのよ。なんで毎年変わるの?」
という。尤もである。
月曜日にくっつければ3連休になる、というのは、サラリーマンなどの週休2日制の勤め人の見方に過ぎない。
当の祝福されるべき老人である母は、「わけがわからない」と、プンプンである。
 
アメリカみたいに、月曜日にくっつけだしたのは、いつからだったろう。
ちょっとネットを調べてみたら、「ハッピーマンデー制度」といって、2000年に「成人の日」と「体育の日」が、2004年に「海の日」(何これ?)と「敬老の日」が月曜日に移動したのだった。
 
戦後の体制を脱却し、日本もオリンピックを開催できる力を持つ国家であることを見事に示した東京オリンピック。それを記念して儲けられた10月10日の「体育の日」すら、単に10月の第2月曜日となり、その歴史的意義がぼやけてしまった。
月曜日にしてよさそう、あるいは、害がなさそうなのは、田舎に帰って着物を着る「成人の日」と、わけがわからぬ「海の日」くらいではないか。それ以外は固定した日にするべきだ。
にもかかわらず、日本国の文化を愚弄してやまない民主党は、ゴールデンウイークを日本各地で分散化させようなどという狂気の案を真面目に考えているらしい。あいつらには、単なる休日と、祝祭日の意味が全然わかっていないようだ。
そんな愚劣なことを考えるより、各企業や雇用主に対し、有給休暇の取得を社員に推進させてくれまいか、と思う。日本ではいまだ、有給休暇の取得率が先進国中ダントツの最下位で、「休みにくい」「上司が休まないので休めない」という日本的な背景から、有給休暇を捨てている社員があまた存在するのだ。小企業では難しいとは思うが、有給休暇取得率の低い企業は、企業名を公表するとか、課徴金を取るとかして欲しいものだ。わが国に、これほど国民の祝日が多いのも、社員に有給休暇を取らせない企業がたくさんあるため、国から強制的に休みを定めないと休めない社員が多いからだ、と聞いたこともある。実に本末転倒な話だ。
しかし、今の時代、PCやブラックベリーが発達したので、世界中、どこで休みを取っていても、メールが追いかけてくるようになってしまった。やれやれ、である。