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2009/11/30

叫ぶ韓国、冷静な日本

iPhoneで産経新聞を読んでいたら、今回起きた韓国の射撃場での火災事件にて観察された、日韓の国民性の違いについて韓国の数紙が触れている記事の引用があったので、おもしろいから転載してみたい。

韓国(や中国)は、葬儀の時、泣けば泣くほど良いとされているらしく、「泣き女」まで雇って泣き声をあげさせ、葬儀を盛り立てる習慣があるという。理性を尊び、人前で感情をあらわにすることをはしたないことと考える我々日本人には到底考えられない話だ。海をはさんだ隣の国とは信じられないほどの習慣の違いである。

さて、夕刊紙の文化日報の11月19日版「取材手帳」から。

「日本人遺族たちの節度ある哀悼」と題し、「犠牲になった日本人観光客の家族達の感情を抑えた対応振りが印象深く残った」としている。
「日本人遺族にとり、家族の身元確認と、愛する家族がどうして死にいたったのかという原因究明が何より重要なことに感じられた。補償問題は一切口にしなかった」ことに着目、韓国の事情と比較している。「事故が発生するたびに補償問題がすぐ起きて、金額でもめてきた韓国とはかなり違う姿だ。韓国政府と対策本部が補償問題を提起したのに、むしろ彼らは遺体を解剖しないで欲しいという要望を先にした」
さらに「集団行動を自省しようとする日本人遺族らの態度も印象的だった」とし、「韓国政府に何か伝えたい場合、釜山総領事館関係者など公式ルートで意見を伝えていた。1家族に1人の専属通訳がついていたにもかかわらず、個人的なコメントを出すことはほとんどなかった」と評価した。
「警察の捜査期間中、日本人遺族は韓国政府を表立って非難したことはなかった。言葉を慎んだし、号泣することもなかったし、韓国に対する露骨な敵意や要求も示さなかった」と、同様の事態における韓国人との違いをあげた。(後略)

東亜日報
「日本人犠牲者の遺族のつつましやかな哀悼」

(略)自己翌日に韓国に来た日本人遺族は感情を抑え、悲しみを心中に押しとどめた。血走った目で怒りあらわにする姿は見られず、涙ながらに訴える記者会見のようなものはなかった」とわが子の死にも冷静を保った遺族に日本人特有の姿を見出した。
「日本人遺族らのつつましやかな哀悼は、他人が見ている前で感情をあらわにすることをはばかる日本式祭礼文化と関係が深い」と指摘する。
「国ごとに文化の差はあるが、落ち着きの中で亡き人への礼儀を守る日本の祭礼文化は、円滑な事態収拾策を引き出す手助けとなる」と日本人の特性を評価した。

朝鮮日報
「声出して泣かない日本人」

(略)韓国では喪主など遺族に周囲が「声を出してなきなさい」と勧めるが、これがはそうすることが故人の魂を慰めることになると信じているからだ」が、日本人は葬式でもほとんど声を出して泣くようなことはしない。それは「自分の悲しみで他人に気遣いさせることを”迷惑”だと考え、悲しみを外に出さないことを美徳とする態度が背景にあるからだ」という。こうした好意的(?)な日本人論の一方で、韓国政府が日本人犠牲者に「いち早く謝ったのはいいことだ」としながら、「韓国人が日本で同じような事故に遭った場合、どうだろうか」とし、最後に、「日本の犠牲者たちは悲しみを怒りにつなげなかったけれど、日本総領事館を通じて自分達の要求はちゃんと貫いている」と冷静さを協調している。

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最後の朝鮮日報にイヤなコメントがあるのも、日本人遺族の態度があまりに立派で、民度の低い韓国では、到底このような冷静かつ大人の態度は取れないことを認めたくないから、日本人の立派な振舞いに対する嫉妬が出たのであろう。

作家の曽野綾子氏は、「文化は等価だ」とおっしゃる。つまり、遺族が死んで「哀号、哀号!」と張り裂けんばかりの声を大勢で上げて泣く文化も一つであるし、また、公衆の面前では、極力感情を押し殺して冷静な態度をとらなければ見苦しいと考える日本のそれもまた文化の一つであり、それら文化に価値の差はない。
が、どう見ても、韓国紙は、日本人遺族のすばらしい振舞い方に、嫉妬しながらも敬意を認めざるをえないようだ。このような理性的な行動や反応は、韓国内では到底お目にかかれるものではない。
韓国では、誰かが死ぬと、哀号、哀号と叫ぶ間もなく、まずもう「賠償金をよこせ!」を食って掛かるようだ。日本では、死者を大切に弔うことが第一であって、カネ云々は、もっとあとになってからひそやかに提起する話である。

文化は等価であるかもしれないが、民度や理性において、韓国はどうしても日本の足元にも及ばないことを、今回の日本人遺族の皆さんは、はからずも、民間大使として、立派に証明してきてくださった。心から敬意を表したい。

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2009/11/29

ASS KISSER

「Ass kisser」とは「ゴマすり、おべっか使い、こびへつらうヤツ、ご機嫌取り」と言ったような意味だが、「人のケツにキスすることもいとわない野郎」とダイレクトに訳したほうが気持ちがいい。
今週は本当に、会社のケツキス野郎にむかついてしまった。

このケツキス野郎は、ナリはでかいけれど内心はガキのアメリカ人である。一応私の直属上司にあたり、以前は同じ東京オフィスにいたが、その後転勤し、普段はシンガポールにいる。東京オフィスにいたときは、それほどでもなかったのに、APAC全体を見るようになってからは、露骨にケツキスぶりを見せるようになり、周囲を唖然とさせている。

話は一瞬それるが、私は、かつて、ゴマすりとは日本人の専売特許だと思っていたが、初めてアメリカ系企業で働き始めた遠い昔、アメリカ人のそれは日本人も真っ青なほどすさまじいものであることを知り、驚いた。まさに、ケツにキスどころか、なめろと言われたら靴の裏までなめるほどだ。出世のために、週末に上司の家へ行き、車を洗ったの犬の散歩をしたのと、涙ぐましいほどのゴマすりをしたという伝説には事欠かない。私が全くそういったことをしなかったため、その会社に入社してから2年ほど、アメリカ人上司と私はよく衝突した。彼は、なぜ私が彼にこびへつらわないのか全く理解できなかったらしい。さんざんもめにもめたが、結局、彼は肩書きほど能力もない変人だということがわかってきて、私が彼の仕事のできなさを頻繁に尻拭いするようになってから、彼も態度が軟化し、私に敬意を示すようになった。彼は結局、致命的な失敗を犯して逃げるようにアメリカに帰っていった。

話を元に戻す。そのケツキスは、アメリカ本社にも嫌われ(だからアジアに飛ばされたのかな)、東京オフィスでも評判がよろしくない。そのせいか、わずかに自分を好いてくれるAPACの少人数に対する肩入れが異常なのだ。
今週、オーストラリア支社から、
「○○大学との契約書、今月中に欲しいのだけれど、作成してくれないか」
と依頼があった。オーストラリアの契約書は、アメリカ本社で作っている。しかし、アメリカ本社は
「感謝祭で休みだし忙しいからだめ」
とむげに断ってしまった。それで、本社からケツキスに
「あんたの部下のところでやってくれないか」
と回ってきた。我々も手一杯だったし、アメリカ本社の「忙しいからダメ」という態度にもカチンときたので、一度は断ったのだが、ケツキスから
「やってやらないとお前ら殺すぞ」
並みの脅迫メールが来たので、渋々引き受けることになった。
しかし、その契約書は、背景が複雑で、過去の契約書を見てもこれまで提供していた製品の内容がさっぱり分からない。オーストラリアの営業担当は、いともたやすく
「●●製品を追加すれば済むだけだから、簡単でしょ」
などというが、現在提供している製品が何年から何年までのものかを特定してくれないと、契約書が書けない。しかも、追加する製品以外に10製品くらい利用しているようだ。詳細が分からないので、その営業担当に聞いたら、
「こちらもわからないわ」
と返答が返って来た。その顧客の営業担当なのに、現在提供している製品の年度も知らないで売ってくるといういい加減さにもぶったまげたが、このメールのやりとりを見たケツキス男が、
「Ms.**(注:この営業担当者の名前)にはコンタクトするな、負担だから。製品の提供年度はそっちで調べるか、インドのXX部に聞いて調べろ」
などと言う。自分の顧客の使用中の製品のこともわからないで営業しているという担当を叱るのが本筋だろうに、彼女に質問をした私を逆に「負担をかけるな」と叱ってきた。なんで彼女でなくインドにまでコンタクトしないとならないのか、ぶりぶりしながら、とりあえず、日本で調べられるところはPCを駆使して推測し、ダメ押しでインドにメールと電話をし、調べてもらった。来た回答はとんちんかんなところがあったが、それでもなんとかこちらで推測しながら、契約書らしいもの(注:当然だが全部英語)ができあがった。
しかし、これは本来米国本社で作成すべきもので、彼らでないとノウハウや背景は完全にわからないのである。感謝祭で忙しいという言い訳で作らされ、こちらのミスで責任を取らされたらたまったものではない。一応、できた書類をメールに添付したが、しかし、
「本件については、当方で100%内容を把握することが不可能なため、本書から生じるミスについて責任は負いかねます。ご了承ください」
と添え書きをしたら、30秒後にそのケツキス男から
「こんな失礼なことを書くな。謝れ」
というメールが来た。ばかめ、免責条項くらい書くのは契約書担当の常識だろうに。私は絶対に謝らなかった。
「ぼくが契約書の内容をチェックしてやるから、ぼくに送れ。Ms. **は最後まで絡ませないように」
という執拗な指示が来るので、ケツキスにそれを送ったら、まあ、犬か猫に見せるほうがまだマシでは?という、愚にもつかないようなコメントが返って来た。契約書のド素人に送るだけ無駄だったが、送らないとこれまた怒るだろうから仕方なかった。

あとで聞いたところ、このケツキスは、Ms. **が大好きなのだそうだ。自分が大好きな人、あるいは自分を好いてくれるわずかな人たちに対しては、それ以外の社員の10倍も100倍も優先順位をおかせ、熱意と手間を注がせてやまない。私は、契約書をリクエストしてくれた社員が誰であろうと、当たり前だが、仕事は絶対平等に取り扱う。優先も劣後もない。しかし、このケツキスは、好きな人にはこのくらい厚遇する反面、嫌いな人の仕事だと「やるな」「優先順位をもっとさげろ」「あまり時間をかけるな」と指示する。これまた露骨である。

今週は、こんなケツキスにかき回されて、本当に腹が立った。月曜日にメールをあけるのが億劫でたまらない。
しかも、多忙になる年末年始に、またケツキスが同様の騒ぎを起こしたらどうしようか、と、いやな予感がしてたまらない我々である。

2009/11/26

おもしろ写真 「おバカな公共工事」



アメリカ人の旦那からもらった写真です。
アメリカの某市のある交差点で、信号の取り付け工事をしたようです。
しかし・・・・ 
受注業者よ、出来上がり具合くらい、見ろよ。
2009/11/25

見苦しい鳩

「贈与」だと、贈与税を払っていないから脱税したことになってしまうので、まずい。
「政治資金」だと、年間一人につき150万円の枠を超えてしまうから、政治資金規正法違反になってしまう。これまたまずい。


だから、「貸付金」だって。ぶぶぶぶぶぶ(笑)!

シャレにもならん。貸付金なら、借用書でも書いたか。利息の取り決めはどうなっているのか。
「母子の間で、そんなことまでしない」
というのかな。だったら、そもそも、母子の間で「貸付」にするほうがもっと奇異だよ。
今後から、政治資金規正法にひっかかりそうな政治家の間で、「貸付金」という対処法が流行しそうだ。

ふっと思ったのだが、あの、兄と全然顔が似ていなくて、兄と仲が悪い、鳩弟は、どうして沈黙しているのだろう。兄の痛いところくらい、いくらでも突けそうだが、しかし、弟もママからお金をもらっているので、やぶへびになるから、何も言えないのかなあ。

しかし、ブリヂストンの娘って、お金あるんだなあ。息子にやる小遣いが億単位。うらやましいというか、あまりに非常識な世界というか。

2009/11/23

日本のThanksgiving Day (感謝祭)

アメリカの「感謝祭」に多少なりとも知識がある人はわが国にも多いが、私が
「日本にも昔から感謝祭ってあったのよ」
というと、大抵の人たちは「知らない」と言って驚く。それが、今日である。

といっても、かくいう私も、かの名作「日出処の天子」(山岸涼子作)によって知ったのが発端だった(まこと、日本の漫画は教育的でありがたい)。通常は「大嘗祭(おおなめさい)」というが、新しい大王(今の天皇)が即位した年に限っては「新嘗祭(にいなめさい)」というのだ、とあり、同作品中に、額田部女王(のちの推古女帝)が、厩戸王子(聖徳太子)の手紙により、大嘗祭を執り行うシーンが描かれていた。その年の収穫を祝う、という趣旨においては、アメリカでおこなう感謝祭と偶然ではあるが似ている。ただ、収穫を喜ぶという感覚は、世界中共通のものであろうから、日米のほかにも、数え切れない国々で、何らかの祭りをおこなっているに違いない。

昔、「祝日と休日はどう違うか知っているか?」と聞かれて、答えられなかったことがある。
その人の回答では、
「祝日は皇室に由来し、ずらせない日。休日はそれと違って、皇室に由来しないから、第○月曜日とかにずらしても差し支えない日」
という説明だった。

ちょっとひも解いてみよう。

固定してずらせない日
1月1日 これはほとんど世界中お休みである。皇室由来というわけではいと思う。
2月11日 建国記念日(紀元節。毎年賛成派と反対派が集会を開くけど、とにかく皇室由来)
3月23日ごろ 春分の日(1947年まで「春季皇霊祭」と呼ばれていた)
4月29日 昭和の日 (いうまでもないが昭和天皇のお誕生日)
5月3日 憲法記念日 (皇室由来ではないが、GWの中にあるので固定しているのであろう)
5月4日 みどりの日 (同上)
5月5日 子供の日 (おそらく、同上)
9月23日ごろ 秋分の日 (1947年まで「秋季皇霊祭」と呼ばれていた)
11月3日 文化の日 (しかし明治天皇のお誕生日。明治節)
11月23日 勤労感謝の日
12月23日 今上陛下のお誕生日

第○月曜日にずらせる日
1月15日ごろ 成人の日
7月20日ごろ 海の日(これってなんだろう?7月に祝祭日がないので設けられたとかいうが?)
9月15日ごろ 敬老の日
10月10日ごろ 体育の日 (東京オリンピック開催の記念日なのだから、固定しておけばいいのに)


Wikipediaによると、「新嘗祭」は、神道の考え方と結び付いていたため、占領軍が危険視し、アメリカの「Labor Day」と「Thanksgiving Day」をあわせた名前を考えだし、その結果「勤労感謝の日」となった、という。
しかし、そういった文化的、歴史的な背景をないがしろ、かつ、滅茶苦茶にされて、私は怒っているのだ。私だって「日出処の天子」を読まなかったら、我々の遠い先祖が、飛鳥時代の昔から、感謝祭をおこなう伝統文化を持っていたことなど、知らずに一生すごしていたかもしれない。アメリカの占領にあった時代は遠い昔。今、思い切って、祝日を昔の名前に戻してはどうか・・・・ と思ったけど、民主党政権では考えるだけでムダか。ため息が出た。

2009/11/22

おもしろ動画「Who says women can't park?」


「女が駐車できないなんて誰が言ったの?」
マツダのCMです。
2009/11/20

実弾射撃

私は、実弾射撃が好きである。

「大好き」というほどではないのだが、「結構」好きだ。日本ではできないし、なにか「怖いもの見たさ」「やってはいけないものをする」的な気持ちで、アメリカに行くと、旦那にときどき連れて行ってもらう。

最初に、宣誓書類にサインを求められる。書いてある内容は、武器である銃を取り扱う上で、あらかじめ了解しておかねばならない必要事項で、たとえば
「銃口をのぞきこまないこと」
「他人に銃を渡すときは、必ず一度置いてから手放すこと」
「銃には、常に弾がこめられているという前提で取り扱うこと」
といった指示が、当然だけど全部英語で書かれており、それを読んで「了解しました」との署名をし、ID確認用にパスポートナンバーも書く。それをお店の人がチェックすると、希望のサイズの銃、耳あてを貸してくれ、銃弾と紙の標的を好きな数だけ買い、射撃場へ向かう。自分の銃声だけでなく、隣のレーンで打っている人のもかなり響くので、耳あては必須だ。

しかし、銃を撃つと、あんなに反動が来るとは思ってもいなかった。的の中心を狙って打ったつもりでも、体が反り返ってしまい、「あれ、弾はどこ?」と探してしまう。銃弾ははるかかなた、あさっての方角に飛んで行ってしまうのだ。なんとか紙の的にあたるまで(中心ではなくとも、ぐるぐるの輪の中)、かなりの経験を要した。一番小さい銃を使っているのに、それでも女性の身にはかなり至難な武器である。女性には、人を殺すのがそもそも向いていないのかもな。
だから、刑事ドラマを見ていて、片手だけで犯人にむかって「パン、パーン」と撃ち、それで犯人にあたるって筋が、どうもうさんくさい。プロの警官だって、撃つ時は、両手で拳銃を持ち、両足で地面をふんばらないか?

今回、韓国の射撃場で、日本人が7人も犠牲になった。報道によると、消防車も入り込めないような細い路地で経営していたらしい。射撃場には、つねに火薬の処理の問題もあるから、火災が起こりやすいことを今になって初めて悟り、ちょっとぞっとした次第。

2009/11/18

「白子」とニュージーランド人


日本の冬の代表的な食べ物と言えば、「鍋料理」である。
自然のしくみは、驚愕するほど素晴らしく、寒くなってくると、白菜、ねぎ、大根などが甘みを増し、魚も脂肪を蓄えて、鍋の材料としてこの上ない選手たちがそろう。本当に季節の妙である。

本日は、シンガポール支社から、ニュージーランド人の某氏が来て、みんなで彼を囲んでランチを取った。場所はちょっとリッチな和食店である。
彼は和食に疎いらしく、スシくらいしか知らなかった。スキヤキも聞いたことがあるかどうか、という程度。たまたま「すき焼き定食」があったので、彼はそれを注文してみた。
小さい鍋に、すき焼きが盛られ、生卵、茶碗蒸し、刺身など、とりどりのおかずがお盆の上に乗ってきた。見るもあざやかな盛り付け方である。
しかし、彼はまず「この生卵はどうするの?」と聞いた。溶いて牛肉につけるのだと説明すると、
「生卵は嫌い」
と言って、よけてしまった。
すき焼きは結局彼の口に合わなかったらしく、すごくまずそうに食べていてもったいなかった。ご飯は、全然食べなかった。我々日本人からみると「ご飯なしにおかずだけを食べている図」なのだが。彼にはこれでいいらしい。
茶碗蒸しのフタをあけたら、上に、季節を先取りして、タラの「白子」が乗っていた。
もう白子の季節になったんだなあ・・・、と、思わず生唾が出そうになった。私は白子に目がない。冬の鍋物の季節になると、こんな美味なものが味わえるなんて、日本人でよかったあ~、と思った。すき焼き定食以外の物を頼んだその他大勢は、彼の白子のゆくえをじっと見た。
「これは何?」
とNZの彼は聞いた。「得体の知れない、薄気味悪い物体だ」と思っていることが表情からはっきり伺えた。
しらこ・・・・なんと訳したら良いのか、みんな言葉に詰まってしまったが、私はとりあえず、
「オスのタラの精子の入った袋です(male cod's sperm sack)」
と、知っている限りの単語を並べたら、彼は
「げ~!!」
という表情に変わった。ちょっと青ざめていた(説明しなければよかった。すまん)。

彼は当然、一口も食べようとしなかったので、中の一人が、
「これ食べてもいいですか?」
といって、白子だけ頂戴して食べてしまった。Good Job!

2009/11/17

ゴーマンなアメリカ

昨日のManaさんのコメントに触発されたから、というほどでもないが、長年アメリカ系企業で働いてきた経験から、アメリカという国、あるいは、アメリカ人とは、つくづく自己中、ゴーマンだと思っている。ちょっと悪口を書いてみよう(旦那は日本語で書いたブログなんて読めないからね)。

アメリカは、というか、アメリカ人は、というか、よくよく井戸の中の蛙である。

昨日、天皇皇后両陛下にお辞儀をしたことを批判した米メディアについてふれたが、王室も持たぬ200年余の新興国のせいか、王室・皇室に対する接触の仕方もよく知らないのであろう。お辞儀をしたって何ら自己卑下になることはないという文化も知らないばかりか、正しいお辞儀の方法を伝授する人間も、訪日前に伝授しておくべきだと考える人間も、オバマ大統領の周りには一人としていなかったらしい。お辞儀が問題になるならば、片方の膝を90度に折りながら握手をする拝謁スタイルでもよいだろう。故ダイアナ妃もこのスタイルで今上陛下に会われていた。

だいぶ昔に聞いた話だが、アメリカに、柔道をたしなむ若造がいた。しかし、彼は、対戦のたびに、相手に頭を下げるのが死ぬほど嫌いで、
「ぼくはキリスト教徒だから、お辞儀はしたくない」
という主張を、なんと「裁判所」に訴え、それについて勝訴を得た、という。
この男一人が勝訴判決を得たからといって、全米の柔道愛好家のルールや礼儀作法に影響を及ぼすわけではなかろうが、いやはやしかし、である。いくら訴訟狂いの国民とはいえ、お辞儀の意味が微塵もわからぬ大バカだ。私に言わせると、「それなら最初から柔道なんかやるな」である。

アメリカは、あまりに国が大きく、自国の中で充足しているせいか、英語以外を話そうとしないし、世界中でアメリカと同じように英語が通じてあたりまえだと思っている。英語が通じない国に来ると、自分が一言もその国の言葉を学ぼうとせずに「なんでこの国は英語が通じないんだ」などと叫ぶ。もとから自国の外には興味がないため、外国オンチは悲しいほどで、
「スペイン?それってメキシコにあるの?」
「あなた日本から来たの?それならあなた中国人ね」
などという地理オンチぶりを遺憾なく発揮する人が珍しくない。一生、アメリカの外に出ない人はゴロゴロいる。国民の7~8割くらいがパスポートを持っていないそうだ。
そして、度量衡は、あいかわらず世界中でこの国だけ「ヤードポンド」を愛用している、というか、世界ではメートル法が標準だということすら知らないし、興味もないらしい。

私の勤務先も米国系であるが、Global企業と銘打っていながら、彼らの井の中の蛙ぶりもまた、実に典型的である。彼らにとって「Global」というのは、つまり、世界中のすべてでアメリカのやり方が通用すること、なのだ。
あるとき、本社の弁護士(注:アメリカは日本ほど司法試験が難しくなく、弁護士の質もピンキリで、数も死ぬほど多い。企業法務部に勤める弁護士はほぼ「キリ」のクチ)から、いきなりバーっと添付ファイルが送られてきて、
「これを全代理店にサインさせて○月○日までに提出させよ」
という指示がついていた。なんだかわけがからない。添付されたファイルを読んでみると、

「私は、XXXX年XX月XX日米国連邦法・XXコードについて熟知しており、同コードに則って作成された貴社の本ガイドラインを読み、これにすべて同意いたします」

といった内容が、半端でない量の英文で書かれている。
「なに~これ?」
「私らだって米国連邦法・XXコードなんて言われたって全然わからないわ。だのにこれを代理店全部に配ってこのままサインさせよ、っていうわけ?」
「説明会のようなことしないの?」
「和訳はどうするの?」
といった意見、疑問が出された。それをそっくり米国本社に振ってみると、
「説明会は開かない。とにかく黙ってそれにサインさせること。和訳が必要だったら任せる」
とまあ、いかにも英語だけで世の中全てが解決できると思っているアメリカ人の反応が来た。
これが逆に、日本人から外国人に対する指示だったらどうであろう。
「XX法とはどういう内容の法律か」
「今なぜこれにサインさせることが必要か」
といった詳細な説明を時差に応じて何回も行うであろうし、言うまでもないが英訳をせずに配布することは絶対にありえない。
日本人の他者に対する思いやりのなんと深いことよ。

アメリカ人は、自己中なだけでなく、「受け取った人がどう思うか」といった細やかな配慮もなく、そして、一般的な人間は、結構バカかもしれない。

ついでに言えば、我々はこのゴーマンな指示を、まだ何もしないでほったらかしてある。

2009/11/16

「握手と同時にお辞儀」はおかしいと思う


アメリカのオバマ大統領が天皇皇后両陛下にお会いしたとき、握手をしながら、腰を90度に折ってお辞儀をした

握手なら、姿勢をまっすぐにしたまま、相手の目を見て、誠実に手を握る
お辞儀なら、お辞儀のみをし、決して握手はしないもの


と、私は思っていた。

日本人は、どうもまだ握手の習慣に慣れきっていないせいか、西洋人と挨拶する際、握手と同時にお辞儀をしてしまう人が多く、私は見るに耐えないのだが、今回、オバマ大統領までがそれをやるとは思わなかった。ちょっと不恰好だった。誰か出発前に、お辞儀の仕方をきちんと教えなかったのかな。

ところが、アメリカのメディアは、ここぞとばかりにお辞儀をしたオバマに批判の声をあげている、という。

ロサンゼルス・タイムズ紙は、現地時間11月14日付記事で、07年2月に当時のチェイニー副大統領が、天皇陛下におじきをせず握手で済ませた写真も掲載して比較した。そして、昭和天皇の時代に真珠湾攻撃があったことを指摘し、「大統領の行為に眉をひそめるアメリカ人もいるだろう」と揶揄した。サイト記事のコメント欄には、2000件ほどの書き込みが寄せられ、波紋を呼んでいる。

・・・・ったく、これだから、自国の外の文化に鈍で音痴なアメリカ人は困るのだ。
世界最古の王朝の長たる天皇陛下に拝謁するなら、ちょっとぎこちないにしても、日本流の挨拶をして当然だろうに。握手とお辞儀が同時はちょっと変だけど、お辞儀をしてどこがおかしいのだ。え?それでアメリカの品格が下がるとでも?

私のアメリカ人の夫も、長く日本に住んでいると、あちら流の、握手とかhugとかキスとかの挨拶が、あまり好きではなくなってきた、という。
「安易に相手の体に触れるのが、いやになってきた」
という。彼のおじぎは、私の目からするとまだまだぎこちないけど、でも、心がこもっていれば良し、としよう。