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2009/08/31

一夜あけて

一夜明けて、民主党政権のこの先を暗示(あるいは明示)するかのような大雨の肌寒い一日となった。
少しでも良いネタを思うことにしよう。

① 公明党の小選挙区の惨敗
小選挙区の公明党当選者がゼロというのは、久しぶりの明るいニュース。背水の陣をしいて、あえて比例区の名簿に載らずにいた代表の太田まで落選。ホホホ。
あのオヤジ、見るからに悪代官みたいなご面相で、テレビに出るたび不愉快だったし。今回の「民主、民主へ草木もなびく」状態では、党首といえども、創価学会票の組織力も広告塔の久本雅美の応援も及ばなかったということだ。○田●作先生は、今頃党幹部を呼び出してつるし上げ状態にしておられるのかな。


② 公明党と縁が切れる
自民は、これでやっと公明党と晴れて離婚できる。公明党は、所詮大木にしがみつかねば生きていけないセミ。

③ 鳩は逮捕されるのかな
「現職」の内閣総理大臣が逮捕、なんていったら、すさまじい衝撃。ワクワク。
それがきっかけで、烏合の衆である民主党はガタガタと崩壊するか、あるいは、小沢のオヤジが再登板するか。このオヤジは「鳩よ、本当だったらオレがお前の地位にいたのに、ゆずってやっただけなんだぞ」と、内心おもしろくないに違いない。その嫉妬心が、逆に、同じ党なのに「国策逮捕」を仕向けたりして。


ところで、横浜市長選挙は、案の定、林文子さんが当選した。
しかし、まったく無名の次点のヒトとは、3万5000票あまりしか差が開かなかった。林氏の知名度を考えると、楽勝とはいえない話である。
さて、経営者から政治家へ。どうなるかしらん。

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2009/08/30

選挙と老父

今日は選挙の日。父の病院に行く前、8時前に投票を済ませた。私の一票などゴマメの歯ぎしりにもならないが、民主党などに勝たせてはならんと思いつつ。横浜市長選の候補者らにもちょっと頭を抱えた。

今回初めて、最高裁の判事に対する国民審査に注視した。これまでは「いりません」と用紙をもらわないことすらあったのだが、初めて真剣に×をつけた。
外国人の母から非嫡出子として生まれた父親に生後認知された場合、日本国籍を得るためには父母の婚姻を要件としている現在の国籍法の規定を「法の下の平等」に反する、として、DNA検査も要求せずに、日本国籍を与えることという判決に賛成した複数裁判官に、である。

世の男性らには気の毒だが、法の世界には「父は常に推定でしかない」ということばがある。
巷のお父さんたちの中にも、ひょっとしたら、自分のタネではない子を「我が子」と信じ込んで養い続けているむきがおられるのではないか。「父」とは、腹に9ヵ月携える母とは違い、非常に簡単かつ、外部的な労力でなれてしまう。そのような訴訟の原告らは、往々にして東南アジア方面の女性たちで、経済的に恵まれていないのが普通だ。そういった女性たちに、認知を迫られれば、身に覚えがある男たちは、認めてしまうであろう。しかし、正式な妻でもない外国人女性にタネをまいて来て、婚姻もせず、ただ「身に覚えがある」やましさなどで、あるいは、最悪、脅迫や虚偽によるやもしれないが、日々の養育もしない認知で、やすやす国籍を認めて良いはずがない。東南アジアの人間が、どれほと日本国籍を欲しがっているのか、日本に入国するチャンスを狙っているのか、最高裁の裁判官らは思いが及ばないのであろうか。国籍法が、「生前」認知については日本国籍の付与を認めているのは、生前ならば、よほど身に覚えが確実にある父親によるものであると考えたのだろう。生後認知は、「産まれてみないと誰の子だかわかったものじゃない」というパターンが過半を占めているに違いない。であるから、それら子ども達には、DNA鑑定を義務づけてなんらおかしいことはないのに、国会議員の中にすら、千葉景子(民主党、弁護士)など反対する者がいるのも理解できない。やましくないなら、DNA鑑定を堂々受ければいい。この判決を受けて、中国では、認知ブローカーが沢山誕生したことだろう。
石平という、2年前に中国から日本に帰化した中国問題評論家がいる。今朝、iPhoneで産経新聞を読んでいたら、彼の言葉が一面に出ていた。いわく、
「日本のパスポートを持てて嬉しくてたまらない」
とのことだ。そりゃ、そうだろう。ましてや、自ら進んで帰化したのなら、なおさらそう思っていただきたい。その記事の中に、フィリピン人が海外に行くときは、
「一番いい服を着て、一番いい宝石を身に付けて、不法滞在するメイドに間違えられないようにしている」
という記述があったのは、さもありなんである。日本のパスポートなら、そのような疑いをかけられることはあるまいし、それほどのパスポートを持てる幸せを、当たり前すぎて実感できないのが私らのある種「不幸」かもしれない。
日本国籍を求めて提訴してきた母子らは、フィリピン人だ。彼女たちには、日本のパスポートがどれほどおいしく、うれしいか。日本に来て、生活保護などを申請したら、認知した父に支払い能力がなければ、税金で養われることになるのだし。
過去にも再三述べてきたが、移民とは常に、貧しい国から豊かな国に動くことを忘れてはならない。
すべての日本人男性にお願いだが、海外で、とりわけ日本より貧しい地域で、うかつにタネまきをしないでいただきたい。

選挙の話に戻る。
私は、父の成年後見を申請したとき、決定は、中間の「保佐」だろうと思っていたが、なんと、最も重度の「後見」が決まることになった。しかし、後見になると、選挙権まで剥奪される。共産党支持者である父は、「選挙権まで失うとは、人格の否定だ」と怒り、私は、裁判所あてに文書を提出し、「保佐」に落としてもらった経緯がある。しかし、そうまでして維持した選挙権を、行使することもあたわず、父は半分死んだ状態でベッドに横たわっている。

2009/08/29

こわれゆく父(10) シモも含めて介護する私

父の体を横向けにしたりする際に看護師を手伝うと、看護師さんに、「上手ですね」とほめられて多少嬉しい。NHKの「ためしてガッテン」の介護特集で見たまんまをやっているのだが、ここで慣れておけば、母のときにも役に立つかと思う。

しかし、父は、トイレに行こうとしたのか、夜、ベッドの柵を1つ取り払ってしまったそうで、昨日から、取り外せない柵に取り替えられていた。ということは、排泄は、尿器やおまるで取るか、あるいはおむつにするかのいずれかである。おむつは24時間はかせているが、少々かぶれも出ているようだ。しかし、これまでは、おむつだけつけていれば足りると思っていたのだが、実際はそれに加えて尿取りパッドを使うのだ。そうだな、尿の1回くらいでおむつを交換しては、不経済だし大変だ。尿取りパッドは、男性の場合、男性器をくるんで使う。私は、老父のそんな部分を見るのもいやだが、看護師さんがかいがいしく尿を吸ったパッドを取り代えてくださるのに自分がしないわけにもいかず、思い切ってシモの世話にも挑んでみた。
部屋には、使い捨てのゴム手袋がおいてあるから、素手ではないのだが、まず、父が「おしっこ」と言ったときには、体を左右に倒して、パジャマの下を下げ、おむつを脱がせ、パッドを取り、その、干しバナナのようにしなびたものをつまんで尿器にさしこみ、放尿させた。父のをつかんだなんて、生まれて初めてではないか。げ~。夫のは平気でさわれるのに、父のってどうしてこんなにキモイのであろう。そのあとは、トイレに尿を捨てて、尿器をトイレの横に設置してある洗浄場で洗い、ベッドわきに戻しておく。おむつ全体を取り替えるときは、さすがに看護師さんに手伝ってもらう。
まだ、おむつにするより、自力で排尿したいという意欲は多少なりとも残っているようだ。

あとは、洗濯と、それから、食事の世話もある。横浜市民病院は、病院食がなかなかおいしい。大勢のパートのおばさんたちが一生懸命作ってくださっているのだろうな。その食べさせ方も、ベッドに寝かせたままやっていたら、看護師さんから、「寝たまま食べては、誤嚥を起こして肺に行ってしまうおそれがある」と教わった。老人の誤嚥は肺炎に、ひいてはそれが原因で死亡につながる。ただでさえガンなのに、肺炎まで起こされてはたまったものではない。従って、電動ベッドで上半身を起こして食べさせるようにした。また、食事のトレイを目の前において本人の視覚に訴える方が、横からスプーンで差し出して食べさせるより数段食欲に訴えることもわかった。やはり人間、目で食べるからなあ。ただ、衰えているし、1日中眠っているせいもあり、1食あたり5分の1から10分の1くらいしか食べない。残してはせっかくの食事がもったいないので、母か私が食べてしまう。

最近は、男性看護師が増えてきて、父の担当の中にも、若い男性看護師が2名いる。どちらも小柄で優しそうで、それで、もうちょっと言うと、見るからに「カマ」っぽい。でも、もしカマだとしても、そういった細やかな特性が生かせるから、男性看護師は彼らに適した仕事と言えよう。女性の看護師にはむずかしい、腕力、体力仕事の場面では大いに役に立ってくれるはずだ。がんばれ、男性看護師。

2009/08/28

こわれゆく父(9) 腰をいためた(ouch!)

おととい、2年ほど前に母親を亡くした男友達に電話をかけ、心構えについてアドバイスを受けた。彼は、
「お父さん、心電図つけている?」
と聞いた。
「そう、なんか、ピップエレキバンの大きいのみたいのを、胸の上に貼り付けているの」
「あ~、それなら本当に最後ですね。その心電図計、室内に置いてありますか?」
「ううん、まだナースステーションの壁に表示されているんだけど」
「それが、室内に入ったらいよいよあと1、2日なんですよ」
「そうなの、へえ」
というような会話をした。とにかく、医者があと1か月と言ったら本当に当たるんだ、とも言っていた。

しかし、物心ついたときから父が嫌いだった私は、父にさわるのもどうしても億劫で仕方ない。母はその点、妻だから、父の面倒の見方も、話しかけ方も、さわりかたも、私とは格段に違う。
夫は、
「どうしてお父さんが嫌いなの?」
と聞く。考えてみれば、私が父になついていたのは本当に幼児だったころで、長じるにつれ、だんだん
「この人、家庭人として、親として、人間として、すごいズレている」
と思わせられる事実にばかり突き当たってきた。行動経済成長期に働き盛りだった父は、たいていの父親たちがそうであったように、なかなか家に帰ってくる時間がなかった。兄が東大に入って18歳で家を離れると、残った私と母は密着母子になっていった。母はよく父の悪口を私に言って聞かせ、それは現在に至るまでもほとんど変わることがない。で、夫によれば「それなら、お母さんが悪い」ということで、まあそれは当たっているかもしれない。しかし、父のズレまくりと無教養さにさんざん振り回され、被害を受けてきた身としては、やっといなくなってくれるのが安心である。母もこれから楽をしてほしい。

私は今週、ずっと腰痛に悩まされている。25日、検診に行かせるため、父をベッドから起こして立ち上がらせようとした。NHKの「ためしてガッテン」という番組で、人を立たせるときは、垂直に立てようとするのではなく、人間の体の自然な動作に従い、斜め45度くらい、つまり、私に近寄ってもたれてもらうのが良いと習ったので、それを言ってみたが、45度であろうとなかろうと、当人の脚力が無くなっているので、立つこと自体おぼつかなかった。それに、父がなんとか立とうとしたとき、父の頭が私の大きな胸を下からこすり上げた。「ギャ~」。私は思わず身の毛がよだちそうになった。もともと胸の大きいのが大嫌いな私のコンプレックスを直撃するようなアクシデントである(胸なんて小さくたっていいんですよ!)。親とは言え、異性の親の介護はどうしてもハードルがある。それに、10代のころから日ごろ寄り付きもしないで育った親である。いまさら触って介護して、というのが無性にきもい。
そして、立たせようと格闘した結果、私は腰痛になってしまった。以来、ずっと腰に湿布を貼り、体を
「く」の字にまげて、よぼよぼ歩いている。

2009/08/26

こわれゆく父(8)余命1か月

8月25日は、父の2週間に1回の定期健診の日だったが、父は、ここ1週間ほどで急に歩けなくなってしまった。
母が
「外来に行くのに、救急車を呼ぼうか」
と言ったが、私は
「救急患者でないのに、救急車を使うなって、あちこちで言われているでしょう?本当の死にそうな人に悪いからやめよう」
とさとし、なんとかかんとか3階から1階まで父をひっぱりおろした。実家は古い公団住宅で、5階建てなのにエレベーターがついていないという造りなのである。
タクシーで病院の前につけたら、すぐ車椅子に乗せた。乗せるのもまた一苦労であった。
父を診た医師は、父をはずさせたあと、こっそりと
「あと1か月、もたないかもしれませんねえ」
とうちあけた。私は、
「あんな状態じゃ、生かしておくほうが残酷ですから、苦しまないで終われるようにしてほしい。余計な延命治療はやめてほしいです」
と言い、医師も了解した。幸い、ベッドが一つあくので、次の日からそこへ入院させてもらえることになった。看取るためである。

さて、診察が終わり、タクシーで家に戻ったが、1階から3階まで上げたくとも、地べたにしゃがみこんで動かない。仕方ないので、今度こそ救急車を呼び、屈強な男性隊員4人に、上まで運んでいただいた。老人を上に持ち上げるためだけに呼んでしまって恐縮だが、本当にありがたい。いくらやせ衰えた老人でも、女の腕には重いことを悟った。

その夜、私は念のため実家に泊まった。すると、深夜に母から起こされた。父の脈拍が異常に速く、はあはあ息切れしている、というのである。起きて父を見た私は、また救急車を呼ばないとならないことを察した。未明の1時過ぎに到着し、いつもの病院へ運ばれた。

予定より9時間ほど早い入院となってしまった。一晩、救急外来に泊めていただき、今日、予定していた病棟に移った。しかし、いつもは6人部屋なのに、今度は個室である。いよいよ「最後のはなむけ」になってきた。今度この病院を出るときは、霊安室からなのだ。

トイレにも立てないし、尿器にもなかなかうまく排出できないので、オムツをはかせている。しかし、父のしなびたその部分を見るのは、身内であっても実にいやなものだ。実の娘でもこんなにいやなのに、嫁だったらどれほどか。その点は母はさくさくやるし、また、いうまでもないが、看護師さんらも、いやな作業だろうに、慣れた手つきでさささっと仕上げてしまう。さすがとしかいいようがない。

というわけで、しばらく仕事を休み休み、老父の見舞いに行く日々が続く。

しかし、人間、親を見送ると決まったら、その前に何をしておいたらいいのだろう?
遺影もあるし、葬儀もごく簡素にという指示を得ている。あとは、死亡により銀行口座を封鎖される前に、預金を移しておけとアドバイスした人がいた。それ以外、何をしたらいいのであろう。

2009/08/24

女と改姓

この前、アメリカに行ったとき、朝のニュース番組を見ていたら、1文字もつづりの違わない完全な同姓同名の若い男女、ケリー・なんとかさんたちが、めでたく婚約したので、生放送のスタジオに招かれていた。
司会者は、既婚の女性だったが、彼女が
「結婚しても姓を変えなくて済むのは楽よ~!銀行だって、免許証だって」
と言っていたので、あれまあ、アメリカ人でも日本人と同じことを言うものだな、と思った。

実は私は、大学時代から、選択性夫婦別姓論者である。つまり、同姓にしたい人はすればよいし、したくない人はしなくてもよい、という選択を夫婦に与えよ、と考える。わが国では、いまだに、とりわけ田舎の方では「嫁を取る」「家を継ぐ」「あととり」「婿養子」といった制度が色濃く残っているため、一人っ子同士、あるいは長男長女同士の結婚だと、「姓をどうするか」が支障となり、結婚までにもめるケースがあるのではないだろうか。別姓が可能になれば、そういった争いも防げるし、職業上の不便を避けるため、あるいは、姓が希少だとかの理由で、名前を変えたくない人たちの利益も考えてやるべきだ。

さて、私は、結婚しても姓を変えなかった。変えずにすんだ、というべきか。
日本人同士と違い、国際結婚だと、同姓か別姓かが選択できる。幸い、私の場合は、夫が、最初から
「あなたは姓を変えなくていいよ。僕の姓をあなたの名前につけたら聞いていておかしいよ」
という意見だったため、私の別姓論も何の支障も無く通った。神様ありがとう。

しかし、夫婦は家族としての単位を保つため、同姓にせよ、というのが日本国の民法の趣旨であるのに、国際結婚だとなぜ別姓が選べるか、というと、これも変な理由なのだ。法務省の説明だと「外国人の姓は『氏(うじ)』ではない」というのである。あまりに苦しくて滑稽ないいわけなのだが、法的には、「日本人のみょうじ」のことを「氏(うじ)」といい、外国人の姓はこの「氏」にあたらないから、だそうだ。

ま、いずれにしても、私は生まれたときから姓を変えたことはないし、これって考えてみれば、日本の男性の圧倒的多数の既婚男性と同じ状況なのだ。結婚したときに住所は変えたから、免許証、銀行などの住所変更もしたけれど、免許証の場合は裏面に新しい住所を書いてもらい、銀行の場合は店頭で住所変更の手続きをしただけでキャッシュカードもそのままだから、ラクなものであった。これが夫の姓を名乗る女性だったら、免許証もキャッシュカードも作りなおす、ってことになるのだな。
でも、オンナゴコロとしては、ちょっとだけミエというかビミョウなものがある。今は全く来なくなったけど、昔ときどき来た同窓会の通知などで「旧姓」の欄に何も書かないと、ちょっと説明が要ったりする。姓は変えていないけれど結婚しているのよ、という説明が、日本女性の場合はしにくい。

ヒラリー・クリントン国務長官は、結婚してもしばらく姓を変えなかった。それが結構アーカンソー州民には評判が悪かったらしく、その後彼女は旧姓Rodhamのあとに夫の姓を付けて名乗るようになった。アーカンソーのような田舎だと余計そうなのか、アメリカ人でも、女は夫の姓に変えるべきだと考える人は多いのだなあ。確かに、夫婦の名を紙面などに表示するときは、Bill and Hillary Clintonのように、姓を一つにしてしまう傾向もある。

アメリカでは、姓の変更の仕方にもいくつかあり、ひとつは完全に夫の姓だけにしてしまう方法、ひとつにはヒラリーさんのように旧姓をミドルネームのようにサンドイッチしてしまう方法、さらには、旧姓と結婚性をハイフンでつなげ、Rodham-Clintonのようにしてしまう方法である。複数の離婚した後、過去の夫たちの姓をつなげて、Jane Smith-Jones-Bushなどと名乗っているつわものもいるそうだ。

なお、私は結婚しても姓を変えなかったが、パスポートには、自分の姓の横に、カッコ書きで(XXXX)と夫の姓も書かれている。昔、パスポートを作りに行ったときに窓口の人に教えてもらい、以来、更新時にはその手法をとっている。結婚2年目に、夫とともにイギリスに行ったとき、入国管理の人に「二人の関係は」と聞かれ、夫が「夫婦だ」と言ったら、「姓が違うじゃないか」とコンサバな追及をされ、イギリス人でも夫婦は同じ姓を名乗ると思っているのだな、と思った。このときいろいろ尋問を受けたので、それを防げるかもしれないし、それから、夫が海外で「もしも」の目にあったとき、姓が異なると、相続とか遺体引き取りとかに弱冠手間取ることもありうると思い、夫の姓を書くことにした。補足すると、アメリカ大使館で、日本の戸籍謄本を英訳した婚姻証明書を作成してくれるので、いざというときにはそれも持っていく。

8月19日、国連の女性差別撤廃委員会は、日本政府に対し、夫婦別姓を認めていない民法の「差別規定」改正など「女性差別」の完全な撤廃に向け、早急な対策を求める勧告を発表したそうだが、これはなんとも「おせっかい」な話だ。国連の勧告など蚊に刺されたようなものだろうが、別姓を認めないのは「不便」であっても「差別」だろうか。最近はわずかながら女性の姓をえらぶ男も増えてきている。国連はもっと深刻な女性差別を平気でしている国に対して仕事をせよ。国連は、ヒマなのか。一体日本は年間いくら国連にカネを拠出しているんだ。

2009/08/23

林文子さん


今日、夕方5時ころ、横浜西口を歩いていたら、
「民主党推薦の、林文子候補本人が、ご挨拶に参りました」
という拡声器のアナウンスが聞こえてきた。かねがね尊敬していた林さんご本人の実物を見たことがなかったので、宣伝カーのあつ高島屋の前まで歩いていった。小柄で品の良さそうな女性であった。しかし、晩御飯のしたくがあるので、演説も何も聞けず、そそくさと家路を急いだ。

31歳の主婦が「女性は採用していない」と断られながらもめげずに飛び込んだホンダの自動車セールスの世界で、1日100件の飛び込みを続け、入社2ヶ月目からトップセールスを維持した凄腕営業ウーマンとして、そして、誉めて育てるという女性経営者として、尊敬していた。彼女の本「不思議なほど仕事がうまくいく もう一言の極意」も買って読んだ。

しかし・・・

政治家はちょっと違うんだよなあ。彼女はセールスウーマンであり、企業の経営者であったはずだ。民主党も、知名度をあてこんで立候補を打診したのだろうが、政治家としてはいかがなものだろうか。
「横浜市初の女性市長を!」
なんて、一緒に応援をしていた民主党の男性(たぶん市議会議員)が叫んでいたが、こういうフレーズは私、大嫌いである。「女性市長」だから良い、というわけではない。市長としての才能があるのであれば、男女は関係ないのであるが、「女性」だから「良い」ということでは絶対に、ない。

自動車業界を退いて、ダイエーの経営者にヘッドハントされたが、彼女が在籍した3年間、ダイエーに見るべき改善はなかった。その後、自動車業界に戻ったが、そこはわずか1年少々で辞めておられる。彼女ひとりの仕事で会社が上向くわけではないが、彼女の「神話」にかげりが出てきたのであろうか。

しかし、他の市長立候補者の顔ぶれを見ても、どうというウリもがない、どんぐりの面々ばかりで、367万人の人口をゆだねられるとは思われない。そんなわけで、今月30日には、衆議院議員選挙と横浜市長選挙で「誰に入れたらいいの」と悩む私である。

2009/08/23

(再)やっぱりおかしいアルクの「英辞郎」

7月4日に、アルクのオンライン辞書「英辞郎」が変だ、という話を書いた。
http://blogs.yahoo.co.jp/mymomomi/archive/2009/07/04

あのときに指摘した「不適切な例文」は、ぜ~んぜん変わっちゃいない。
ためしに
http://www.alc.co.jp/
の空欄に「お父さん」と入力してみたらいい。お父さんぼろくそで気の毒。

アルクが頼みとしている「ヤック企画」とは、よほど偏向した出版団体だとみえる。そしてこんな団体の「ひらがなタイムズ」など偏向出版物からの例文ばかり掲載するアルクはやっぱり異様だ。
(アルクの社長と面識があるとおっしゃっていた****さん、私の苦言をお伝えくださったでしょうか。できればもう一度お願いいたします。)

ところで、先日ふっと「(be) proud of」を引きたくなったので入力してみた。
このフレーズはとってもよく使う。シアトルに行くと、たまに
「どこから来たんですか」
と聞かれる。日本からです、と答えると
「イチローの国ですね」
なんて答えてくれる。私は嬉しくなって
「Yes, we are very proud of him!」(はい、彼は日本の誇りです)
なんて言ったりする。
さて、「proud of」と検索した結果は・・・
上から3つ目という、非常によく目に付くところに、

「proud of being a Chinese subject 《be》中国国民であることを誇りに思う」

なんていう文例が出てきた。

そこから下は、相変わらずわけのわからないヤック出版の文例ばかり並んでいるので、見ないことにした。
・・・しかし、不愉快な。
アルクの最多ユーザーは日本人なんだぞ。なぜ支那を持ち上げる例文をそんなに目に付くところに掲載するのだ。どうせ掲載する文章なら
「proud of being a Japanese national
と書き換えんかい!

2009/08/22

「で」という助詞

日本語を英語に訳すとき、助詞を訳すのにちょっと苦労をすることが多い。

今回、「宝くじで1万円あたったの」と、アメリカ人の旦那に言おうとして、
「I won 10,000 yen ( ) the Summer Jumbo Lottery」
の、「で」にあたる(   )の中をハタと考え、withかな?と思いつつ、辞書を引いた。
ところがどっこい、正解は「in」らしいのだ。はあ~、in、ねえ。全然ピンと来ない。
「で」というと、他にもいくつかある。たとえば「金づちで打つ」なんていう、材料や道具を表す「で」は、withでよく、
strike a nail with a hammer (金づちで釘を打つ)
などと言うが、英語に慣れない人だと「by」を使ってしまうかもしれない。
「By」は手段の「で」としてはよくなじまれていると思う。例えば
I go there by taxi (タクシーで行く)
I paid by credit card (クレジットカードで払った)
などだ。
しかし、初めて勉強して「はあ?」と思ったのが、原因の「で」である。
「父はガンで死にました」
という「で」だが、
My father died of cancer
と、「of」で言うのだ。こっちこそ「in」とか「with」のような気もするが、ofなのである。私はもう言い慣れたけれど、改めて考えるとちょっと不思議な前置詞である。

日本語の助詞を使い分けるのが外国人に至難であるとおり、英語の前置詞を使い分けるのも、これまた日本人には至難なのであった。

2009/08/21

ちいさな幸せ - 「1万円あたった」

私は、スルガ銀行の「ジャンボ宝くじつき定期預金」をしている。
今月か先月末、同銀行から送られてきたサマージャンボ3束を、本日、宝くじカウンターに持ち込んだところ、機械がいきなり、300円ではなくて、「10,000円」という数字を示した。


わぁ~い。

この定期預金を積んでからこれまで、末等以外ご縁がなかったが、今回初めてそれ以外が当たった。
当たり券の番号をみせてもらったら、

103728

というもの。末尾3桁728が5等なのであった。

この低金利の時代に、宝くじを銀行の費用で買って送ってくれて、しかも今回は1万円当たって、ありがたいこと、ありがたいこと。今日はいい夢を見よう、という小市民の私。