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2009/02/28

生活保護ニート


先日、PHP新書の「生活保護vsワーキングプア」という本を読み終わった。
著者は、某市役所で生活保護担当者をした方で、「生活保護110番」というサイトを運営している。

なぜ生活保護について知りたくなったかというと、まじめに働いて年金を受けるより、生活保護のほうが、支給額が大きいという矛盾があるからである。あの畠山鈴香被告も生活保護受給者だったが、車を持っているという。生活保護を受けながら車は持てるのかな、と思うが、車がないと買い物ひとつできない田舎だと許されるのかな。
もともとそういう人たちが集中している制度であるのは承知だが、病気で働けず、サポートしてくれる親兄弟もいない人って結構多そうだな、と思った。また、夫に暴力や飲酒癖があり、夫から逃げたい専業主婦には、自立できるまでのつなぎとして利用できるようにして欲しいと思うのはもちろんだが、その前にそういう夫から取れるべきものは完全に取って欲しいと思った。警察も、家庭内のことだと「民事不介入」でなかなか助けに来てくれない。夫が悪いのに、妻と子供が逃げ回らなければならないなんて、矛盾している。しかし、そういうDV夫を持つ妻たちが、なぜか子供3人4人などと子沢山なケースも散見するので、これまた不思議で仕方ない。

本を読んでのけぞったのは、「母子4代生活保護という母子家庭一家」がいるとか、「また妊娠したから産みたい。でも、行きずりの男の子供だから、父親が誰だかわからない」という若いバカ受給者がいることだ。1月6日に、常盤平団地でパチンコ中に3児を焼死させた23歳の若い母親がいたが、これと同じクチだろう。親も生活保護であれば、子供に、「努力して働いて、お給料で生活するのよ」とはしつけなくなるだろう。人間、一旦ラクを味わうと、なかなか抜け出せない。向上心がなければ、一生そのままでいたって、恥ずかしいとも何とも思わないはずだ。また、「軽いうつ病」という診断書を得ている男性は、週2回くらい職安に行き、「仕事ないんですよ」とうそぶきつつ(まじめに探していないだけ)、パチンコ屋の行列に並んでいるという。「軽いうつ病」でありながら働いている人はこの世に五万といるのに、この診断書がある限り、生活保護を取り上げることはできないのだそうだ。そんなバカな話があるかと怒り心頭だが、こういう人たちには、もとから働こうという希望が備わっていないのだそうだ。生活保護に慣れると、自立しようとする芽を摘み取る結果にもなる、と言うことだ。

本書を読んで思ったこと。

1.生活保護は、重病者の保護を除けば、あくまで「自立までの一時的な援助」である。それに反し、延々とそれに基づいて生活しているような様態はきびしく対処し、計画を立てさせ、自立を促すこと。

2.婚外の性行為の結果は、保護の対象外とすること。理想主義者の方々は「生まれてくる生命は平等、差別するな」なんて異議を唱えそうだが、無計画やふしだらの始末を税金でするなと言って何が悪いのか。子供は自分で育てられる人間以外、産むものじゃない。頭の発達がカラッポなのに、下半身ばかり発達しているバカは保護しなくて結構だし、そんなバカの遺伝子を継いだ子供が増えるより少子化のほうがずっとまし。

3.上と重複するところがあるが、生活保護受給中は新たな出産を控えること。

4.生活保護者のギャンブルを法律で禁止すること。納税者に対する最低の礼儀である。


しかし、昨今の受給者の急増により、ケースワーカーの負担が増大し、1ワーカーあたり80世帯を担当しているような状況という。ケースワーカーのほうが、うつ病を患う受給者よりよほど病人に見える例もあるそうだ。日ごろ公務員には風当たりがきついけど、こういう、みんなが嫌がりそうな仕事に従事している人たちもいることを我々は認識しなければならない。2005年には、発覚しただけで72億円(!)もの不正受給があったという。冗談ではない。これなら、もっとケースワーカーを増やしても、不正受給を摘発すれば、十分お釣りが来るだろう。

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2009/02/27

麻生いじめは止めよ

私は自民党を支持しているわけではないが、ここ最近の「麻生支持率急降下」「麻生おろし」等、一連の「麻生たたき」報道には苦々しく感じている。第一、麻生をおろしたって、次に総理になれそうなタマが思い当たらないこともあるが、一国の行政のトップがあまり短期間の間にコロコロ変わると、対外的な信用を損ねるという側面もある。実際、ここ数年の総理はまさにそうであったが、日本の政治がごたごたしているその間にBRICs各国は確実に台頭している。
試しに、「元内閣総理大臣」が現職の国会議員の中に何人いるのか数えてみた。

海部俊樹(1989-91)たなぼた 世襲なし
羽田孜(わずか2ヶ月 in 1994)2世
森喜朗(2000年4月から1年勤めたんだ。もっと短いと思った)世襲なし
小泉純一郎(2001年4月から5年以上。長かったですね)2世&3世
安倍晋三(2006年9月から1年)2世&3世
福田康夫(2007年9月から1年)2世

ひぇー、元総理が6人も現職の国会議員にいる。しかも、6人中4人が世襲。

人間、「だめだ、だめだ」「退陣だ」「支持率急降下」などとたたかれていては、本来できることも萎縮してできなくなってしまうのではないか。よほど強靭な人物でない限り、精神状態に異常をきたしてもおかしくない。そもそも、政治は総理大臣一人で行うものではない。有能な側近がいないのか、いても支えないのだとしたら、そちらのほうがよほど問題だと思う。とりあえず、今回、オバマさんに一番先に、中国より先に呼んでもらえて光栄ではないか。今のマスコミは、良い点があっても、ほめるということをしないのが一番の欠点だと思う。

麻生さんは、父親にウリふたつの鈴木善行の娘と結婚した(ホント、そっくりなの)。今はきっと、偉大だった爺さまの遺影に毎晩手を合わせて助けを請うているのではないか。爺さまのようになりたい、爺さまの名前を汚したくない、という一念が、今の彼をささえているのかもしれない。

(余談)いまさら言うまでもないが、政治家って世襲だらけだなあ。おやじさんが政治家だというだけで、その息子や娘も政治家の資質を持っているわけではないのに。小渕優子なんて少子化大臣は、自身の妊娠以外、何をしているのかさっぱり伝わってこない。彼女が父の弔い選挙で当選したときは、群馬県民を心底軽蔑したものだ。小泉も、自分の引退後の後継者に次男を指名したときは、こいつも世間並みの親バカなのだと悟った。親族に政治家がいない者が政治家を志すことなど、きわめて難しい時代になってしまった。

2009/02/26

お尻ふりふり「コアリズム」

私は、いろんなところでエレベーターに乗るとき、ちょっとした「賭け」をする癖がある。それは「自分がこの中で一番背が高い女性かどうか」である。私はたかだか162センチで、大きくない。だのに、結構「勝率」が高く、およそ8割くらい勝っている。害のない賭けに勝って「ウレシー」と思う反面、「こんなことでいいのだろうか、日本女性はもっと身長が高くなってくれなきゃ困る」と激しく思う。できれば、勝敗の確率が2割から3割くらいなら良い。

ところで、家族に馬鹿にされているのだが、最近、「コアリズム」に凝っている。
ある女性お笑いタレントが、これを続けて、ウエスト85センチから65センチへ見事な変身をとげたのを見たからだ(これは文句無くスゴい!)。私はスポーツをする習慣がないので、運動といえば、長距離歩くことか、ストレッチとか、NHKで見たスクワット+腕立て伏せなど、無料かつ簡単にできるものに限られている。このコアリズムも、DVDを買ったわけでなく、ネットで見たもののマネをしているだけなので、本当に正しいやり方とは言えないかもしれない。とにかく、ネットの動画のまねをして、腰を左右、前後に振りつづけるのである。数分続けると、結構体があたたかくなってくる。

私は太っていないから、ウエストを20センチ減らすというわけではなく、「50センチ代」にならないかなあ、と思っているのである。オンナというもの、体重は「50キロ」というより「49キロ」となると「おお~~!40キロ代!」と感動するし、ウエストも「60センチ」ではなくて「59センチ」となると「おお~~!細い!」という反応を示してしまう。冒頭の数字が1こ下がるというインパクトは大きいのだ。実は、昨日、いつものパンツをはいたら、ウエストが「するっ」という感じでラクにはけた。いーぞいーぞ、かんばるぞ。

2009/02/25

このまま「引きこもり皇后」は許されない

12月に次いで、再度皇室について書こうと思う。

東宮殿下は、2月23日に、49歳の誕生日を迎え、前日のうちに、誕生日に際しての記者会見が行われた。以下に記載する内容は、新聞で読んだ記事を基にしている。

東宮とは、本来こんなふうに、専ら受け身でいる存在なのかもしれないが、どこの誰より、東宮ご自身が真っ先に考え、先頭に立って行動しなければならない天皇陛下の公務負担の軽減を、いまだ、半ば他人事のような言葉で回答しているのを拝見し、改めてふがいない印象を受けた。

今上陛下は、既に75歳である。高齢者の仲間入りをされて、既に10年が経つ。だのに、今になっても
「陛下のご心労削減を願っておりますし、そのために私どもとしてできることは行ってまいりたい」
との回答をしていた。おいおい、「願う」「行ってまいりたい」どころではないだろう。一般の家庭であれば、もう何年も前に、
「父さん、もう70過ぎたんだから、引退していいよ。あとは俺たちがやるからさ」
と言って当然の年齢である。だのに、来年50になろうとしている男が、
「私は陛下にお休みいただけるよう、皇太子としてできる限りの職務代行に取り組んでおります」
ではなくて、
「(これから)行ってまいりたい」
と、未来形で答えたのである。今上陛下がガンをわずらっておられることや、あと余命が20年も30年もおありではないことすら理解しているのかどうか、疑いたくなる回答ぶりである。この人は、周りの誰かが自然に何とかしてくれるとでもお考えなのだろうか。
そして、今になってまた「時代に即した新しい公務」とはいかなる意味であったか、改めて抗弁をなさっていたが、聞き苦しい。もとより、公務や皇室のしきたりになじめずにいる東宮妃からのイニシアチブに基づく発言だったと私は推測しているが、東宮本人の心からの発言ではなかったものだから、陛下にも世間にきちんと伝わらず、それを何年もあとになってから補足するというのも、かなり情けない。

東宮妃については、「体調が良いとがんばりすぎる傾向がある」と述べていたが、これにも首をひねってしまった。どういうのが「がんばりすぎ」なのかというと、新年の一般参賀に全回おでましになったのがその例なのだそうだ。他の皇族方は毎年毎年ごく当然に全回お出ましになっているというのに。それに、東宮妃は、出たとしても、これまで、隣の常陸宮殿下や紀宮殿下とおしゃべりしながら手を振っているのを見た。手を振るならちゃんと参賀に訪れた客たちを見て手を振らないとは、40過ぎているというのに、はなはだ失礼ではないか。午前と午後、全回出るのが彼女にとってそんなに「がんばりすぎ」なのだったら、普通の公務など到底できるものではない。公務は、訪問する先の方々にも、膨大な準備や費用をかけさせるものだ。それがその当日になってドタキャンするようなら、最初からどこにも行かないと宣言していてもらったほうが、迎える側としてもよほど助かるに違いない。

両陛下がご高齢であることを考えると、いまのうちに東宮夫妻が継承しておかなければ絶え果ててしまうことが数限りなくあるはずだ。それについては、どう考えているのか、何をしているのか、さっぱり伝わってこない。東宮妃の「療養」も、すでに5年になる。一体治るのか、治らないのか。適応障害は、通常、半年ほどで治ると聞いたが、半年どころではない。「お医者様と相談し」というセリフを飽きるほど聞いたが、一体、進捗があるのかないのか。

東宮妃は、今上陛下崩御後、このまま「引きこもり皇后」になるつもりなのか。今日、秋篠宮妃殿下が、日本学士院の名誉総裁に就任されたというニュースをみた。いくら実体のない名誉職であるとはいえ、東宮妃にこのような依頼が来たとかいう話は、とんと聞いたことがない。世間の目も、秋篠宮妃を実態的に次期皇后として捉えている、ということか。それならそれで結構。あとは東宮妃を、嫌いでなじめない環境に無理無理とじこめず、早く離婚してさしあげればよろしい。それがおいやなら、東宮の地位を辞して、家族そろってひっそりとお暮らしになり、秋篠宮家のサポートに徹するのがよろしいように思う。

2009/02/24

筆記体を教えていない?

先日、たまたまネットのQ&Aコーナーを見ていたら、のけぞるような質問が出ていた。
「中学の英語の時間で、筆記体の書き方を教えていたのは、いつごろまででしょう」
というQだったのだ。あわててそのQ&AのAを読んだら、ちょうど、1980年以降に生まれた者が中学生になったときから、中学校の英語の時間に筆記体を教えることが必須でなくなった、ということだった。必須でなくなったということは、これだけ「ゆとり」を叫び「授業内容」を薄くしている時代なので、ほぼ、「教えなくなった」と同義となる。

私などは、英語で職を得ている人間なので、こういうニュースを聞くと、失神しそうになると同時に、こんな中身の薄い子供たちを量産して、国は、文部科学省は、一体全体何を考えているんだ?と、怒りのやり場がなくて仕方ないのである。

もちろん、これは英語の筆記体だけの問題でなく、国語や算数などほかの科目でも、昔なら必ず教えていたもろもろのことが、どんどん高学年に繰り上がったり、必須から削除されたりしているに違いないのだ。

私が中学校のころには、筆記体を習うと、いかにも英語を習っているっぽい、確実に小学校で教わっていないことを習得した喜びすら感じたし、自分の名前を筆記体で書いて、「誰の筆記体が一番かっこいいかコンテスト」などをして楽しんだものだ。1980年以降に生まれた子供たちは、そんなことも知らないで高校生、大学生になるのか。果たして、高校では、筆記体も知らない生徒たちに、いちいち活字体で英語を教えているのだろうか。こういう子たちが、そのまま英語圏に留学したらどうするつもりなんだろうか。筆記体ひとつのことで話を誇張するのもなんだが、日本の将来を考えると、ますます気が遠くなる私である。

2009/02/23

方言が嫌い、だけど例外あり

8月4日にも述べたが、私は、子供のころの経験がアダとなって、方言が嫌いである。

母の出身地である秋田の言葉が嫌いになった背景はその中ですでに述べたので再び書くことはしないが、父の新潟弁にも困った。前にも書いたが、新潟弁は「い」と「え」を100%逆に発音するのである。なので、ときに「なに、それ?」ということはあったけれど、言葉の発音自体が訛っていたわけではなかったから、会話することはできた。しかし、かの地の方言では、「成長した」ということを「太った」と言うのである。
久しぶりに訪問した小学生の私を見て、父方の親戚の人々は、
「おお、太ったねえ」
と言い放った。幼かった私は、
「みんな、なんてひどいことを言うのだろう」
と傷つき、物陰で一人しくしく泣いた。一人しくしく泣いているのを見咎めた母が、また、
「何でこんなところで、みんなと一緒に交わらないで、一人泣いているのっ!」
と叱り飛ばしたので、私は踏んだり蹴ったりだった。
子供がどうしてそういう反応をしているのか、やさしく問いただす姿勢のある母だったら、もう少し救われていたかもしれないが、頭から「すべてわが子が悪い」と決めつける母だったので、ただただ田舎に行くのがいやになるばかりであった。とにかく、こういうふうに、標準語の意味に比較し、途方もない誤解を招く方言は、使うのを撲滅してほしいとすら思っている。

こういう新潟弁はごめんだが、秋田弁でたった一つだけ好きな言葉がある。「ながまる」というものである。
これは、「丸まる」の対語で、標準語の「横になる」に該当する。疲れた人に、「ながまってけらっしゃ」(横になってください)と言ったりするのだけは、ちょっといい感じがする。私が実家の手伝いに行くときには、母に「ながまっていなさい」と命令してガシガシ家事を片付けるのである。
さて、私もそろそろながまろう。

2009/02/22

「体調が悪い」という日本語の意味

最近、官僚や政治家の事務所の方々が使う日本語に、意味を理解しがたいものがある。
「体調が悪い」という言葉の意味である。
私だったら、体調が悪ければ、出歩くどころではなく、自宅外であれば、なるべく早く帰宅(ないし帰国)する。自宅にいるなら、寝床に入ったり、横になったりして静かにすごす。あるいは医者に行く。ところが、最近では、「体調が悪」くても観光をしたり、「体調が悪い」と柵を乗り越えて立ち入り禁止エリアに入っていったり、「体調が悪い」と触ってはいけない美術品に触ったりするものなのだろうか。私には理解不能な日本語である。いつからこういう意味になったのだろう。

2009/02/21

温水便座

私は便器ネタが得意だと思われているらしいので、ひさしぶりにちょこっと書こう。

私が言うまでもないことだが、温水便座は、日本が世界に誇る、すばらしい発明品だと思う。
NHKの「プロジェクトX」によれば、テレビのCMで、便器としても初なら、「おしり」という言葉を使った点でも初だという歴史も持っている。
昔むかし、我々夫婦が夫の故郷であるNYに行ったとき、夫が父親に、
「日本のトイレットでは、大をしたあと、ノズルが出てきて肛門を洗ってくれるんだよ」
と言ったが、この老父は「うそだろ?」で話をさえぎってしまった。
まあ、この老父は、彼が私と結婚して日本に住むことになったとき、
「日本にもアイスクリームやピザはあるのか?」
とマジメに聞いたくらいで、アメリカ、というか、NY以外のことなんてな~~んにも知らない、典型的な古きアメリカのじいさんだったから、無理もないのだけど。この老父は死ぬ前に一度だけ日本に来たが、
「日本のトイレはスクワットしなければならないんだろう?どうやってしたらいいんだ」
と、来日前におそれおののいていたっけ。

さて、私の母は、膀胱炎にかかりやすい。で、泌尿器科医に言われたのが、
「温水便座は、ありゃ、痔の人のためのものだ。膀胱炎にかかりやすくなるから、痔の人以外は使わないように」
ということだった。なるほどね。女性は、肛門と尿道の間隔が短いから、雑菌が入って膀胱炎になりやすい。温水便座を使うのは、尿道に雑菌を運ぶのを助けているみたいなもの、ということだ。

というわけで、温水便座好きの女性のみなさんはご注意ください。

2009/02/20

Ryo(リョウ)の発音ができない

これはまだ私が20代真ん中で、仕事上、英語を使う必要が生じ、会社の費用で緊急のマンツーマン英語教室に通わされていたときのこと。先生は日本に住んで長いのに、日本語はさっぱりのアメリカ人男性だった。ただ、エッチかつ明るいキャラだったので、行って適当におしゃべりするのは楽しかった。ある日、旅行の話題になったと思う。たぶん、私が「先生はどこに泊まったんですか」のようなことを聞いたのだと思うが、彼は「リオ・カン」と答えた。私は「は????」となって聞き返したが、彼はやはり「リオ・カン」と答える。3度ばかり聞き返しても「リオ・カン」の意味がさっぱりわからないでいたら、彼は英語で「Japanese inn」と答え、これでやっと彼が「旅館」と言っているのだということを理解した。

昨日たまたま、ハニカミ王子石川遼クンの、アメリカのプレスに向けた記者会見の様子をちらっとテレビで見た。面白かったのは、彼が
「ぼくの名前はリョウです。一緒に発音してください。リョウ、リョウ、リョウ」
と3回くらい繰り返して記者団にユーモラスに練習させていたことだ。
うちのダンナは日本語の練習を受けたので、「りゃ、りゅ、りょ」「きゃ、きゅ、きょ」などの「拗音」はきれいに発音できるのだが、一般の英語話者には、この発音はまことに至難なのである。いくらアルファベットでそう書いてあっても、日本人が読むようにアメリカ人が読めるかどうかは完全に別問題なのだ。

東京、京都などは、いくらアルファベットでTokyo, Kyotoなどと書いても、英語話者にかかると「トキオ、キオト」である。亡くなった義父もそう発音していた。「京子さん」という日本女性がアメリカにホームステイしても、絶対に名前を正しく呼んでもらえない。「キオコ」になる。
昔、夫に
「George(ジョージ)とかcute(キュート)とかならちゃんと英語にあるのに、どうして『キョウ』って言えないの?」
と聞いたことがあったが、彼の説明によると、「y」で書いたら、結局、発音すると「i」と同じになるので、TokyoもTokioも発音の面では変わらないらしい。悲しいねえ。だから、石川遼クンの名前も、3回練習させたくらいでは、絶対「リオ」で終わると思う。息子を世界に羽ばたかせようと考えている親御さんは、名前を「発音しやすく」「短く」「日本でも普通で海外でもなじまれる」名前にするのがお勧めだ。一番いい名前が「ケン」。そのほかには「ジュン」「ケイ」「ゴウ」などがいいだろう。

英語だけではないのだが、中国語も、この「拗音」に弱い言語のようだ。私は大学のとき、第二外国語に中国語を採っていたのだが、中国語では「ビョウ」「ジョウ」とは言えない。「ビオウ」「ジオウ」になる。中国人の日本語通訳の人が、日本語で「日本と中国の友情を交換したいと思います」と言っているのをテレビで見たことがあるが、案の定、「ゆうじょう」ではなく、「ユウジオウ」となっていた。かなりスキルの高そうな通訳さんだったのに、やはり「じょう」とは言えないらしい。
「促音」(ちいさい「っ」)や「撥音」(ん)も、新婚のころの夫はひどく苦戦していた。いまでもしっかり区別をしているとは言いがたい。私が寝ている間にジョギングに行くとき、テーブルの上に「走ている」とか書き置きをするし。長母音も区別をつけるのが大変だ。英語は、音色、というか、音の強弱を重んじるので、「皇室」と「個室」なんて別に区別がつかない。横浜には「上大岡」という3重母音の地名があるが、アメリカ人には「かみおか」でも「かみおおか」でも「かみおおおか」でも、どーでもいい話なのである。母音の発音がとっても大切な日本語話者としては、これは悲しい。

こう書いていくと、日本人はLとRの区別がつかないからって、そんなに自虐的になる必要はないんだよ、と言いたくなる。前にも書いたが、だいたい英語話者は「可愛い」と「こわい」の区別もつかないのだから。

2009/02/19

FP(ファイナンシャルプランナー)の資格はあるけれど④医療保険には入らなくていい

今回、左の卵巣に異常を発見し、医師に「最悪、卵巣がんかも知れない」と言われた。ま、それは「なるようになる」しかなく、今から余計な心配をしても何の足しにもならないので、結果が分かるまでなんにも考えていない。

が、偶然にも、昨年9月に「がん保険」を買っていた。きっかけは、友人のひとりが乳ガンにかかったからである。全く、不惑をすぎると備えなければならないものが色々と出てくるものだ。私は一応、FPの端くれなので、ネットで各商品を調べ、東京海上日動あんしん生命の「がん治療支援保険」に的を絞った。その上で、「ほけんの窓口」という無料相談サービスを訪ね、更なる商品説明を受けたが、やはり予定どおりの商品に落ち着いた。中で、一番小さいプランを買った。
おととい、保険証書を読み直し、契約日が10月1日であることを確認して安心した。保険の発効は、契約日から91日後からなためである。それ以前にがんが発覚しても、契約時点ですでにがんにかかっていたものとみなされ、保険金は出ないのだ。

さて、がん保険は買ったけれど、「入院保証」を売りにしている一般的な医療保険は、とりたてて買わなくても良いと思っている。なぜなら、そういう保険は「入院5日目から」などと、最初の数日はカバーされないことになっているのが多い上、昨今は、病院も、入院期間を極力短縮するようになってきているからだ。なので、5日目から保険金が出る医療保険を買っても、4日目までに退院となったら、「この保険、なんのために入っているの?」という状態になる。1日目から保険金が出る保険だと、保険料がかなり高くなるであろう。

健康保険に加入していれば、高額療養費といって、1医療機関につき、1か月に8万円程度の医療費の負担が生じた場合は、それを超えた部分を払い戻してもらえる。私など、入院手術したときに、別の生命保険から出た保険金を合わせたら、却ってもうかってしまったことすらあった。
だから、日ごろ健康に留意し、健康保険に加入し、ある程度の貯金をして高額療養費までの支出には問題なく耐えられるようにしているならば、その他の医療保険は特に買わなくても良いように思う。その保険料を、「保険に加入したつもり」の「つもり保険」で積み立てておき、実際の入院時の費用にあてるほうがずっと実用的かもしれない。