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2008/04/29

曖昧に言う英語「おっぱい」「おしり」

遠い遠い英国人のご先祖は、体に関した語句を口にするのは非常に恥ずかしいことだと考えていたという。
たとえば、「おっぱい」と「おしり」という語。日本でもあまりフォーマルな場では言わないかもしれないけれど、英語民族のはばかり方と言ったらその比ではない。
日本人は「おしり」を英語では「Hip」と言うと思っている人が多いが、実際はさにあらず。
だいたい「bottom」(底)「backside」「behind」(後ろ側)「rear end」(後ろの終わり)などと言う。
「おしり」とキュートに言えてしまう日本語に比べ、なんと曖昧模糊に言わなければならないものか。
そのほかだと、しりのふくらみが2つあるので、数の単数、複数の区別に異様にうるさい英語では、「buttocks」(2つの臀部)などと言ったりもする。その他卑語も多々あるけれど、通常使う表現だと、かくのごとく「うしろ」とか「底」なんて、人体のその部分をはっきり指し示さない表現に終始している。

「おっぱい」になるとこれまた複雑で、日本の子供が「おっぱい飲みたい」「ママのおっぱい、やわらかいね」なんていうふうに、気軽に口に出して甘えられないらしい。私のアメリカ人の夫は「tits」と呼んでいるが、男性が使う俗語だろうか。「Breasts」というのが一番正しい(?)用語らしいが、あちらの子供が「breasts」なんて人前で言おうものなら、母親に「しー!」とたしなめられるらしい。日本だと、母乳を与えることを「おっぱいを飲ませる」と口に出しても、そう羞恥心を感じないけれど、あちらだと、「breast milk」なんて発語するのを避けるためか、「nursing」という一言で曖昧模糊にひっくるめてしまうらしい。Nurse、だぞ。Nurseといったら、他にも「看護師」という名詞があったり、「養生する、養育する、看護する」などといった、病人をケアするときにこそ使いそうな動詞として使われたりする。それを「授乳する」という意味に無理無理?持っていかなければならないほど、「breast」という言葉を口に出さぬよう努力しなければならないものなのか。

ちなみに、私のアメリカ人夫は、日本語の単語の中では、「おしり」と「おっぱい」は「好きな日本語ベストテン」に入っている。単にエッチなだけかもしれないが、私も、両方とも愛らしい単語だと思う。英語民族でなくてよかったなあ。

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2008/04/27

秀吉と秀頼

昨日の新聞に小さい欄でこのことが出ていたので、ちょっと書こうと思った。

果たして、秀頼は秀吉の実子なのか、という話。
16世紀末のことだから、いまさら議論したところで、DNA鑑定もなーんにもできないので、あくまで状況で語るしかないのだが、いくら考えたところで、「実子と思え」というのは無理がある。
理由は簡単で、正室の北政所以外にも、あまたの側室を持っていたにもかかわらず、誰ひとりとして懐妊した女性がいないからである。

秀吉殿には、子種が無い・・・・

こういう周囲の辛らつな言葉を、彼自身耳にしてもいたと思うが、この時代の武士に、子供、特に男子がない、というのは、どれほど致命的な欠陥で、かつ、屈辱でもあっただろうか。

そこへ、淀殿が輿入れをしてきた。彼女はしたたかで、秀吉がそのことをどれほどコンプレックスに思っていたか、最初から十分承知していたはずである。
50代になって急に子種ができた、というわけはあるまい。秀吉自身、淀殿にだまされていたことを十分承知していても、それ以上に、「わが子」と呼べる子をさずかった狂喜には代えがたかったであろう。2度だまされても、その点は大目に見ざるを得なかった。ことに、1度目の子が夭折しているだけに、なおさらであろう。

秀吉が一代で築いた豊臣も、大坂夏の陣をもって途絶えてしまった。
歴史に「もし」はタブーだが、「もし」秀吉に若くして子、特に男子があれば、その後徳川家の台頭もなかったか大幅に遅れたかもしれず、となると、今日の日本の首都は東京ではなかったかもしれない、というふうに、いくらでも話が広がっていくものだなあ。

2008/04/22

「元少年」(27)の死刑判決

「どらえもんが何とかしてくれると思っていた」
これで、日本中を敵に回した、と言っても過言ではないのではないか。

山口県光市の母子殺害事件。今日やっと、「念願」の、いや、「悲願」の死刑判決がおりた。
ここまで9年もかかった。

日本という国は、なんと犯人を手厚く守る国なのだろう。
殺された人はもう、虫けら同然、はい、それまで、お気の毒様、さようなら。
殺されてしまえば、誰一人弁護してくれない。誰も人権なんか守ってくれない。
弁明の機会も、法廷に立つことも、なーんにもない。
それに比べ、おそらくは「国選」と思われるが、あの「どらえもんが」の元少年には、最高で10人以上弁護人が付いたと聞いた。殺された二人に比べ、なんというすさまじい不合理だろう。

遺族の本村さんは、若くして結婚されたのだな。それが、まだたったの23歳の若さで、妻子をもろとも殺害された。以来9年、妻子とあの「元少年」が脳裏から離れたことが1日たりともなかったであろう。あの若さであれば当然にするであろう、旅行、遊びや娯楽になど、まず無縁のまま9年を送ってこられたのではなかろうか。裁判所に行く費用も生活の費用も、全部ご自分持ちなはず。これに比べ、比較のポイントは違うかとは思うが、殺人者の「元少年」は、3食すべて支給され、国選で弁護人を何人も付けられ、裁判所の行き帰りは車で厳重に護送される。えらい違いだ。

本村さんは、定職についておられるのだろうか。
法廷で裁判が開かれるごとに、非常に折り目正しい言葉で記者会見なさる。
言葉の使い方を聞いただけでも、画面から聡明さが伝わってくる方だ。

今日の判決を聞いた際、「元少年」の弁護団が唯一行うべきことは「上告をしない」ことだけだと私は思っていた。が、意地と、「最後まで争う」というパフォーマンスだけだろう、弁護団は上告した。
これからもまだ、本村さんと亡き妻子を苦しめ続けるつもりなのか。
おろかしい。
上告審で急に言動を変えさせたことが、すべて裏目に出た、というのに。

池田小学校の事件の犯人のように、「元少年」が「上告取下げ」を申請するならば、本当に心から反省したと感じられるのだが、「できるなら死刑にはなりたくない」などと、己の犯した罪を棚に上げた、のほほんとしたことを言う「元少年」。
反省なんぞ微塵もしてはいない。
最高裁で「上告棄却」を言い渡される日が1日も早く来ることを願いたい。

本村さんにわずかでも義捐金をお送りしたいのだが、どこに送ればいいのだろう。

2008/04/19

竹内まりやと「さる有名アイドル・シンガー」

竹内まりやさん、って、本当に素敵な生き方をしている。
ご本人は「シンガーソング・専業主婦」と謙遜しておられるが、夫である山下達郎さんですら「(これほどまでとは知らず)ぶったまげた」と書いたほどの作詞と作曲の才能をお持ちで、主婦業の傍ら、達郎さんの全面的なバックアップもあり、数年に1度、アルバムを出すというペースを続けておられる。TVにも出ないのに、それが必ず高セールスを記録するのも周知のとおり。何かセールスを記録するたび、いつも「女性最高齢」という肩書きがついてしまうのが気の毒だが、今の高齢化時代、50代の女性はまだまだ若いということを身をもって証明してくれる数少ない方でもある。

さて、そのまりやさんが1994年に出した「impressions」というアルバムの曲目解説は、例によって達郎さんがなさっているのだが、中に、いまや彼女の代表曲となった「駅」について、こう書かれていたのがずーっと気になっていた。
「この作品も、もともとは、さる有名アイドル・シンガーのために書かれたものである」
「そのアイドル・シンガーがこの曲に対して示した解釈のひどさに、かなり憤慨していたこともあって、」

・・・・このアイドル・シンガーが誰かは、このアルバムを買って以来の疑問だったのだが、その名前をつい最近知った。
NHKの「SONGS」という番組に、久しぶりのTV出演を果たしたまりやさん。あらかじめ、視聴者から彼女の曲のリクエストをつのったところ、第1位はやはり「駅」であった。さて、この曲を紹介するナレーションで、しっかりと
「この曲は、もともと、中森明菜さんに書かれたものでした」
と名指しされていたのだ。
NHKもまったく悪気があったわけではないだろうが、達郎さんが憤慨のあまり匿名にしていたくらいなのに、しっかり実名を言ったNHK。はは。
しかし、明菜って才能のあるシンガーだったのに、ある事件を起こして以来、今はどこでどうしているのかしら。

2008/04/17

ヒールの高い靴をはく背の低い方々へ

余計なおせっかいというか、大きなお世話だとは思うのだが、私は、背が低いのを気にして、高いヒールや、レンガのような厚底の靴を履いている女性を見ると、思わずマユをひそめてしまう。

私の義姉しかり。彼女が我が実家に来るたび、どんな靴を履いてくるのかなーと思って見ているのだが、いつも、どんくさいデザインで、ヒールが軽く10センチくらいありそうなのを履いてくるため、母と二人、「またかぁ」とため息をつく。

私が去年まで派遣でちょっと勤めていたオフィスに、かなり背の低い女性がいた。随分厚底の靴を履いているにもかかわらず、私よりずっと背が低かった。
ある日、彼女とお昼を食べに行くことになったとき、ちょっと外の店に案内しようと思って歩き出したところ、100メートルくらい歩いたところで、彼女は「足が痛い」と文句を言い出した。その店にたどり着くまで徒歩で10分くらいだったのに、歩くのが大変だと道中文句を言い続け、憮然としていた。

そりゃ、私は162センチあるから、背が低いコンプレックスには悩まされていないのは認める。
でも、東京はいつ大地震が起こってもおかしくない土地。それに、道中で、チカンや暴漢にあったり、最近増えている通り魔にでもあった時にはどうして逃げるつもりなのか。それが心配なのだ。
義姉も、歩くとき、いかにも足が痛そうだ。母がやんわりと、もっと歩きやすい靴を履くように言うのだが、絶対に耳を貸さない。そんなふうに、足の健康に無理を強いてまで背を高く見せようとするのは、どうかと思う。もっとはっきり言わせていただくと、元々背が低い人は、どんな厚底の靴を履いても、背が高いようには見えないのだ。体全体のバランスから計られる、というか、もともと全身が小作りなせいだと思う。つまり、本人の努力と我慢の割には効果はない、ということだ。
とにかく、いざというときに機敏に逃げるため、靴は普通の高さのものにとどめておくべきではないか。

2008/04/14

超簡単!貧乳解消法(?)

アメリカ人の夫から転送された「貧乳解消法」を紹介します。

・・・・・・・
あるところに、カップルが住んでいた。その妻は、シャワーのあと、鏡の前に裸身を立たせていた。
いつものとおり、貧乳を眺めてはため息をついていた。
そこへ彼女の夫が通りかかった。
「はぁー、私の胸って本当に小さいわね。何とかならないかしら」
「いい方法がある」
と彼は言った。
「何?どうしたらいいの?」
と彼女。
すると夫はこう言った。
「トイレットペーパーを少しちぎって、それで毎日胸の谷間を拭くんだよ。そうしたらいつかは大きくなるから」
それを聞いた妻は目がテン。
「何ですって?トイレットペーパーで胸の谷間を拭くの?そんなので本当に胸が大きくなるの?」
「なるよ」
と夫は言う。
「どのくらい続ければ大きくなるの?」
さっそくトイレットペーパーをちぎって胸の谷間を拭き始めた妻は聞いた。
「何年も続けてごらん。きっと効くよ」
「何年も、ですって?そんなにかかるの?」
「ああ、根気よく何年も何年も拭いてごらん」
と夫。
「だって、君の尻には効いているじゃないか」

・・・・・・
つまり、この妻は、胸はないけど尻はデカい、というオチでした。
期待して読んでいてくださった女性の方、ごめんなさい。
アメリカのジョークでした。

2008/04/10

なぜ、ノグチの彫刻にそっくりなの?


添付の写真は、東京都千代田区内にある某女子大の建物の前に「贈呈品」として鎮座まします彫刻である。
この前を通るたびに、
「これって、あの作品にそっくりだ・・・・」
と思うのは私だけだろうか。

「あの作品」とは、シアトルの「ボランティア・パーク」(Volunteer Park)にある。人造湖があって、その前に設置されている彫刻である。私は年に1回はシアトルに行くし、行くたび大体ここに来るので、忘れようがないのだ。
作品名は「黒い太陽」。作者は、有名な芸術家、イサム・ノグチ(1904~1988)。

女子大にこの作品を奉呈した作者を疑ったら悪いかもしれないが、あまりに似ているので、前を通るたびに、首をひねってしまうのだ。

ちなみに、ノグチの同作品をご覧になりたい方は、こちらまで。

http://bluediary2.jugem.jp/?eid=648

2008/04/08

食欲減退「鼻すすり女」

今日は仕事で遅くなったので、夕飯を会社の帰り道の途中、「スープストックトーキョー」で食べた。
スープ2種に胡麻ごはんのセットである。ここは女性の一人客にもほんとに入りやすくて助かる。

さて、私が着いた中央のテーブル席には、向かい側に、30歳前後の女性が座っていた。
彼女はカレーセットを目の前に置いていたのだが、食べることは中断し、A4サイズの用紙に印刷されたものから、なにやら懸命に別の紙に手書きで転記していた。
私は、「何を転記しているのかな~」などと思いつつ食べ始めたら、たちまち不快な気分におそわれた。
このヒト、まわりで人が食べているのなどお構いなく、書きながら、ひんぱんに鼻水をすするのである。
それに、吸った鼻汁がのどにからむのか、それとも単にごまかしなのか、鼻をすする合間に「コホン」なんてセキばらいもする。
食べている目の前で、鼻をすすられるのがどれほど不愉快か、この女性は全然わかっていないようだった。
私の隣で食べていた女性も、そそくさと食べて出て行った。
私は、たまりかねて、席を、テーブルの一番はしっこにずらしたが、それでもこの女の鼻すすり音とわざとらしいセキばらいの音から逃れることはできなかった。おかげで、せっかくのおいしいスープも台無しだった。
すするくらいだったら、ちゃんと鼻をかめ!一度しっかりかめば、しばらく大丈夫だろうに。
あ~~~、済ました顔して「スッ」「スッ」「ズーッ」「コホン」を繰り返していたあの女、許せん。

西洋人は、食事の際に立てる音に過敏で、日本人が麺をすすって食べるときの音なんか極端に嫌うが、これって、きっと、私が今夜あの女の「鼻すすり音」に抱いた嫌悪感と同じようなものかなぁ、なんて思った一日のしめくくりであった。

2008/04/06

「豆腐プリン」はおススメ

横浜エリア、今日は本当に天気がよかった。
どこへ行っても、すごい人出だった。
三ツ沢公園では、まだ散り残った桜の下で、花見を楽しむ人たちが数多く見られた。

外出してかなり疲れたので、何か甘いものを食べたくなったが、最近ちょっと太ったワタシ、アイスクリームは躊躇した。よーくよく思い出してみると、冷蔵庫に、小さめの豆腐が1パック買ってあるのに気が付いた。
そうだ、黒蜜(くろみつ)もあるし、これでプリンにしようと決めた。
豆腐をガラスのお皿に盛り、上から黒蜜をかけてスプーンですくって食べるだけである。
これはとってもおいしい。
プリンよりあっさりしているし、乳製品にアレルギーのある人でも安心して食べられる。
黒蜜は、自分で黒砂糖を溶かしてつくってもいいし、買ってきてもいいから、冷蔵庫に1つ常備しておくと、この豆腐プリンはいつでも楽しめる。お勧めのおやつです。

2008/04/05

ざる蕎麦に「うずらの卵」は邪道

私は蕎麦食い女だ。
今日も、ちょっと出かけた先に、古そうな店構えの蕎麦屋が1軒あったので、ふらっと入ってみた。
初めて入った店で頼むのは「ざる」である。これがその店のそばとつゆの味を見るのが一番シンプルでいいからだ。
しかし・・・・
うずらの卵(もちろんナマ)が1個ついてきた。ちゃんと、殻の上部を水平にそぎとってあって、中身がすぐ出るように頭を出しているのだが、ちょっと考えてしまった。
ざる蕎麦に添えて出されるのだから、うずらの卵は、蕎麦つゆに入れ、蕎麦と絡めて食べてくれ、という意味だと思う。
そのまま飲め、ということではないはずだから、それ以外の食べ方は、ちょっと考えられない。
しかし・・・
蕎麦に合うかあ?
少なくとも、蕎麦つゆに溶いてしまうと、卵黄の味がしてしまって、蕎麦つゆの味を損なう以外の何者でもないのではないか。最後に、蕎麦湯を飲むときも、卵黄を溶いたつゆで飲むのは、ちょっと違う。
だから、私は、仕方ないので、蕎麦つゆに溶かないよう、卵黄を割らずに、蕎麦と絡めてさっさと食べてしまった。が、そのあとにすする蕎麦の味に影響してしばらく不愉快だった。卵黄のとろ~っとした味って、濃い。うどんになら「かまたま」があるくらいだから合うのだけれど、蕎麦には合わない。邪魔のひとこと。
蕎麦屋のみなさん、かくいう理由で、ざる、もり系の冷たい蕎麦に、うずらの卵は付けないで結構でございます。