熊本の方言で、ドア(戸)をあけたらちゃんと閉めなさい、ということを「あとぜき」というそうだ。
しかも、熊本の人は、これを標準語だと思っているとか。
他県の人に通じないことで、初めて方言だと分かるということで、だとしたら、他県の人と接触せずに一生熊本で暮らす人は、一生これを標準語だと思いつづけるのだろうな。
一つ不思議なのは、なぜ、あえて「ドア(戸)をあけたらちゃんと閉めなさい」という行為だけに限って、こういった独特の表現があるのか、ということだ。たとえば、「顔を洗い終わったら水道の蛇口を閉めなさい」とか、「本を本棚から出して読み終わったら、ちゃんと本棚に戻しなさい」とか、「寝る前には電気を消しなさい」という行為を、「水せき」「本せき」「電気せき」というのかなあ、とも思うけど、そういう話は(いまのところ)聞いたことがない。神奈川県から西の地域にはうとい私なので、どなたかご教示いただけたら幸いである。
さて、アメリカ人の夫と結婚して、彼が面白がったのは、「立ち読み」「立ち小便」という日本語である。英語には、特にこういった表現はないそうだ。単に「外で(立って)放尿する」とか「書店で本を(買わずに)読む」といった、何の変哲もない表現しかなく、もっと言えば、そういうことを敢えて言う背景や必要性が感じられないのだとか。
日本語で、「立ち読み」「立ち小便」というと、本来、外でしてはいけない放尿とか、買わずにタダで本を読む、といった行為に、なんらかの非難がこめられているようなニュアンスがある。
それを考えると、ある行為をことさら切り取った上で一つの独特の表現をする、というのは、その土地の文化が大きくかかわってきているのではないだろうか。熊本の人が、ことさら「あとぜき」という特化した方言を持つのは、なにか、標準語で「あけたら閉めなさい」以上の負荷を負わせる歴史的背景でもあったのだろうか。熊本県の人にコメントをいただけたら幸いである。