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2007/11/29

ネット切断の日々

しばしブログの更新ができなかった。急に、インターネットへのアクセスができなくなったせいである。
つい10数年ほど前までは、毎日PCにさわる生活など考えられもしなかった。
それが、いまや、ネットなしの生活はありえない。ネットにつながらないというのは、ライフラインを断たれたに等しいしキョーフである。

仕事をしている身には、PCやプロバイダの電話相談窓口は、なるべく遅くまで受け付けてくれるに越したことはない。
私が使っているPCのメーカーだと、基本的に24時間、プロバイダは夜9時まで電話を受け付けている。
日本中から電話が殺到していると見えて、なかなかつながりにくいが、私の使用しているPCのメーカーの対応には、いつも感心させられる。その結果、このメーカーのPCを買い続けている機械ニガテの私なのである。
今回は、パニくりながらプロバイダに電話で問い合わせをしている最中、なぜか急に回復した。
腰が抜ける思いであった。

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2007/11/23

賞味期限なんか要らない

昨夜、酒のつまみに、はんぺんのバター焼きを作った。
はんぺんは、ビニールのパックに入ったもので、先月購入したものだ。買ったときは、お吸い物にしようと思っていたのだが、つくりそびれてそのままになっていた。
賞味期限を見たら、10月23日になっていた。
大抵の人はこれだけで捨てるのだろうか。ただ、貧乏育ちの私は、それが大変苦手だ。

とりあえず、封を開けてにおいをかいでみたが、なんともない。
フライパンに乗せ、調理を始めたが、色もまったく問題ない。
食べる前にもう一度ニオイをかいでみたが、なんでもない。
おそるおそるではあったが食べ始めた。なんでもない。
結局、全部食べてしまい、一晩眠って起きた今、おなかもこわさず、こうしてブログを書いている。
「賞味期限」があるおかげで、どれほどの食品が廃棄されているのだろう。もったいないの一言である。
買ってきた食べ物を冷蔵庫に何日も保管しておくことはどの家庭でもザラだろうに、販売店においては、賞味期限が過ぎた食品は、涙を呑んで廃棄しなければならないなんて、なんか矛盾している。

TVでも言っていた。昔は、視覚、嗅覚をフル動因して、食べ物がいたんでいないか確かめて食べていた。
今は、安易に日付に頼りすぎ、それらの感覚を使うことを怠っているわけだ。私の親類にも、賞味期限の1週間前になると食べ物を捨てる、という大バカものがいる。
私は別に、先月買ったはんぺんを食べることを勧めているわけではないが、もっと五感を使う習慣を復活させないと、人間の本能が弱るような気がする。

それとも、賞味期限は、放置しすぎていた食品を確認もせずに食べて「腹をくだした」とクレームをつけてくるバカを防止する「安全弁」の役目のほうが大きくなっているのだろうか。

2007/11/22

満員電車の中でガムをかむな!

これはほとんど男性の仕業なのだが、頼むから、満員電車の中でガムを噛まないでくれ!!
もー、気色悪いなんてもんじゃない!耐えられない!!

立錐の余地もない満員電車。と、耳元でぐっちゃ、ぐっちゃ、ぐっちゃ、ガムを噛む男が真後ろに立っている。
やめてくれー!!!
噛んでいる方は何とも思っていないようだが、何という鈍感さだろうか。
あの音を耳元で聞かされ続ける身にもなってくれ!

2007/11/17

医療費控除のために

先ほど、実家のPCに、医療費のデータ入力をしてきた。
老人の仕事は病院に行くこと、とはいえ、今年は父がガンにかかったうえ、母も老人よろしくあちこちの病院に行くので、枚数もハンパじゃない。
だから、この作業は、時々やることにしている。領収書がたまってからでは大変になるからだ。
しかし、年金暮らしだから、還付される所得税の額もたいしたものではないだろう。
年金からも所得税を取る、というのは、いまいち解せないのだが。

今のところ、国民健康保険のおかげで1割負担で医療を受けられているが、高齢者が増加するにつれ、国保はますます赤字になるだろう。我々労働者の税金でも埋めようがなくなってきていたりして。おそろしいが、今のところ、1割で受けられる制度には深く感謝する。わが日本は、アメリカのように、医療に「市場の原理」が堂々とのさばり(というか、保険会社から献金を受けている議員らの主張によると、国民皆保険制度など「社会主義」そのものであり、到底認められないそうだが)、健康保険を持っていない人がごろごろいるような「Sicko」の状態にはなって欲しくはないものだ。

2007/11/15

そういえば、「手書き原稿」って・・・

こんな当たり前のことを、帰りの電車の中で、ふっと思った。

今の時代でも、たまーに、「○○XX(明治の文豪など、著名な作家の名前)の未発表原稿発見!」というニュースが流れる。
原稿用紙に、ちょっと見には読みにくい、独特の筆跡が縦書きで残されたものである。

しかし、昨今は、作家であっても、「手書き原稿」というもの自体がなくなっているのだ。

みなさん、ワープロ打ちで、ディスクなどに保存し、電子メールに添付して編集部へ送信するのだろう。

昔は、編集者に渡した原稿を紛失された、という事故があったという。
今日では、そういった事故がなくなったことは作家にとって幸いなことなのかもしれないが、代わりに、味わいのある「直筆原稿」というものを無くしてしまった。
今後は、
「作家○○XXの未発表原稿のデータ発見 - たまたまハードディスクから消去されずに残っていたものと思われる」
なんていうのがニュースになるのだろうか。

2007/11/13

そろばんの話

今日の東京地方は、汗ばむくらいの上天気。ふっと思い立って浅草へ行った。都内で唯一のそろばん専門店(「都外」でも、こういう店ってあるかしら?)、山本算盤店に行くためである。
実は、大きな声では言えないが、買うために行ったのではない。私が小学校3年生で転校する際、2年生のときに私を可愛がってくださったS先生から、記念に頂戴したそろばんの材質を聞くためである。私はその後、転校先で、小学校6年生からそろばんを習った。スタート年齢は遅かったが、加減乗除すべてをマスターしてから始めたのが却ってよかったと見えて、あっという間に上達した。
もちろん、S先生から頂戴したそろばんを使って習っていたのだが、そろばんの先生方がそれを見て、
「いいそろばんですね」
と口々におっしゃったのだ。何百何千というそろばんを見ている先生方がそう言うのなら、きっと良い材質なのだろうと思っていたが、材質名を確認することもないまま、30年以上の歳月が流れた。ずーっと、ずーっと気になっていたのだが、インターネットでこの店の存在を知り、今日、ついにその疑問を解明しようと思い立った次第である。
お店に着くと、老婦人が出迎えてくれた。材質は、結局、「樺(カバ)」であるとのこと。店内にも、樺製のそろばんがもっとも多く売られていたから、まったく珍しい材質でも、高級な材質でもなさそうだった。それならば、私のそろばんが過去何度もほめられた理由が却って分からなくなってしまった。
私は、正直、そろばんの材質を知りたいだけで来店したのに、さも買うフリなどしながらその老婦人を付き合わせてしまって内心申し訳ないことしきり。でも、店内を見ると、普通、そろばん塾などで使う21桁、23桁程度なら、3000円ちょっとから、職人中の職人の手になるものに至ると、10万円を超えるものまで売られているではないか。しかし、そろばんって、普通、一度購入すると、ほぼ一生使えるものなのに、「そろばん店」というお仕事で、採算は大丈夫なのかなあ、という余計な心配までしてしまった。最近の子供たちでも、そろばん塾に行くのかしら。

子供時代にそろばんを習わせるのは、コンピューター全盛時代になっても、本当にお勧めである。計算がぱっぱっとできると、自然と算数もできるようになる。私もかつては何桁もの暗算をしていたのに、成人してからはすっかり駄目になった。
老人ホームで、老人のボケ防止のために、そろばんを取り入れているところがあるそうだ。数字を見るし、指を使うし、大いによろしいと思う。私もいまから再開しようかしら。やさしかったS先生のことを思いうかべながら。とにかく、良いものだとほめられたことだけは間違いのないそろばんなのだから、たまには使ってやらないとね。

2007/11/12

おばさん簡単判別法

町を歩いていて、Hティッシュを配ってもらえなくなると、おばさんになっている。

わたくし、今日、誕生日。誕生日なんて、もう、来なくていいんだけど、1年後にまた必ずやってくる(当たり前だけど)。
Hティッシュ配りのお兄さんに無視されるようになって、随分たつ・・・・。
サラ金のティッシュも最近は減り気味。
私は鼻炎もち。ティッシュはいくらあっても困らないのに。

2007/11/11

中央大学(母校)へ行く、の巻

いやはや。
今日は、某国家試験受験のため、中央大学(八王子)へ行った。希望した試験場は距離的に近い慶応大学だったのだが、試験場を変更されてしまったのだ。
トシがばれるが、私はこの中央大学を20ウン年前に卒業している。
私は、父の都合で、高校を1回転校している。転校生、なんて小中学校の話だが、欠員もないのに、成績の良い生徒なら受け入れるという転勤先の高校(いちおう、地元では進学校と言われていた)に試験を受けて入れてもらった。
この転校先の高校たるや、転校前の、男子8割女子2割という高校とは180度異なる環境で、やたら家庭科ばっかりしている田舎の女子高だった。3年になっても、進路指導なんてあった覚えがない。私は自分で研究して進路を決めるしかなかった。当時はとうぜんインターネットなどもなく、田舎のことだから東京も情報もごく限られたもので(予備校へでも行っていたら別だったろうけど)、私はたまたま手にした冊子にたまたまこの大学の法学部のことが言及されているのを見ただけで、どこにあるのかも知らないまま願書を取り寄せ、受験しに行った。行ってみて。あまりに山の中なので愕然とした。しかしこの大学しか現役で合格しなかったので、他に選択肢もなく、ここに4年間通った。

今日行ってみて、「多摩モノレール」なんてものができていたのには心底驚いた。私の当時には、車で通学する人は別として。京王線の多摩動物公園から、長い道およびけもの道のような坂道をエッチラオッチラ歩いていくか、駅からバスに乗って行くしかなかった。京王線のホームも、20余年の間に、まあ、変わったこと、変わったこと。
「多摩モノレール」で中央大学・明星大学前で下車すると、完全に「ここはどこ?私は誰?」の世界が待っていた。
私の見知らぬ建物がいくつも建ち並び、一体、どこを歩いているのか見当もつかなかった。しばし歩くと、文学部棟(3号館)が見えてきた。ついで、図書館、ヒルトップ78(4階建ての食堂ビルおよび生協)も見えた。そこまでくればあとは昔どおりだった。なつかしの6号館(法学部棟)もそのまんまだった。試験は、昔、大半の授業を受けた8号館で行われた。

試験は、何がなんだかわからないまま終わった。見たこともない問題ばかり出題されたので、結果はおのずと知れている。ま、来年また頑張るか、もうやめましょう。

帰り道は、多摩モノレールではなく、昔せっせと利用した「けもの道」から多摩動物公園、というルートをあえて通った。けもの道の出口にさしかかると、少し前の空中を、モノレールがすーっと、こちらを見下ろして通っていく。しかし、このけもの道から多摩動物公園までの距離が長いこと長いこと。昔はこんな距離を毎日、でもないけど、歩いて通っていたのかと思うと、われながら複雑な心境になった。

田舎育ちで、太っていて、非社交的で、最後の最後まで東京になじむのに苦労したまま、なんら楽しい思い出も持たず、もちろん恋人なんてなーんにもなく卒業したドンくさい大学生活だった。久々のキャンパスはなつかしかったけど、よき思い出とオーバーラップしないことがなによりさみしい。とにかく、よき高校時代が私にはなかったことが最大のガンだった。高校がちゃんとしているところだったら、その後の大学選択も人生も今とはかなり変わっていただろうと思うと、こんなトシになっても、「高校時代が楽しかった」という人を見ると、涙が出るくらい悔しく思われる私である。

2007/11/09

お役所

今日はあちこちお役所めぐりをした。
戸籍謄本および住民票を取るために市役所のサービスセンターへ(注:市役所の場外の駅近くなどに設置されているサービスコーナーで、土日でも住民票などが取れる)、不動産登記簿謄本を取るために横浜地方法務局へ行き、書類の書き方を相談するために家庭裁判所へ行き、最後は、横浜地方法務局で登記簿が取れなかったため、地番などの事情に詳しい、地元の区を管轄する法務局出張所へ行った。
法務局に行って感じたことは、職員の応対が丁寧だったことだ。また、局内にも「お客様のご意見箱」というのがおかれており、来場者の意見を投函できるようになっている。そもそもお役所が来場者を「お客様」と呼ぶようになっただけでも進歩ではないか。
本局で取れなかった登記簿を取るため、地元の法務局に行くと、ちょうど昼食の時間帯にあたっていた。昔、役所は、「12時から1時まで窓口閉鎖」だったものだが、いまは交代で昼食を取るようになった。考えてみれば当たり前のことのようだが、役所としては進歩している。
そして、地元の法務局だけあって、取ろうと思っていた不動産登記簿も調べてもらって取れた。普通の住所表示と登記上の住所は激しく異なるものだなあ。
なお、登記簿はどんな薄いものでも1通1000円もする。本局で、
「これを貼って申請したあとで、『この地番では該当なしでした』と言われてしまったら1000円パーか?」
と思っていたのだが、カウンターの人に、この住所で取れるかどうかわからない、と相談したところ、
「じゃあ、最初に調べてみましょう。取れたらお支払いください」
と言って調べてくれたのだ。本局では該当がなく取れなかったので、1000円無駄にせずに済んだ。こういう心遣いはまことにありがたいものだ。
役所も末端のほうは、じわじわサービス精神を持ち始めているようだ。が、末端の反対の、霞が関の官僚どもと来たら。

2007/11/06

丸ビル1階にて

丸ビルで働くのも明日まで。
丸ビルの1階は、ちょっとしたイベント会場になっており、しょっちゅう何かの催しものをやっている。
今日のアフター5には、美しい男性コーラスがひびいていたので、1階のその会場まで足を運んでみた。
「jammin'Zeb」(ジャミン・ゼブ)という名の男性4人のコーラスグループで、先月CDデビューしたばかり。そのキャンペーンのために歌っていたようだ。平均年齢23歳という若さ、4人のうち3人が非・日本人の親を持つという、ちょっとそそられるバックグラウンドに加え、歌もなかなかだ。
かの「クリスマス・イブ」by山下達郎もそつなく歌って(しかも半分くらい英語で)いるのを聞いたとき、ああ、もうこの曲を聴くシーズンになってきたのかなあ、と、じわーんとしてしまった。この曲ばかりは、外気がヒンヤリしてきてからでないと、聴く楽しみも味わいない。

こんな息子を持っていたら、母親として楽しいかなあ、などと、まるっきりオバサンの感覚で聞いていた私なのであった。