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2007/10/31

食べてる横で掃除をするな!って。

今日のランチタイム、ちょっと不愉快だったことがあったので書く。

私は無類のタイ料理好きだ。今日のランチは、昨日のうちにチェックしておいた某ビル地下1階にあるタイ料理店に行った。
行くと、出入り口のすぐ横の客席の下を、ほうきで念入りに掃いている女性店員がいた。彼女が手にしているちりとりには、細かいガラスの破片が沢山乗っていた。グラスをこわした直後らしいのがひと目でわかった。それも、グラス1個程度の量ではなさそうだった。
私はその席の2つ隣の席に案内され、Aランチを注文した。
さて、Aランチが届き、食べ始めたところ、別の女性店員が、その席の下を入念に掃き始めた。それはまあ、仕方なかろう。その後に来る客に備え、破片を完全になくしたかったのだろう。だからと言って、私が食べているというのに、その隣の席、つまり、私が食べているその隣のテーブルの下まで掃きにかからなくたっていいじゃあないか。その人は良かれと思って一生懸命仕事をしているのだが、掃き掃除だぞ。目に見えないほこりが、どれだけもうもうと舞い上がると思っているんだ。その人はさらに、私の席との間まではき始めた。私の足元である。
「ほこりが立つから、やめてください」
私は言った。幸い、彼女は、
「申し訳ありません」
と言って、すぐ手を止めてくれた。
掃除に熱心なのはいいことだが、食べている客の気持ちも考えて欲しかった。

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2007/10/28

なんて素敵なダルビッシュ君!

ここ数年、プロ野球中継もほとんど見たことがないくらい、日本の野球中継から遠ざかっていた私だが、昨日の日本シリーズは、ダル君を見ようと、中継の途中からテレビをつけた。

中日の川上も全く調子が悪かったわけではなかったのだが、それにしても、ダル君がすばらしすぎた。
中日相手に13奪三振だって!彼はつい数年前まで高校生だったのだぞ。

彼はイラン人とのハーフだそうだが、女性誌のモデルが勤まるほどの美しい容貌に加え、196cmの長身にすらりとした体つき、なびく髪、そしてあの実力だ。申し分ない。そして、三振を取るごとに、大口で「ヨッシャー!」と叫ぶ(注:本当にヨッシャーと叫んでいるかどうかわかりません。ご容赦を)姿のかっこよさったらない。なんてステキな男の子だろう!ああいう男の子は、巨人なんかよりも、パの球団に入ってつくづく正解だった。
日本ハムも、パリーグのお荷物・不人気球団だったのは昔の話。西崎が入ったころから球団イメージが変わり始め、北海道への移転と新庄の加入で、一気に若手主体の人気球団へと様変わりした。

あんな息子を持ったら、親もさぞ幸せだろうと思っていたが、20歳そこそこの若さでよその女の子に取られたばかりでなく、パパになることになってしまった。彼の親の年にあたるこの私は、そっちの方の発展ぶりにはちょっとマユをひそめてしまうのだが、彼は球界の至宝。球団も、ああいう子は、あまりしめつけすぎず、のびやかに育てて欲しいものだと思う。
「イスラム教徒なのに豚肉が大好き」とWikipediaに出ていたのには思わず笑ってしまった。

あーしかし、よくぞあんな輝かしい子が世に出てきたものだ。ほれぼれする。

2007/10/27

親父、オヤジ、おやじ・・・

書き方は3通りあれど、私はこの「オヤジ」という日本語が大好きだ。あらゆる日本語の単語の中で、だんとつに好きだ。
私は女だから、この単語を使う機会は少ない。会社の上層部のおじさんをこう呼んだり、寿司屋の板さんとか、知人のお父さんを指すときに「おやじさん」と、さんをつけて呼ぶくらいかな。「父」とか「おじさん」にはない、この温かみとあじわいのある響き。英語のSir、Madamのように、赤の他人に呼びかける単語にとぼしい日本語では、しばしば、中高年男性を侮蔑的に呼ぶときにも使われるが、言われるほうとしては「おっさん」と呼ばれるのとどちらが頭にくるかしら。

男の子が、小学校から中学にあがるくらいになると、だんだん「うちのお父さん」から「うちのおやじ」に呼び方が変わってくる。そうすると、あ、大人になってきたな、と思う。いまどきは、社会人にもなってまだ「うちのお父さんが」と言う人間がたくさんいるが、こういう幼稚なのを見ると、手がわなわなと震えてくる。「新婚さんいらっしゃい」の新郎にもぞろぞろいるぞ。なんで「オヤジが」って言わないんだ!

ところで、私はボクシングなんて野蛮な殴り合いは、さらさらスポーツだとは思っていないので、亀田一家なんてどうでもいいのだが、TBSの露骨な演出や、ここ1ヶ月くらいの加熱報道などで、結構見てしまっていた。
昨日、亀田家長男が頭を丸刈りにして、謝罪会見に応じていた。すでに先日、亀田父と次男が会見したのに、日本人って謝罪させるのが執拗に好きだなあ、と思った。ニュース番組で流れる断片的な放送と、ネット上のまとめしか見ていないが、陰でかなり想定問答を練習したと想像しつつも、亀田家長男は、わずか20歳の若さにもかかわらず、マスコミの執拗な攻撃によく耐えていたな、と思った。本当はあのオヤジさんが出てくるべきだったという意見もあるが、出てきたら却って会見がめちゃくちゃになっていたおそれがあるから、あれで良かったのだろう。
亀田家長男が、「それでも世界一のオヤジ」と答えていたシーンはよかった。あのオヤジも、それを聞いて陰で涙していたことだろう。あとは、息子たち3人を、自分とは全然関係のないジムにばらばらに預けて、1から鍛えなおしてもらうとよい。

2007/10/24

網タイツの女・通勤電車の一件

今朝の通勤電車で目撃した一件。

私は、横浜から東京まで、東海道線で通っている。
いつもどおり横浜駅から乗り込んだら、私のあとで、優に身長175cmくらいありそうな若い女性が乗ってきた。そして、ドアがしまる直前、その男が乗ってきた。彼は身長150cmちょいくらいだった。
彼は車内の奥の方に入ろうとすると、その女性が男に、
「タイツ引っかけているんですけど」
と言った。見ると、彼が手に提げていたバッグのファスナーのスライダー部分に、彼女の網タイツを引っ掛けて、網タイツがピーンとテント状に引っ張られた状態になっていた。背が低い彼が身をかがめて車内の奥の方に行こうとした際、背が高い彼女のすねに引っ掛けてしまったのだ。
彼が必死になってファスナーをタイツからはずしたら、案の定、タイツに穴ぼこが開いていた。
「弁償してほしいんですけど」
明らかに不愉快な声で彼女は言った。
「はい、弁償します」
彼は言った。彼はお財布を取り出したが、細かいお札が入っていなかったようだ。
「次の駅で降りてください」
彼女は続けて言った。しかし、彼は東京で急ぎの用があるので途中下車はできない、と、何回か訴えた。丁寧な言い方だった。
「あとで銀行送金しますから」
と彼は言った。問答の末、降りろと主張する彼女の強引さが勝ち、結局2人とも次の川崎駅で降りた。
被害者と加害者でいくと、通常は被害者に同情するものだろうが、やりとりを聞いていると、この男が誠実そうな人柄なので、網タイツに穴をあけられた彼女より、彼の方が気の毒になってきた。
被害者にも取るべき態度とマナーがあるよなぁ・・・・と思った一件だった。
横浜駅ー川崎駅間の時間がたつのが長かったことったら。

2007/10/22

「だん○んの世代」にアワワ

いま一緒に働いている女性は、長年アメリカに暮らしていたので、漢字の読み方も忘れているか、わからなくなっているものが多いようだ。
先日も、日本では定年制度に関する法律が変更され、一律60歳定年ではなくなった話をしていたら、
「ダン○ンの世代の人たちでしょう」
とあっさり言う。アワワワワ。私ゃあわてふためいて、
「ちょっとちょっと、それは男の人のアソコのことでしょう?それは『だんかい』って読むのよ」
とフォローしたら、「そうなの?」という感じだった。
周りに聞いている人がいなくてよかった。

ところが、You tubeをつらつら見ていると、○ジTVの人気女性アナウンサーが、生放送番組の中で、これと丸っきり同じ誤読をしていることを知った。隣にいた男性アナウンサーがすかさず「団塊!」と救済を入れていたが、果たして彼女、本番後にどれほど揶揄されたことだろう。笑い話だけでは済まされなかったはずだ。お気の毒というべきか何というべきか・・・
Wikipediaで「団塊の世代」を引いても、最後のほうに、この誤読が多いと記されていた。

2007/10/20

電車内携帯電話

先日、実家で大きなもめごとがあった際、電車で通勤途上だった私の携帯に母から電話がかかってきた。
電車内では会話をしてはならないマナーになっているのは百も承知だが、異常事態だったため、なるべく声を落として数分間話してしまった。
たまたま近くに、立ちながら本を読んでいる人がいたが、その人は、読んでいた本で私の体を
「うるさい」
と言ってズンと突いてきた。
話を切り上げた私は、その人に
「すみませんでした。緊急事態だったもので」
と謝罪した。ただ、彼は聞いている様子ではなかったが。

確かに、社内での電話はうるさいだろう。私だって、他の種類の電話だったら必ず「いま電車の中なのであとでかけます」と言って切るようにしている。
今回は、とてつもない緊急事態だった。それでやむを得ず話していたのだが、そんなこと周囲の人には分かってもらえるすべもない。私も、他人が携帯で会話していると「うるさいなあ」と思うことはあるが、それでも黙っている。が、今回は、言葉での注意だけではなく、本で体をズンとつつくという「武力行使」までされたので、ひどくショックだった。
車内携帯にも「これは緊急事態につき、やむを得ずです」なんて表示が出るようにならないかなあ・・・なんて、無理だけど。
電話は絶対NGなのに、おしゃべりは本で小突かれるほどのことはされない。なんでだろう。やはり「携帯電話」という近代のツールは見られ方が特別なんだな。当たり前と言われそうだが。

2007/10/17

セクハラ面接時代・・・確実に時代は良くなった

ある中学校の体育教師が、不適切な指導の責任を取って辞職した、というニュースをネットで見た。
その33歳の元教師は、女子生徒のプールの授業の際、ゴルフボール40個のうち3個にわいせつな質問を書いたものを投げ入れ、もぐって探させた、という。そのボールを拾った生徒は、どんな思いで受け止めたのだろう。中学生といえば、まだまだ「先生のすることはすべて正しいもの」という純朴さがあるはず。

このニュースを聞いて、私の大学4年時の就職活動を思い出した。トシがばれるが、今から20年以上前の話である。
当時は、「男女雇用機会均等法」なんかないどころか、企業が女子大生の採用をやっとまともにはじめだしたころであった。自分よりはるかにAの数が少なくとも、男だというだけでやすやすと内定を取得する男子学生を横目に、女子学生はわずかなチャンスを見つけて懸命に採用してくれる企業をさがした。

さて、言うまでもなく「セクハラ」なんて言葉も概念もなかった時代である。面接に行くと、私にはよく、
「彼氏はいるの?」
「デートはするんですか」
「体重は何キロ?」
などという質問があびせられた。今の若い人たちには考えられないだろう。特に私は、当時太めだった上、どう見ても、男子が近寄ってくるような風貌からは程遠かった。そういう、男にもてなそうな、まじめ系の女子を、企業の面接官はたいそう嫌った。「企業の採用したい女子学生の顔は、斉藤慶子タイプがダントツ」なんて新聞記事が、毎年出ていた時代だ。
ちなみに、面接官で女性に出会った覚えはない。全員おじさんだった。一般に、人事部は女性社員の多い部署といえるが、採用に立ち会う権限すらなかった時代だったのだ。
当時の「面接マニュアル」などには、
「あまり男っ気のなさそうな女子は面接で損をしますから、『デートはするの』などと尋ねられたら、『はい』と答えておきましょう」
というQ&Aまで載っていた。

今の女子学生を見ると、女性の就職について言うなら、時代は確実に改善してきている。今の時代に上記のような質問をしたら、どんなにか問題になることか。新聞が「斉藤慶子タイプが理想」などという記事を書かなくなって、何年にもなる。

2007/10/15

ポートランドのインスリン爺さん

さてさて、これはオレゴン州のポートランド動物園に行ったときの話。

私らが休憩所で何か食べていたときに、すぐ近くのテーブルに、孫連れのおじいさんを見た。そのおじいさんは、アイスクリームを目の前にして、やおら「注射器」を取り出した。そして、自分の左上腕部に「エイッ」と刺した。
無事注射し終わったおじいさんは、孫と一緒に幸せそうにアイスクリームを食べだした。

私とアメリカ人の夫は、クスクスと苦笑するばかりだった。
なんか「本末転倒」じゃあないか。そうまでしてアイスを食べたいか?

2007/10/13

英語でも日本語と同じように言うのね

アメリカ人と結婚すると、英語でも日本語と同じ表現をとるケースを聞くたび、なんかほっとしてしまうクセがついた。
たとえば、
"That's not an issue" (それは問題ではない)
"That's another story" (話が別だ)
"He is my flesh and blood" (血肉を分けた)

など、など。

さて、これから触れる例は、本来アメリカでは少数派のはずの「黒髪」についてである。
我が国では、俗に、「カラスの濡れ羽色」と賞賛される、しっとりと濡れるように輝く美しい黒髪を、英語でも"raven black"と言うのだそうだ。これにはびっくりした。あちらでは、ブロンドばかりがほめられるのかと思っていたので、良い意味で意外であった。
「Raven」とは、日本の留鳥ではないが、渡りの途中、北海道に飛来することもあるという「ワタリガラス」を指す。ちなみに「レイヴァン」のように発音する。

1853年に開国を迫って来日したペリー一行は、日本女性の黒髪の美しさを絶賛していたそうである。かくいう私も、一切髪は染めない。せっかく日本人に生まれたのだから、raven blackで通すぞ。

2007/10/09

「漬物王国」長野県の思い出

今日は、ランチ代を節約しようと、会社にお弁当を持っていった。
おかずは、昨夜のうちにタッパに詰めて冷蔵庫に入れておいた。朝、冷凍ごはん1パックとあわせて持っていき、会社でチンして食べる予定だった。
ところが、会社でご飯をチンし始め、さておかずを、と取り出した瞬間、びっくりした。私は、夕べおかずを入れておいたタッパと、実家からもらってきたぬか漬けの入ったタッパを取り違えて持ってきたのだ。ご飯はあつあつにチンされたものの、手元にある副菜は「ぬか漬け」だけ・・・卵焼きも魚も、食べようと思っていたおかずは全部置き忘れてきてしまったのだ。
ショック・・・
やむなく、ぬか漬け数切れでご飯を食べたが、全然物足りない。悲しかったので、コンビにで肉まんを1個買ってきて食べた。

漬物といえば、子供のころ数年間を過ごした長野のことがすぐに思い浮かぶ。

長野に引っ越す前には、東京近郊に住んでいた。母は東北出身で、昔から家でぬか漬けを作っていたので、母の漬物はおいしかったが、それであっても、私にとって漬物とは、ご飯の合間に1切れ2切れ食べる程度の存在でしかなかった。子供だったから、赤いウインナとか、卵焼きとか、ふりかけがご飯のおともだった。

それが、長野へ引っ越して、漬物の存在価値の大きさに驚いた。

長野は漬物王国だと言えよう。野沢菜のことを「お菜」とよび、漬ける時期になると「もうお菜を漬けましたか」というのが時候の挨拶になる。その他、沢庵やら何やら、家庭の主婦はとにかく漬物作りに精を出していた。学校の先生たちまで、学校でお茶うけに食べる野沢菜を、毎年学校で漬けていたほどだ。

さて、話の核心はここからになる。
小学校5年生のとき、林間学校へ行く前に、学校の校庭で、飯ごうでご飯を炊く練習をすることになった。
ご飯だけ炊いても、おかずがないと食べられないので、先生が、
「みんな、1品くらいおかずを持って来ましょう。何がいいかな」
と聞いた。今から考えると、各自すきなおかずを持ってくれば済む話なので、先生がなぜ事前に子供たちの意見を聞いたか分からない。いずれにしても、私は「卵焼きとふりかけ!」と答えようと思い、手を上げた。
そうしたら、私以外のクラスメートが全員、
「つけものーーーー!」
と答えたのだ。
私は、椅子からずり落ちそうになるほどカルチャーショックを覚えた。転校生の私だけが、長野の食文化から浮いていた。
「漬物が、ご飯のおかずだなんて・・・」
あれは、おかずではない。箸休めというか、ご飯の合間にちょこっとつまんで食べるものではないか。
私にとっては、そういう認識だった。
しかし、長野育ちの子供たちにとっては、漬物もりっぱなご飯のおかずなのであった。
というか、おかずかどうかの区分よりも、漬物なしで白米を食べるということがないのだろうか。

とにかく、今日、おかずと漬物を間違えて持ってきたおかげで、この思い出があざやかによみがえってきたのであった。