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2019/11/17

写真集

新幹線E席から撮影した富士山写真。

雪をかぶった宝永火口が、なんか「ヒトデ」みたいに見える。

1707年にここから噴火したのが、直近の富士山の噴火だ。まだ300年ちょっとか。

 

 

奈良の鹿せんべい。去年まで150円だったのに、一挙に値上げ。

 

 

あまりに珍しい姓だったので、旅の途中、失礼ながら撮ってしまった。

なんて読むの? まんま「すじ」さん?「きん」さん?

 

 

 

旅の写真とは全く違うが、わが神奈川県の、アルバイトも含めた労働者の最低時給が、やっとこさっとこ4桁になった。

東京都はこれより2円多い、時給1013円である。言うまでもないが、東京都が日本で一番高く、神奈川県は2番目に高い。

 

低いのは、47都道府県中14県で、790円である。

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2019/11/16

「正倉院展」@奈良国立博物館と「絵巻切断」@京都国立博物館

正倉院展が見たくて、去年に引き続き奈良に行ってきた。

今回で71回目なのだが、驚くことに、いまだ「未公開の宝物」を毎年出し続けている。

正倉院って、いったいどれほどの宝物が眠っているのだろう。8世紀の昔からの宝物が、21世紀の今日も受け継がれ、我々の目の前に姿を現してくれる。世界のほかの国々で、8世紀の宝物が脈々と受け継がれている国など、果たしてどれほどあるのだろう。

こういうものが存在する、日本と言う国。私は改めて、頭がぶん殴られるほど感動している。

これは、世界のどこの国でも普通にあることではないのだ。

 

展示品の一つで、徴税の担当官が書き残した税の記録も見た。

和紙に墨、というのは、大切に保存すれば、1200年以上も保たれる文具なのだとわかる。

あの当時はまだ印刷もなかったから、一文字一文字を、しかし、まるで活字のように形の整った同じ筆致で、税の記録を残している。

8世紀の昔から、正確に計算をし、文字に落としこめる人たちが、我が国には多数いたことになる。その当時は世界のほとんどの人らは文盲だったのではないか。万葉集を見ればわかる通り、わが国には、王族でなくとも、一般人が和歌をすらすら読めるくらい、文字がゆきわたっていた。アルファベットを採用した国々とは異なり、東アジアでは、文字を書くという行為に、大げさではなく、命を込めるほどの力を感じる。

(本展示は、11月14日で終了した。上野では11月24日まで)

 

 

そして、これは奈良に行ってから偶然知ったのだが、京都の国立博物館で、佐竹本の「三十六歌仙絵巻」を再会させた催しものが開かれていることを知ってぶったまげ、予定を変更し、見に行ってきた。

https://www.kyohaku.go.jp/jp/special/index.html

 

私はこの話を、子供のころ、NHKの特番で見た記憶があるのだ。

佐竹家といえば、現秋田県知事がその子孫である通り、秋田一の名門である。

詳しくは、Wikipediaで「佐竹本三十六歌仙絵巻」をお読みいただきたいのだが、その佐竹侯爵家といえども没落してしまい、家宝である絵巻2本を売りに出すことにしたが、あまりの高値のため買い手が付かず、泣く泣く、三十六の絵巻を切断し、個別に売却したという悲しい歴史がある。

三十六歌仙にない表紙も1つあるのだが、そのうち、持ち主不詳になっているものを除き、37のうち31歌仙の絵巻が、ここ京都で「再会」を果たしたのである。それらは現在掛け軸の装丁をされ、ほとんどが重要文化財の指定を受けている。

幼稚な表現だが、「日本一の同窓会」といえるかもしれない。絵巻が切断されたのが1919年、今年でちょうど100年になる。

売却の便宜に泣く泣く2つの巻物を切断した佐竹家の胸の内は推し量るに余りあるが、当時の財界人らは、仕事をするばかりでなく、こうした芸術に理解を示すのも嗜みとされていたのであろう。単なる金持ちや好事家だけでなく、そうした趣味の高い財界人らに引き取られて命を救われた歌仙たち。

こういうものが存在する、わが日本という国、そして、100年を記念してそれらをここに集めた京都国立博物館の努力には、これまた頭をぶん殴られるくらい感動したのであった。

(11月24日まで)


2019/11/11

即位したらすべて「チャラ」なのかなあ

昨日は、新天皇皇后のパレードがあった。発表によると、119,000人もの人々が集まったという。

人生において滅多におがめるものではないので、TVを見ていたら、わりと早い時間から番組を開始していたNHKで、外国人とのハーフの「トラウデン直美」とかいう女性がゲストコメンテーターとして出ていた。前回、即位の礼のときも、坂下千里子なるタレントがゲストで呼ばれていたが、敬語の使い方にも苦労するおつむの女であった。今回のなんとか直美も、どういう経緯で呼んだのだろう?NHKの人選は全く意味がわからん。途中で他局に切り替えてしまった。

 

ともあれ、台風の被害を鑑み、パレードは10月22日から本日に延期されたが、結果として、これほどの晴天にも恵まれたし、延期したのは正解だったようだ。

 

皇族には悪いことは言えないマスコミだから、新天皇、新皇后へも、歯の浮くような美辞麗句をこてこてに塗って報道していた。

しかしねえ。

ついこの間まで、皇太子、皇太子妃だった彼らが、どれほど現上皇、上皇号の心労のタネだったかを忘れたのか。

雅子は、皇室にいること自体が原因だという心労により「適応障害」という精神病になり、それがもう10年以上治らないでいる、とされる。公務を組んでも、気分次第で平気でドタキャンした。そんな妻を、夫であるなる徳仁はいさめることも何もできず、一人で公務に臨む姿が多かったし、雅子の出席が読めないので、二人の公務は激減していった。現上皇、上皇后が、徳仁雅子の年齢のときまでに行ってきた公務のボリュームや範囲には足元にも及ばない。きつい公務は、みな秋篠宮夫妻にしわよせが行ったし、現上皇后だってお礼にお姿を見せていた勤労奉仕団に対するお礼にも雅子は姿を見せなかった。

子供を楽しみにしていた現上皇陛下に「そんなこと言う人、私の周りには誰もいません」などと、恐ろしい口答えをしたし、陛下のお誕生日のお食事にも、愛子がくずったので、部屋に戻り、上皇その他の皇族方を待ちぼうけさせて平気であった、

週刊新潮の見出しで「離婚?」と問われたことまであったし、デヴィ夫人に至っては、「あのような、雅子、愛子とばかり言っているふがいない男には将来天皇になる資質などない」として、廃太子署名運動まで起こしたほどである。

そんな二人でも、両親が目の黒いうちに退位なさったので、必然的に天皇皇后に即位した。

即位したとなると、もう、歯の浮くようなお世辞やコメントだらけである。

これまで、妃として到底容認できないような振る舞いをしてきたことはチャラなのだろうか?

即位してしまったら勝ちってことだろうか。

皇室にいることそのものがストレス、つまり、お嫌いだという事実はどこかへ行ってしまったのだろうか。

119,000もの人々が、「マサコサマ~」なんて歓声を上げに集まるって、どういうことなのか不思議でならない。

 

彼女一人の問題ではないが、彼女は妃の最大の任務である出産にも少しも積極的でなかった。

だから、紀子さんが、40歳の高齢を押して出産せざるを得なかったのである。

なので、次代である秋篠宮家を応援していたが、その秋篠宮家も、長女が怪しげな男にひっかかってしまい、ネット民による評価はぼろくそになってしまっている。

新天皇が、生前退位するか、あるいは従来通り死去により皇位の継承が行われるかわからないが、このままいけば、秋篠宮が即位するころには、70歳過ぎ、ともすれば80歳くらいになってしまう。そのときまでに、悠仁殿下がきちんと帝王学を学び取ってくれていたら良いけれど。

その秋篠宮殿下が、内心では、

「おれって何のために生まれてきたんだろう」

くらいに不満をかこっておられたとしても、不思議ではない。

私は女性天皇には反対の立場である。なので、唯一の男子を持つ秋篠宮家には一層しっかりしていただかないと困るのである。

2019/11/10

お下劣英語ネタ「No. 1」「No. 2」

お下劣ネタです。

 

この間、アメリカにいたとき、native English speakersであるうちの旦那と、Rita、Billの3人が会話していたときのこと。

なにやら「No.1」「No.2」とか聞こえてきました。

「No.1? No.2?」

「No.1だけした」

それらの語彙は、トイレに行ったあとに出て来るので、もしかしたら・・・・・と思いつつ、旦那に聞いてみました。

「ねえ、No.1とNo.2ってどういう意味?」

すると旦那は、案の定、

「No.1はおしっこで、No.2はう●こだよ」と。

私が、

「何でもっと早く教えてくれなかったの?」

と聞くと、

「こんなこと、とっくの昔に知っていると思っていた」

と。

へえ。

ともあれ、「小」「大」は「No.1」「No.2」なのでした。

もし、native English speakerと話す機会があったら、使ってみてください(なんちゃって)。

2019/11/09

生き方は、変えられない by 田代まさし

元タレントの田代まさしが、覚醒剤取締法違反の現行犯で、また逮捕されたという。

覚醒剤だけでは計4回目の逮捕となる。もう年齢も63歳だし、これから更生することなど絶対に望めない。

何度逮捕されても、何度収監されても、更生にはちっとも役に立たないということだ。

 

そもそも、日本では、薬物に対する刑事罰が甘すぎる。三田佳子さんの次男も何べんも逮捕されたが、なぜか執行猶予になっている。相当優秀な弁護士が付いているのだろうけど、一発死刑のシンガポールと比べたら、甘すぎるとしかいいようがない。

私は、そんな刑罰の甘い日本では、巷を歩かせているだけで絶対危ないから、許可がなければ上陸できない離れ小島のようなところでそういう常習者を集めて生活させたらどうだ、と考えている。何度逮捕し、裁判し、収監したって、中毒は治らないのだから、税金の無駄でもある。

 

しかし、田代を見ていると、覚醒剤ってほんと、「一度でもやったら人生終わりなんだ」と悟る。

私の周りには、覚醒剤を売っている人なんて一人も見ないし、私に売りに来た人も皆無。

やっぱり、一度でもやってしまった人のリストというのを、そういう売人たちは持っていて、「絶対やめられない」のが分かっているから、その人めがけて接触してくるんだろうな。

田代は、ダルクとかいう薬物経験者の組織で働いていたというが、覚醒剤を買うだけのカネはなぜあるのだろう?

歌手だったころの印税?

 

田代は、以前、法務省の関連団体が主催した「薬物立ち直りフォーラム」で、

「生き方は、変えられる」

という題名で講演をしたことがあるそうだ。が、その後また逮捕されたので、主催した法務省側は赤っ恥を書くことになった。

田代は、あと何年生きるかどうかわからないが、今後は、「一度やってしまったら、生き方は変えられないよ」というテーマで、自分のようになってはいけない、と、生き恥をさらしながら講演や啓もう活動をしていくのがよろしいのではないか。

 

それを考えると、あの清原を、トライアウトの監督に起用することは、きわめて時期尚早だと思う。

彼はまだ執行猶予中の身である。それが明けたならまだしも。